(265 / 274) ラビットガール2 (265)

世界会議(レヴェリー)の日に合わせ既に国を発っている王族の報告がチラホラと世界政府に来るようになった頃――


「黒蝶殿!船旅お疲れ様でした!」


一足先に大将黒蝶であるミコトが聖地マリージョアに到着していた。
海兵達に迎え入れられたミコトは、彼らの大将への憧れと熱望の視線を一身に受け止めながら笑顔を浮かべて礼を返した。
ハンコックと引けを取らない美女の笑みと声掛けに敬礼しながらも彼らは骨抜きにされていく。
愛する人と身も心も一つとなったミコトの魅力と輝きはとどまる所を知らない。
4人の部下を連れてミコトはそのままパンゲア城に訪れ、その中にある部屋の一つに案内された。
その部屋で部下と共に祖父が迎えに行っているリュウグウ王国の王族が来るまでのんびりしようとした。
しかし、紅茶がミコトの前に出されるよりも前に訪問者を知らせるノックの音が部屋に響く。
入室の許可をミコトが出せば、一人の海兵が入室してきた。
しかも、正義のコートを羽織ることを許されている海兵だ。


「お休みの所失礼いたします…黒蝶殿、五老星がお呼びです」

「……分かりました」


五老星の呼び出しであった。
ミコトは行きたくないという本音が出てしまったのか、返事が一歩遅かった。
しかし大将としての地位に立っているため断るわけにもいかず、用意してくれていたアルダ達部下に『ごめんなさいね…あなた方で楽しんでてください』と部屋で待機するよう伝えた後、案内役として来た海兵の後に続き部屋を出た。
扉を閉める寸前まで残念そうな顔と不安そうな顔を見せる部下にミコトは笑顔を見せて安心させる。

―――案内されたのは、ミコトのあてがわれた部屋から離れた場所。
いつも面会のために使われている部屋ではなく…なぜか王座がある場所だった。
ミコトも簡単に訪れることは許される場所ではなく、平然を装いつつも待機室に案内されたミコトは興味深そうに周囲に気づかれないように周りを見渡す。
すると案内してくれた海兵が申し訳なさそうにミコトに振り向く。


「申し訳ありません…黒蝶殿を疑っているわけではありませんが規則ですのでボディーチェックをお願いしてもよろしいでしょうか」

「ええ、構いませんわ」

「それと五老星から必ず海楼石を付けてから連れてくるよう命じられておりまして…」

「…そう、なら仕方ないわね」


海楼石をはめられた後、女海兵によってボディーチェックが入る。
勿論ミコトは能力者なため武器になるものは所持していない。
承諾はしたが、申し訳ない様子の彼に免じているだけで、納得はしていない。
王座がある場所なのだから、そこに王がいなくとも厳重にボディーチェックするのは当たり前だが、例え能力者とは言えどこれまでこの部屋を訪れた能力者達が海楼石を付けることを求められたことはない。
自分を警戒するにしても裏がありそうで本当は嫌だった。
ミコトが素直に両手を差し出したのを見て案内してくれた海兵はホッと安堵の表情をあからさまに出した。
傍からどう見られているのかなどミコトには興味がないが、気難しい女だと思われているのかしらと彼のあからさまな表情を見て苦笑いを浮かべるしかなかった。


「中にお入りください」


王の座がある部屋の前に立つと、もう一度ボディーチェックが行われ、それに合格したミコトは入室を許された。
一歩足を踏み入れただけでもその場所は空気が重く変わるのを肌で感じる。


(天竜人とは言え…一枚岩というわけではないのですね…)


ただの天竜人ならばここまで緊張するわけがない。
普通の人から天竜人に近い職に就く人間でさえ、彼らの機嫌を損ねる事に恐怖を感じている。
だが、ミコトはむしろ時々天竜人が哀れでならないときがある。
基本、彼らに同情も好意も持つわけではないが、五老星や神の騎士団と接していると意図的に天竜人を愚かに教育されているような気がしてならない。
リュウグウ王国の亡き王妃であるオトヒメに諭され別人のように変わったミョスガルドと接していると更にその考えが強くなる。
ミョスガルドを見ていると、彼らは最初から愚かではなかったと酷く哀れに思ってしまう。
彼らを憐れむと必ずアスカの姿が浮かぶ。
純粋に彼らを憐れむには、彼らの行っている愚行は罪深すぎる。
だが、そんな天竜人も流石に愚か者ばかりではない。
五老星や神の騎士団のように知識と才能を得ることを許された天竜人もいる。
彼らだって一枚岩というわけではないのだと、ミコトは彼らと接するといつも感じる。


「待たせたな、黒蝶」


何となく誰も座ることのない王座を見上げていると五老星が到着したのか、声を掛けられた。
心底嫌だが、一応目上の存在なので形だけ跪くと『楽にしてよい』と言われたので遠慮なく立ち上がった。
ミコトが動くたびにジャラジャラと不快な音が聞こえ、表には出さずミコトは眉を顰めた。
その音に五老星たちも気づき視線をミコトの手首に嵌められている海楼石の手錠に向けらた。


「不便をかけてすまないな、黒蝶…空白の王座とはいえ一応は王の間だ…理解してくれるとありがたい」

「ええ…存じております…お気になさらないでください」


理解もなにもないわ、と心底腹立たしいが立場上気にしていないと装うしかない。
ニコリと笑顔を浮かべるミコトに五老星はお礼を言い、それぞれの立ち位置に落ち着く。
ここまでは定型文のやりとりなので、ここから本題にはいるのだろうとミコトは心の内で身構える。


「それで…どういう要件で呼び出されたのでしょう?」


本来はマリージョアに到着するのはもっと先だったはずだった。
だが、五老星直々にきた連絡のせいで、まだどの王族も立ち入っていないマリージョアにミコトは一足先に足を踏み入れることになってしまった。
例え天竜人への無礼が許されているとはいえ、五老星の命令には従わなければならない立場にある。
仕方なく、ミコトは渋々…ほんっっっとーーに渋々、愛する夫の傍を離れて自分の軍艦まで能力で移り、そのままマリージョアに運ばれた。
とっとと面倒臭いであろう彼らの用と、リュウグウ王国の護衛の任を終わらせて愛する夫とその部下達のいる愛の船に戻りたいと思う。
ミコトの問いに五老星の一人が口を開いた。


「モンキー・D・ミコト…お前は転移者か、転生者か」


身構えてみれば、その問いにミコトはどっと肩の力が抜かれていくのを感じる。
『はあ?』と思わず言いかけてミコトは口を閉ざし、しかし、怪訝とした視線を装って彼らを見る。
一体何を言っているのだと顔に出しながら彼らを見渡すが、彼らの表情から彼らは冗談ではないのだということが伺える。


「何を言われるのかと身構えてみれば…またそのお話ですの?あの時お答えさしあげたはず…どちらでもない、と…」

「それは今も変わらぬか」

「ええ…わたくしはその…なんて言いますの、転生者?転移者?のどちらでもありませんわ」


転移者という意味は理解している。
転生者も。
恐らく、ミコトは転生者だろう。
流石に生まれた当時の記憶は薄らいでいるが、まだ母や父の温もりの記憶はある。
不器用な手つきで父に抱かれたのは片手でも余るほどしかなかったが、それでも両親や祖父からの愛情は感じていた。
自覚があり、尚且つ原作の知識を持って生まれたからこそ、ミコトはこの質問を肯定してはいけないと本能が言っていた。
だから父も祖父も夫も知らないミコトの秘密を隠し続けた。
ミコトの解答に五老星たちは『ふむ』とそれぞれ考えるそぶりを見せた後、全員がお互いに目配せをし、その視線をミコトに戻す。
五老星の視線を釘付けにしていながらもミコトは余裕の笑顔を張り付かせていた。
すると、静まり返っていたその場にカツカツと靴音が響きミコト達の耳に届く。
その靴音に五老星が弾かれたように王座へと振り返った。
五老星が後ろにある王座へ向けた視線を伝うようにミコトも誰も座ることのない王座へ視線を向ければ…そこには一人の人影が現れた。
その人影はゆっくりとした動きで座ることを許されない王座に腰を下ろし、それを見たミコトは目を丸くし驚愕した。


「!―――イム様!?なぜこちらに…!」

「まだ黒蝶がおります!どうかお戻りください!」


その慌てようにミコトはすぐに察した。
目の前にいる人物が、真の王だと。
王座に座るなど本来なら許されない…それこそこの場で極刑されても文句も言えない罪なのだ。
それを許されている時点でそれ相応の身分なのだろう。
ミコトは驚いていた心を落ち着かせ、王座に座る人物―――イムを冷静に見上げていた。
まだ何か言っている五老星を黙らせるとイムは自身を見上げるミコトを静かに見下ろし、ミコトとイムはお互い言葉なく見つめ合う。
ミコトはイムがどんな身分かは分からないが、王座に座って許される身分を目の前に礼をしないのは無礼かと思い跪こうとした。
しかしそれを意外な人物が止めた。


「よい…ヌシアならばムーに礼など不要」

「理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「ヌシアが"フレイル"だからだ」


『フレイル?』とミコトは眉を顰め怪訝とさせた。
それは演技ではなく、本音であった。
とはいえ、礼は不要と言われたので意固地になるのは逆に無礼だと言葉に甘えることにした。
イムが礼を不要と言ったためか、王座に座ることを許される身分を前にして立ち尽くしても五老星は咎めることはなかった。
ミコトは首を傾げながらイムに問う。


「"フレイル"とは何かお聞きしてもよろしいでしょうか」


許可もなくイムに声をかけると怒られるのかと身構えたが、咎められることはなく、むしろイムの手間を省かんと五老星が疑問に答えてくれた。


「フレイルは転生者と転移者の総称だ」

「ではわたくしがそのフレイルだと仰りたいのでしょうか…しかし、わたくしは東の海にあるフーシャ村で母から生まれた人間でございます…フレイルではございません」


フレイルとは、転移者と転生者の両者を指す総称と言われミコトは眉を顰めるのを隠しきれなかった。
確かに彼らの言葉通り、ミコトはそのフレイルに当たるだろう。
だが本人はずっと否定し続けている。
そもそもフレイルだという証拠などありはしない。
弟や父や祖父どころか、生みの親である母でさえミコトが転生者など知りえないのだ。
幼い頃から精神が成長していたおかげで変な言動は控えていた。
悪魔の能力をうっかり人前で使って以来、能力の出し惜しみはやめたが、それがフレイルだという証拠にはならない。
そもそも、この力が悪魔の実なのかも怪しい。
証拠がないのだから相手が当てていても否定し続ける限り咎められることはない。
無理矢理でも何でもいいからこの場を惚けてやり過ごす気だったミコトだったが―――この場に銃弾が響く。

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