(267 / 274) ラビットガール2 (267)

フレイルは海楼石が効きにくい。
それはミコトが証明していた。
ただ、訂正があれば、その海楼石による。
ダイヤモンドが全て同じ価格と品質ではないように、海楼石と言っても全て同じとは限らない。
海楼石という役割は同じだが、品質の違いからフレイルでも効果のある海楼石も多い。
シーザーの作った飲む海楼石や、2年前の頂上戦争で黒ひげにつけられた海楼石は、ミコトの身体との相性が悪かったらしく効果を発揮させていた。
そして、先ほど付けられた海楼石。
これとの相性はいいようで、少しずつだが能力の使用も可能だった。
だから傾世元譲のオートが発動した。


「…やはり、貴様は無理にでも保護しておけばよかったか」


ゴトリと重い音を立てて落ちた海楼石の手錠を見つめながら、五老星の1人が呟く。
ミコトは傾世元譲で海楼石の手錠を隠し、少しずつ腐敗させ海楼石の手錠を外した。
五老星もそれには想定していなかったのか、珍しい驚いた反応にミコトは満足げに笑う。
その手には広範囲に攻撃が可能な禁鞭が握られていた。
広さを持つ王の間ではあるが、禁鞭なら余裕で全体的に攻撃が当たる範囲である。


「我々を殺す気か」

「あなた方を殺して何か変わりまして?海賊ならいざらず…わたくしは海兵…自ら世界の混乱を招くほど愚かな女ではありませんわ」

「では」

「これは警告…まあ、脅しですね」

「…………」


この6人を殺したら世界は大きく変わるだろう。
だが、殺した場合のリスクはミコトが想像するよりも大きい。
そもそも、弟のように海賊ならまだしも、ミコトは海兵だ。
それも、正義の心を持ちつつもジョーカーの正体を知りながらも黙認していた臭い物に蓋をするタイプ。
自ら世界の均衡を崩す気はない。


「アスカに手を出すというのであればわたくしがお相手しますという…警告…そして脅しです」


世界政府だってただ正義で動いているわけではない。
バスターコールやフレバンスの件もあるように、光には必ず影がある。
ミコトは最初、正義を背負うつもりは一切なかった。
軽んじていたのだ。
どうせ物語の中の世界。
現実に見えて、彼らは決められた行動しかできない登場人物。
2年前にその考えは改めたが、それでも民衆達が思っている以上にミコトの背中には正義という文字はない。
最初は孫までも正義から背を向ける祖父への同情や、エースを助けたいから海軍に入った。
それでも独善的な正義を背負いながら続けているのは、案外、海兵が心地良かったからだ。
同期からは嫉妬や妬みで虐められて友人1人も作れなかったが、海兵としての仕事自体は苦ではなかった。
あの頃は異物の自分でも居場所を作る事ができると思っていたし、今だって海軍が居場所だと思っている。
ミコトには正義らしい正義はないが、それでも海賊に身を落とすほどミコトの正義は濁っていない。
海賊となった弟達や、革命軍となった父と弟のことを責める気はない。
海賊であろうと、どんな罪を犯そうと、血が繋がらなくても、彼らはミコトの大切な家族には変わらない。
だから、妹であるアスカを守れるのなら、居場所だと思えるこの場所を失っても構わらないとさえも思う。
だが…


「ヌシアも"フィリア"の1人だ…フィリアを傷つけることはできぬ…故に、認められない」


それをイムが拒んだ。
ミコトは新たな単語に怪訝とした表情を浮かべた。


「"フィリア"?」


新たな単語にミコトは眉を顰め首を傾げる。
怪訝とさせるミコトなど気にも留めず、イムはブツブツと呟くように続けた。


「ムーはアスカが欲しい…アスカをムーの傍に置きたい…常にムーの傍にいてほしい…この手に届くところにいてほしい…」

「………」


どうやらその言動からイムはフレイルやフィリアという存在ではなく、アスカという人間に執着を持っているようだというのは分かった。
だが、なぜなのかと疑問ばかりが浮かぶ。


「…なぜそこまでアスカを欲するのです?あなたとアスカは面識がないでしょう?」


フレイルやフィリアという原作でも聞いたことのない単語が気にならないわけではない。
そもそも、原作に登場しないアスカとミコトが居る以上、聞いた事のない単語を気にしても仕方ないだろう。
今は、それ以上に可愛い妹であるアスカとイムとの関係性が気になった。


「アスカはムーのものだ……誰にもアスカを渡さぬ…渡してはならない…アスカはムーの傍こそふさわしい…」


駄目だ、とミコトは呆れたような目でイムを見る。
話が通じないとミコトはイムから五老星へと視線を向けるが、彼らはイムの様子に反応するえでもなく静かに控えていた。
それを見るに、イムの様子は突然起こった異変というわけではないようだ。
だが、だったら、余計に認めるわけにはいかないだろう。


「ではこちらもあなた方に選択をお与えするとしましょう」


アスカは記憶喪失だ。
ミコトはアスカの記憶が戻ったと知らないが、どうもアスカとイムの関係性は皆無だとしか思えない。
話が通じない以上、真面目に相手にするのも馬鹿馬鹿しく思った。
こちらが選択を迫ることができるような対等の立場だとミコトは思っていない。
だが、あちらもミコトに手を出せないのはイムの『フィリアを傷つけられない』という発言で理解している。
選択という言葉に五老星は不快そうな表情を浮かべるも、選択肢次第では交渉することは可能なのか黙ってミコトを待つ。
ペチンと手の平に禁鞭を軽く叩く。


「海軍大将を1人失うか…アスカを諦めるか…さあ、お選びください」


その瞬間、殺意が全てミコトに向けられた。
しかし、ミコトは平然としておりイムを見つめたまま彼の答えを待つ。
ただ、自分の言葉では色々と不足していると気づいており付け足す。


「アスカに手を出すというのであれば大将の座をお返しいたします…ですが、アスカに関与しないのであればわたくしの全てを差し上げましょう…実験をしたいのであれば大人しく実験台になります…ただし、どちらにせよ保護は拒ませていただきます」

「手を出さない、関与しない…その範囲はどこまである」

「あなた方が直接アスカに害をなそうとした瞬間…大将が1席空席となりましょう」

「ではただの接触ならば範囲外となるのだな?」

「ええ…ですが、できますの?」

「どういう意味だ」

「アスカの存在は2年前からご存じだったはず…なのに、あなた方は今まで行動を起こすことはしなかった……あなた方はアスカがあなた方を選ぶのならと仰りたいのだと思いますが……あの子があなた方を選ぶと思わないから、わたくしにアスカを捕まえるよう頼もうとした…そんな脅しが効くとでも?」

「…………」


何を恐れているのか、それとも本当に見逃していたのか。
アスカの手配書は彼らも2年前から気づいていたはずだ。
なのに今まで…今も、彼らは直接アスカに会うのではなく、アスカと親しいミコトとの接触を望んだ。
これに何か事情があると思っても無理はない。
ミコトの読みは当たっているのか、黙り込む。


「ヌシアが言える立場なのか」


静まり返る中、イムがポツリと呟いた。
その言葉にミコトは首を傾げる。


「というと?」

「夫となる男と仲を深めているようだな」

「―――!」


ミコトはイムの言葉に息を呑む。
夫となる男…それはスモーカーだろう。
まだ籍は要れていないので内縁の夫という形ではあるが、五老星からの見合い話なため当然ミコトとの関係は分かっているのだろう。
これは脅しである。
ミコトとイムはしばらく見つめ合っていたが、ふと、ミコトが笑った。


「あの方はわたくしが選んだ男です……理解してくださるでしょう」

「どうしても協力してくれぬというのだな?」

「可愛い妹を…家族を…捕まえて、自由のない保護を承認するなど姉ではない」

「だが、貴様も海軍を抜ける気はまずない、と」

「天職と思っておりますから…まあ、辞めろと命じられれば従いますが」


お互い脅しているこの現状が何だか笑えて来た。
次第に馬鹿馬鹿しく思えてミコトは笑ってしまう。
やっと夫婦らしい関係になれた途端に妻が海軍を辞めて逆に追われる身となるのは流石にスモーカーが可哀想だが、最終的には理解してくれるはず。
海軍を辞めるとなれば、祖父やセンゴクに謝ることになるが、彼らも五老星が関わっているとなると理解してくれるだろう。
海に出るとなれば、これまで世界政府のために働いた報酬の退職金として今の軍艦は貰っていき、部下達もついて来てくれるだろう。


(お父様の部下にでもなろうかしら)


海賊となったとして、部下に指示を出してあれこれ進路等を決めるのは面倒だ。
法律や規律に縛られない人生も楽しいのだろうが、海賊にも仁義というものが存在している。
それを無視している一般人が考えるような海賊もいるが、ミコトには正義が存在しないがその性格的にそれも難しいだろう。(所詮元社畜である)
そもそもミコトには夢も最終目的地もない。
強いて言えば、弟の夢を見守ることだろうか。
ついて行く気の部下を置いて行くのも可哀想だから大所帯で弟の船に厄介になるのは迷惑だろうし、弟の事だから姉が傘下に加わるのは嫌がりそうだ。(嫌がる弟の可愛い顔も見たいとは思うが)
父がいる革命軍に入って世界政府を滅茶苦茶にしてやるものいいかもしれない。
父には喜ばれるだろう。
あれでいて子煩悩な父なのだ。
祖父に自慢しそうである。
幹部達が煩そうだが、まあ時間が解決してくれるだろう。
ただ、ミコトの脳裏に1人の男が思い浮かんだ。


(流石にワンちゃんが可哀想ですわ)


その男とは、赤犬だ。
元大将赤犬、現元帥の男。
彼は元帥になった途端、麦わら海賊団の再結成、ドレスローザの事件、更にルフィがビッグ・マムに勝ったという記事に加えて、カイドウとビッグ・マムが接触するであろう電波をキャッチ。
就任してたった2年で世界会議まで行われる。
水と油の関係でも流石に同情してしまう。
彼のためではないものの、今、自分が海軍を抜けるとサカズキの胃に穴が開きそうだとミコトは『うーん』と何とか海軍を抜ける可能性の低い方を選択したいと考える。
その時、空気が変わった。
逸らしていた意識をそちらへ向けると、ミコトは心の内で目を丸くした。


「まあ」


冷静を装っていても、驚いてはいる。
ミコトの目の前には姿を変えた五老星がいた。
まず目立つのはその大きさだ。
巨人族よりも大きな巨体を持ち、ちっぽけなミコトを恐ろしい目で見下ろしていた。
人の形を残しているのは誰一人おらず、五老星全員が蜘蛛や鳥や馬などの姿に変えていた。
それも、普通の動物ではなく、恐らくは妖怪がモデルのような目をそむけたくなる異形だった。
とはいえ、能力に助けられているとはいえミコトも大将の1人。
すぐに気を取り直し、禁鞭を握る力をグッと強くし真っ直ぐ彼らを見返し薄く笑みを浮かべる。


「それ能力ですの?それともあなた方が化け物なだけ?」


嘲笑めいた言葉や仕草は隠していないのでよほど愚か者でない限り気づいているだろう。
だが、彼らからは目を細められただけで終わった。
実力もミコトよりも上だと自信があるからだろうか。


「お互い引けないのなら無理にでも従ってもらうぞ、黒蝶」


ミコトは保護されたくないしアスカも捕まえたくない。
五老星達もアスカもミコトも逃したくない。
両者の意見は完全に割れた。
それはお互い引けない部分であり、協力などどちらも折れないのなら無理である。


「まあ!恐ろしい!ふふ…できるのでしたらどうぞ、ご勝手に」


ミコトは思っていないような言葉で笑った。
ヒュン、と禁鞭を軽く振る。
ミコトは彼らの実力は知らない。
そもそも、ミコトの原作知識は2年前で止まっており、彼らが戦闘ができる能力者であることも知らなかった。
最終的に主人公であるルフィ達と関わるのだろうと思っていた。
それが戦うことになるのか、間接的なのかは分からないが、彼らの外見では推し量れないものの肌を刺す気配から油断できる相手ではないのは分かる。


(さて…どうするべきか……戦って勝てるならまだいいけれど…逃走を選んだ場合、わたくしの立場はどうなるのか……これは本当にお父様を頼ることになりそうですわ)


ポコポコと重力を操る盤古幡を周囲に出しながら考える。
戦って勝てるなら力でねじ伏せればいい。
だが、もしも戦っても勝てないと判断した場合。
ミコトは迷うことなく逃亡を考える。
命が惜しいというよりは、ここで死ぬわけにはいかないと思った。
逃亡を選んだ瞬間、サカズキの胃が犠牲となるが…まあ、仕方ないと思ってほしい。
サカズキだって同じ立場だったら反抗するだろう。
お互いがお互い、引けない戦いとなったその時―――


「やめよ」


鶴の一声というのはこういう事だろう。
イムのその言葉で部屋に包まれていた殺意が散った。
それに合わせてミコトも戦闘態勢を解く。


「我々がここで争っていても仕方あるまい…」

「黒蝶…我々はお前と対立したいわけではないことだけは理解してほしい」

「はい…それは私も同じでございます」


お互い対立したいわけではない。
ただ、ミコトは時が来れば敵対しても構わないと思っているが、恐らくそれは五老星も同じだろう。
ただ、お互いにそれが今ではないだけ。
お互い引かないためか、世界会議も始まるのもあり、この話は保留として片づけられた。


「ヌシアに1つ警告をしよう」


五老星は姿を戻し、ミコトは傾世元譲以外の能力を消す。
そんなミコトにイムがポツリと呟いた。
その呟きに五老星からイムを見る。
『警告?』と首を傾げるミコトにイムは頷く。


「アムラスとララノアという三つ子がいる…始祖のハイエルフだ」

「……その者達が何か?」


エルフという種族に聞き覚えがないフレイルは恐らくいない。
始祖というのだから、想像する以上に長生きしているのだろう。
警告と言っていたので、彼らとイム達の関係は良くないのだろう。
ただ、三つ子と言っていたのに2人の名前しか挙げられないことへの違和感や疑問はあるが、今はそこを気にするべき点ではないだろうと突っ込むのを止める。
ミコトの問いに、イムは言った。


「あの2人はアスカを殺すぞ」


その言葉が静かに落ちた。

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