(8 / 293) ラビットガール (08)

あれから、女の子――アスカは少しずつ回復に向かった。
心配していたトラウマも抱えることはなく、女の子は経管栄養をやめ、自身の力で生きることを選んでくれた。
自分の力で食事をとれるほど回復すれば、ガープも女医も心配はいらないと仕事に戻るために海へ帰っていった。(ガープは時折帰ってきているが)
食事をとれるようになると、骨と皮だけだったやせ細っていた身体は健康を取り戻し、歩けるようになったのだが……一つ問題が発生した。
――アスカに、記憶がないのだ。
天竜人に飼われていたときの記憶からはあるが、それ以前の記憶がない。
あったとしても、森にいた以前の記憶がぽっかりと空いていたのだ。
しかし、それでも村人は今までの生死をさまよっていた状態を思えばアスカが目を覚ましたことを手放しで喜び、記憶なんて後から思い出すさとみんな悩むアスカを慰めてくれた。
アスカは『そういうものなのか』と呆気なく受け入れ悩むのをやめる。
それは、村人たちが自分の事のように他人であるはずのアスカの快復を喜んでくれたからなのもあるのだろう。
村人たちに受け入れられ彼らの優しさにアスカもあっという間に村に溶け込んだ。
一つ、朗報がある――アスカに家族が増えたのだ。
記憶がなく、両親や家族の記憶さえも失い孤児となったアスカを、シャンクスが父親に名乗りでたのだ。
保護した責任というのもあるが、何よりシャンクス自身も親を持たず、かつては海賊たちに息子同然に育てられた身として、他人事とは思えなかった。
それに、背中の紋章に何か思う事もあったのだろう。
心配していた海賊や男性に対してのトラウマもなく、今ではシャンクスの娘として馴染んでいた。
ただ、シャンクス達は子供を乗せることはしない海賊団だったため、航海する時はフーシャ村に置いて行かれるが、特にアスカは乗せてと我が儘をいうことはなく素直に見送った。
それもこれも、ルフィとミコトの存在があったからだろう。
話しかけ続けた努力が実ったのか、ルフィの傍にいるとアスカは落ち着くようだった。
そして、ミコト。
ミコトには即落ちともいえるレベルで懐いた。
最初、ミコトを見たアスカはミコトに『女神様ですか?』と問うほどに、ミコトに骨抜きとなった。
アスカはミコトに懐き、ミコトは両手に華でにこにこと上機嫌であった。


「姉ちゃん!!」

「…………」

「あら、ルー君にアスカ」


ミコトはその日、洗濯物を取り込んで畳んでいた時、外で遊んでいたルフィがアスカの手を引きながら家に帰ってきた。
シャンクスが父親となったのは良いが、アスカには家がない。
シャンクスはこの村の出身でもなければ、この村はただ拠点として寄っているだけにすぎない。
その為、モンキー家で預かることになっている。
走ったのだろう、後ろのアスカは息が切れていた。


「どうしたの?」

「アスカ!見せてやれよ!」

「ん…これ、お姉ちゃんにあげる…」

「まぁ、素敵な貝殻ね…ありがとう、アスカ」

「ルフィと一緒に見つけたの」

「ルフィと?…ではお礼に今日の夕飯は二人の好きなハンバーグにしましょう」

「やりー!」


ニコリとミコトが二人に笑みを向けるとルフィは大喜びし、アスカは嬉しいからか小さいながらも笑みを浮かべ黙って頷く。
この家には保護者という存在はおらず、アスカが来る前までは、ミコトとルフィの子供二人で暮らしていた。
最近はミコトが海兵となるべく勉強しにたまに村を出ることもあるため、ルフィはその時はマキノの家でお世話になっていた。
肉が好きなルフィも、最近色々な物を好きになっていくアスカも、定番だが大好きなハンバーグが夕飯となると知り大はしゃぎをし、そんな可愛らしい二人にミコトは笑みを深める。


「いいねー、いいねー!可愛い二人の子供に優しい幼な妻!!これぞ幸せな家庭って奴だな!」

「あらいやだ、変態がいますわ…ルー君、アスカ、海兵を呼んでくださる?」

「おう!」

「ん」


ほのぼのとしていた場にシャンクスの声が響く。
ミコト曰く天敵の声にミコトは眉を潜め、近くにいた弟と妹に海兵を呼ぶように指示を出した。
二人は素直にそれに従おうとし、外へ行こうとドアへ向かうが、ドアの枠に持たれ幼な妻を堪能していたシャンクスに捕まってしまった。


「おいおい!ルフィもアスカも父である俺を追い出す気か!?」

「わ、わッ!たかいよシャンクス!降ろせよー!!」

「わっ…!!」

「はっはっは!そーれ!!」

「ギャーーー!!目が回るーーー!!!」

「〜〜〜〜ッ!!」

「ちょ、ちょっと変態!」


シャンクスのおままごとはまだ続いていたのか、己を父と呼び(だが一人は養子とは言え本当の父である)部屋へ入り子供達がぶつからない程度にそのままグルグルと自分を軸に回った。
両脇に抱えられ回転するシャンクスに、ルフィは声をあげ目を回し、アスカは目を瞑ってじっとしていた。
どうやら恐怖で身体が固まったらしい。
しばらくシャンクスは回転し続け、途中からルフィは悲鳴から楽しそうな笑い声を上げる。
言っても聞かないため、ミコトは諦め夕飯を作りに台所に向かった。

――料理を終えたのは丁度夕飯時。
全て作り終えたことを伝えにシャンクス達がいる部屋へ戻れば、そこにはシャンクスも目が回ったのか三人が床に大の字で転がっているのが見え、両脇の大の字よりも大きな大の字にミコトは呆れたようにため息をつき、傍に歩み寄る。


「もう…だから言ったではありませんか!ルー君とアスカをこんなにして!」

「お、俺の心配は無いのか…」

「変態にかける優しさなど一ミリともございません」

「で、ですよねー…」


歩み寄ったミコトはしゃがみ、酔って気持ち悪いのか顔を青くさせ目を瞑るシャンクスを上から覗き込み、ミコトの影に気づいたシャンクスは薄く目を開ける。
ルフィとアスカだけを心配するミコトにシャンクスは無駄だと分かりつつも望みをかけた。
…が、やはり望みというものは掛けるものではなく己の手で掴むものだとシャンクスは改めて思う。
アハハ、と引き攣った笑みをもらすシャンクスにミコトはまたため息をつく。


「あなた、食事は?」

「まだだけど…」

「今日は2人が大好きなハンバーグでしたの…2人が大好きだから少々気合を入れすぎてしまって多く作りすぎてしまったんです…捨てるの勿体無いですし、食べていってくださると助かります」

「そうか…ってえ?」


シャンクスはミコトの言葉に思わず床に沈んでいた上半身を起こしミコトを見つめる。
ミコトは顔を背けていて表情を見れなかったが、髪の毛から覗くミコトの耳が赤くなっていた。
ミコトは隠しているつもりなのだろうが、生憎とシャンクスからは丸見えで、隠し切れずにいた。


「じ、じゃぁ…!食べていきます!!食べさせてくださいっ!!」

「…なら手伝ってくださいな」

「おう!!―――よっしゃ!おい!ルフィ!アスカ!起きろ!夕飯だぞ!!」

「ふぁ?夕飯!?食べる!!」

「…………」


いつもならここで容赦なく追い出されるのだが、今日のミコトは二人から贈り物をもらい機嫌がいいのか、シャンクスを追い返すことなくなんと夕飯に招待した。
シャンクスはミコトからの誘いを断るなんて勿体ない!とミコトの気が変わらないうちに2人を起こし夕飯の手伝いをしに台所へと向かった。
シャンクスの夕飯という言葉にルフィは反応し、アスカはのろのろと起き上がる。
ルフィは生命力の高さからふらつくことはなかったが、まだ健康の数値に達したばかりのアスカには回転は辛かったのかふらついていた。
片や元気に、片やふらつきながら、シャンクスの後ろに続く三人の後姿をミコトは優しげな笑みで見送っていた。

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