「マユリさん…!!」
「わ、我が君…!」
金色疋殺地蔵が瓦礫の山に巨大な顔を突っ込む異様な光景の中、触手から降りた真由美はウティルの腕から離れてマユリに抱きついた。
あの厄介なザエルアポロを倒したことに喜んでいた真由美は金色疋殺地蔵の口からザエルアポロの触手と羽が垂れ、そのグロテクスな光景に顔色を青ざめる恋次と雨竜をよそにマユリが助けに来たのと敵を倒した嬉しさで満面の笑みを浮かべ、マユリの首に腕を回す。
マユリもどこか嬉しそうにしながら真由美を落とさないように腰に手を置く。
ウティルは嬉しそうに得体の知れない死神に抱きつく主を複雑そうに笑い、その死神も主に危害を加えないと判断したのか離させようとはしなかった。
「マユリさん!怪我は!?」
「あんな奴に私が傷つけられるなんてある訳がないヨ…安心し給え。」
抱きしめてマユリを堪能していた真由美だったがふと傷がないか、と気になり顔を上げる。
心配してくれる真由美にマユリはまるで娘か孫のようにデレンデレンになっていた。
畜生とそのデレデレさは隠していた(といっても多少は分かる)ので恋次と雨竜には分からないが、ウティルはマユリからハートが大量生産されているように見えて、ちょっと悔しそうにしていた。
真由美とマユリの再会のひと時を邪魔するわけにもいかず、ネムは黙ったまま触手に捕まり揺られていたのだが、突然苦しみだし、悲鳴を上げる。
それに真由美達はネムに顔を向けるとネムの口から紫色の煙が吐き出される。
「僕を殺したと思ったか?」
「「「!!」」」
紫色の煙の中から倒したはずのザエルアポロの声が響き、マユリとウティル以外は目を丸くさせ驚いてみせる。
そんな恋次達をザエルアポロは嘲笑うかのように続けた。
「この声…」
「ザエルアポロ…!?」
「教えよう…この邪淫妃の最も重要な最も誇るべき能力の名は"受胎告知(ガブリエール)"敵そのものを使って僕自身を復活させる能力だ……敵の内部に侵入し、その内部から霊子を吸収し……いや、正確には補充と言うべきかな?復活のためにその霊子を再構成する…その再構成の作業は敵の持つ霊子を全て奪い取るがためにその的を死に至らしめ…生誕の時を迎える……」
紫色の煙から細胞のようなものが1粒2粒と増やしていく。
そして数え切れないほどの細胞のようなものが段々とザエルアポロの姿へと変え、ザエルアポロはまた生まれる。
「さて…自己紹介から始めようか……涅マユリ…」
濡れた全身を気にせずザエルアポロはマユリへと不敵な笑みを浮かべる。
マユリは無表情で目を大きく開けたままザエルアポロではなく触手から解放されたが肌が白くなって動かなくなったネムを見つめていた。
「理解できたか?涅マユリ……僕はこうして常に新たな存在へと生まれ変わり続ける…不死鳥と呼ばれるフェニックスは老いると自ら炎の中に身を投げ、その炎の中から新たな生命として生まれ変わるという…」
「………」
「分かるか?不死とは完全とはそういうことだ…死を超越するのではなく、死すら自らの生命の循環に取り込む…"死"というものに自らの存在を分断されない…死と再生を間断無く繰り返す僕のような存在をこそ!"完璧な生命"と言う!!僕の前に死という終焉は存在しない!お前が僕を殺しても完全な死の前に僕は甦る…理解しろ!僕を殺すことのできないお前に永久に勝利が訪れる事は無いんだ、涅マユリ!」
腕を組みマユリの反応を待つザエルアポロだったが予想していた反応とは違い、マユリは抱き上げていた真由美を降ろしすたすたとしっかりした足取りで歩き出す。
その視線は真っ直ぐネムへと向けられていた。
不敵な笑みを浮かべていたザエルアポロだったがマユリは自分の横を通り過ぎ、後ろで息も耐え耐えに倒れているネムへと歩み寄り顔を近づける。
「…マ……マユ、リ…さま………申し、訳……あり…ま……せん……」
「どうした?大事な部下の死に際の姿を見て放心か?繊細なものだな案外と…諦めろ、もう長くはない……そうだな、分類するなら蝶が飛だった後の繭と言ったところか?」
言葉も出ないほどショックを受けたのかと思ったザエルアポロは笑みを深めるが、ザエルアポロの言葉の後にマユリはゆっくりと立ち上がり、怒りの表情ではなく満面の笑みを浮かべザエルアポロへと振り返った。
「面白いネ!」
「!」
「良いネ!!実に面白い能力だヨ!興味をそそられる!で?これだけかネ?」
「何…?」
「これだけじゃないんだろう?"完璧な生命"とまで言うんだ!まだ何か隠している能力があるんだろう?エ?」
悲しむ事も怒る事もないマユリに流石のザエルアポロも少しだが唖然とした様子を見せ、雨竜はそのマユリのネムへの執着心のなさに眉をひそめ無意識に真由美へと目をやる。
しかし雨竜と恋次からは真由美の後ろ姿しか見ることが出来ず表情までは見る事はできない。
まだ真由美を理解するほど深い関わりがない雨竜は放心しているのかと同情めいた目線を送った。
「何だヨ、そんな難しい顔して…良いじゃないか減るもんじゃなし…ケチケチせずに見せ給えよ!ホラ!」
何も言わないザエルアポロにマユリは催促を続ける。
それに眉をひそめたザエルアポロは指を自分の方へ向けて動かす。
するとさっきまで大人しくしていた金色疋殺地蔵が独りでに動き出し、主であるマユリへと襲い掛かった。
「マユリさん…!!!」
「フハハハハ!!僕の本体を食った奴がまともでいられると思うか!?僕の肉体は喰われると融解し神経に侵入する!お前等の斬魄刀の構造は知らないが駆動中枢さえ支配してしまえば構造など関係ない!卍解といえど僕の意のままだ!!呪え!!!自らの卍解が生物の姿をしていた事をな!!」
ザエルアポロにしたように金色疋殺地蔵はマユリを食べようと頭上から突っ込んだ。
大きさといい重さといい金色疋殺地蔵に突っ込まれては生きていないとザエルアポロはマユリを死んだと…自分の斬魄刀に食べられたと思い高笑いを上げる。
「な…!?」
――だが、金色疋殺地蔵はボコボコと膨れだし、そして最後は風船のように破裂してしまった。
突然のことに真由美以外の全員が目を丸くさせて唖然とする。
「ヤレヤレ…道具が主人に盾付いて無事で済むと思うのかネ…万一私に噛み付いたら自滅するように改造してあるヨ。」
姿を現したのは怪我1つ負っていないマユリだった。
殺したと思ったマユリが現れザエルアポロは今度は完全に唖然とする。
マユリは何も仕掛けてこないザエルアポロに自滅した斬魄刀を元に戻しながら肩をすくめる。
「どうやらこれ以上目新しい能力はなさそうだネ…それじゃア最後に1つ、私の新薬の被検体になって貰おうかネ?」
「!」
「そう身構えなくていいヨ…既にその薬は投薬済みだ。」
(――!、なんだ…今言葉が…)
身構えるザエルアポロだが、マユリの最後の言葉が低く遅く聞こえ眉をひそめる。
そんなザエルアポロをよそにマユリは淡々と続けた。
「ネムの体内には常に幾つか薬を仕込んである。ネムを喰うか体内に侵入すればそいつに投薬できるようにネ」
「なんだ!!一体何の薬だ…!!!」
「今回君が通って出てきたところに仕込んでおいたのは…これだヨ」
そう言ってマユリは懐から青く細長い瓶を手にザエルアポロに見せる。
身構えるザエルアポロにマユリは『安心し給え、毒薬じゃないヨ』、と笑う。
「そうだね、超人薬とでも言っておこうか?達人同士の戦いで剣が止まって見える、などと言うことがあるだろう?時間間隔の延長だ…感覚が極限まで研ぎ澄まされると稀にああした現象が起きる。これはその状態を強制的に引き起こす薬だヨ…つまり誰でも簡単に"超人の感覚"を手に入れられる薬と言うわけだ」
マユリの説明は雨竜達には聞こえていた。
しかしザエルアポロにはゆっくり過ぎて聞き取れてはいない。
「理解できているかネ、十刃?この薬を使えば幼児の目にも銃弾が止まって見える…超人となった君には常人である私の動きはさぞかし緩慢で退屈なことだろうネ…さて、この剣が止まって見えるかネ?」
もうすでに薬が効いていてザエルアポロには自分や他の動きが遅く感じていると知っていながらマユリはザエルアポロに聞くように斬魄刀を向ける。
勿論、マユリに斬魄刀を向けられてもザエルアポロは目を見張ったままで動くことはなかった。
それでもお構いなしにマユリはザエルアポロを相手に話を続ける。
「これがこの薬の凄いところでネェ…達人の感覚の鋭敏化は剣戟の刹那の一瞬だが、この超人薬ならその効果を何倍にも何万倍にもできる!1滴を25万倍に希釈するのがこの薬の適量だが君には特別に原液を使っておいた…今の君には1秒が百年ほどに感じる筈だヨ……つまりこの剣がこうして君に近づく様子が超人たる君の感覚では数百年の永きに渡る緩やかな動きに見える訳だヨ!素晴らしい!そして超人たる感覚に対し超人足りえぬ肉体は恐ろしいほどに遅れを取る…超絶的に研ぎ澄まされた感覚が捕らえる動きに肉体が置いてけぼりを喰らう図式だヨ!かろうじて手で止めようとしてもその手を刃が貫く感覚を君が知るのは百年後!ま、こうして話したところでこの言葉が届くのも果していつになることやら」
斬魄刀はゆっくりとザエルアポロに向かっていき、それにザエルアポロの腕がマユリよりゆっくりと上げられる。
しかし、超人薬で遅くなったザエルアポロに常人のマユリの動きに早く反応できるわけもなく…斬魄刀はザエルアポロの手を貫きゆっくりと、ザエルアポロの心臓へと刺さっていった。
「まあ、焦る事はない……私の刃が10年かけて君の心臓を貫く感覚を滴る体液が砂になるまでゆったりじっくり味わい給え」
無反応のザエルアポロにマユリは上機嫌に笑みを深め、そして…
「さて、それでは…百年後まで御機嫌よう」
この戦いはマユリの勝利で幕を閉じた。
143 / 158
← | back | →