仲沢を落ち着かせた水城は熊に注意しながら外を見る。
「あの親分、弾薬盒を見つけられてなかったけど…ヒグマが弄ってどこかに持って行っちゃったのかな…」
5発の銃弾でやっと一頭の熊を倒す事が出来た。
それは吉報ではあるが、若山が命からから渡してくれた弾はもう使い切ってしまった。
弾薬盒があればまだマシな状況になったであろうが、弾薬盒がなかったということは熊が弄ってどこかに持っていってしまった確率が高い。
弾薬盒の中に入っている弾も買ったばかりだというのに…、とちょっとケチくさい事を思っていると白石に声を掛けられた。
「杉元おまえその顔…隠し包丁いれた焼きナスみたいになってんじゃん」
「えぇ…ほんとう??やだぁ、すごい恥ずかしいんだけど…」
白石の言葉に水城は顔を赤くした。
例えはどうであれ、元の傷痕とは反対の方へ引っかかれ作られた傷は見ようによっては網状になっていた。
「ヒグマに襲われた傷は不思議と化膿せずすぐに治ると私たちの間では言われている…でも手当しよう…ヒグマから油を取って傷に塗る」
水城の怪我の治療のためアシリパは水城が殺した熊の腹を裂いて油を取る。
特に内臓の網脂から取られる油は良く効くらしく、アシリパも火傷をしたときヒグマの油を塗ったが後も残らなかったらしい。
湯煎で網脂から油を取り、冷めた油を水城の顔に塗る。
「脂の臭いを嗅いだらちょっと腹減ってきたなぁ」
熊を一頭だが倒した事で余裕が出来たのか、白石はお腹を押さえ空腹を訴えた。
先程のナスの隠し包丁も恐らくお腹が減っていたからそう見えたのだろう。
…水城としてはそう思いたい。
「腹が減っちゃあ戦えねえ…アシリパちゃん、ヒグマの肉ちょっとだけ食べようぜ!」
「…私は食べられない……このヒグマはそこの男を殺した
ウェンカムイだから…」
熊を美味しく捌き料理出来るのはこの中ではアシリパだけだ。
水城も一応自炊していたので作れると言えば作れるが、只今アシリパに叩きこまれ中にて修行中なのでまだアシリパほど美味しく作れない。
アイヌはウェンカムイの歯や爪を切り落として殺した人間の下に埋めたり、バラバラに細かく肉片にしてばらまくことで二度とこんなことがないようにという文句を神様に言うという風習がある。
だから人を殺した動物をアイヌは食べない。
だがそう言いながらもお腹の虫はこの中にいるどの人間よりも豪快に鳴らしており、水城はアシリパにニコッと笑いかける。
「アシリパさん…このヒグマは爪も目も全部あるでしょう?殺したのはこのヒグマじゃないよ?他の二頭だよ?私、近くで見たから間違いないもん」
「えぇ〜〜?ほんとにぃ〜〜?ほんとにぃ〜〜??」
水城の言葉にアシリパはニヤニヤとにやけながらも信じようとするフリをする。
白石は『んもう!素直じゃないなぁ〜!』とほっこりさせているとアシリパは何かに気付く。
「でも…あちゃ〜〜!!またニリンソウがないんだよなぁ!肉の味を倍にさせるニリンソウが…」
「アシリパさん、アシリパさん……実はね、あるんですよ!ニリンソウが…!」
よほどリニンソウがアシリパにとって大切なのか心底残念がっていた。
だが、水城は熊に遭遇する前に見つけた物を思い出す。
水城の言葉にアシリパは一瞬変な顔をするほど驚いて見せ、そんな顔を見なかった事にしながら水城は背嚢一杯に摘んだニリンソウをアシリパに見せる。
だが、アシリパは水城が予想したとは違う反応をした。
「!―――水城!これはニリンソウじゃないぞ…!」
「え?そうなの?」
「これは…―――トリカブトだ!!」
一つ摘んだ葉を持って見てみるとそれはトリカブトと呼ばれる猛毒を持つ植物だった。
あまり水城は植物に詳しくないのもあるし、何より今の時期のニリンソウはトリカブトとよく似て間違えやすのもあり水城は間違えて全てトリカブトを摘んでしまったらしい。
「あー…摘んじゃいけない方を摘んじゃったんだ…ごめんね、アシリパさん…」
「いや!でも水城が間違えたおかげで残りの赤毛と戦えるかもしれない!」
ニリンソウを摘んだ時、水城はアシリパが喜んでくれるかな、とウキウキしながら摘んだ。
しかしその摘んだ全ての物は毒を持つトリカブトだという。
それにがっくりとさせながら謝るも、逆に好機だとアシリパに褒められた。
項垂れる水城の頭を撫でながらアシリパは首を傾げる水城に説明してやる。
「アイヌが矢毒に使うのはトリカブトの根っこの部分だ…でも春の若葉にも毒は多い」
アシリパは早速竈に火を起こし、鍋に全てのトリカブトを入れて水分を飛ばしてカリカリにする。
この家は何があったかは分からないが家具どころか調理器具全て揃っていた。
カリカリにした後すり潰してツバなどを入れながら泥にする。
アイヌの矢毒の作り方はみんな秘密にしているらしく、全て一緒というわけではないらしい。
だからアシリパの作り方が正しいというわけではなく、これも作り方の一つである。
「さて、出来たが毒の強さの確認をしなくてはならない…毒の強さを確かめる方法としてザトウムシの口に塗るというのがある…毒が強いとあっという間に足がバラバラと落ちるんだが、この寒い時期にザトウムシはいない」
「じゃあどうやって確認するの?」
「確認の方法はまだある…他の方法として舌を糸で縛って先っぽに毒を少し乗せるというのがある…痺れて耐えられなくなったらマリキリでこそぎ落すんだ」
「「「………」」」
熊を見張ってるキロランケを除く全員が、お互いを見た。
というよりは白石と仲沢はほぼ確実に水城を見ている。
結局多数決で水城がその確認役に決定し、水城は渋々舌を糸で縛る。
「乗せるぞ、水城」
「ふぁい」
小刀の先で少量の毒を掬い、水城の舌先にちょこんと乗せる。
三人はゴクリと喉を鳴らし見守っていると、すぐに変化が起こった。
水城の顔がぶわっと脂汗が浮かび上がりほへほへ言い出した。
奇行にしか見えない動きを見せる水城にアシリパは『あ』と声を零し手を拡げ、その指と指の間を指さす。
「そう言えば他にも指の股に挟んでおく方法もあるけど…そっちの方が良かったか?」
「はやふほっへッ!!!」
安全な方法があった事を苦しがる水城を見てアシリパは思い出した。
水城としてはそっちの方を思い出してほしかったと心底思いながら毒の効果はあると分かり毒を落とす。
毒を使用するなら槍も必要で、アシリパ監修の元全員で槍を作ることになった。
「農具の柄を削って槍を作る…アイヌの毒矢と同じで刺されば毒の置いてある先っぽが体内で外れる仕掛けだ…槍の先にくぼみに毒の団子乗せる…毒の固定には松脂が必要だけどここにはない」
アシリパの言葉を聞いて水城は腹を開かれたままの熊を見る。
アシリパにヒグマの皮を煮込んでニカワを作ったらどうかと聞けば、出来なくはないがそれでは一晩中かかるという。
いつまでも籠城とはいかないだろうし、すぐに倒せる武器が必要なため水城の提案は却下となる。
すると熊の様子を見ていたキロランケが戻ってきた。
「シライシの飴ちゃんを溶かして使ったらどうだ?」
「なるほど!」
キロランケの提案にアシリパは早速白石にかつあg…ではなく、要求する。
白石はいつものように犬のように悲しく鳴きながら飴を全て渡した。
その飴を溶かし毒の固定に使用した。
「よしッ!赤毛どもを斃してここを脱出するぞ!!」
4本の毒を乗せた槍を作り、水城達はついに反撃を開始する。
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