(7 / 293) ラビットガール (07)

女の子が目を覚ました。
目を覚ましたのは、フーシャ村で治療を受けてから5日。
静かに瞼を開け、目を覚ました。
そう、静かに。
―――女の子は目を覚ましたが、全く反応しなかったのだ。
医者が声をかけても、女性が声をかけても、ルフィが声をかけても、何も。
経管栄養は目を覚ましてもしばらくは通したままなため、栄養は問題ない。
しかし、女の子は生きる気力を見せず、ただ目を覚ましては眠るのを繰り返しているだけだった。


「…………」


今日もただ目を覚まし天井を見るだけの一日が始まった。
そんな女の子に大人達は諦めず、寄り添ってくれるが、女の子が応えたことはない。
この日も医者と名乗った二人の男女と、ガタイの良い老人、そして血のような赤い髪が目を引く男が声かけていた。
そして、一人。


「なあ!これ!今日はこの花だ!!」


同年代であろう男の子――ルフィ。
女の子が目を覚ました事に最初に気づいたのは、ルフィだった。
あれから大人のいる時に限りだが、女の子の部屋に入り浸って観察するように眠る女の子を見ていた。
村では珍しい同世代の女の子ということで、ルフィも興味があるのだろうと、大人達は微笑ましく見守っていた。
そして、一日も休まず女の子を見つめて五日後―――ルフィは重く閉じていた女の子の瞼が震えるのに気づいた。
あ、と思った時…女の子の瞳が開けられるのを見た。
それから大人達は忙しく動き、やっと落ち着いたのだ。
そして、ルフィはその日から日課が一つ増えた。
毎日欠かさず届けて飾っていた花を女の子に見せるという日課だ。
今日も土や泥を洗って綺麗にした花を、花瓶に挿す前に女の子に今日の花を見せる。


「…………」


当然、女の子は天井ばかり目をやり、花など一切、目もくれない。


「これな、カムラのばーちゃんがお前にってくれたんだ!元気になりますよーにってさ!」

「…………」

「その帰りにな、きれーな青色の花を見つけたんだ!明日はそれを持ってきてやるよ!」

「…………」


無言しか返ってこないが、ルフィはずっと話しかける。
今日の出来事や、思い出した出来事など、様々だ。
シャンクス達も『毎日よくそんな話すことあるなァ』と感心するほど、毎日女の子にルフィは話しかけていた。
でも、誰もルフィを止めようとはしなかった。
あまりにもしつこいとドクターストップがかかるが、ルフィも加減を覚えたらしく、最近では止められる前に女の子の観察へと戻るようになった。
満足したのか、花瓶に花を挿して定位置に置く。


「………」


ルフィは部屋を出るのではなく、また女の子が寝るベッドへ戻り、じっと女の子を見つめる。
女の子は栄養が足りていないらしく、やせ細っていた。
同じ年頃だと大人達は言っていたが、どう見てもそうは思えなかった。
大人達は、ルフィに女の子は病気なんだと答えた。
流石に子供に現状を話すのは憚れるためだろう。
病気だからごはんが食べれず、骨と皮になってしまったのだと。
なら食べればいいと子供ながらに思うが、そう簡単な事ではないのだろう。
一度も病気をしたことがないルフィからしたら、ご飯が食べられないなんて考えられなかった。
どれほどつらいのだろうかと、ルフィは一度、女の子と同じようにごはんを食べずに過ごそうとした。だが、半日ももたず、ルフィなりにそのつらさを知った。
両腕を組んでその上に頬を乗せ、じっと女の子を見る。
触れてはいけないと言われているし、やせ細った体に触れると壊れそうで触れるのが怖かった。
だけど、何となく―――そう、なんとなく。
そっと恐る恐るルフィは女の子の頭に手を伸ばした。


「ごわごわだ」


碌に風呂に入れられてこなかったせいで、髪が固まってしまっている。
体調を見て大人達が少しずつ綺麗にしてはいるが、それでも限度があるのだろう。
綺麗な紫色の髪だと、思った。
どれだけ男の欲や垢で汚れていても、綺麗だと思ったのだ。
触ってみたくて、でも触るのが怖くて、見ているだけだった。
何となく、手を伸ばして触ってみたが、やはり触り心地は悪い。
部屋にいる大人達もルフィに気づいていない。


「早く元気になって、あそぼ」


子供として、当然の感情。
だが、きっと、心を病んでいる人にとってはつらい言葉。
子供ゆえの発言は誰の耳にも届かなかった―――一人を除いて。
ルフィは大人達に怒られる前にと、手を引っ込め、また再び女の子を見つめ続ける。
それは何十分、何時間も続き、ついにはルフィは眠ってしまう。


「ルフィ―――」


そろそろ面会の時間は終わりだぞ、とホンゴウがルフィへ振り向いた。
だがその言葉は続けられる前に飲み込むことになる。
――女の子が、ルフィを見ていたのだ。
流石に起き上がる元気はないのか、顔を天井から逸らして、傍で眠るルフィを見つめていた。
あれほど周りが声をかけてもピクリとも動かなかった女の子が。
別の作業をしていた女医に気配も音も消して近づき、肘をついて声なく話しかける。
患者の共有をしてはいるが、結局は海賊と海軍。
気配を消して近づかれると警戒してしまうのは当然だが、すぐにホンゴウが気配を消した理由に気づいた。
女医とホンゴウは目で会話をする。


(話しかけたら終わるな、これ)

(終わりますね、これ)


本当は、天井を見るばかりの女の子が反応を示したことに喜びたい。
わーわー言って話しかけて抱きしめたい。
だが、それを行えば、女の子の心は更に固く閉じてしまうのは分かっており、息を潜んで見守るしかできなかった。
女の子はじっとルフィを見つめていたが、ふと、違和感に気づいたのか、鼻に手を伸ばす。
それを見て医師の二人は危険と判断し、見守ってやりたい心を鬼にして慌てて鼻に入れられているチューブに触れる女の子を止める。


「待て待て…それを取ったら駄目だ」

「…………」

「ごめんね、このチューブは君にとって大事なものだから…しばらくは付けさせてね」

「…………」


経管栄養は目を覚ましたからと言ってすぐには抜くことはできない。
患者からしたら違和感や不快感を感じても、このチューブは患者の命を繋ぎ止める大切なものだ。
女の子は女医を見た後、ホンゴウを見た。
その瞬間、その場の空気に緊張が走った。
ホンゴウは男だ。
男で、海賊だ。
女の子のトラウマを呼び起こすのに十分な素材である。
だが、女の子は表情をピクリとも変えず、医師の言葉に従い手を降ろす。


「………」

「………」


チラリ、と女医とホンゴウが視線を合わし―――安堵する。
まだ安心するには早計だが、とりあえず女の子にトラウマへの恐怖は見られなかったことに安堵した。

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