(52 / 274) 原作沿い (52)

水城とアシリパが大伯母のコタンに戻ると丁度白石とキロランケも帰ってきた。
二人はサクラマスを取りに川に行ってもらっており、今年もサクラマスは川に戻ってきてくれて大量に獲れた。


「あぁ〜〜!杉元フキ食べたデショ!」

「白石も食べたね?」


キロランケに教えてもらったのか、白石もアシリパと水城と同じで口の周りは黒くなっていた。
水城と白石はお互いフキを食べていたと笑い合い、白石はアシリパへ視線をやる。


「アシリパちゃんも…ええ〜〜〜??それ…うそ〜〜?どうして〜〜??アシリパちゃん食べ過ぎ〜〜!」


アシリパを見れば口の周りどころか目元以外全て黒く染まっており、それを見た白石の突っ込みにどっと笑いが起こった。
あれほど熊三頭にひいひい言っていたとは思えないほどの平和を水城は噛みしめていた。

――夜になり、世話になっているお礼と食料を渡すと大伯母は喜んで料理を作ってくれた。
今日は切り身にしたサクラマスと焼いて皮をむいたフキノトウの茎、フキとギョウジャニンニクを入れて塩で味付けしたサクラマスのオハウを食べた。
辛かったプクサも甘くなっており、辛かった時も美味しかったが更に美味しくなっていた。
フキのほろ苦さも美味しく水城達はヒンナと言いながら食べた。
白石やキロランケ、アシリパも食が進み、大伯母のチセは久々に笑い声が絶えなかった。

暫くし、アシリパが眠気に負けて眠ってしまい、大伯母が風邪を引かないよう掛け布団をかけた。
水城もキロランケも、無防備なアシリパの寝顔についほころぶ。


「キロランケは奥さん心配じゃないの?そろそろ畑を耕すのに馬が必要でしょ?」

「あの村にはアイツの親兄弟が沢山いるし働き者で強い女だから子供達も任せられるから心配はしていないさ…そういう杉元もどうなんだ?」


キロランケは既婚者で子供が二人いる。
女一人村に置いて長旅は心配ではないかと水城は問う。
馬だって畑を耕す時期までは戻るつもりだったのだ。
しかし、やはりアイヌの女は強いらしく心配はいらないと言われ、逆に水城もキロランケに心配されてしまった。
水城はキロランケの問いに『何が』とは言わなくても分かっていた。
水城はキロランケの問いに火を見つめる。


「そうね…心配はしていないわ…アシリパさんのお婆さん…フチには負担を掛けてしまう心配はあるけど…あの子はきっと大丈夫…そう思うの…」

「とは言ってもなぁ…まだ1歳なんだろう?やっぱり母親がいないと不安がるんじゃないか?」


キロランケの言葉に水城は火からキロランケを見る。
キロランケは煙草の煙を吸おうと息を吸うつもりだったが水城の目に息を止めた。
しかしそれを悟られないようすぐに煙を吸い込み煙を吐き出した。


「"子供は親がいなくても育つモノ"」

「?」

「私が坊を産むときに世話になった人の言葉よ…子供は親がいなきゃ死ぬほど軟ではないと…世話をしてくれる人がいれば子供は勝手に育つものだと言っていたわ」


水城の言葉にキロランケだけではなく白石も首を傾げ、男同士顔を見合わせる。
水城はチヨの言葉を覚えていた。
否、忘れられなかった。
我が子を殺そうと、否定し続けた自分が決してあの頃の事を忘れてはいけないのだ。
ずっと覚えていて、ずっと悔んで、ずっとあの子に対して罪悪感を抱いていなければならない。
それが水城が子供を殺そうとした事への罰なのだ。
水城はもう何も宿っていない腹を撫でる。


「あの子への償いは金塊が見つかって全てが片付いたら必ずするつもり…まだあの子に言っても分からないけれど…きっと置いていった私を恨むかもしれないけど…それでも私は後悔したくないから」


何も宿っていないその腹からキロランケを見た。
真っすぐ見つめてくるその瞳は先ほどとは違い、真剣で、力強い…母親の目をしていた。
その目を見てキロランケは置いてきた妻を思い出し、ふと笑い『そうか、それは頼もしいな』と呟き煙草を吸い込む。


(男としての強さ…そして、女…母親としての強さも持っているのか……敵にしたら厄介な相手だな…)


女の、母親の強さはアイヌとして生きてきて十分に理解している。
そのうえ軍人として男の強さも持ち合わせている水城はきっと敵になれば厄介な相手だろう。
『味方で良かったな』と思いながらキロランケは吸い込んだ煙草の煙を吐き出した。


「…で、なんだよその顔」


白石は水城の顔を指さして言う。
水城の顔には包帯が巻かれており、微かに青臭さや油臭さが水城からしていた。
それを指摘すれば水城はアシリパを見る。


「イタドリの若葉とかヨモギとか…傷に聞く薬草だそうよ…熊の油もアシリパさんに毎日塗られてるの…私としては傷なんてどうでもいいから気にしていないんだけど…アシリパさんがどうしてもって…」

「傷が増える前の顔が気に入ってたのかな?」


水城の顔には様々な薬草が塗られてる。
アシリパが『女なのだから傷が残ったら大変だ』と毎日塗ってくれるのだ。
しかし水城本人は特別傷が残ろうと気にも留めていなかった。
キロランケの言葉に水城は肩をすくめて見せ、白石は納得したように頷く。


「確かに…元々モテそうな顔ではあるよな……坊の父親とは結婚していないんだろう?その男とは一緒になるつもりないみたいだし…もしかして他に『いい人』いるのか?」

「………」

「あれ?否定しないね?ひょっとして金塊が欲しいのもその男が関係してんのかい?」


水城は謎が多い。
息子の父親の事もそれほど多くは語らないし、自身の過去も語ろうとはしない。
恋人がいるのとかも、今好きな人がいるとかも水城は何も語る事はなかった。
だから勘繰っても仕方ないかもしれない。
いやらしい顔を見せながら問う白石の問いも水城は無言で返した。


「シライシ…もういいだろ、その話は」


水城の憂いの顔に気付いたのか、キロランケは煙草を咥えながら白石を止めてくれた。

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