(56 / 274) 原作沿い (56)

アシリパとキロランケは聞き込みをしていた。
その途中水城と白石の姿が消え、更には炭坑から煙が上がり事故が起こったと騒ぎになっていた。
そちらに向かえば人がごった返しており、その事故の酷さにアシリパとキロランケは唖然としていた。


「誰か出て来るぞ!!」


騒めき立っている中、誰かが煙の中で人影が見えたのに気づき声を上げた。
それはつい先ほど炭鉱夫達の制止も聞かず中に入っていった大柄の男だった。
その大柄の男が炭坑から出てくると二人の男を抱えているのが見え、その場にいた全員が歓声を上げた。


「逃げ遅れた奴か!?」

「すげえ!!あの旦那二人も助け出したぞ!!」


アシリパはその人物を見て目を丸くした。
無意識に駆けよれば、その大柄の人物がアシリパに気付き声をかける。


「よぉ、嬢ちゃん…また会ったな」

「チンポ先生ェ…」


その大柄の男とは、家永が隠れ蓑にしていたホテルで出会った牛山だった。
牛山は水城と白石を肩に担ぎ助けてくれた。
水城は色々聞きたいが今そんな気力はない。
とりあえず牛山をキラキラした目で見上げそっと差し出したアシリパの手の中にある物に対して『アシリパさん…まだハンペン持ってたんだ』と弱弱しく突っ込んだ。(突っ込みと言っていいかは不明だが)


「なんであんたがこんなところに…?」

「連れと夕張に来ていたがふらっといなくなってな…探していたらお前らがトロッコに乗っているのを見つけたんだ」


水城と白石は炭鉱夫から水を貰い、生き返った気分となった。
牛山のおかげで九死に一生を得た水城と白石は死ぬことはなかったが、なぜここに牛山がいるのかの疑問が過る。
牛山は夕張に来ていたが一緒に行動をしていた人物がいなくなり、探している時に水城と白石の姿を見て追って来たのだと言う。
暫く様子を見てみればこの騒動…というわけだ。
牛山の『連れ』という言葉に水城は怪訝としていたが、牛山が水城の後ろを振り向き水城もそれに釣られて後ろを見れば…


「しょうがねえ、そいつら連れてついてこい」


―――尾形がいた。
水城は息を忘れるほど驚き、言葉を失った。


「お、がた…あんた…なんでここに…」


あの山で会った時以来の尾形に水城は絶句した。
ここに尾形がいることもそうだが、坊主頭がツーブロックのオールバックに変わっている事にも目を丸くした。
軍では長時間お風呂に入れない事もあり坊主頭にすることが決められている。
再会した時も坊主頭だったのだ。
なのに長らく放置したように髪が伸びており驚いていた。
指をさし唖然とする水城に牛山が仲間に加わったと教えてくれたが、それが更に混乱を招く。


「あんた鶴見中尉の部下だったんじゃ…」

「俺はもう鶴見中尉の部隊からは抜けた…今は脱走兵扱いだろうよ」

「はあ!?抜けたって…なんで!?」


尾形は月島達のように鶴見に心酔しているわけではないのは知っている。
だが、脱走兵となってまで軍を抜けたがっているとは考えられなかった。
顔を顰めた水城の言葉に尾形は『半分はお前のせいだが』と理由はどうであれ半分は水城を追うために脱走兵となった事を告げようかと思ったが、やめた。
追いかけた、と言えば村の事も懸念し更に警戒を高めるだろう。
それはそれで面白いが今は面倒臭いだけだ。
今はそんな暇はないと尾形は『とりあえずついてこい』と一方的に言い、歩き出した。
水城が何か言いたげにしていたが、聞く耳持たないのを察したのか、大人しくついていく。

案内されたのは一度立ち寄ったあの剥製職人の家だった。
その家の中に入り尾形は白石と会ったあの人間の剥製が置かれている部屋へ案内する。


「贋物は、恐らくこの6体の剥製を利用して作られた」


平然と言う尾形だが、水城達は作り物ではないであろう人間の剥製に不快そうに顔を顰める。
尾形は水城達が家を出て行った後、この6体の剥製の服を剥ぎ取ったらしく、本来なら肌色の裸が露わになっているはずなのに皮を剥がされていた。


「剥製屋の坊やが死んでいるのは確認した…月島軍曹は屈強な兵士だ…坑道から月島軍曹の死体が出なければ6枚の贋物が出回ってしまう事を想定しなければなるまい」


水城は月島を逃したのもあり、尾形の言葉に無意識に眉を顰める。
『あの時白石を押してあっちのトロッコに乗せてればよかったかな』と酷いことを思っていると…


「贋物か、本物か…―――この忘れ物がどっちなのか、判別する方法を探さねば」


水城は猫の声を聞き振り返る。
そこには白髪頭と髭を蓄えた老人が猫と入れ墨が入った皮を手に部屋に入ってきた。
その老人と目と目が合った水城は一瞬にして険しい表情を深めた。


「じいさん、あんた…見覚えがあるような……どこかで会ったかな?」


明らかに老人を警戒し水城は銃に触れる。
その仕草でその場の空気は一瞬にして張り詰めた。
銃に手をやったのを見てアシリパが水城に歩み寄ろうとしたが、それをキロランケが止める。
水城は視界の端にアシリパを捉えながらも警戒を解かず老人を見た。
そんな水城に白石は冷や汗を流して慌てて口を開く。


「い、いや…!!会った事があるわけがねえ!!こいつは…―――土方歳三だぞ!」


スパイをしている身としては土方が水城と鉢合うのはあまりよろしくはない。
できれば鉢合わないでいてほしいと心から願うが、現実はそう上手くはいかなかった。
会った事があると言う水城から逸らすように目の前にいる男が土方だと言ったのだが、白石の読みは斜め上へ向かってしまい水城は土方という名を聞き更に警戒を強くする。
水城が銃を肩から降ろせば、尾形も動き、その尾形をキロランケが監視するように視線をやる。
土方も抱いていた猫を降ろしながら白石へ声を掛けた。


「久しぶりだな?白石由竹…お友達を紹介してくれんのか?」

「―――っ」


白石はゴクリと喉を鳴らす。
土方と自分が内通しているというのは水城達にはまだ気づかれていないはず。
もし気づかれていたらその時点で水城に殺されていると思うからだ。
白石はチラリと水城を見る。
白石は戦闘員ではないため、基本後ろの方で隠れていることが多い。
そのため水城は白石に背を向けており、表情が見えない。
幸いなのは、水城は白石と土方が顔見知りだと思ってくれている事だろうか。
あの時…水城と川に落ちた時土方の事を話しておいて正解だったと白石は心底思う。


「ひょっとして…キロランケの村に来たってのはこのジイさんか?」


水城は何も言わない白石をよそに、土方から目を逸らさずキロランケに問う。
キロランケはその問いにじっと土方を見て、頷いた。


「アンタに会ったら聞きたい事があった…のっぺらぼうは土方歳三だけに伝えた情報があるはずだ…アナタをある程度信用しているのか…大きな目的が一致しているのか…アイヌに武器を持たせて持ち掛けられたか?のっぺらぼうは本当にアイヌかな?」


白石の話を聞いて、水城は土方と会った時聞きたい事があった。
この金塊争奪戦に参加している以上、鶴見どころか土方と必ずやり合うだろうと水城は思っていた。
が、こんなに早くとは思っていなかったが、会ったのなら丁度いいと問う。
その問いに土方は『そこまで辿り着いたか』と感心した声を零したが、それが本心かは分からない。


「のっぺらぼうも出し抜こうって魂胆かい?アイヌの埋蔵金でもう一度蝦夷共和国でも作るのか?土方歳三さん」


新選組は有名だ。
その新選組の鬼の副長と呼ばれた土方を知らない者はいないだろう。
土方がなぜ金塊争奪戦に参加している本当の理由は分からないが、何となく想像できる。
目の前にいるのは新選組に…近藤に全てを捧げてきた男である。
きっと土方は吉平を憎み続けながらも従っていた水城とは真逆の存在だろう。


「私の父は…!!」

「―――手を組むか、この場で殺し合うか…選べ」


自身の父の話になり、アシリパは話に入ろうとした。
だがそれを土方が遮る様に水城達に問いかけた。
…否、土方はあえてアシリパの言葉を遮った。
水城はそれにあえて問い詰めず、土方が刀に手をやり殺意を向けられ咄嗟に自身も銃を握りしめた。
その場は一触即発となり張り詰めた空気が流れる。
誰もがその空気に息を飲み動けなかったのだが…ある男…尾形は飛び交う殺意の中アシリパを見ていた。
それはアシリパのお腹から鳴る音に気付いたからではない。


「刺青人皮を持っているなら我々が買い取ろう…一緒に国を憂いてくれとは言わん」


土方の影からもう一人老人が現れた。
その姿に白石はギョッとさせる。
その老人もまた新選組が生んだ偉人である…新選組最強、永倉新八だった。
水城は視線を土方から永倉に向ける。
永倉は水城の静かな殺意を感じながらも続けた。


「刺青を売ったカネで故郷に帰り"旦那"でも貰って静かに暮らせる道もあるが…若いもんにはつまらん道に聞こえるかね?」

「…!」


鋭い視線で永倉と土方を睨んでいた水城だったが、永倉の言葉に目を丸くする。
今、永倉は水城に『旦那』と言った。
『嫁さん』ではなく、『旦那』と言ったのだ。
それはすなわち水城を女だと気づいていると言う事だ。
水城は脳裏に後ろにいる尾形を浮かべた。
土方側の中で唯一水城を女だと知っているのは尾形だけだ。(実際は尾形とスパイの白石、感触で気づいた牛山である)
女顔とはいえ、初対面で黒く汚れている軍人を女だと気づくわけもなく、尾形が話したとしか思えなかった。
だが、水城として男に扮してはいるが、それはただ女一人の子連れでは何かと変な男に絡まれたりしないためであって男になりたいからではない。
今はそんな些細な事に構ってられないと判断し、永倉の言葉を蹴った。


「のっぺらぼうに会いに行って確かめたい事がある…それまでは金塊が見つかってもらったら困るのよ」


あちらに女だと気づかれた以上、男言葉を使う必要はない。
水城は男言葉をやめた。
永倉は旦那を貰い故郷に帰ったらどうかというが、水城は夫を持つ気も、静秋に父を与えるつもりもない。
そして帰る故郷もすでにない。
永倉の言葉に魅力は感じなかった。
それにアシリパとの約束もあるのだ。
ここで金のために諦めるつもりもない。
アシリパはコロコロとお腹を鳴らしながらもその水城の言葉に感激していた。
牛山もそれにあえて突っ込まず、のっぺらぼうに会いに行くと言う水城の言葉に怪訝としていた。
それに水城は頷いて返したのだが………


「なあに!?コロコロって!!」


あまりにもアシリパの腹の虫が鳴き止まないので思わず水城は突っ込んでしまった。
そのお陰か、張り詰めていた空気が少し緩和される。


「アシリパさぁん…今大事なお話中なのよ…そのお腹の虫にもうちょっと待っててって言ってくれるぅ?」

「無理だ!私の腹は素直だからな!」

「わあ、とっても欲望に忠実ぅ〜!」


水城もガクリと肩を落とし、銃を肩に掛け直した。
もうこの場でやり合う気力を無くしたようだ。
それを見て土方も刀から手を引き、尾形も警戒を緩めた。


「そういえばお昼まだだったものね…」

「そうだな…朝飯も少し早かったし昼もとっくに過ぎてるしな」

「そうだぞ水城!お前と白石が姿を消さなければ今頃食べれたんだ!」

「いや、まあ…そうなんだけどさ…でも月島軍曹いたし…」


朝からウナギと豪華ではあったが、そのウナギはすでに胃の中で溶け切っているだろう。
その間もアシリパの腹の虫は素直に泣き叫んでおり、水城は『本当に素直だよね、そのお腹』と呟いたその時、土方の影から永倉が、永倉の影から見たことのある女が出てきた。


「私が何か作りましょうか?」

「家永!?生きてたの!?」

「ええ、牛山様が助けてくださいましたので…お話の続きは食事の席でされてはいかがでしょうか?」


出てきたのは女…ではなく、水城とは逆に女装している老人、家永だった。
家永が生きていた事に驚いたが、それよりもアシリパの腹の虫を黙らせることにした。

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