(45 / 274) 原作沿い (45)

水城達と別れた二人は途中熊の獲物であった馬を拾い、獲物を横取りされたと思って現れた熊と鉢合ってしまい従業員に言われた農家へ駆けこんだ。
熊が家に入り込もうとしたのでキロランケと白石は必死に出入り口や窓という窓を塞ぐ。


「オイ…これ…いつからここに…?」


キロランケはその光景に唖然としていた。
白石が窓や出入り口を塞ごうとせわしなく動く足音や声を聞きながら二階に上がる階段の段さを見つめていた。
ドクン、ドクン、と心臓の音が聞こえるくらいキロランケは呆然としていた。
その目の前に置かれたソレは…


「こいつら競馬場の…」


ここに来る前、ひと悶着あった競馬場で出会った男二人の生首だった。
その男は競馬場で落ちていた騎手の帽子を被ったキロランケを帽子の騎手と間違えて声を掛けたのが、キロランケが騎手として馬に乗るきっかけだった。
自分達が担当している馬の馬主が八百長を指示し逃げ出してしまった騎手の代わりにキロランケが出ることになった。
その馬主はヤクザの親分らしく、騎手は恐ろしくなって逃げ出したのだろう。
キロランケは乗る事は承諾したが、八百長は承諾しておらず、虐待に近いやり方に怒りを覚え、勝負を見事に勝ち取った。
その後はヤクザの親分が怒り狂い探しているだろうと水城達を急かせてここ、日高に来たのだ。
その二人の生首がなぜか日高のこの誰も済んでいない家に並んで置かれている。
それもその生首の額には『六』と切り刻まれていた。
―――それは、まるでキロランケに見せしめに置いているかのようであった。


「おいキロランケ!なんだよそりゃ!!」


驚きのあまり呆然としていたキロランケは白石の声にハッとさせる。
振り返れば白石がこちらを…生首を見て驚いていた。
どうやら立ちつくしているキロランケに気付き声を掛けようとして生首に気付いたらしい。


「白石…あの二人を連れてきてくれ」


険しい表情を浮かべるキロランケの言葉に白石は怒りを感じ圧倒されて黙って何度も頷き、すぐに二人を連れてきた。
二人は白石に呼ばれて怪訝とさせながら言われた通り姿を現した。
1人はこの家に駆けこんだ時すでに家の中にいた、白髪交じりに毛皮のコートに身に包むふくよかな中年の男。
もう一人は塞いで回っていた時に裏口から入って来たこの家の主だという帽子を被り髭の濃いナヨナヨした細身で中年の男。


「ええ!?そ、それは…」


男二人は人間の生首を見てギョッとさせていた。
ふくよかな男は目を丸くし顔を青ざめ冷や汗を流していたが、それに対して家主だという細身の男は絶句しているように黙り込んだまま生首を見つめていた。
わざとらしい反応を見せるふくよかな男にキロランケはギロリと睨みつける。


「トボけてんじゃねえよオッサン…俺らより先にいてこの生首に気付かないわけ無いだろ」


ドスのきいた声に、疑いをかけられたふくよかな男は慌てて囲炉裏を指さし否定する。


「ここの戸を止めて囲炉裏の傍にずっといたから気づかなかった!本当だ!!ここへ来たのも一晩泊まれる場所を牧場の人間に教えてもらったからだ!!」


その言葉でもキロランケからの疑いは晴れないが、白石はふくよかな男の言葉を聞いてふと思い出し、細身の男を見る。


「そういや牧場の従業員はこの家は使われていないって言ってたぜ…ホントにあんたの家か?」


水城達と二手に別れる際、待機場所としてこの家を教えてくれた従業員が言っていた事を白石は思い出す。
この家は誰も使っていないと言っていたのだ。
それなのに家主が現れた。
大荷物だから旅行に行っていたにしても従業員がそんな家を勝手に使っていいと言うとは思えない。
本当にこの家はこの男の家なのだろうか?


「…どっちだ?――――どっちが俺を殺しに苫小牧から追って来た男だ?」


キロランケはこの生首を見た時、気づく。
どちらかが馬主だと。
どちらかが大損した原因である自分を殺しに来たヤクザなのだと。
緊迫した空気が流れたその時―――ドンドンと扉を叩く音と少女の声がし全員ハッとさせる。


「白石ッ!!いないのか!?戸が開かないぞ!!早く開けろ!!」


その声は熊を追っていたアシリパだった。
従業員の男の声もし、外から銃声が近くで聞こえるので、水城もいるのだろう。
白石はアシリパの声に水城達が来た事にホッとさせながら慌てて唯一塞いでいない台所の小さい窓から顔を覗かせる。


「こっちだ!!裏へ回れッ!この窓以外は塞いである!!」


白石の言葉に戸を叩いていたアシリパが銃を撃っていた水城を呼んで三人は裏へ回ろうとした。


「気を付けろよ!!家の周りに赤毛がいるぞ!!」


アシリパに呼ばれ水城は熊を注意しながら裏へ回ろうとした。
だが、白石の忠告と同時に赤毛の熊が物音を聞きつけ水城達のところへと歩み寄って来た。


「三頭目がこんなところに…!?」

「水城!ゆっくりだ!急に動くなよ!」


ゆっくり近づく熊にアシリパが静かに水城に声をかけ、水城はアシリパの言葉通り静かに、ゆっくりと後ろへ下がる。
そうしている合間も水城は銃を撃ってアシリパと従業員が家の中に入るまで時間稼ぎをしようとするも弾切れとなった。


「あんたも早く…!」

「私は後でいい!!とにかく二人とも早く入れ!赤毛を食い止める!」


弾切れだが、まだ弾薬盒には弾がある。
そう思って再装填しようと弾薬盒の蓋を開けて手を突っ込んだ。
しかし焦ったためか弾を落としてしまった。
拾う前に家の影から熊がドスドスと駆けこむように突っ込んで来て水城は家の中に駆け込むことにした。
今は一頭しかないが、あと二頭がこちらに来ない保証はない。
流石に不死身といえど三頭のヒグマを一気には相手できない。
しかし、このまま逃げてもあの体格だが意外と素早い熊には追いつかれてしまう。
腹をくくりかけた時…


帯革(ベルト)を投げろ杉元ッ!ヒグマはヘビが嫌いなんだッ!!」


白石の声に水城は考えるよりも早くベルトを外し熊に向かって投げた。
それをヘビだと勘違いした熊がビクッと動きを止め、その隙に家に走ろうとした。
だが物音に気付いた熊二頭が姿を現し、水城は慌てて家に駆けこむ。


「危機一髪だぜ…」

「あ…弾薬盒ごと投げちゃった…」


白石と従業員に引っ張ってもらって何とか危ない所で家に入れた水城だったが、弾が入っている弾薬盒ごとベルトを投げてしまった事を嘆いた。
命あっての物種だと思うしかない。
脳裏に尾形の嫌味が何度もリピートされながらも三頭同時に相手にしなくてよかったと安堵していた時―――

従業員が熊に捕まってしまった。

開いていた窓から熊が手を入れて傍にいた従業員を爪で引っ掻け引きずり出そうとしていた。
突然の事にアシリパ達は唖然としていたが水城は完全に引きずり出される前にバタバタと暴れる従業員の足を掴んだ。


「誰か!!手を貸して!!!」

「水城!!もうよせッ!!お前も引きずり出される!!」


暴れる男の足を両手で抱える様に捕まえる。
固定された事で熊が引きずり出そうとしながらも従業員の身体に牙を食いこませ、激痛から従業員は暴れる。
いくら軍人時代に鍛えられたとはいえ、一人では従業員を取り戻す事は無理に近かった。
アシリパが駆けつけて手伝ってくれたが、じりじりと水城の身体が浮き上がり男諸共引きずり出されようとしているのに気づき、諦めろと言う。
だが…


「コイツは暗号の入れ墨を持つ脱獄囚かもしれないのよ!!!」


この状況下で男言葉を使うほど余裕はない。
それを気にする余裕もアシリパ達にはなく、その言葉でその場は更に緊迫くした空気となった。


「離すなよ!杉元!!」


その言葉にいち早く動いたのはキロランケだった。
キロランケは抜いていた小刀を落ちていた水城の銃の先に布で巻き、熊に向かって突く。
何度か刺すとその痛みに熊が従業員から手を離し、水城は従業員を家に戻す。
言葉も発せられずうめき声しか出さない従業員に水城は素早く上の着物を脱がすが…


「違った…囚人じゃない…」


従業員は囚人ではなく、本当にただの流れ者だった。
それに落胆しながら水城は助けてくれたキロランケにお礼を言いながら問う。


「ここに銃は?」

「無いみたいだ」


その問いにキロランケは首を振った。
それに水城は『そう』と答え疲れたように溜め息をつきながら立ち上がりすでに事切れた従業員の遺体をキロランケと共に隅へと置く。


「アシリパちゃん、弓矢は?」

「…弓は折れた…毒矢は赤毛に襲われて全部森で落とした」

「何やってんだよ!ドジッ!!」


白石の言葉にアシリパは腹が立ち無言で靴を役立たずの脱糞王に投げる。
毒矢はともかく、弓は完全にこの役立たずのせいであるのだ。


「まともな武器なしでどうするんだよ!!ヒグマが三頭も家の外を囲んでるんだぞ!?」


白石は恐怖で体どころか声も震えていた。
白石は熊と対峙したのは初めてなのだから仕方ないとは思う。
ただ、熊に詳しいアイヌが二人いるし、軍人時代不死身と名を上げた水城もいるからと絶望感があるわけではなかった。
とは言え、だからといって勝てるかは白石も分からない。


「危険なのは外だけじゃない」


白石のその言葉にキロランケが呟き、水城に生首を見せる。
アシリパもその生首を見てしまい、水城は軍人だった頃に生首よりもグロテクスな光景を見て免疫があり平然としていたが、アシリパは人間の生首に顔を青くさせていた。


「どうしたの、その生首」


水城は見知らぬ二人の人間の首が並んでいる光景に首を傾げた。
キロランケはその二人の事を大まかに説明し、後ろに目をやる。
それに伝い水城も振り返れば…そこにはふくよかな男と細身の男がいた。

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