「"――"?起きてる?」
男の声が聞こえた。
名前を呼ばれたはずなのにその部分は音にならず聞こえなかった。
しかしアスカはそれを自分の名前だと認識し、同時にこれは夢だと自覚した。
しかしそのまま夢は続き、アスカは名前を呼ばれ閉じていた瞼を開いた。
夢なのに体は怠く熱い。
夢でも風邪をひいているのかと思いながら目線だけその声の方へ向ければ男が…見知らぬ男がこちらを見下ろしているのが見えた。
しかし男の顔は何故か逆光で見えず、だが、アスカからその男は自分を心配しているのだとどうしてか知っていた。
「"――"、大丈夫かい?」
男は心配そうにそう問うと、アスカの額に置いてある濡れたタオルを取り水を張っている洗面器に浸す。
温くなったタオルが冷たく変わるのを待つ間、男はアスカの脇に体温計を挟ませ体温を測る。
しばらくして体温計が熱を測り終わり、その体温の高さに男は眉をひそめた。
「おいヤブ医者、"――"の容態はどうだ」
『まだ熱が高いね…』と自分が苦しいと言わんばかりに声を零しアスカの髪を優しく撫で労わってやる。
すると新たな登場人物が現れ、男の隣に歩み寄り男を"ヤブ医者"と零しながらアスカを覗き込む。
やはりその新たな人物も逆光で顔は見えなかったが、男とは違い新たな人物はなんとも派手な服を身に纏っていた。
派手な男の登場に男は『おや』と片眉を上げて派手な男を見上げた。
「おや、『―――』…君、仕事はどうしたんだい?たしか今日は夜まで戻ってこないって聞いたんだけど」
「んなもん『―――』に任せて切り上げてきた…"――"が風邪で寝込んでるっていうのに仕事なんてやってられるか」
「うん、それ普通にダメだよね…―――!、まさか君ってば熱でうなされる可愛い"――"に欲情してあんなことやこんなことをしようと帰って来たのかい!?」
「いや、なんでそうなる?っというかおれはそんな気はないっていってんだろ」
「いやいや!!いつも"――"を放さない君の事だから確率が0%じゃないだろう!?君は最初から"――"を1人の女として見ていていずれぼくを消して"――"を愛人に仕立てるつもりだったんだな!?ぼくは騙されたっていうわけだ!!なんてことだ!!ぼくはなんてピエロなんだ!!!でも大丈夫!ぼくは君になんて負けないよ!!ぼくの"――"は君じゃなくて『――』と結婚して子供を沢山作って幸せになるんだ!!大体君と"――"は何歳差だと思っているんだい!!その分"――"と『――』は7歳差だけど君よりはマシだ!!そしてぼくも頑張るから君も頑張ろう!!君を真人間に戻せるように!!君が真人間に戻れるように!!!」
「…………」
どうやら名前の部分は空白となって聞こえるようで、また新しい人物らしい人達の名前が聞こえない。
だからアスカは余計に混乱し、更にはマシンガントークを炸裂しはじめる男にも混乱する。
そんな男に派手な男は『うるせェ』と低く零し男を蹴り飛ばし場所を奪う。
「"――"、食欲あるか?」
「……ない…」
「じゃあ喉は」
「…のど、かわいたの…でも、のど、いたいの…」
アスカは派手な男に問われ首を振る。
この症状はまさに今かかっている病気と同じで、食欲はなく、喉も痛い。
アスカの言葉に派手な男は『そうか…』と心配そうな声で零しベッドの脇に座り男が浸していたタオルの水を切りアスカの額に乗せる。
ひんやりしたタオルが気持ちよくてアスカは目を細め、目を細めるアスカの頬を派手な男は指の背で撫でてやる。
指を伝ってアスカの熱の高さがうかがえ、派手な男はその熱さに眉間にしわを寄せる。
「おいヤブ医者」
「イテテ…君さ…いい加減手加減を覚えようよ……で?なんだい?」
「"――"が喉の痛みを訴えてるんだが…喉にいいもんを作らせろ」
「ああ、はいはい…ついでにご飯も用意しようかねェ」
「食欲はないようだが」
「駄目だよ。食欲がなくても何か口に入れないと…特に"――"のような小さな子供はちゃんと食べないと…」
「何でもいいのか?」
「まあ、あまり刺激のあるものはダメだけど…」
「じゃあゼリーはどうだ」
「あ、いいよ、それで。本当はもっと栄養のあるものがいいんだけど今はとにかく何か食べないといけないからね…ゼリーだったら食べるとき喉も痛くないだろうし、甘いから子供も食べやすいしね…確か『―――』が買って来て冷蔵庫に入れてたの見たなァ…」
「それを食わせるか…おれの指示だと言えばあいつも文句はいわねェだろうしな」
「じゃあ君が直接言ってくれよ」
「なんでおれが」
「だって今『―――』いるし。ぼくは喉にいいもの作らなきゃだし」
「んなもんコック達にやらせりゃいいだろ」
「あのさ…そのコックさん、"――"がお腹壊した時『おれの"――"に何を食わせやがった!』って君が全員殺したよね…しかも"――"の下した原因コックと関係なかったよね…」
「あ?そうだったか?」
「やだなァ…その歳で痴呆症?いくらぼくが医者だからって君の介護まで世話できないよ?っていうかしたくない。君さ、ちゃんと死ぬまでヘルパーさんを雇えるくらいの貯金あるの?」
「ぶっ殺すぞヤブ医者」
男と派手な男はあれこれ話ながら部屋を出ていく。
仲がいいのか悪いのか分からない会話ではあるが、2人はアスカを治すという気持ちは一緒らしい。
アスカは彼らの会話を聞きながら熱で苦しみながらもクスクスと愉快そうに声を零していた。
アスカは彼らの顔も人柄も知らないのに、彼らの事が抱き好きだった。
幸せな気持ちで一杯だったのだ。
その幸せがいつまでも続けばいいとさえ思ってしまうほど、今のアスカは幸福感で一杯だった。
「―――!!―――!!!」
ああ、覚めたくないな、と思った。
もっともっとあの二人の会話を聞きたかったし、あの二人が戻ってきて安心もしたかった。
しかし、アスカの耳に聞き慣れた声が届き、意識が次第に浮上していく。
「…!!…!……アスカ!!!!」
「……ィ…」
その聞き慣れた声、とはルフィだった。
あの幸せな夢から一転し、現実に引き戻されたアスカは一気に体のダルさと熱に襲われる。
ルフィはアスカの言葉にならない声に目を覚ました事に気づく。
「アスカーーーーッ!!!」
「うっさい!!」
「い゙ッ!!」
ゴン、という音をアスカは拾う。
しかし目を覚ましても瞼を開ける気力すらないアスカは目を開ける事もなく、そして何が起こったのかさえ考える事も出来ずにいた。
ただアスカはルフィの事だけは認識できていた。
頭が熱でぼやける中、アスカはルフィを求めるように布団から手を出す。
「…ぃ……るふぃ…どこ…る、ふぃ…」
「!、アスカ!!おれはここだぞ!!」
「るふぃ…るふぃ……」
熱をぶり返したのか前の時以上に熱さを感じていた。
吐く息も熱く、息を吸うのも吐くのも全て熱く感じる。
熱で脳内細胞が死んでいくようにも感じながらアスカは必死にルフィを求めた。
やっとうっすらと瞼を開けることも出来、アスカの金の瞳には弱弱しく伸ばした自分の手を掴む泣きそうな顔のルフィが見えた。
それを見てアスカは『ああ、ルフィが泣きそう…』とどこか他人ごとに思う。
「今から医者がいる島に行くからなッ!!大丈夫だからなッ!!」
「…………」
ルフィの言葉を聞きながら、限界がきたのかアスカの意識はそこで再び閉じられた。
「ッギャアアアアア!!!アスカが死んだーーーッ!!!」
「「「縁起でもない事を言うな!!」」」
ルフィはアスカが気絶するように眠りについたのを見て縁起でもないことを叫ぶ。
ゴンッと殴られルフィは5個のタンコブが頭の上に出来上がり床に倒れこんだ。
「眠っただけだっつーの!!」
「けれど危ないわ…」
「そうね取り合えず汗をかいたから着替えさせないと」
「駄目だッ!!」
服を着替えさせる、というナミの言葉に沈んでいたルフィは復活し立ちあがってナミ達を止める。
ルフィの制止に全員アスカからルフィへ振り返った。
前に風邪をひいていた時もルフィは決してナミ達がアスカを着替えさせることを許さなかった。
いい加減それに驚きもないナミは呆れたようにため息をつき肩を竦めて見せた。
「あんたねェ…アスカは汗をかいてるの!その汗を拭いてあげないと余計悪化してしまうのよ!」
「そうじゃねェ!服は俺が着替えさせる!汗も俺が拭く!」
ルフィの言葉にビビを除く全員から『またか…』とため息をついた。
まだルフィの言動に慣れないビビは驚いていた。
前に風邪をひいた時も一緒にお風呂に入った仲だが、だからと言って承諾できるはずもない。
ルフィは男であり、アスカは女なのだ。
年頃の少女であるアスカの体を流石に幼馴染だろうと触れさせれるわけにもいかずサンジがルフィの頭にかかと落としを落とす。
「てめぇクソゴム!何言ってんだ!!!アスカちゃんはレディでおめェは男だろうが!!!お前はお呼びじゃねェんだよ!!」
「だーかーらー!アスカはイヤなんだよ!見られるのが!」
サンジの踵落としはゴムには効かないが、麗しき女性へを想うその気持ちが籠ったケリは意外と痛かった。
痛みに涙を溜めながらルフィは必死にアスカに背中を見せないよう抗う。
その足掻きにゾロは怪訝そうにルフィを見た。
「あ?何言ってやがる…おれの前だとあいつ自分から脱いでんぞ?」
「ハァァァ!!?てめェ…!!クソ剣士てめェ…!!アスカちゃんに何しやがったんだ!?あァ!?」
「一々うっせェーな!!おれがあいつに手ぇ出すと思ってんのか!治療だ!治療!!」
「治療で何でアスカちゃんが脱ぐんだよ!!…ハッ!お前もしかして治療だって理由つけてアスカちゃんにいけないことを!?くそうらやm…許せん!!!」
「本音が駄々もれだぞクソコック!!っていうかお前の想像が許せんわ!!!」
「静かにしろお前ら!」
「「〜〜〜ッッ!!」」
2人は性格が合わずよく喧嘩をしていた。
それはこんな時でも同じなのか、2人の険悪な空気にビビとウソップが宥めようとするも睨み合う2人は緊迫した空気を換えず目線をお互い逸らさない。
そんな2人の頭をナミが殴って2人を強制的に黙らせた。
しゃがみ込み頭を抱える2人をよそにナミは自分達から守るようにベッドの前に立つルフィへ振り返りキッと睨む。
「ルフィ!あんたいい加減にしなさいよ!!いくら幼馴染だからって境界線と言うものがあるの!!お風呂の時も思ってたけどいい加減子供じゃないんだから男女混合しないで!!女のアスカが男のあんたに着替えさせられた上に汗まで拭いてもらったなんて聞いたらイヤに決まってるじゃない!!」
「イヤじゃねぇ!」
「あんたはでしょ!!!」
「〜〜〜ッ!!船長命令だッ!!!全員部屋から出ろッッ!!」
「な…ッ!!?」
「ま、待てよ!ルフィ!!本気で何言ってんだお前!」
お風呂まで入って平気なアスカとルフィを見て、ナミは正直良い顔はしなかった。
アスカとルフィは17歳で、世の中ではまだ子供の類だが、彼らは海に出ており保護者の庇護から自ら外れたのだ。
恋愛感情のない集団とはいえ、流石に男と女の境界線は守るべきで、それを船長であるルフィが自ら崩すのは正直やめてほしいと思っていた。
ナミは若干女を捨ててるように見えるアスカに自分が女だという事を自覚してほしくてルフィを阻んだ。
しかしそれが逆にルフィを逆上させてしまったのか、ルフィは珍しくも怒鳴り声をあげ、理不尽な命令を下し全員部屋から追い出してしまう。
小窓から抗議しようにもルフィにしては頭を使ったのか小窓もカーテンで塞いでしまい、鍵もかけられナミ達はどうしようもなくてドアを叩くしか抗議の仕方がなかった。
「ルフィ!!あんたね!アスカに変なことしたら許さないからねッ!!」
「…わかってる……ごめん…」
「………ちゃんとタオルは絞るのよ?」
「わかった」
「……なら、いいわ…」
ドンドンと思いっきりドアを叩くナミの怒鳴り声に反し、ルフィは先ほどの勢いはどこへ行ったのか…弱弱しく呟く。
思ったより弱弱しいルフィの声にナミは少し戸惑うが何を言っても無駄だと分かったのか溜息をつき伝える事は伝える。
返事をしたルフィに一向はそのままキッチンに移動し、終わるまで待つ事にした。
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