水城達は一先ず休戦し、囲炉裏のある部屋で勝負をする事になった。
「よご…よござんすね?」
「真似事はいいから早くしな」
参加するのは壺振りの仲沢、勝負を申し出た若山、勝負を挑まれたキロランケ…そして博打が趣味の白石。
水城はキロランケの傍に立ち、白石の傍にはアシリパがいた。
壺振りの真似事をする仲沢に若山が急かし、その声に『は、はい』とおどおどさせながら頷きサイコロを壺に入れる。
その際不器用なのかサイコロが入りきらず一つのサイコロが仲沢の顔に当たり、そのドジっ子に白石が苛立った。
そんなドジさにヤクザの若山は内心ニッと笑って見せる。
若山は知っているのだ。
これが奴の手口だと。
(役者よのぅ…こいつの『壺振り』は超一流品ぞ)
そう心の中で笑う。
仲沢と若山は実はグルだった。
仲沢のあのドジっ子は演技であり、本性はドス黒いのを若山は知っている。
特に壺振りは誰にも負けない腕前なのだ。
ガパッと畳の上に壺皿を立て、後は若山とキロランケが半か丁かを決めるだけ。
「一発勝負だぜ!さあ!張った張ったァ!!」
慣れた言葉でキロランケからの賭けを聞く。
キロランケは―――
「丁ッ!!」
「うるせえシライシ!!半だ!!半!!」
白石が目を輝かせ声を上げた。
キロランケが言う前に博打好きの血が騒いだのか勢いよく賭けた。
勝手に参加して賭ける白石に怒鳴り、キロランケは逆の半に賭ける。
「よっしゃ!そんならこっちは『丁』だッ!!負けた方は文句無しに弾薬を取りに行くでよろしいな!?さあ!勝負勝負!!」
まるで賭博場のように声を上げて盛り上げる若山に白石とキロランケ以外にも水城とアシリパもゴクリと喉を鳴らした。
待っている時間は一時間二時間と長く感じる。
そして仲沢が壺皿を開け、その中には…
「イチロクの『半』!!」
1と6の目が出たサイコロが転がっていた。
「――ってこの馬鹿野郎ッ!!」
それを見た瞬間、仲沢の隣にいた若山が、壺振りを任されただけの仲沢を蹴り飛ばした。
無関係の仲沢に当たるキロランケが『おいおい!』と止めようとした時、白石が声を上げる。
「ああ〜〜ッ!!見ろこの壺!!」
そう言って転がって来た壺の中をキロランケ達に見せる。
その中には端に髪の毛が張ってあった。
それは『毛返し』というイカサマで、籠の隙間から出目を確認して端にある髪の毛でサイコロをひっくり返すものだった。
「毛返しってのは高等技術だぜ!!ただの農夫が出来るような技じゃねえ!!こいつらグルだったんだ!!」
「イカサマしようとして失敗しやがった!!あはははッ!!」
白石がいたからイカサマだと気づけたほどの高等技術らしく、それが失敗し水城達は指を指して笑った。
若山は嘲笑を受けながらギロリと倒れている仲沢を見下ろす。
「いや…お前に限って失敗はありえねえ…わざとやりやがったな?」
「………」
若山は仲沢の腕を買っている。
仲沢の腕でどれほどイカサマをし儲けたか分からないほどだ。
そのため仲沢がわざと味方の賭けとは真逆な方へサイコロを転がした事は明白で、黙り込む仲沢にいい加減若山も声を上げた。
「なんだって俺を困らわせることばっかりしやがんだ!!偶然こいつらがこの家に来ちまったから知らんぷりしてたのにこんな状況であの生首勝手に置きやがって!!めちゃくちゃじゃねえか!!」
そもそも。
そもそもだ。
本当に若山は生首の事は知らなかった。
確かに八百長を指示したのに失敗した二人を処分する予定ではあったし、処分した。
だが、この家にその首を置いたのは若山ではない。
この家に首を二つ置いたのはこの張り倒した仲沢である。
水城達を騙すため他人のフリをしていたから言えなったが、その必要もなくなると思うとフツフツとした怒りが湧いてくる。
だが、若山の怒号に仲沢は…
「親分が浮気するからだ!!!」
その言葉に水城達は倒れている仲沢を見た。
「あれは金で買った男だと言っただろう!!まだ根に持ってるのかッ!!」
更に言い返した若山の言葉に水城達は仲沢から若山を見る。
どうやら二人はそういう仲らしく、水城は驚きはしたが衝撃というほどではなかった。
軍人時代に腐るほど男同士の濡れ場を見てきたため耐性はあった。
そんな水城達をよそに仲沢は更に声を上げた。
「さっきだって親分はその坊主頭のお尻を物欲しそうに見ていたくせに!!」
「見てない!!」
仲沢の言葉に若山は即答で否定するが、水城は思い出した。
そういえばサイコロが机の下に落ちた時屈んだ白石の尻を怖い顔で凝視していたな…と。
全員白石を見る。
白石はまさに『無の境地』と言わんばかりに無表情に遠い目をしていた。
若山と仲沢の痴話喧嘩はヒートアップし、若山は仲沢を掴みかかる。
「だいたいよぉ!!男娼と寝るなんて便所に行くようなもんじゃねえか!!」
「不潔だ!!親分は不潔だ!!触らないで!!」
「さてはやっぱりあの男娼を殺したのはお前だな!?」
「私は殺してない!!」
男はそうなんだろう。
決まった相手がいない男は大抵出せれば誰でもいい。
だから娼婦がいる。
中には鯉登のように一途に思ってくれる男はいるし、全ての男がそうとは思わないが、男は女と比べて性欲に弱いと軍に所属していて水城は思う。
いや、吉平と尾形の場合は特殊だったのかもしれないが。
親分が尻を狙っていたという知りたくもない事実を知り白石は少しずつ水城の後ろにしゃがんだまま隠れる。
それに気づいた水城は女である自分の後ろに隠れる白石の坊主頭を見下ろしながら『白石が好みなら色仕掛けさせておけばよかったかな…』と人でなしな事を考えていると熊が侵入しようとしているのかメキメキと不吉な音が水城の耳に入る。
「ヒグマがこじ開けだしたぞ!!お前らの痴話喧嘩はどうでもいいから早く弾丸取ってこい!!約束守れよ親分さん!男だろ!?」
実は二人は恋仲だったと衝撃的な事実を知って忘れかけたが、現状が危険なのは変わりない。
外ではヒグマが三頭いるのだ。
イカサマではあったが、勝負は勝負。
水城の言葉にぐうの音もでず若山は仲沢が殺した二人の生首の頭を掴み、『これでも食ってろクマ公共ッ!』と熊がいるであろう場所の適当な窓から放り投げた。
「親分なんかヒグマにチンポ食われちまえばいいんだ!!あんな若い男を連れ込むなんて!!」
「うるせえッ!お前なんて札幌に置いてくるんだったわ!!」
窓を割りながら飛び出てきた生首に熊が二匹気づきそちらに向かう。
それを見て若山は唯一開いている窓から出て約束通り弾薬盒を探す。
痴話喧嘩中、水城達は『なんとやらは犬も食わない』と口を挟まなかった。
「弾薬盒は…!」
窓の近くの地面に銃弾が落ちていたためそれも拾う。
そして目的である弾薬盒を探して辺りを見渡していると―――窓の前に指のない熊が待ち構えていた。
熊と目と目があった若山はゴクリと喉を鳴らし、白石が水城に言っていた言葉を思い出しゆっくりとベルトを外し、熊に向かって投げた。
ヘビと間違えた熊はびくっと驚き……固定していたベルトがなくなりズボンがハラリと下に落ち…――親分の足に入れられた入れ墨が露わになった。
「「「囚人だあぁ!!」」」
その入れ墨は水城達が探していた脱獄囚の暗号の入れ墨だった。
白石や辺見など暗号の入れ墨を入れた脱獄囚は今まで全員上半身に入れ墨を入れていた。
だから水城は囚人は上半身に入れ墨を入れているモノだと勘違いしていたのだ。
しかし何事も例外があり、若山の入れ墨は下半身に入れられていた。
若山は驚きが隠せない水城に向かって手に持っていた物を投げつける。
それをキャッチすれば、挿弾子、またはクリップと呼ばれる器具で繋がっている5発で一つの銃弾だった。
水城が受け取ったのを見て若山は水城達のいる家に背を向け走り出す。
「親分ッ!!」
置いていかれた仲沢は叫ぶ。
しくしくと泣きながら親分と何度も呼ぶ仲沢を無視し水城は若山から渡された銃弾5発を手と銃の間に挟み、装填するためボルトに触れる。
だがその時、ついに熊が家に侵入してきた。
まだ若山が去った方へ向き泣く仲沢を除いた全員から顔を覗かせて姿を見せる赤毛の熊に緊迫した空気が流れた。
水城は熊の姿に銃を装填するためにボルトを引く。
「下がれアシリパ!」
ノソノソと近づいてくる熊にキロランケは馬を奥へ避難させ、静かにアシリパにも下がるよう言いながら刃物を持って前に出る。
「キロランケ、アシリパさんを」
水城はアシリパをキロランケに任せ二人の前に出る。
キロランケは水城が何が言いたいのか察し、熊の前に出る水城に頷いてアシリパの腕を掴み奥にいる馬まで連れて背中に隠し守る。
水城はクリップごと銃の中にセットし、クリップを残し5発全てを装填し、すかさず侵入してきた熊に向かって一発撃つ。
そして痛みに声を上げる熊にもう一発撃つ。
一発撃つたびにボルトを引いて用済みの銃弾を飛び出させる。
三発目撃とうとする前に撃たれながらも前に出ていた熊が水城の間近まで近づき、襲いかかろうと立ち上がり大きな口を開けた。
水城は狙いを定めるのをやめ、構えを解き…
「私は不死身の杉元だ!!!」
そう叫び思いっきり大きくあけられた熊の口に銃口を差し込む。
そして一発銃弾を撃つ。
本来ならそこで事切れるはずだが、熊はしぶとく、しかし苦し紛れなのか、水城に向けて前足を振り上げた。
「水城ッ!!!」
キロランケの後ろからアシリパが叫んだ。
振り上げた熊の前足が水城の顔を引っ掻き、水城の顔に新たな傷が三本付けられた。
その際水城は勢いに押され尻もちをついたが、水城は痛みを感じていないように顔色一つ変えず、グッと近づこうとする熊に片足で阻止する。
冷静に用済みの銃弾を捨て、4発目の銃弾をセットし、4発目の銃弾をもう一度熊の口に放った。
熊の鼻や口の隙間から爆発した火薬が派手に飛び散る。
それでも水城は手を止めず、駄目押しと言わんばかりに熊を睨みつけながら4発目の用済みになった銃弾を捨て、最後の一発である5発目を放った。
ドサリと熊がうつ伏せのように倒れそのまま動かなかった。
水城も死んだのを確認するまでそのまま動く事はなく、それに釣られ白石やアシリパ達の誰一人も動かなかった。
一連の戦いをアシリパ達はゴクリと喉を鳴らし動けず見守るしかなかったのだ。
「水城!!大丈夫か!?」
水城は熊が死んだと判断したのか、突っ込んでいた銃を抜きながら尻もちつきながら少し熊から離れ立ち上がる。
それをキロランケも熊が死んだと判断し水城に駆け付けようとしていたアシリパを止めることはせず見送った。
「顔を見せろ!!」
「大丈夫だよ、アシリパさん…目は無事だから」
「目とかの問題じゃない!!全く…!なんていう無茶を…!!」
水城を相棒と呼び家族の中に入れているアシリパは死ぬ思いで水城と熊の戦いを見ていた。
水城に駆け寄り怪我を見る。
顔全体に斜めに出来た傷は奇跡的に目を外しており、失明の恐れはなくアシリパも文句を言いながらも安堵した。
その間に死んだ熊が開けた穴を埋めるため、キロランケと白石は柱や畳で隙間を埋める。
アシリパが傷を見た後水城はまだしくしくと萎んでいる仲沢を捕まえ押し倒す。
「やだぁ!やめてください!!」
「いいからケツ見せろ!!」
ひん剥かれると仲沢は抵抗するも人殺しだが水城の方が鍛えられておりうつ伏せのまま容赦なくズボンを脱がされた。
その光景はまるで水城が仲沢を強姦しようとしているように見えなくは…ない、かもしれない。
背中にある入れ墨は尻まで彫られており、水城は脱獄囚の入れ墨ではなかった。
「テメェは普通のモンモンか!さっさと汚ぇケツしまいな!!」
それに水城は八つ当たりのようにバチッと良い音をさせ仲沢の尻を叩いた。
それに仲沢は『ひゃんっ』と可愛い声を上げるも、ひん剥いたのは水城だというのに罵られた挙句まるで自分が脱いだように言う水城についに泣き出す。
「親分は良いケツだって言ってくれたよぉ!!乳首だって色っぽいって言ってくれたよぉ!!」
同性同士に関して、どちらが下か上かは見た目では分からない。
どう見ても男役だろと思うような人間でも女役だという事もあり得る。
仲沢と若山の場合、仲沢の方が女役のようで、さんざん罵られた反動かめそめそと泣いた。
「まさか下半身に暗号の入れ墨が入ってたとはね…上半身が『くりからもんもん』で埋まってたからか?とにかくなんとか早くここを出ないとあの親分はヒグマに…」
「おやぶぅん!!」
「ああ、もう…そんなに泣かないでよ…ほら、あの親分がそう簡単に死ぬはずないでしょう?何とか逃げられてるって…あの親分、タダでは死にそうもないし」
「(やさしい…)ひっく…そうですよねぇ?」
ひっくひっくと泣き、親分と鳴く仲沢に水城は無視し続けるのは無理だった。
いい大人で、髭の濃いどう見ても男の中年だというのになんだか母性心が擽られてしまう。
きっと出産し母の自覚が芽生えたからだろう。
ずれた帽子を被せ直してやりながら励ます水城に仲沢はようやく泣き止んだ。
そんな仲沢に水城は『うん、良い子』と頭を撫でてやる。
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