水城は尾形に誘導されていると気づかず、白石と街を歩き回り月島を探した。
街から少し外れ炭鉱近くに来ていた。
こんなところにいるのだろうか、と思いながらも月島の姿を探していると目の前にトロッコが通り過ぎた。
一瞬だが水城の目にはハッキリと月島の姿が見え、水城はハッとさせて遠ざかるトロッコへ目をやれば軍帽がちらっと見えた。
「いた!私達もトロッコで追いかけるよ!!」
トロッコで逃げられては足では追いつかない。
水城は白石と共に空のトロッコに乗り込み走らせた。
「ねえ、なんか白い熊みたいなのいなかった?」
「白い熊?ああ、シロクマっていうんだっけ?でもあれ上野動物園にいるんだろう?生息地もホッキョクってところらしいし…寒いっちゃ寒いけど流石に日本にはいないだろ」
『っていうかここ街ン中だし』という白石の言葉に『そっか…見間違いかな…』と呟きながら水城は銃を構えて撃つ。
流石ノーコンの杉元と言われるだけあって、その弾はトロッコに当たり月島には当たらなかった。
しかしその音に同乗者らしい白い影がこちらに顔を覗かせ水城は人間の青年の顔を見て『あ』と思う。
しかしすぐに撃ち返され水城と白石はトロッコに隠れて弾を避ける。
「奴らを逃がしたらまずいぞ!偽物の刺青人皮がバラまかれたら大変な事になる!!」
「あのシロクマが偽物を作ってる職人なんだと思う…とっ捕まえて手持ちのほかにも作ってないか聞き出そう…でもまずは月島軍曹が邪魔だから排除してからだね」
やはりあれは見間違いではなく白クマだったらしい。
ただし、被り物ではあるが。
恐らく白クマの被り物から顔を出している青年が剥製屋で、刺青人皮の偽物を作った本人だろう。
どういう状況で白クマの被り物をして月島と逃げているかは分からないが、偽物の刺青人皮をばら撒かれてしまえば混乱が起こる。
そうなる前に捕まえなくてはならなかった。
だがその前に邪魔な月島をどうにかするのが先である。
そう水城が言えば白石はぎょっとさせ水城を見た。
その目に気付き水城は怪訝とした目で白石を見る。
「なに?不満?何かいい案でもあるの?」
「い、いや…そうじゃなくて…お前あの軍人と親しかったんだよな?やれるのか?」
驚いた顔で水城を見ていたのは水城が顔色一つ変えず月島と戦おうと言ってのけたからだった。
水城は白石の言葉に首を傾げた。
「親しかったって言ったって軍人時代の頃の話よ…今は敵だもの…情なんて向けたらこっちが殺されるわよ」
そう言う水城の表情に嘘はないように見えた。
その言葉に白石は『へ、へえ』とだけ返し、その後口をつぐんだ。
白石が黙り込んだのに水城は首を傾げたが、それ以上は追及はしてこなかった。
(相変わらず恐ろしい女だな…敵と味方がはっきりしているっていうか…敵と認定した時点でこいつは容赦なく笑い合った奴でも殺せるんだろうな…)
水城は軍人らしく判断力がズバ抜けている。
しかしそれは殺意にも適用されるようで、ついさっきまで笑い合っていた人間でも敵と分かればその手は笑い合った人間の命を狩るだろう。
白石は自分がスパイをしているというのもあり、容易に自分が水城に殺される想像がついた。
ゾッと背筋を凍らせた白石はその恐怖を隠すように頭を振る。
(そういや…あの軍人…もしかして坊の父親か?)
忘れようとすると脳裏に自分を脅して水城に月島を追わせた軍人、尾形を思い出す。
その顔に既視感を覚えたが殺されないと分かって余裕が出たのか白石は気づいた。
軍人の顔と、水城の息子の顔が瓜二つだということを。
同時にアシリパの静秋の父親に会ったらすぐに分かるぞ、という言葉に納得した。
確かにあれは父親を知っている人間なら誰だって坊の父親が誰か分かるな、と。
チラリと水城を見る。
(杉元はあの軍人と夫婦じゃないって言ってたが…だが子供を作ってるんだし…それなりの関係だったんだろう??何がどうなって拗れたんだ?)
奥様方が昼ドラ展開を好むように、白石も気になった。
というのも、白石の中の水城像は、『美人で魅力的だが中身は脳筋ゴリラ』というイメージで、とても恋愛の甘酸っぱさは想像できない。
だから気になったのだ。
そんな水城がどんな顔で男を見るのか、と。
しかし白石は頭を振る。
ついじっと水城を見てしまったが、気づかれてギロリと睨まれてはたまらないと今は目の前の問題に集中しようといつの間にか炭鉱の中に入り薄暗い中、顔を覗かせた。
「あだっ!」
「いんッ!あっちいけ!!」
しかし追いかけているトロッコの白クマ男が水城達に向けて石炭を何個も投げていたためその石炭が覗かせた白石の頭にヒットした。
頭を押さえていると月島まで銃で水城達を撃ってきた。
「危ねえ!!」
騒動に気付き、すぐそばを走ろうとするトロッコを見て避けようとした炭鉱夫だったが、持っていた石炭が落ちてしまい、その石炭は月島達が乗るトロッコの前に転がり落ちた。
そのせいでレールの上に落ちた石炭が引っ掛かり月島達が乗るトロッコがまるでブレーキを掛けられたように速度を落としていく。
「石炭が引っかかった…!!追いつかれる!!」
速度が遅くなったことで水城達の乗るトロッコに追いつかれてしまい、両者のトロッコ同士ぶつかった。
水城は衝撃に耐えた後、久々の再会だというのに月島に挨拶もなく至近距離で銃を撃って月島を殺そうとした。
しかしそれを読んだ月島に銃を掴まれ奪われてしまい、そのまま月島は銃身や木被を持ったまま水城から奪った銃で殴りかかった。
水城は顔横を殴られそうになったので避けずそれを腕で受け止め、すぐに銃を掴み、二人は銃を取り合うように引っ張り合う。
すると月島と目と目が合い水城は久々の再会の挨拶に殺意を込めた声を含ませた。
「月島軍曹!お久しぶりですね!!お元気そうで何よりですよ!!」
「お前もな!!鶴見中尉の誘いを蹴ったと聞いたが勿体ない事をしたな!!お前ならば良き戦友になれると思っていたんだがなッ!!どうだ!今からでもこちら側につかないか!?俺が取り持ってやるぞ!!」
銃を掴まれた月島は水城の手から銃を後ろへ引き抜こうとし、丁度その時トロッコがガコンと揺れたため水城の手から銃が引っこ抜かれてしまった。
再び奪われた銃で殴られそうになったのでそれを同じく腕で受け止めた。
銃を腕で受け止めながら水城は月島の言葉を鼻で笑い飛ばす。
「私が鶴見中尉の下に!?ハッ!御冗談を!!私の飼い主は今や異国の地で冷たい土の一部となっているでしょう!!!」
そう言いながら再び銃を掴もうとしたが、それを読まれ避けられた。
月島はその言葉に無意識に眉間にシワを寄せる。
水城が飼い犬だったという自覚があったというよりは、飼い主の方だろう。
月島はあの時用事でいなかった。
帰ったのはすでに終わっていた頃だった。
鶴見から全て聞かされ、まず思ったのは怪我の心配だ。
そして、不死身の名がまだ健在だったことへの興奮と、鶴見の誘いを断った事への落胆である。
鶴見の部下として、彼の手足は多ければ多いほど上官の安全さは強まる。
まるで恋い焦がれたように欲した水城が手に入ればきっと上官は常に侍らすかの如く傍に置くだろう。
新品の、名前入りの、首輪とリードをつけて。
水城が鶴見の傍にいるなら安心して鶴見の傍を離れられる。
だが水城は鶴見の誘いを蹴った。
それが不快だった。
水城へではない。
今は亡き吉平へだ。
月島はずっと吉平が水城の飼い主であることに不快感や不満感があった。
鶴見とそりが合わないのもあるが、何より気に入っている一等卒に無体をし自分の物だと無理強いしているあの男が気に入らなかった。
だから鶴見贔屓ではあるが、水城は鶴見の下にいてこそ輝くのだと思っていた。
それを本人が否定し、月島は『まだ川畑中尉の呪縛が解かれていないのか』と思う。
吉平の水城への執着は呪縛と言っていいほど異常だと、別師団の月島でさえ感じていたのだ。
「川畑中尉はすでに死んだ!!ならば奴にこだわる理由もないだろ!!杉元一等卒!俺と共に来い!!」
不死身の杉元。
この名は今もなお軍人達に消えず残っている。
一名不安定な男がいるが、そこは鶴見がどうにかするだろう…と月島は鶴見に丸投げにした。
だが、水城の返答は変わらなかった。
「あいつが死んだ!?いいや!!あいつはまだ生きてる!!あいつの肉体は死んだが私の中にあいつはまだいる!!!私の首にはまだあいつの首輪がある!!!私は一生あいつの犬なんだ!!!」
それは心からの叫びだった。
月島はそれを聞いて痛々しく思う。
水城は吉平が死んだというのにまだ縛り付けられているのだ。
だからこそ新しい飼い主を見つけようとはしない。
水城の目は死んでいない。
水城の声は悲しんではいない。
吉平が施した呪いだからだろう。
死んでも己の物だと思わせる呪い。
月島は死人に魅入られ憑りつかれた水城を憐れんだ。
しかしそれが隙となった。
「刺青人皮をよこせッ!!!」
「!―――すっこんでろ!!」
押し問答をしていると横から白石が隙をつき乗り出し白クマの男…剥製職人の江渡貝に手を伸ばした。
それに気づき月島は白石へ奪った銃を振りかざし阻止した。
しかし銃が分岐器に当たり、レールが切り替わってしまう。
「あッ…ちょ、し、白石!!やばい!!戻って戻って!!!」
白石は乗り出し丁度両者のトロッコに片足ずつ踏み入れていた。
しかも運の悪い事に分岐器があったと言う事は目と鼻の先に分岐点があるということ。
月島と江渡貝が乗ったトロッコはそのまま真っすぐ進み、分岐器を動かしたため水城が乗るトロッコは曲がってしまった。
二つのトロッコに足を突っ込んでいた白石は水城のいるトロッコに戻る前にトロッコが二手に別れてしまい足が限界まで広がっていく。
「ぬおお!!オマタが裂けるッ!!!」
「早く飛び移って!!」
足を広げ過ぎてビリっと不吉な音がしたが、今はそれどころではない。
水城は月島から奪い返した銃を床に置き白石の手を取って引っ張る。
しかしトロッコに乗る前に白石の宙に浮いた足は壁に触れ、その勢いに立ち止まる事も出来ず白石はまるで漫画のように壁走りした。
「おまっ…白石…!お前…!!漫画みたいよ!!現実でも出来るのね!壁走り!!あとでアシリパさんにも教えないと…!!」
「は、はしゃがないで助けてくれッ!!!」
白石も壁走りしている自分に驚いているが、大はしゃぎしている水城に助けを求める。
水城は『すごい!すごい!』と言いながらぐいっと繋いである白石の手を引っ張ろうとしたその時――――突然の爆発に水城と白石はトロッコから投げ出される。
強く体を撃ち白石は一瞬意識が遠のいたが、水城の声で我を返った。
「逃げるわよ!白石!!走って!!!」
何が起こったか水城には分からないが、ただ何かが爆発したのは分かった。
炭鉱だからダイナマイトでも爆発したと思ってもいいが、それにしては規模が大きすぎる。
それにどうも嫌な予感がした。
トロッコもひっくり返ってしまったため、深追いは危険だと判断し、月島は一先ず諦めここから出る事を優先とした。
白石がのそりと起き上がったのを見て意識があるのにホッとしていると突然台風並の突風が水城達を襲う。
「な、なんだこの風は…!!」
息も出来ないほどの突風に水城は帽子が飛ばされないようツバを掴んで抑える。
この突風は『もどし』というものだ。
爆発で坑内の通気が乱れる事を指し、更に大きな爆発が起こる危険性もあった。
更にはまだ危険はある。
密室状態のこの場に石炭層から採取可能なガスである炭層ガス(メタンガス)が空気中に漏れ出し脱出しなければ命の危険があるのだ。
「白石!起きて!!」
やっと突風が止んだと思えば体が重く感じ、上手く動かせない。
白石を見ればすでに気を失っているようで、重く立てない体で這いずって白石の元へ向かい体を揺するが白石が目を覚ます気配はない。
罵っても起きない白石に次は頬でも殴ってやろうかと思った時、突然の吐き気に水城は胃の中にある物を吐き出した。
(強烈な眠気が…ガスのせい?)
体は重く眠気により意識も朦朧としつつある。
気分も悪く吐いても吐いてもすっきりしない。
突風が吹く前から何か変な臭いを感じたが、その臭いが突風が止んでから強くなったのを感じた。
ガスの影響で意識が朦朧としているせいかそれがガスなのだというのを理解するのに少し遅かったが、水城は眠りそうになったその目に数匹のネズミの死骸を見た瞬間眠気が吹き飛んだ。
このネズミ達を自分と白石と重ねたのだ。
水城は這いずったまま白石を背負うように自分の背に乗せ、ダラリと垂れている白石の腕を掴む。
「私は!!不死身の!!杉元だッ!!!」
そう叫び水城は白石を背負ったまま這いずって力が続く限り前に進んだ。
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