水城達はダンからの情報で夕張に来ていた。
ダンは殺された従業員から買い取った『ある物』を水城達に見せてくれた。
それは一冊の本だった。
しかし、その本は普通とは違い…表紙が人の皮で出来ていた。
それもフェイクではなく、本物の皮だ。
ダン曰く、これは元々盗まれた物らしい。
泥棒に盗まれたが、その泥棒はつまらない喧嘩で殺されてしまい持ち主の家が分からなくなったのだとか。
それから持ち主を転々とし、今はダンの手元にある。
しかし、この本にはもう一つ噂があった。
泥棒が侵入した家にはヤクザの倶利迦羅紋紋ではない…―――奇妙な入れ墨の皮もあった、と。
それを聞き水城達は夕張に寄ったのだ。
なぜ夕張かと言うと、その本の持ち主は分からないが、そこが夕張にある家だということだけははっきりと分かっていたからだ。
「あれ…あの後姿…月島軍曹だわ…」
「ん?知り合い?」
キロランケとアシリパが少し離れた場所で聞き込みをしている時、水城は見覚えのある後姿に気付く。
白石はその呟きを拾い、水城の見ている方へ身を乗り出す。
確かに遠目だが軍人の姿が見えた。
「鶴見中尉の部下よ…師団は違ってたけど昔親しくしてもらってたの…」
引き返すあの姿は確かに懐いていた月島だった。
月島に気付かれないようマフラーで顔を隠す水城の説明に白石は『へえ』とだけ返す。
しかしふと気づいた。
「ん?…その鶴見中尉の部下がいるって事は…」
「多分…っていうか絶対例の本の話か、入れ墨があるっていう噂話を鶴見中尉は耳にしたんだと思う…じゃなきゃ月島軍曹がこんなところにいるのは可笑しいわ」
顎を撫でて首を傾げる白石に水城は頷いて見せた。
自分達と同じ本の情報を得たからは分からないが、月島は鶴見が信頼している部下の1人だ。
軍人時代ではよく鶴見の隣にいるのを見ており、初めて鶴見と会った時もその傍に控えていたのは月島だった。
それからよく月島と話をし、水城は数多くいる軍人の中で一番懐いていた男でもある。
そこには決して恋愛感情はない。
ただ苦労人への同情と、兄のような親しみはあった。
「後をつけてみようか」
「キロランケとアシリパちゃん呼んでくる?向こうで聞き込みしてるけど」
「いえ、その間に見失ってしまうから…シライシ、行くよ」
『じゃあ二人に伝えておくね〜』、と水城から離れようとした白石だったが、水城にガシッと首根っこを掴まれ強制参加が決定した。
軍人を追うとか絶対にやりあうのが目に見えているので離脱したがったが無理だった。
クーンと鳴く白石は水城に引っ張られ軍曹の後を追いかけた。
月島に気付かれないよう尾行するとある洋風の一軒家にたどり着いた。
遠くから様子を見ると暫くして先ほど入っていったばかりなのに月島は慌てた様子で家を出ていくのが見えた。
そちらも気になるが水城はその家に向かう。
「今出て行った兵士はほっといていいの?」
「この家が気になるから…少し調べてから追いましょう」
中に入れば静けさが二人を迎え入れた。
白石は恐る恐る水城の後ろからついていき部屋を覗き込めば一人の男が転がっているのが見え、『うげ』と顔を顰めた。
「見ろよ杉元!死んでるぜ!さっきの銃声はコイツと戦ってたのか?」
「でもこの男も第七師団よ…流石に月島軍曹が仲間割れするとは思わないけど…」
第七師団…特に鶴見の隊は鶴見に心酔している者も多く、仲間割れは考えられない。
この男が実は裏切り者だった、というのなら月島に殺されたというのはありえるが、第七師団の事情を知らない水城には分からない。
白石は死体の周りを見渡す。
「怪しいぜ…例の本があったのはここかもな」
その周りには剥製が多く置かれていた。
剥製職人の家らしいのは見て分かるが、ならばよりこの家が怪しく感じる。
水城が男を調べている間に白石は別の部屋を見て回ろうとした。
「え!?なんだこりゃ!」
その一室に入るやいなや、白石は驚く。
そこには女性一人、男性多数の『人間の剥製』がテーブルに座らされたり、天井から吊るされたりされており、その異様さに顔を顰めた。
だが、すぐ横から人の気配を感じ白石はそちらに目をやる。
そこには剥製――ではなく生きた人間…それも軍人がこちらに銃を向けて立っていた。
髪をツーブロックオールバックにし両顎に手術跡が残っている軍人の姿に白石は驚き声を上げようとしたが、軍人は人差し指を口元にやり白石に声を出すなとジェスチャーで脅した。
白石は口を閉じ、こちらに向けられる銃口を見てゴクリと喉を鳴らす。
一瞬部屋で撃たれて死んでいる軍人を脳裏に浮かべる。
今度は自分の番なのか、と。
だが…
「お前が白石由竹だな?土方歳三から聞いてるぜ」
その言葉に白井はホッと安堵した。
どうやらこの軍人は土方側の人間らしい。
白石が捕まった時見なかった顔ということは、別件で離れていたか、白石が捕まった後に仲間になったかのどちらかだろう。
(ん…?この顔…どこかで…)
殺されないと分かって安心したからか、軍人の顔に白石は既視感を感じた。
しかしこの男とは会ったこともない。
どこで会ったんだろうかと考えていると…――――思い出した。
「あ…!!」
つい驚き過ぎて声を上げてしまった。
それに気づき白石は咄嗟に自分の口を塞いだが声を発した後ではすでに遅く、軍人はギロリと殺さんばかりに睨みつけられる。
軍人は白石を睨みながら扉を見た。
息を殺し暫く黙り込むと、水城に気づかれていない事に息を吐き軍人は再び白石を睨んだ。
「なんだ」
急に自分の顔を見て驚いたように声を上げる白石に軍人は怪訝とした顔で問う。
しかし白石は口を手で塞ぎながら一心不乱に首を振った。
まだ納得いかないものの、時間がないのもあり問うのをやめた。
『これをあいつのところに持っていけ』と言って白石にある物を持たせた。
白石は『え゙』と声を漏らし、嫌そうにそれに触れる。
そんな白石に男は銃口で白石の腹に突っつく。
「絶対にあいつに知られず誘導しろ…いいな」
低い声に穏やかさは感じず冷ややかな目で見つめてくる男に白石は冷や汗を流し顔を青ざめて何度も頷く。
それに一応は信用したのか『行け』と顎でしゃくり白石を解放した。
白石は自分の腹から離れる冷たい銃口にホッとしながら指示通りあいつ…水城の元へと向かった。
「す、杉元!!見ろよこれ!鶴見中尉は恐らくここで刺青人皮の偽物を作っていたんだ!!さっき出て行った兵士はそれを奪い合っていたに違いない!い、今すぐに追った方がいいぜッ!!」
男に言われた通りの言葉を若干棒読みだが白石は見事に完コピした。
大根役者だが、こちとら命が掛かっているのだ…許してほしい。
水城は汗だらだらに浮かべ両手に持つそれを見て眉間にしわをよせた。
それは人間の剥製と、サンプルのように一部を切り取った人の皮だった。
人の皮には入れ墨と思われる模様が描かれていた。
人間の剥製は似ていないが、どことなくある人物…鶴見中尉に見える。
ここに鶴見が来たのは確かなようである。
しかも鶴見はどうやら剥製屋をも虜にしたようだ。
しかし水城は少し気になる事があった。
水城はじっと白石を見る。
「…なんか、棒読みじゃない?」
「え゙!?そ、そんなことねえよ!!ちゃんと話せてただろ!!」
「いやぁ…でもなんでそんな汗だくなの?」
「う、うっせー!!生まれつきじゃい!!んなことどうでもいいからさっさと行くぞ!!」
命が掛かっているからこそ、怪しまれてしまった。
汗だくで棒読みなら誰だって怪しむが…水城がこれ以上追及しないよう両手に持っていた物を捨て水城の腕を取って月島の後を追うように家を出て行った。
そんな水城の後ろ姿を男―――尾形が物陰から見送った。
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