ミコトは自身の失態に目を強く瞑り、自分のミスに苛立つ気持ちを落ち着かせた。
「……………」
殺気はなかった。
動作も気づかなかった。
確かにイムの存在に気を取られていたが、銃を向けられたら気づくはずだ。
なのに、気づかなかった。
ミコトの腕には桃色の羽衣がふわりと揺らいでいる。
海楼石をはめられているというのに、能力が発動してしまった。
羽衣…傾世元譲が『海楼石』を覆うように落ち着いた。
傾世元譲は防御特化型。
基本オートでミコトの身を守ってくれるもので、オートなためミコトが認識していない攻撃からも守ってくれる便利な能力である。
今回もミコトの身の危険を察知して発動してしまったのだろう。
この能力でミコトは多くの危険から身を守ってきた。
だが、その能力の便利さに足をすくわれたようだ。
五老星もイムも、自分を見るその瞳は『やはりお前はフレイルだ』と言っておりミコトは顔をしかめるのを隠しきれなかった。
「能力者が海楼石に触れれば能力が使えない…なぜ能力が使えるのだ」
「単に海楼石の濃度が低すぎるのでは?」
「残念ながらその手錠は純度100の海楼石だ」
「あなた方に弱みを見せたくはないので強がりをしていますの」
「海楼石で能力を封じられながらも能力を使用できるのはフレイルの特徴の一つだ」
「この広い世界…海楼石が効かない、または効きにくい体質の人間くらい探せばいるのでは?」
「そもそもお前の能力こそフレイルの証拠でもある…フレイルには時折悪魔の実では説明できない能力者が現れる事があるからな」
「ベガパンクでさえ解析できないことの多い悪魔の実を型に嵌めるなどできないのではなくって?」
ああ言えばこう言う。
きっとお互いそう思っているのだろう。
言い訳は通じず、ミコトはどう切り抜けようかと思ったが、逃げられない証拠を彼らは持っていた。
「アラバスタで1人の男を見逃しただろう…その男からお前がフレイルだと聞いている」
「……………」
五老星の言葉に、1人の男を脳裏に浮かべミコトは『あんの野郎ォ』と心の中で悪態をつく。
見逃してやった、能力を使って別人にした、金も用意してやった、戸籍も作ってやった…あれだけ手助けをしてやり見逃して五老星には捕まるなと忠告してやったのに、結局捕まった男。
アラバスタで騒動となったクロコダイルがトップだったバロックワークスのMr.00として所属していた彼は、ミコトに捕まり逃がされた。
名前が耳に届いていなかったので、二度目の人生を謳歌しているのだとばかり思っていた。
「よく見つけましたね…わたくしの能力で顔どころか声や体格さえ変えたというのに…」
「偶然な…彼が望んだゆえ、我々の下で保護している」
「…………」
どうやら自分から五老星の誘いに乗ったらしい。
別に相性の悪かった彼がどのような人生を歩もうがミコトにはどうでもいいし興味すらない。
だが、せっかく同郷のよしみで戸籍や金も用意し逃がしてあげただけではなく、五老星や世界政府の危険性も教えてあげたというのに彼はミコトの言葉を留めることはしなかったらしい。
彼と繋がっているわけでも、協定を結んでいるわけでも、味方だったわけでもないのだが、何だが彼に裏切られた気がした。
「…今、彼は」
「安心するといい…彼は私達の庇護下でのんびりと暮らしている…危害は一切加えていない」
「では、お会いしても?…誤解しないでくださいね…あなた方を疑っているわけでも彼に危害は加えようとも思っておりません…ただ世間話がしたいだけです」
「ではイム様とのお話が終わった後彼と話せるよう手配しよう」
流石にここには呼べないのはミコトも分かるので無理は言わない。
ミコトはもう抗うのはやめた。
結局、彼らは元々分かっていたのだろう。
ミコトが転移者か転生者なのかを。
「認めるしかないようですね…」
「ではお前は…」
「ええ…あなた方のお言葉をお借りするなら、転生者です」
足掻くのを諦めるミコトの告白に、五老星は分かっていたからか特に反応せず『そうか』とだけ返した。
別に彼らに反応してほしいわけではないのでミコトも特に反応はしない。
「それで…わたくしが転生者だと知ってあなた方はどうなさるのです…排除、なさるのですか?」
世界は違えど『生まれ変わり』を信じる者はミコトの前の世界にもいた。
信じる信じないは個人の自由だ。
ミコトは前世では信じてはいなかったが、転生を経験してしまっては否定できない。
だからなんだと思う反面、ミコトは警戒を高める。
その辺の人が転生やトリップなどをした人間を探すのは『ロマン』で片づけられるが、転生やトリップを探しているのが『五老星』と『五老星がかしずくほどの存在であるイム』が探しているというだけでただのロマンで片づけることはできない。
五老星はミコトの言った『排除』という言葉を否定した。
「排除などはせん…我々はフレイルを保護する側だ」
「保護をなさってどうするのです…正直…わたくしには理由が見当たらないのですが」
フレイルが総称だと知ったが、保護する理由が本当に分からない。
自分が転生者で、彼らが言うフレイルという種類に分けられるのは理解した。
だが、自分に原作の知識があるのと、悪魔の実では説明できない能力を所有して生まれた事、海楼石が効きにくい体質以外、ミコトは他の人間との違いを感じたことはない。
これでも他の人間にくらべて異質だが、たったそれだけで保護される対象になるとは流石には思えなかった。
実験体なら分かる。
他の人と異質な人間を調べて解明したいという欲求も理解できている。
だからミコトは父や祖父や弟…愛した男にだって、決して、絶対に、この体質の事は教えなかった。
彼らを信用していないわけでは…いや、していないのだろう。
人の口に戸は立てられぬ――この言葉がある以上、ミコトは誰にも教えることはできなかった。
「フレイルを保護して何をなさろうとしているのです」
自分の事だから知りたくなるだけで、他人事ならば関りになりたくないと思う。
特に、五老星やイムが関わっているのなら余計に。
疑いの目を向けるミコトに五老星は意外にも答えてくれた。
「フレイルはこの世界で初めて作られた種族だ…古代から存在している希少な存在をいつ失われるか分からない下界に野放はできんだろう」
「…世界で初めて作られた種族?フレイルが?…ですが…フレイルは転生者と転移者の総称だと仰ったではありませんか…矛盾していませんか?」
ミコトは五老星の言葉に訝しむ。
彼らの言葉をどこまで信じていいのか分からないのもあるが、とてもすぐには納得できるものではなかった。
そもそも、フレイルとは転移者と転生者の総称と言った。
死んで生まれ変わる転生者は分からないでもないが、転移者を『初めて作られた』と呼ぶには納得しかねた。
転移者…異世界トリップとは、死んで転生する転生者とは異なり自身の体がそのままその世界へと渡ることだ。
トリップと言っても様々なトリップ方法もあるらしいので一概には言えないのだろうが、そこまでオタクではないミコトには判断しかねる。
「そもそも…作られたと仰りましたが…誰に作られたのです」
ミコトの問いには誰も答えなかった。
五老星もイムも口を閉ざし、ミコトも答えてくれるまで何も言わないつもりなのか、その場は静けさが落ちる。
「神」
しかし、静まり返ったその場にイムの声が響く。
五老星と睨み合うように見つめ合っていたミコトはイムの呟きに、五老星からイムへ視線を向ける。
イムもミコトを見下ろしていたのか、イムの赤い目と重なる。
「神…」
答えてもらったが到底信じられなかった。
転生を経験したが、ミコトは元々無神論者である。
日本で生まれたため、そう思ってはいる。
ミコトの…日本の神とは、1柱の事を指さず、八百万の神という数えきれない神様がいると考えられてきた。
外国で信じられている神もその1柱にすぎない。
日本に比べて信仰が根付いている外国の人だって、信仰心とは別として神の存在を心から信じている人はそういないだろう。
信じていない様子のミコトを見ても、彼らは咎めなかった。
「元の世界でも神が創世したという話はありますのでそこは否定はいたしませんが……神が作った生物という意味ではあなた方だって…それこそ動物や微生物…植物だってそうでしょう…フレイルが本当に古代種として…保護し増やすのがあなたがたの目的なのです?」
「そうだ」
「………」
所謂、人間がよくやる絶滅危惧種の保護と繁殖だ。
文字にすると不快感が増すが、人間が絶滅危惧種が好きなのはどこの世界も同じらしい。
ただ…
(何か裏がありそうですわね…全て信じるのは危険ですね)
納得できなかった。
絶滅危惧種を増やすのは種の存続として正しいのだろうが、フレイルと言っても彼らと同じ人間なのは変わらない。
事実、ミコトはモンキー家の人間から生まれた。
彼らの言葉から察するに種族的な意味ではないのだろう。
(フレイルを集めて何を考えているのか…)
ただ、フレイルを集めているのは本当なのだろう。
顔も名前も戸籍さえも変えたあの男をわざわざ保護し世話をしているのだから、保護活動は疑いようがない。
だが、その保護しているのが五老星とイムというのがどうもキナ臭く感じる。
「それで…わたくしがフレイルだと知ってどうなさりたいのです…はっきり答えますが、わたくしはあなた方に保護をされるつもりはございません」
長年鬱陶しい質問への決着はつき、フレイルという謎も少し分かった。
だが、それだけで世界会議のタイミングでミコトをわざわざ王座の間に呼び出し、イムも姿を現したとは思えない。
ミコトの予想は保護するために呼んだと思っているが、問われる前にはっきりと断る。
勿論、それは今までのミコトの態度で彼らも分かっているのか「だろうな」と残念に思いながらも頷いてくれた。
ミコトはもっと力づくでくると思ったため、拍子抜けしたが安堵する。
「アスカという海賊をヌシアは知っているな」
その安堵を消し去った言葉をイムが放った。
ミコトはイムを見上げ…
「ええ…存じております」
素直に答えた。
2年前、弟の1人を失ったあの戦争でミコトとルフィの関係は知られた。
知られている以上、下手に隠さない方がいいと判断した。
それにアスカの名をイムが口にしたのだ。
見て見ぬフリはできなかった。
ミコトは脳裏に赤い髪の人影を浮かべながら頷く。
「ヌシアに選択をやろう…今すぐアスカをムーの所に連れてくるか…今すぐ保護を受けるか」
「………なぜ、アスカを?」
「その質問にムーが答える必要はない…ヌシアは選択をすればよいだけ」
「…………」
冷や汗が流れる。
なぜ、アスカなのか。
アスカは確かに麦わらの一味として名が挙がってはいる。
だが、空席でなければならない王座に座るほどの存在が認識するほどの認知度はない。
「あなたがアスカの手配書を書き換えたのですね」
ミコトの中で1つの点と点が繋がった。
ずっと疑問だったのだ。
なぜ今になってアスカの手配書が『生存のみ』と『言い値』となったのか。
ミコトは大将だが、手配書を設定する権限はない。
流石に生存はどうであれ、言い値という見たこともない表記に訴えたが大将でも突っぱねられた。
だが、イムの言葉にミコトの疑問が1つ解決した。
その疑問は、イムの無言によって肯定された。
「あの子が何だというのです…確かに世界政府に喧嘩を売った海賊です…なら一味全員がそうでなければ可笑しいでしょう……なぜあの子なのです」
言い値の理由が分からない。
無理矢理に理由を作るとしたら、ルフィ達が世界政府に喧嘩を売ったあの事件と、2年前の頂上戦争しかない。
しかし、だとしたらなぜアスカだけなのか。
なら、ルフィだって同じく言い値でなければ可笑しい話である。
「選択せよ…ヌシアはそれ以外に選択肢はない」
しかし、イム達は答える気はないようだった。
ミコトは選択を迫られている。
アスカを売るか、保護されるか。
アスカを売る答えは当然ありもしないが、保護される気もない。
保護されればこの役職も返上し、せっかく両想いとなった夫であるスモーカーとも引き離され、下手をしたら家族と一生会えなくなる。
「アスカはわたくしの可愛い妹です…あの子を売るくらいなら死んだ方がマシだわ」
「では――」
「ですがわたくしは我が儘なのです…あなた方の保護を受ける気もありません」
パキンと音を立て、海楼石の手錠が床に落ちた。
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