穏やかな時間が流れていたはずの社交の広場はあっという間に騒然となった。
逃げる王族達を縫って向かえば、この世で最も厄介な存在がアルダとオードリー達と対峙しているところだった。
「そこをどくえ!!わちしを誰だと思っているんだえ!!」
厄介な存在、天竜人であるチャルロス聖が苛立ちをそのままに自分の部下2人に怒鳴りつける。
その傍には彼女達にノックダウンされた巨人族の奴隷が1人倒れており、世界貴族である自分に反抗する存在に苛立ちを積もらせていた。
「どのような御用か存じ上げませんが、お引き取りください」
「なんでわちしがお前達の言う事を聞かなきゃいけないんだえ!!どくのはお前達だえ!!海兵の分際でわちしに逆らうんだえ!?」
アルダは腰に差している刀を抜きはしていないが、いつでも抜けるよう触れている。
隣にいるオードリーも能力は出していないものの、いつでも反撃できるよう臨戦態勢である。
目の前の2人は海兵である。
世界貴族であるチャルロスに逆らうなど以ての外であり、チャルロスは我が儘が通らないことへの苛立ちにこれでもないほど腹を立てていた。
「今すぐ大将を呼ぶえ!!この者達を処刑させてやるえ!!」
「あらぁ、残念ですわぁ…あたし達、黒蝶の部下ですのぉ」
「だったらなんえ!!お前達が黒蝶の部下なら!黒蝶に処刑させるえ!!」
大将、という言葉に王族達は青ざめあっという間に周りから遠ざかった。
あれだけ美しい愛らしいと褒めたたえ交流を望んでいた王族は誰も助けに入ることはなく、助けようとしてくれたビビとレベッカ達は周りに止められていた。
この場でしらほしを守れるのは、アルダとオードリーしかいない。
2人の後ろに庇われているしらほしは困惑している様子だが、奴隷にするという言葉を聞き青ざめ恐怖に身体を震わせていた。
その傍には兄であるリュウボシがおり、しらほしはリュウボシの後ろに隠れている。(体が大きすぎて隠れきれていない)
アルダとオードリーはチャルロスの言葉に呆れた。
ミコトは例外として天竜人に対して裁量の権限を五老星から与えられており、それは五老星から全ての天竜人へと通達されている。
幼い子供ならまだしも、チャルロスは成人している天竜人。
その通達を知らされていないとは言わせない。
権限は基本ミコトのみの有効ではあるが、例外としてミコトの部下ならばミコトを通してアルダ達もその権限を利用することができる。
権限を持っているとはいえ、権限を許されているのは部下ではなくミコトのみ。
権限をミコト越しに許されているとはいえ、危害を加えてミコトの不利になることは避けたいが、今のような状況の場合、ミコトの部下達が天竜人を追い出すくらいなら五老星や神の騎士団からの咎めはないだろう。
いい加減実力行使に追い返そうかと思った時――
「どこの誰に誰を処刑させるというのです?」
ミコトの声がその場に届く。
誰もがその声に振り返ると、海軍大将であるミコトの姿があった。
アルダとオードリーはミコトの姿に安堵の息をつき、しらほしとリュウボシの傍には父と兄達が駆けつけた。
その傍にはエルシェが配置され、オードリーとヘレンが配置を交代する。
ミコトはしらほし達を庇うアルダとヘレンの前に立ち、騒ぐチャルロスを見下すような視線を向けた。
奴隷達や周囲からの怯えた視線や隠れた蔑んだ視線に気づかないのに、ミコトの真っ直ぐ向けられる蔑みの視線には気づき怖気づいたように一瞬言葉を飲み込んだ。
そんなチャルロスにミコトは嘲笑を向けた。
「チャルロス聖…この場は加盟国の王族の方々のための広場だということはお分かりですね?」
「だ、だからなんだえ…!」
「あなたが来る場所ではないという事です…お戻りください」
『てめぇの来るところじゃねぇからとっとと巣へ帰れや』とミコトは言っている。
その言葉にどよめきの色が濃くなる。
当然だ。
相手は全てが許される天竜人。
全てが許されるが故に、たった少しの反抗でさえ死刑にもなる。
ミコトはそれを知らないと言わんばかりに帰れと言ったのだ。
普通の人間が恐れ離れるのは十分であった。
ミコトはそんな周囲など気にも留めず、チラリとしらほし達を見る。
幸いにもアルダとオードリーが守ってくれたため、しらほしとリュウボシに怪我はない。
だが、彼女達に怖い思いをさせてしまった。
護衛として一刻も早くチャルロスを追い出さなければならず、自分の空気に飲まれつつあるチャルロスに気づいたミコトはとりあえず穏便に済むのならと会話を試みる。
だが、何度天竜人と対峙するが、五老星と神の騎士団、そして個人ではミョスガルド以外と会話が成立したことがない。
「その魚はわちしの奴隷だえ!!たかが大将ごときが邪魔するなえ!!貴様も処刑させるえ!!」
分かっていたが、やはり会話が成立しない。
アルダとオードリーが守ってくれたおかげでチャルロスまだしらほしに指一本も触れていない。
だが、チャルロスはしらほしをすでに自分の奴隷として認識している。
身勝手ではあるが、本来ならチャルロスのその傲慢さは許されるはずだった。
だが、ミコトは違う。
「姫様は奴隷ではありません…早くお引き取りくださらないかしら」
「何を言ってるえ!!いいからその魚を返してもらうえ!」
「……チャルロス聖…通じていらっしゃらないのではっきりお伝えしますが…ここはあなたのような者が来るような場所ではありませんし、リュウグウ王国の王族の方々含めこの場にいる方々は物でもなければ奴隷でもありません…わたくしにはあなた方天竜人に対して裁量の権限を五老星から頂いております…これ以上駄々を捏ねられればわたくしの権限であなたを強制的に退出をさせていただきますが…」
――これでも我が儘を通しますの?、というミコトの言葉にチャルロスは後ずさる。
正直ミコトの言葉を全て理解するほど賢くはないが、流石に天竜人としての常識はあるのか『五老星』という言葉に怖気づいたらしい。
ミコトの天竜人への態度にリュウグウ王国以外の王族達は怯え、遠くにいるため会話は聞こえない(聞こえても天竜人が怖くて見て見ぬふりをする)が、しらほしと仲良くなったビビとレベッカ、天竜人に絡まれたしらほしを助けようとした2人を止めに入ったサイ達は聞こえる距離にいた。
ビビは2人の会話に…ミコトの言葉に、怪訝とした視線をミコトに向ける。
(五老星に権限を与えられた?…あの人…ルフィさんのお姉さんだったわよね…一体何者なの…?)
大将である黒蝶がこの場に姿を見せたことには驚きが隠せなかった。
黒蝶といえば、絶世の美女である海賊女帝ハンコックと肩を並ぶほどの美貌を持つ海兵として有名で、ビビもミコトを今日初めて会った。
噂に違わないその美しさに魅入られてしまいそうになるが、そんな美女があのルフィと血の繋がった姉弟だとは到底信じられない。
白ひげとの戦争で、ルフィとドラゴンの繋がりを知られると、苗字から芋ずる式にガープとミコトもその一家だと知られる。
そんな海賊と革命軍との強い繋がりを持つ人間に天竜人を裁くことができる権限を与える理由が思い当たらない。
「わちしは――――」
天竜人である自分に逆らう人間など会った事がなかった。
親でさえ自分に甘いというのに、目の前の人間は自分の言葉を受け入れないどころか拒むばかり。
迷惑そうな目線を初めて真っ直ぐ向けられたチャルロスは一歩足を踏み出した。
その瞬間、目の前に剣先を突き付けられその場の空気は一瞬にして凍りつく。
騒めきさえもかき消す静けさにミコトの声だけが響く。
「巣へお帰り、という人間の言葉が通じていませんの?」
ミコトの手には年月を経て心を宿した飛刀が握られている。
飛刀も天竜人を良く思っていないのか、いつもの憎まれ口をたたくその口は堅く閉ざされていた。
ミコトはいつもの笑みを浮かべていた。
だが、その目は笑っていない。
ミコトの苛立ちは部下だけが感じ取る事ができた。
それでも天竜人という存在に驕っているチャルロスは引かなかった。
ぐぬぬと悔しそうに顔を歪ませながらバッと振り向いた。
「何してるえ!!この女をさっさと殺すえ!!」
チャルロスの言葉でミコトはその存在に気づく。
チャルロスの傍にはCP-0と呼ばれる諜報機関の人間が控えていた。
彼らも今回の会議の際に召集されたのだろう。
彼らは世界貴族の直属なので、主に王族ではなく天竜人の護衛が役目だ。
いわば海軍大将であるミコトであっても彼らの方が立場は上だ。
(あれがロブ・ルッチ…扉絵では復職した場面は描かれていませんでしたが…復職どころか昇格したのね)
海軍大将まで上り詰めておいてCPの事を知らないなどありえない。
だが、こちらの世界に来る前に見たルッチが敗れた後の扉絵ではCP-7からCP-0へ昇格したとは描かれていなかったため、純粋な驚きはあった。
天竜人の命令もあり、チャルロスを守る様に前を立つ彼らとミコトは初めて対峙した。
獲物を狙う豹のような鋭い目線を向けるルッチにミコトは剣を降ろしニコリと笑ってみせる。
しかしその笑みは挑発めいていた。
「これはこれは…どなたかと思えばCP-0の皆様ではございませんか…お忙しい方々だと思っていたのだけれど…子守だなんてよほど暇なのですね」
「海軍大将殿こそよほど暇らしいな…こんなところでお茶会を嗜むほど時間が有り余っていて羨ましいかぎりだ」
ルッチもミコトも、会って分かった。
こいつとは気が合わない…と。
ミコトの嫌味を鼻で嗤うルッチに、カクが『おい、簡単に喧嘩を買うな』と小さく注意するが、ルッチもミコトも知らん顔である。
「そういえば昇格なさったのですね…――――ルーキーの海賊に負けた男を昇格させるなんてよほど人手不足のご様子…同情しますわ」
ミコトはルッチの地雷を踏む。
偶然ではなく、わざとだ。
あの後ルッチが再登場する前にこちらに飛ばされたので、彼がルフィに対してどんな感情を持っているかは分からないが、あんな言い方されれば誰だって怒りを覚えるだろう。
案外挑発に乗りやすいタイプなのか、ミコトの言葉を聞いた瞬間ルッチは手改め足が出ていた。
しかし、その蹴りをミコトではなく…アルダが止めた。
それも、刀を抜かず鞘だけで。
それはルッチが本気ではなかったのもある。
「躾のなっていないネコちゃんだこと…元長官殿でいらっしゃったあなたの飼い主はいずこに?飼い猫には首輪をしていただかなくては野良猫と勘違いされて保健所に送られますわよ」
「そっちこそ躾のなっていない虫だな…動物以上に躾のしようのない低能な虫を大将に置くとは…世界政府に同情を禁じ得ない…人手不足ならばCPから貸してやろうか?」
言葉にはしていないが、ミコトの部下と、カク達は『やんのかコラ』『上等じゃねえかコラ』という声にしていない言葉を聞いた気がした。
古い知り合いのカクは年上の幼馴染に溜息をつくしかない。
「何を遊んでいるえ!!早くその女を殺してわちしの魚を連れ戻すんだえ!!」
王族達は緊迫した空気に流石に口を挟めなかったが、流石傲慢で形取られたかのような天竜人…空気を一切読む気はない。
しらほしを指さす天竜人に、ギリギリと刀と勝負していたルッチは、アルダを軽く蹴り飛ばしミコトと改めて向かい合う。
「天竜人はこの世界を創造した『神』…ここにいるのはいわば"下界の王達"…『神』が欲する物は全て差し出すのは必然…とっととその魚を渡せ、黒蝶」
その言葉に、父と兄達がしらほしを背中に隠す。
ルッチは別に人魚姫になどに興味はないため、今更壁が厚くなったとしてもどうでも良かった。
この、今自分を阻む壁さえ壊せば後はどうにかなる。
見下すように見つめるルッチの言葉にミコトが何かを言う前にビビが割って入ろうとした。
「理屈が通らないわ!!」
「神が通す必要はない」
ビビが今にも食ってかかりそうな勢いでルッチに歩み寄ろうとしたが、ミコトに止められてしまう。
護衛と従者としてついてきたアラバタスタの護衛達やイガラムは顔を青ざめビビを連れ戻し宥めるが、ビビの憤りは収まらない。
ミコトはビビに一切視線を向けず、ルッチだけを睨むように見つめていた。
ビビが下がったのを確認したミコトは飛刀でルッチと自分の間に一本の線を描いた。
ルッチは視線を地面に描かれた一本の線からミコトへと向け、視線で『これはなんだ』と問う。
「この線を超えないことをお勧めしますわ」
「ほう…超えるとどうなる?」
分かっていながらも聞くルッチに、ミコトは答えない。
ただ笑みを深めるミコトに代わり、傍にいたヘレンがアルダに倒され気を失っている天竜人の奴隷の巨人族へと歩み寄り…そして、彼に触れる。
するとその瞬間、奴隷の巨大な身体は絵を描くように立体パズルのピースに変わっていった。
ルッチが『それがなんだ』と問えば、ヘレンは指でコツンと軽く叩く。
すると、完成されたパズルが糊で固める前に粉々になるように奴隷の身体はパーツになって地面に散ったしまう。
巨体なのもあって、奴隷が倒れていた場所には山となったパズルピースが盛られているだけとなる。
身体がピースになって崩れた。
たったそれだけだが、元々そのピースは人間だったものだ。
それが崩れたということは…―――王族達はその残酷さに顔を青ざめる。
しかし、ルッチやカク達CP-0、そしてミコト達は誰一人表情ひとつ変えずお互い睨み合っていた。
「わたくしも内輪揉めなどしたくはありませんの…理解していただけると助かります」
立場はあちらの方が上だ。
CPはいわば世界政府全軍総帥のコングと同等。
その直属の部下である元帥の部下であるミコトとの立場は異なる。
だが、ミコトは五老星直属から権限を貰っており、今それを振り翳さずいつ振りかざすのか。
できればここを血で染めたくないし、もう遅いかもしれないがリュウグウ王国の王族達にトラウマを持たせたくはない。
気に入らない相手であれど、出来るだけ争いは避けたいと思っていた。
だからミコトは愚か者であるチャルロス相手でも武力行使はしなかった。
「何をもたもたしてるえ!!早く殺せCP0!!」
「………」
ルッチは内心舌打ちを打つ。
相手が気に入らないのはルッチだって同じだ。
だが、ミコトの権限はルッチも知っており、だからこそ戦闘狂でもあるルッチがそう簡単に手を出さない理由でもある。
ミコトの指示ならば、この後天竜人に咎められてもダメージはないだろう。
だが、だからと簡単に目の前の女から退くのは癪である。
そのためルッチは後ろで騒ぐチャルロスの命令に何も答えなかった。
とりあえず黒蝶と戦える機会もそうないだろうから蹴り一本でも入れて喧嘩でも売っとくか、とナチュラルに喧嘩を吹っ掛けようとしたその時―――
「おい!!やめろ!チャルロス!!!」
天竜人が何者かによって金棒で殴られ吹き飛んだ。
後ろから殴られたチャルロスの身体はミコト達の方へと向かって飛んできたが、ルッチには振り向かえりもせずひょいっと軽く交わされ助けてもらえず、更にはミコトの能力で出した透明の壁に激突し止められた。
「誰だ天竜人を殴ったのは!!」
「お、おれァ関係ねェぞ!!か変わってねェ!!」
辺りは騒然としていた。
ミコトが止めに入った時もそうだが、今度は天竜人を殴り飛ばし危害を加えたのだ。
天竜人に危害を加えると海軍大将と軍艦が派遣されることになる。
大将は今この場にいるため今この瞬間、この場は戦場となるだろう。
我が身可愛さにビビ達以外の王族は自分は関係ないと騒ぐ。
そんな騒がしい中、ミコトとルッチは静かに天竜人であるチャルロスを殴り飛ばした人物へと視線を向けた。
「私の事などお忘れだろうネプチューン…―――しかし私にはリュウグウ王国への恩がありこの日を待っていた…あなた方がここに来る日を…」
その人物は天竜人が現れたことで恐怖を与えてしまった事を"謝罪"した。
その人物の口調からネプチューン王を知っている様子で、王はその人物を見て目を丸くする。
それはネプチューン王だけではなく、その子供達であるしらほし達も見覚えのある人物に目を見張った。
その人物とは―――
「10年前…リュウグウ王国に漂着した…愚かな天竜人が私だ…―――亡きオトヒメ王妃に諭され人間にしてもらった!!全力であなた方の力になりたい!!」
天竜人、ドンキホーテ・ミョスガルドだった。
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