(46 / 274) 原作沿い (46)

水城は見覚えのない顔二つに怪訝とさせた。
事態も一時落ち着いたと二人は名乗った。


「仲沢達弥と申します」

「若山輝一郎」


細身の中年は仲沢と名乗り、ふくよかな中年は若山と名乗った。
二人の名前が判明し、白石は若山と名乗ったふくよかな男を指差す。


「若山のオッサン、あんたが怪しいぜ!!俺達が銃はないかと聞いた時…『この家には無い』とはっきり言った!偶然ここへ来てあの生首にだって気づかなかったと言ったのにそれはおかしいよなぁ?」

「聞き間違いだ『俺は持っていない』と言ったんだ」

「嘘つけ!!」


白石とキロランケが馬を連れてこの家に駆けこんだ時、すでに若山はこの家にいた。
最初は家主かと思ったが、その家主は細身の男である仲沢だと名乗った。
偶然泊まりに来たと言ったが、それにしては駆け込んだ際銃はないかと聞いたキロランケの問いを迷うことなく『無い』と言った。
生首の時は囲炉裏のところにずっといて気づかなかったと言っていた。
それではなぜ銃がないと知っていたのか。
水城は白石の言葉を聞きつつ、口を挟むほどの情報を持っていないためか黙って傍観する。
しかしその手には静かにキロランケの小刀が括りつけられている銃がしっかりと握りられ、疑うキロランケ達と同じように鋭い目で二人を見つめていた。
白石は若山を疑っているようだが、疑うべき人間は一人ではない。


「仲沢さん…さっき箪笥を動かしていたら裏に絵葉書が落ちていた…京都から送られていてあて先はここだ……宛名はあんたの名前じゃねえぞ?」


この家の持ち主だと名乗った仲沢も疑うべき人間である。
熊の侵入を防ぐためあちこちの窓や扉を箪笥やら机やら色々な物で塞いでいたが、その際裏に落ちていた絵葉書をキロランケは見つけた。
その宛名は仲沢ではなかったのだ。
ギロリと睨み疑うその目に仲沢はおどおどとさせる。


「絵葉書なんて分かりませんよ!この家は最近知人を通して家具ごと買ったんですから!」


あわあわとさせる仲沢にキロランケの疑いは深くなるばかりだった。
アシリパは緊迫した空気にゴクリと喉を鳴らすし、チラリと水城を見た。
水城は黙って傍観を貫いていたが、埒があかないと間に入った。


「もういい、面倒臭いからとっと脱げ」


そう言う水城に仲沢と若山は視線を白石とキロランケから水城へ向けた。
そこで水城が二人を庇わないのは二人の目のせいだ。
若山は責められ追いつめられているのに冷めた鋭い目を水城に向けており、更に水城が二人を信じないのは仲沢の目だ。
仲沢は一見おどおどとして頼りない男に見えるが、その目に感情を読み取れなかった。


「キロランケを追って来たヤクザなら『くりからもんもん』が入ってるだろ…そいつに外の弾薬盒を取りに行かせればいいことだ」


水城がどちらかがキロランケを追って来た男かは分からない。
だがこのままでは時間だけが進み、いずれ熊も入ってくるだろう。
なら、一番簡単なのは肌を見せる事だ。
ヤクザ者ならほぼ必ず入れ墨が入れてあるはず。
それを見た方が尋問よりも早い。
水城はそう思った。
しかし水城がそう提案し脱げと言った瞬間…

―――若山が隠し持っていた長ドスを抜き水城に襲いかかってきた。

水城は咄嗟に少し屈んで避けたが、マフラーの先がスパッと切られてしまった。
反撃のため水城も銃の先に括りつけた小刀を若山に向けた。
だが、服を破いたものの肉を切った感触がなく、さらに銃の先が軽く感じた。
銃の先を見ればあるはずのキロランケの小刀が見当たらず下へ視線を落とせば、キロランケの小刀は畳に刺さっていた。


「テメエらが連れてきたヒグマだろうが!!テメエでケツが拭けねえなら斬り刻んでヒグマの餌にしてやろうか!!」


つい先ほどまで普通の中年男を演じていた若山はドスの効いた声で水城達を睨みつけた。
水城が破いた服からは倶利迦羅紋紋…入れ墨が見えていたが、それはヤクザ者が入れる鮮やかな物で、暗号の入った入れ墨ではなかった。
それに内心水城が落胆していると若山はキロランケを睨む。


「そっちのアイヌの色男…テメエのせいで俺は競馬で大損こいたんだ…落とし前にまずは外の銃弾を拾ってこいや」


やはりこの男がキロランケを追って来たヤクザなのだろう。
ルールとして不正をしようとしていたのはこのヤクザの男なのだが、ヤクザにそんな正当な主張は効かないだろう。


「あんたが馬主の親分だったか…この生首で俺を脅すつもりだったのか?」

「あるいは殺す前に見せつける為かもな」


キロランケからしたら"たかが競馬如き"で馬を虐げてまで儲けようとするのに腹を立てていた。
競馬を否定するつもりはない。
だが、無理矢理水を飲ませたり、鼻からマムシの粉を混ぜたものを管で無理矢理入れたり…馬を愛するキロランケとしては決して許せるものではなかった。
水城もキロランケの言葉に続け若山を睨む。


「親分さん!こいつらに楯突かんほうがいいぜ!!日露戦争帰りで殺し慣れてる二人だからな!!」


白石の得意分野は脱獄であって戦う事ではなく、白石は斬りあった瞬間に物陰に隠れて避難し、キロランケや水城の恐ろしさを相手に知らせる。
白石からしたらヤクザの親分も恐ろしいが、それ以上にキロランケと水城…特に水城の方が恐ろしく『戦争帰り』とワードを出して諦めさせようとしたが、それはヤクザの親分には逆効果だったらしい。
若山は顔を引きつらせるわけでもなく長ドスを構え、キロランケと水城を睨む。
仲沢はその間オロオロと落ち着きなく男達を見ていた。


「上等だぜ…俺も商売敵を斬りまくってヤクザの親分にまで這い上がってきた…鉄砲の使えねえ兵隊さんがどこまでやれんのか試そうか?」


白石は若山の言葉に『馬鹿ッ!銃を使わない杉元が一番恐ろしいんだぞ!!』、と心の中で叫ぶ。
水城が本領発揮するのは銃ではなく、拳だ。
水城は銃の腕前はからっきしだが、物理的攻撃力はすでにカンストしている女(仮)なのだ。
拳よりも銃の方が優れているという認識は水城には通じない。


「みんないい加減にしろ!!外にはヒグマが三頭もいるのに中で殺し合ってどうする!!ここを無事に脱出することが最優先だろう!!」


睨み合う大人たちにアシリパが間に入って止めた。
外では三頭ものヒグマが餌である自分達を捕食しようとしているこの状況で、その餌同士が争ってどうするのだと止めた。
それでも三人の殺気は途切れず、暫く睨み合いが続いたが若山が静かに長ドスを収めた。


「お嬢ちゃんの言う通りだ…ここは休戦しよう……だが…誰かが外の弾薬を取りに行かなきゃなんねえのは確かだ」


長ドスを収めたのを見てキロランケと水城も一先ず垂れ流していた殺気を抑える。
しかしその鋭い目はそのままに若山を睨んでおり、そんな2人を気にもとめず唯一この場で熊に対抗できるであろう銃の弾を取りに行く方法を提案する。


「話し合いじゃ埒が明かねえだろう…俺はヤクザの博打打ちだ…誰が拾いに行くのか博打で決めようぜ」


確かに、運任せの博打の方が公平だろう。
そう思い水城は頷き、キロランケも水城が反対しないならと頷いた。
二人が納得したのを見て若山は大損させたキロランケを相手に指名した。


「アイヌの色男と勝負させろ…『丁半』だ…知ってるよな?」


勝負を『丁半』で決めることにした。
聞いたことのない言葉にアシリパは水城に『丁半とはなんだ?』と聞く。
しかし、水城は博打とは程遠い健全な生活をしていたため名前は聞いていても詳しくは知らなかった。
だから博打狂いの白石に聞いた。
白石の博打講座によれば、『丁半賭博』とは2個のサイコロを使って出た数字の合計で勝負を決めるものらしい。
偶数なら『丁度』割り切れる数だから『丁』となり、奇数は『半端』だから『半』となる。
それを合わせて丁半と名付けられたらしい。


「じゃあこっちでやるぞ」


若山は広い場所に移り、早速勝負をしようとした。
しかしそれを白石が止める。


「サイコロを調べさせろ!」


白石は博打が好きだ。
だから博打の中にインチキが普通に存在することを知っており、特にヤクザなら息を吸うようにインチキを行うだろうと疑っていた。
調べさせろという白石の差し出した手に『好きなだけ調べな』と二つのサイコロを投げて渡した。
しかし、その二つの内一つはキャッチできたが、一つは手から外れコロコロと床に落ちて机の下に転がってしまった。


「おっと…」


白石はその転がったサイコロを四つん這いになり机の下に腕を入れて探した。


「…………」


そんな白石を若山は静かに見下ろす。
恐らく白石こそインチキしないか監視しているのだろう。
手の届く場所に止まったらしいサイコロを拾い、さっそく白石はサイコロを調べる。


「オモリとか細工はしてなさそうだぜ」

「当たり前だ!『壺振り』も仲沢さんだっけ?この家主さんにやってもらえば公平だろう」

「えぇ!?私がやるんですか!?」


調べたが良く博打が使用するサイコロの中に重りを入れる細工はないようで、キロランケも見てみたが至って普通のサイコロだった。
壺振り、と言うサイコロを入れた壺皿を振ってサイコロの目を出させる役を全くの無関係な仲沢にさせ、更に公平にさせる。
巻き込まれた仲沢は嫌な顔をするものの、仕方ないと諦めたのか若山から壺皿を受け取った。


「その前に仲沢さん…あんたも脱げ」


若山がただのヤクザの人間だというのは判明した。
だが、水城はまだ囚人がいると思っているのか仲沢も服を脱げと言う……と、言うよりは命令した。
それに戸惑いながらも脱ぎ始め…


「あの…よろしいでしょうか…」


仲沢は言われた通り脱いだ。
彼は別に他人に体を見せるのを好む変人ではない。
水城に言われて仕方なく脱いだのだ。
それなのに、だ。
それなのに…


「うるるる…!」

「汚い乳首をアシリパさんに見せるな!!怖がってるだろッ!!」

「何だその乳首は!!早く隠せ!!」

「ふざけた乳首しやがって!!」


一斉にブーイングされた。
アシリパに至っては獣が怖がり警戒するかのように唸られ水城に目を隠されていた。
水城達からも散々な事を言われ仲沢はしょんぼりとさせる。
だがその背中には―――

艶やかな歌舞伎役者の入れ墨が入れられていた。

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