(262 / 274) ラビットガール2 (262)

ジェルマは確かに12男のヌストルテが壊滅に追い詰めたはずだったのだ。
その報告をモンドールは確かに受け取った。
あの声は間違いなく兄であるヌストルテだったはずなのだ。
その報告はオーブンも聞いていた。
だが、それは簡単な話――討伐しに向かったヌストルテが逆にやり返され艦隊ごと倒されてしまった。
モンドールへのあの報告は、実はニジの声真似だった。
本人と聞き間違えるほど似ていたため、モンドールは見抜くことはできなかった。
だが、それ以上の衝撃がオーブンたちを襲う。
――カタクリが敗北した知らせである。
最強を誇る男がたかが2年で名を揚げたルーキーに負けた…誰もが信じがたい事ではあるが、それを知らせたのはブリュレであった。
そしてもう一つ。


「4人を相手に情けない…!!ブリュレ!!今すぐ麦わらの船に近い艦隊の鏡と―――」


ルフィとサンジにはまんまと逃げられてしまった。
残るは2人の逃亡を手助けしたジェルマの4人。
父親の姿がないのは、海岸にいるビッグ・マム陣営の艦隊を潰しているジェルマの船にいるのだろう。
4人と言えど、銃弾も通さない鋼の身体を持つ改造人間。
その国力から自分達ビッグ・マム海賊団にも劣らない戦力だ。
しかし、数ならこちらの方が上。
オーブンは妹の能力でルフィ達が出て来た大きな鏡を通して海にいる自軍の船からルフィ達を追い打ちをしようとした。
しかし、それを阻むものがいた。
オーブンは泣き崩れているブリュレへ振り向いたその動きをピタリと止めた。


「…義父さん」


オーブンの耳に兄弟の誰かの呟きが聞こえた。
オーブンは兄弟の声を聞いても、決してその視線を逸らすことはできなかった。
ブリュレの傍には義父が立っていた。
義父の顔は見た事はないが、顔をあらわにしたこの男を母が名を呼んだから義父なのだろう。
それに衣服は義父と同じであり…義父の気配を間違えるわけがない。
義父は傍から見ればまさに優男で穏やかな気配をしているが、僅かに肌を刺すような気配が混じっている。
それはカタクリやオーブンなど、分かる者には分かる程度でしか感じない気配だ。
だからペロスペローやカタクリや自分達が義父との手合わせで負けても誰も逆上することはなく己の敗北を受け止めた。
敵に囲まれているというのに、アムラスは穏やかなもので兄の敗北に泣くブリュレを見下ろす。
たったそれだけなのに、数人の兄弟達はアムラスのその美しさに息を呑んだ。


「嘆いているんだね…カタクリ君が負けてしまって…可哀想に…」


声は義父の物だった。
だが、その声に感情はなかった。
書かれているセリフを読むのとも違う。
可哀想と思っていないどころか、興味すらないような無感情のそれにオーブンはゾクリと嫌悪に寒気を感じた。
それはオーブンの反応というよりは、生き物としての本能なのだろう。
気づいたら能力を発動していた。
周りの兄弟達が驚いた声がしたが、オーブンには聞こえなかった。


「アムラス!!!今すぐ妹から離れろ!!!」


妹の危機だと思った。
この男に妹を、家族を、触れさせてはならない…と。
熱気と共にオーブンの殺気をすぐ近くに感じていながらもアムラスは焦ることはなく―――ブリュレに触れた。
ブリュレが箱に仕舞われるのと、オーブンの拳がその場に落ちるのは同時だった。
しかし、その場には抉れ焦げた地面のみ。


「義父は!?」

「ブリュレ姉さんもいないわ!!」


義父どころか姉も消えたことに騒めき周囲を見渡す弟妹達を尻目に、オーブンは顔を上げた。


「貴様…!!今すぐ妹を!!ブリュレを返せ!!」


アムラスは能力を使い鏡に付いている時計の上に座っていた。
肩膝を立て、もう片足をダランと出しており睨むオーブンを目を細めて笑っていた。
オーブンの声によって義父だった男を見上げると、その手には小さな箱が握られていた。
その箱には確実にブリュレが入っているのだろう。
実質ブリュレを人質にされたような兄弟達は息を呑む。
だが、呑気にはしていられない。


「おれ達を忘れてもらっては困る!」

「!――素直に滅べばいいものを…!」


敵はアムラスだけではないのだ。
サンジとルフィを逃してしまったが、この場にはそれ以上に厄介なジェルマの人間がいる。
アムラスの方が厄介だが、だからと言ってジェルマを放っておくのも愚策だ。
ジェルマは他の兄弟や戦闘員に任せ、オーブンはアムラスに集中することにした。
どちらかにかまけていては戦場は更に混乱になることは必須。
何よりアムラスの手中にいる妹を放っておくことはできない。
だが、やはり伝説は伝説だった。


「に、兄さん!姉さん!!」

「ぎゃー!出して〜〜!!」

「!?」


アムラスを見上げていたオーブンの耳に弟達の悲鳴が聞こえた。
その声は流石に無視はできず、悲鳴の方へ視線を向けると…オーブンはその光景に息を呑んだ。


「俺の手!どこ!?手!!」

「きゃ〜!首なし〜!」

「あ、足が消えた!!あぶねェ!踏むなよ!」


何人かの兄弟や戦闘員たちの身体の一部が欠損していたのだ。
それは怪我をしたとか、切り落とされたとかではない。
血は流れておらず、傷口と思える部分には真っ黒に塗りつぶされたように平らとなっていた。
首がない者、足がない者、下半身がない者、腕がない者…様々だ。
見る者が見ればグロテスクすぎて気絶していたかもしれない。
オーブンはその異様な光景を生み出した犯人…アムラスを睨む。
オーブンの殺さんばかりの目に、アムラスは愉快そうに笑い声を小さく零す。


「そう心配しなくても死にはしないよ…ちょっと、戦力を削ぐために君達の身体の一部を収納させてもらっただけだからね…ルフィ君達が逃げることが出来たら解放されるから安心してくれ」

「だからと穏やかでいられると思ってんのか!!そもそもアムラス!貴様おれ達を…ママを裏切ってタダで済むと思ってんのか!?」


アムラスの周囲には文字通り兄弟達の身体の一部を仕舞ったらしい箱がぷかぷかと浮かんでいた。
箱からも声やひっかく音などが聞こえ、更にオーブンの逆鱗に触れる。
だが、アムラスは向けられるビッグ・マムの子供達の殺気など気にも留めていない。
オーブンの言葉に笑っていたアムラスはピタリと声を止め、オーブンを見下ろす。


「リンリンには申し訳ないとは思っているよ…13年間もの間、僕を匿ってくれたことには本当に感謝しているんだ」

「匿った!?何言ってやがる!!貴様とママは夫婦になった!!アムラス!貴様はどう足掻こうがママの所有物なんだよ!!」


アムラスの『匿う』という言葉にオーブンだけではなく他の兄弟達も頭に来たらしく殺気の色が濃くなる。
オーブンの言葉は正しく、アムラスとビッグ・マムは正式に夫婦となっている。
ただ、海賊なため例え国を持つ王とはいえど一般人の結婚届を役所に届けを出すようなものではない。
この国では夫婦であっても、世間では2人は夫婦ではなく事実婚となる。
その認識の違いがあるが、すれ違いはもっと根の深い部分であった。


「『僕は君を愛せない…君から離れるかもしれない…それでもいいか』―――僕は最初リンリンにそう伝えてある…それを彼女が了承したから僕はリンリンの夫として13年もこの国に"滞在"していた……元々そういう約束だっただけだよ」


それが種族の壁だった。
エルフは同種以外の愛は存在しないが、人間種には種族関係なく愛が存在する。
その認識の違いが、深いすれ違いを生んだ。
そもそも、結婚という認識も2人の中では異なっていた。
アムラスは13年前にこの国を訪れ、運の悪いことにビッグ・マムに見つかった。
応戦するのも考えたが、やめた。
ビッグ・マムは除くとして、彼女の子供達…それこそカタクリと言えどアムラスは負けることはない。
だが今は妹どころかロジャー達仲間もいない。
鷹の目のミホークのように小船でも1人で海を渡れるなら別だが、どうしてかアムラスは妹のララノアと違い航海技術は身に付かなかった。
人の手が必須な以上、下手に目立つのは避けたかった。
幸いだったのは、まだビッグ・マムが自分を想い続けていたこと。
アムラスは何十年経っても恋心を失っていなかったビッグ・マムに、『しつこ…こわ…』と思ったとかなんとか…
とはいえ、初めて想いを告げられてから何十年も経っているのだ。
それも、告白される度にアムラスは断りの返事をしている。
ビッグ・マムのしつこさに思わず引いてしまうのは仕方ないだろう。
求婚されたアムラスは、ビッグ・マムを隠れ蓑にすることにした。
そう、アムラスからしたらビッグ・マムとの結婚は隠れ蓑としか思っていなかった。
自分はビッグ・マムを愛せないことも、性交が出来ないことも、種だけ差し出すことすらも出来ないことも、逃げることもちゃんと伝え、ビッグ・マムはそれを承諾してアムラスを夫として傍に置いた。
きっと承諾はしたのは逃がす気が最初からないからだろう。
それだけの力を彼女は得ている。
だが、同時に、それを跳ね除け逃げる力をアムラスも持っている。
簡単な話、ビッグ・マムはアムラスを夫として入手し舞い上がっていただけだ。
アムラスが自分から逃げるとは思わないほど、彼女は年老いても乙女だった。
種族という高く壊せない壁によってビッグ・マム達とアムラスの認識の違いというすれ違いは起こった。
種族のすれ違い。
だが、子供達にとって、ビッグ・マムにとってそんなこと関係ない。
義父は…アムラスは母の想いを利用するだけ利用して母を捨てる気なのだ。
それを知って笑える子供がいたら顔が見たい。
オーブンはこれでもないほど腸が煮えくり返った。


「ママはあんたを心から愛してたんだぞ!!」


ビッグ・マムが本当に愛したのは、アムラスただ1人。
どれだけ男に抱かれ、子供を産んでも…彼女の心にはアムラスしかいなかった。
それを子供達は知っている。
だからこそ、アムラスという男を尊敬し、父と愛した。
母が愛した男と夫婦となった時、盛大に式をして祝った。
義父が傍にいるときの母は本当に嬉しそうで幸せそうに笑っていたのだ。
それを見てしまえば下の子供達からしたら突然現れた男の父だとしても、母の幸せのため認めざるを得ない。
ペロスペローやカタクリなどの上の子供達はやっと母の望みの1つが叶えられたと心から祝福した。
アムラスも良き夫、良き父としてシャーロット家と接してきた。
妻の癇癪にも行き過ぎた嫉妬心にも執着にも、逆らわず妻の愛を受け止め続けてきた。
戦闘員の子供達には特訓もつけてくれたのだ。
なのに。
だというのに、目の前の男は―――


「だから?」


そう一言で片づけた。
母の何十年という想いを短い言葉で捨てたのだ。
その冷たい言葉に、オーブンだけではなくビッグ・マムの子供達は言葉さえ失う。


「―――っ!!」

「オーブン兄ィ!」

「オーブン兄さん!!」


その場に響いたのは爆発音だった。
オーブンは怒りのあまり我を忘れ、こちらを無感情に見下ろすアムラスに向かって飛び掛かった。
だが、アムラスに届く前に突然オーブンの身体が爆発したのだ。
それはアムラスの能力ではなく妖精の仕業だが、妖精の事は妻となったビッグ・マムでさえ教えていないので子供達もアムラスの能力だと勘違いした。
妖精はその生涯をエルフと共に過ごす。
妖精が生まれ増えることはあれど、そのエルフが死なない限り共に生きる妖精が減ることはなく、エルフからエルフへと移ることもなく、野生も存在しない。
妖精がどのように生涯を共にするエルフを選ぶのか、妖精がどのように生まれるのかは不明だ。
そのため、突然オーブンが爆発したのは、妖精がアムラスに害をなそうとするオーブンを排除したためである。
いつもなら『コラ…駄目じゃないか』と妖精の"悪戯"に軽く嗜めるアムラスだが、怪我を負うオーブンを見ても反応を見せない。
アムラスにとってアスカや妹、昔馴染み以外は興味すら沸かない存在であった。


「そうそう…君達の母親なんだけどね…彼女が今どこにいるのか知りたいかい?」


幸い、母の血を受け継ぐオーブンの身体は頑丈だ。
本気ではなかったのもあるが、妖精の悪戯も彼をノックダウンさせる威力はなかった。
けほ、と煙たさに咳をするオーブンと、そんな兄を心配する弟妹達を見つめながら、今思い出したように言った。
母の名に子供達はどよめき、誰もが縋る様にアムラスを見上げた。
そんな子供達の視線でさえ今のアムラスの心は揺らぐことはない。


「その前に…」


誰もが母の居場所を探していた。
だが、誰もが母の姿を見つけることはできなかった。
母を抑えることができるのはアムラス以外おらず、母と共にアムラスの姿も探していたのだ。
それがやっと母の居場所を知る事ができると皆聞き入っていた。
だが、その前にアムラスにはやるべきことがあった。


「ブリュレ!!」


持っていた箱を鏡の中へと放り込んだ。
ポイっと捨てるように放り込んだ箱の中には、妹であるブリュレが仕舞われているのだ。
誰もが姉や妹であるブリュレを助けようと駆け寄り手を伸ばそうとする。
だが、当然間に合うわけがない。
それを理解していても助けたいと思うのは家族なら当たり前の感情だ。
アムラスはそれを理解しての行動だった。


「鏡が…ッ!」


鏡の中に入れられても、助けに鏡の中に入ればいいだけだ。
だが、子供達が鏡に入る前にアムラスが鏡を割った。
放り出されている足で鏡をトンと軽く叩けば、強い衝撃を受けたように大きい鏡の一面全体にヒビが入った。
ヒビが入っても能力は継続されるが、妖精の力かヒビが入った鏡は普通の鏡へと戻っていた。


「アムラス…!貴様…!!」

「そうカリカリしないでくれないかな…怒ってばかりでは血管が切れてポックリ逝ってしまうよ」

「そうさせているのは貴様だ!!妹をよくも…!!」

「あれは時間経過で開くよう細工してある…ブリュレ君の能力は厄介だからね」


溜息をつくアムラスにオーブンは腸が煮えかえるような怒りは感じない。
一周回って腹を立てる程度になっていた。
殺さんばかりな殺意の中、アムラスは気にも留めず本題に入る。


「君達の母親は今、ふんわり島にいる」


母の居場所は簡単に教えられた。
簡単すぎて子供達は一瞬反応できなかったが、電伝虫を持っている子供達は一斉にその背中にある受話器を取り、全ての指揮系統を担っているモンドールへ連絡を入れる。
母の居場所を伝える子供達を見下ろしながら『ああ、そうそう』とついでと言わんばかりに続けて伝える。
子供達の視線が電伝虫からアムラスへ向けられる。


「彼女は時間経過で中が圧縮される箱に仕舞われている…この時間だと…もう少しで圧縮が開始されるかもしれないね…早く解放してあげないと流石にリンリンでも圧縮されていずれ死ぬだろう」


―――頑張ってね。
そう伝えてすぐ、アムラスは箱となりその姿を消した。

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