(7 / 293) ラビットガール (7)

ミコトはシャンクスにはああ言ったものの、世界貴族である天竜人の奴隷だった子供に食事を食べさせるのは少し自信はなかった。
体の傷や病気を能力で治せても、人の心にある傷は能力では治せない。
今まで恵まれた環境でのびのびと育っていたミコトにとって奴隷を経験した人の全てを理解するのは少し難しかった。
それでも放っておくこともできず、とりあえずまた様子を見に二階へと上がり、女の子が眠っている部屋へ入る。


「…………」


まだ眠っていた女の子の傍に歩み寄り、傍にあった椅子に座って目を頑なに閉じる女の子の髪へ手を伸ばす。
奴隷などがお風呂に入れるわけでもなく、当然想像通りその髪は痛んでいた。
正直体も匂っており、お世辞にも清潔だとは思わない。
だが眠っている間にマキノが体を拭いているのか、それほど匂いはないが、無臭というわけでもなかった。
だが、それは仕方ないとミコトは思う。
今にもポキリと折れそうなほど栄養が体全体に行き届いていない女の子を無理矢理臭いからという理由でお風呂へ入れれば生死に関わるし、何より女の子は心を深く傷ついているのだ…お風呂なんて無理矢理入れれるわけがなかった。
ミコトは今まで祖父に愛され、愛おしい弟がいて、幸せな時間ばかりだった。
だからこそ、ミコトは天竜人にされ続けた悲痛の日々が分からない。
想像は出来る。
同情も、奴隷達がどれほど傷つき助けれるのなら助け出したいという良心的な感情もある。
だが、彼らにしか分からない闇が幸せに生きてきたミコトに分かるはずがなかった。


「……、」

「起きました?おはようございます」

「…………」


どれほどの屈辱があり、どれほどの苦痛があり、どれほどの恨みがあり、どれほどの悲しみがあったか…ミコトは見下ろす幼い寝顔に心を痛め、決して触り心地がいいとは言えない髪を撫で続ける。
するとその手に目を覚ましたのか、閉じられた女の子の目が開かれ、ミコトは『あら』と起きたことに気づき笑みを浮かべ同情や悲しみを笑顔の奥に隠す。
顔を覗き込めば、ミコトがいた事に驚いているように小さく目を丸くしたが、やはり口は利かずじっとミコトを見上げているだけだった。
それでもミコトは目を覚ましたことに嬉しそうに笑みを向ける。


「こう暗くては気が滅入りますわ、少しは光を浴びなくてはいけませんね」


換気も含め、そう言ってミコトは締め切っているカーテンと窓を開ける。
すると締め切って薄暗かった部屋に光が入り、籠っていた空気が逃げ気持ちいい潮風が部屋に入ってくる。
その風と光を受けミコトは気持ちよさそうに髪を揺らし、目を瞑る。
そんなミコトの姿を女の子はじっと金色の目で見つめていた。


「……、…い…」

「はい?どうかしました?」

「………きれい…」

「!…ありがとうございます」


ミコトをじっと見つめていた少女が口を開く。
それが聞き取れず近づいてみるとミコトを見上げ、眩しそうに目を逸らした少女が小さく呟いた。
それに目を丸くするミコトだが、すぐに微笑を少女に向ける。
光が入ればその痩せ細っている身体がハッキリと見える。
髪も瞳も元々綺麗な色をしているのだろうに…少しくすんで見えた。
それを表情に出さずミコトはベッドの脇に座りミコトの髪を撫でる。


「あなた、お名前は?」

「…………」

「大丈夫です、ここにはあなたを傷つける人はいませんわ。」

「………アスカ…」

「アスカ…そう、アスカというのね?」


髪を撫でる手を拒まない女の子にミコトは出来るだけ柔らかい言葉を選び、安心できるよう笑みを浮かべた。
その甲斐もあってか女の子は『アスカ』と名乗った。
ミコトの言葉で自分を傷つける人がいないと分かり少し警戒を解いた女の子…アスカは自分の髪を撫でるミコトの手が気持ちいいのか、アスカは再び眠りについていった。


「あら…」


アスカが完全に眠りの世界に誘われたのを確認し、ミコトは報告しようとシャンクスの待つ一階の酒場へと降りようとした。
しかし、アスカの手がミコトの服を掴んでいた。
どこからその力が出るのか分からないが、アスカは決して力を抜くこともなく、放そうとしても握り締めていて放れなかった。
無理に放して起こすのも可哀想なため、ミコトはそのまま起きるのを待つことにした。

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