(42 / 274) 原作沿い (42)

水城達は早速そのアメリカ人が経営するという牧場に訪れた。
アポもなく訪れたが、すぐにそのダンと呼ばれるアメリカ人のいる部屋に通された。
流石日本に来て牧場を経営するだけはあるのか、部屋のあちこちに置かれているインテリアや家具は一級品で市民では一生拝めないであろう物が多く置かれていた。
あからさまに高そうで座り心地がいいソファに水城達は座り、ダンは執務机のようなこれまた立派な机に座っていた。


「日本へ来て25年になる…珍しい物が好きでね、アイヌのものも集めているんだ…あの服も気に入っている」

「事情は話したはずだ…そっちが払った30円は返す」

「30円?100円じゃなかったかなあ?」


ダンはアメリカ人だが25年も日本に住んでおり、日本語は自由に話せた。
それにアシリパは安堵しながらダンを訪れた事情を全て話す。
30円払戻すというアシリパにダンは欲深く100円だったと言ってのけた。
その瞬間、その場の空気が凍り付いた。
主に水城とキロランケからの圧迫感に白石は二人をチラチラと見て冷や汗を流していた。


「ダンさんよ、戦争ってどういう時に起こるか…知ってるかい?―――舐めた要求を吹っ掛けられて交渉が決裂した時だ」


水城は静かに呟くが、その顔は小さく笑っていても目は笑っていなかった。
アシリパも水城の殺意に気付いており、白石と同様キロランケと水城がいつ暴れるかと冷や汗をかき、ゴクリと喉を鳴らした。
ダンを見れば彼は彼で度胸があるのか、顔色一つ変えず水城をジッと見つめていた。
そして、彼は言った。


「モンスターを斃せたら30円でアザラシ皮の服を返そう」


―――と。
その言葉に不敵に笑っていた水城も思わず怪訝そうに眉をひそめた。
そんな水城をよそにダンはコーヒーを飲みながらこちらの事情をあちらに説明する。


「うちの馬が何頭も襲われている…従業員もモンスターを恐れて退治する人間がいない…そいつの死体を持って来ればアザラシ皮の服を30円で返す」


牧場にいた馬をモンスターと言われるほどの何かに襲われ、ダンも頭を抱えていた。
その時丁度水城達が訪れ、丁度いいと思ったのだろう。
しかしそんな都合水城には関係ない。


「いいから、さっさと、返せよ、オッサン」


苛立った声に再びその場の空気は凍り付くように冷え切った。
一応口角は上がっているが、その笑みからは殺意が隠されていない。
静かに、低く、獣が唸るような声にダンは眉一つピクリともさせずただジッと水城を見つめていた。
無言ではあったが、『それが嫌なら元の買値の数倍を払え』と言っており、勿論水城に通じていた。
一触即発になりかけたその時―――


「エディーさん!!また出ました!!たった今馬の悲鳴が…ッ!!」


従業員の1人が駆け込んできた。
正直そのお陰で凍り付いた空気が緩和され、アシリパと白石はホッと胸を撫で下ろす。
だが、事態は最悪な方向へ向かっていた。
従業員に連れられて出ていくダンに水城達もついていく。


「ここで怪物に襲われて…血の跡は向こうの森へ続いています…」


従業員は銃を抱えながら襲われたという場所に向かう。
その現場へ水城達も向かえば、アシリパがあちこちにある足跡に気付く。
アシリパがその残された足跡に気付いたその時、白石の声が響く。


「あそこになんかいるぞッ!!」


白石が遠目で何かを見つけ、それに顔を青ざめる。
白石の指さす方へ目をやった従業員の男も声を上げた。


「!―――アイツだ…ッ!あれがモンスターだ!!」


その言葉に水城達もその姿に目を凝らして見てみれば…―――化け物の正体が露わになった。
水城はその正体に目を丸くする。


「ヒグマだ…赤毛のヒグマが馬を背負ってる…!!」


水城達の目に写ったのは化け物でもモンスターでもなく、赤い毛を持ったヒグマが獲物である馬を背負って森の中に消えそうになっている姿だった。


「水城撃て!!弓じゃ届かない!!」

「白石!どいて!!」

「わっ!」


アシリパの指示に水城は慌てて肩に掛けていた銃を構えて撃つ。
だが尾形も匙を投げるほどの腕前の水城では仕留める事は出来ず、ただかすめただけだった。
その際水城の前に立っていた白石が水城の前から退いた際アシリパとぶつかってしまい、アシリパを文字通り尻に敷いてしまった。


「かすめた程度だな…驚いて逃げてった」

「ゔ…また外した…」


水城の外した銃に驚き、熊は背負っていた馬を置いて森の中に消えた。


「怪物ってあの赤毛のヒグマの事だったのかよ…しかし、何やってんだ、あのヒグマ…」


その白石の呟きをダンが答えてくれた。
あの熊は馬を襲い、時には首を折るなどして完全に殺す事はないらしい。
先程見たように前足を両肩に背負って馬に自分の後ろ足で歩かせることで運ぶ苦労を半減させていた。
そうやって何頭もの馬があの熊によって持って行かれ、食い殺されたのだ。
漫画のようなやり口ではあるが、実際にあった出来事である。
実際は明治ではなく昭和27年頃だが、先ほどの熊と同じ手口を使いあちこちの日高の牧場を巨大な熊が荒し回った記憶が現代に残っている。


「頭が良くてもヒグマはヒグマだ…この取り引き受けてやる…アイツを斃したらアザラシの服を返してもらうぞ」


熊の相手はアシリパは熟知している。
かと言って油断はできないが、出来ない話ではない。
アシリパの言葉にダンはある物を獲り出し、アシリパ達に見せる。
それは爪の生えた指だった。


「これは赤毛のモンスターの爪だ…去年の秋に銃で指ごと吹き飛ばしてやった」

「指?」

「そう…さっきの足跡には足の指が全部あった…去年の夏には片目を撃ち抜いた…それなのに先週うちの馬を食った赤毛のモンスターには両目があった」


何もダンも指をくわえていたわけではない。
ダンも熊を倒そうとしていた。
だが、指を吹き飛ばしてもその指は復活し、片目を撃ち抜いても次には復活していた。


「私があの赤毛のヒグマをモンスターと呼ぶのは指を吹き飛ばそうが眼を撃ち抜こうが元に戻っているからだ…―――奴は不死身だ」


そう言ってダンはアシリパではなく…水城へ目をやる。
真っすぐ強い眼差しで見つめられた水城もダンの目を逸らすことなく睨みつけるように見つめ返す。
そんな水城にダンは微かに目を細め、『斃せるものなら斃して来い』と言い残し屋敷へ帰っていった。

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