家永が作った料理は鍋だった。
9人分という事もあって量は多かったが、美味しそうな匂いが部屋に立ち込める。
テーブルを繋げてテーブルクロスを敷けば長いテーブルに早変わりし、土方側とアシリパ側と左右に別れて座る。
「『なんこ鍋』でございます」
そう言って家永らは人数分のお椀に鍋を装い配る。
なんこ鍋とは、夕張を含む空知地方の郷土料理で炭鉱夫の間で広まり、腸を味噌で煮込んだモツ鍋である。
自分の手元にあるお椀の中の肉を箸でつまみ上げながら白石は顔を引きつらせ家永に問う。
「おい家永…この肉…大丈夫なやつだろうな?」
家永は食人鬼だ。
この肉の出所を怪しむ白石に家永は一瞬何を言われたのか分からずキョトンとさせたが、にっこりと笑って見せ…
「ご安心ください!『なんこ』とは方言で馬の腸という意味ですから!馬の物を使ってます!」
流石に人肉は出さなかったのかそこは安心できた。
白石はホッと安堵しつつ、隣から吹き出す音を聞きチラリと目をやった。
隣には馬を愛する男…キロランケがいた。
馬を愛している彼は決して馬を食べることはない。
だが、知らないとはいえ口の中に馬肉を含み胃の中に入れたと知ってキロランケは口に含んでいた物を吹き出した。
器官に入ったのかケホケホと咳き込みながら涙目で白石に『悪いが肉食べてくれ』と頼み、同情した白石はお椀の中から肉を取り出してあげた。
「あんたら、その顔ぶれでよく手が組めてるわね…特にそこの鶴見中尉の手下だった男…一度寝返った奴はまた寝返るわよ」
肉を食し飲み込みながら水城は土方達に向けて言った。
尾形以外の顔ぶれに純粋に感心しており、半数以上老人ではあるが、むしろ土方組では老人の方が厄介な存在だろう。
あの新選組の生き残りなんて敵になれば厄介以外の何者でもない。
だが尾形に関しては別だ。
水城は私情を挟んで…というよりはパンのようにこねにこねていた。
息子の事で警戒しているのが丸分かりの水城に尾形は愉快そうにクツクツと笑う。
「水城…お前には殺されかけたが俺は根に持つ性格じゃねえ…でも今のは傷ついたよ」
息子の事を黙っているのはそちらの方が面白いからだ。
それに手を組んでいるとはいえ隠し玉をそう簡単に他人に話すほど尾形は馬鹿ではないし、この金塊争奪戦に息子は無関係だ。
息子の使い道はただ母親を入手するためだけにあり、それ以上の価値はない。
内心息子の事を知られたと知ったらどんな反応するだろうか、と子供のようにわくわくしている。
きっと水城がそれを聞けば『相変わらずの性格の悪さで安心したわ』と嫌味が飛んでくるだろう。
尾形が悪だくみをしていると知らない水城は尾形の白々しい言葉を鼻で笑い飛ばす。
「あんたがそんな繊細さを持っているとは驚きだわ…人の秘密をペラペラお喋りする男の言葉とは思えないわね」
「これだけはハッキリ言っておくが…俺はお前が女だとこいつらに教えてないからな」
「どうだか…寝返るような奴の言葉なんて信用できるとでも思ってるの?」
ギロリと睨めば尾形も睨みはしないが見つめ返す。
お互い睨み合い、白石達はギスギスした気まずい空気の中で食べることになった。
美味しいご飯が全く美味しく感じず、白石は『食事中に喧嘩すんなよ』と言葉だけ宥める。
「私は一度、お前を見たことがある」
水城と尾形の会話をよそにお茶を飲んでいた土方がぽつりと呟く。
その呟きに尾形を睨んでいた水城は怪訝とした顔で土方を見た。
もう一口お茶を飲みながら土方はこちらを怪訝そうに見つめる水城に続ける。
「『ニシン漁』…そう言えば分かるか?」
「…あんた…あそこにいたのか…」
『ニシン漁』、とは水城と運命の出会いを果たした辺見和雄の事を指すのだろう。
水城はすぐに土方があの場にいたと察した。
視線を鋭くさせ声を低くし怒りを表す水城に土方は怯むことはなくその殺気にも似た気配に目を細める。
目の前の女を初めて見た時、『不死身』とは大層な名前が付けられたものだと内心信じていなかった。
女と知った時噂は噂かと思ったが、先ほど睨み合った時、水城から向けられた殺意に土方は驚きというよりは感心した。
男尊女卑というわけではないが、男の世界で生きてきた中で、枯れたとはいえ自身を駆り立てる女を見たのは初めてだった。
今もそうだ。
アシリパや仲間を見る目は穏やかだというのに少しでも疑わしい部分を見せれば目の前の女はその人物を殺さんばかりの冷たい眼差しを向ける。
普通の人間なら震えあがるほどの恐ろしさがあるだろう。
だが土方はその琥珀色の冷たさに魅入られてしまったのは否めない。
感情によって変化する彼女の目を土方は例え睨まれていても好ましく思えた。
しかし年の功か、水城の呟きに目を細めるだけに終わらせる。
「なるほど…辺見の噂を聞いてやってきたってわけね…」
人の口には戸が立てられない。
白石が主に娼婦から情報を得ているのと同じく、土方達もどこかで辺見の情報を得たのだろう。
その読みは外れてはいるが、当たっており、勝手に勘違いしてくれる水城に土方はあえて何も言わなかった。
「辺見和雄が潜伏している場所を突き止め、行ってみればすでに事が済んだ後だったがな」
その言葉に水城は女だと気づいていた事に納得した。
恐らく遠目から水城の裸を見たのだろう。
辺見をシャチから奪い返すため水城はあの場所で一度服を脱いでいる。
どこにいたかは分からないが双眼鏡でもあれば遠くから動きを監視する事はできる。
水城は裸を見られたというのに恥ずかしげもなかった。
そんな女を捨てているような水城に土方は愉快そうに目を細めて笑う。
「ちなみに」
水城が納得していると、黙っていた牛山が声をポツリと漏らした。
そちらに目をやれば牛山は水城を見つめており…
「俺もお前が女だと知ってるぞ?」
「えええ…私の情報駄々漏れぇ…」
土方に女と気づかれた事は分かった。
永倉も土方経由で知ったのだろう。
だが、まさか牛山にまでバレているとは思わず水城は隠しきっていないとはいえいくらなんても気づかれすぎでは…とガクリと項垂れた。
キロランケに『だからもっと男装している自覚を持てと言ったんだ』と言われたが、水城は言い返せなかった。
隠してはいるが、そこまで本気で隠し通そうとは思っていない。
だがすぐ気づかれては男装の意味はないのではないか?と思ってしまう。
「いつ気づいたの…私、あんたの前で服脱いでないんだけど…」
土方と永倉、そして尾形は納得している。
全て自分がバラしたようなものだ。
だが牛山の場合、女だと気づかれるようなミスはないと自負していた。
「お前が俺の腕に技かけただろう?あの時だ」
「なんで技かけただけで気づかれるの?私着こんでるしサラシ巻いてるんだけど…」
「感触だな…お前の身体、どんな高級娼婦よりも柔らかい体をしてたぞ…知ってるか?お前服越しでもぷにぷにしてて柔らかくて抱き着かれた時気持ちよかった」
「えー…いらなかった、その情報…っていうかぷにぷにとか女に向けていう言葉じゃないんですが…」
「何を言う…俺は結構な数の女を抱いてきたが、お前程の柔らかい肌は初めてだぞ?…―――どうだ?今夜一発…」
「
あ、いいです、お断りさせていただきます」
ぷにぷにと言っても太っているというよりは、柔らかく良い肉付きをしているなと訳す方が正しいだろう。
牛山のお誘いを水城は笑顔でお断りした。
「っていうかあんた傷だらけの女抱けるの?言っておくけど傷は顔だけじゃなくて体中にあるんだよ」
「
抱ける」
即答の牛山にもはや水城はどんな顔をしていいのか分からなかった。
ムフーッと鼻息を荒くする牛山にドン引きしていると永倉の隣にいた尾形から鼻で笑われ、水城は尾形を睨む。
「…何笑ってんだ」
「いやぁ?流石不死身の杉元と言っているだけあって節操なしだと思ってな…川畑中尉に鶴見中尉、月島軍曹にそこの連中に土方…その次は牛山ってか?お盛んな事だ」
「は?意味が分からないんだけど」
馬鹿にされたのは見て分かる。
だがそれに何の意味があるのかが水城には分からなかった。
吉平、鶴見、月島、土方、牛山…と来たら……うーん…、と悩む水城にアシリパ以外の全員が『嘘だろ…?』という顔で水城を見ていた。
尾形でさえ表情を崩したのだから相当なのだろう。
「杉元、その中にダンも入るぞ」
鈍すぎる水城にキロランケが助け舟を…というよりはヒントを与えた。
うんうんと悩んでいた水城は『ダン?』と首を傾げた。
ダンが誰か一瞬分からなかったがあの牧場のアメリカ人だと思い出す水城だったが…
「あいつが何なの?」
アシリパ以外の一同は溜息を零すしかなかった。
キロランケに至っては顔を片手で覆い項垂れていた。
そんな仲間からも可哀想な子を見るような目で見られ水城は『え?え?』とキロランケ達を見渡した。
それを憐れんだのか、今度は白石がヒントを与えた。
「杉元、思い出してみな?最後、あのアメリカ人に何された?それがあの軍人が名前を上げた理由な?」
「なにって…」
ぽくぽくぽく、と木魚の音がリズムよく聞こえ…―――水城は驚愕した顔を浮かべた。
「おまっ…えっ、いや……待って…え、でも……〜〜〜〜ッはああ!!?」
やっと理解した水城は言葉にならない声で叫ぶ。
本来ならセクハラでしかない尾形の嫌味に普通の女性は顔を真っ赤にするだろう。
しかし驚き過ぎて顔を赤く染める暇もなかった。
土方とキロランケ達を指さしたりと忙しそうにしていた。
「てめ…!尾形ァ!!何言って…!!
あいつと牛山はともかく土方や白石達は違う!!第一鶴見中尉と月島軍曹はない!絶対に、ない!!」
ダンにされた事―――求婚だ。
それはすなわち、今尾形が上げた名前の男達は水城に気があると言う事だろう。
やっと気づき必死に否定した。
吉平は実際水城に手を出していたし、牛山からもお誘いがあったのでそこは否定しない…というか否定できないが、土方は会ったばかりだしキロランケは妻子持ち、白石は白石である。
しかも鶴見と月島まで出され水城は唾を飛ばさんばかりに否定する。
「そうか…特定の男はいないのか」
意外そうに呟く尾形に水城は馬鹿にされたと思い、バンッ、と力を入れてテーブルを叩いた。
「いるわけがないし私は男を作る気はない!!!」
断言する水城に尾形はもう一度『そうか』と零した。
だが、白石は見た。
その顔は作りモノではないニヤケ顔をしていた事を。
そして、思った――
あっ…(察し)
―――と。
同時に水城の鈍さは神懸っているな、と心底思い、尾形に同情した。
水城がぷりぷり怒り拗ねたように頬を膨らませ尾形にそっぽを向き座る。
どさっと音をわざと立てて座る水城に隣にいるキロランケは苦笑いを浮かべる。
「いずれにせよ坑内に月島軍曹の死体が無いか確認するまでは夕張からは動けんが…死体がなければ絶対に判別方法を見つけなくてはならなくなる」
じゃれ合いも終わったと土方は話を戻す。
はっきり言って、のんびりしているが、のんびりとしている暇はない。
贋物の入れ墨があると分かったのは良いが、その判別方法が分からないのでは意味がない。
全ての囚人が生きているとは思えないし、たかが皮一枚を巡って命の奪い合いは簡単に起こる。
もしもの事を考えて贋物と本物の見分け方を知っておかなければあちらの手の平で踊らされることになるだろう。
そう土方が懸念していると意外にも家永から情報を得ることができた。
「私…思い当たる人物がいます」
「贋物を見抜けそうな人物が?」
素人目だが、この家にあった一枚の皮は贋物か本物か、分からない。
そんな目を欺くような出来栄えの物を見抜けることが出来る人物などそうそう知りえないだろう。
だが、家永は思い当たる人物がいるという。
永倉の問いに家永は頷いた。
「熊岸長庵という男です」
「熊岸長庵…ああ!あの偽札犯か!」
水城は熊岸と言われてもピンと来なかったが、白石は思い出したような声を零し、家永を指さした。
熊岸という男は偽札で捕まったため偽札で有名だが、元々は美術品の偽物師だったらしい。
腕は確からしく、その男なら何か判別方法が見つかるかもしれないと家永は言った。
「んで、そいつはどこへ行けば会えるんだ?」
「月形の樺戸監獄に収監されています」
囚人と聞けばつい入れ墨が入っている囚人かと思ってしまう。
だが、熊岸という男は違うようで、そもそも収監されている監獄が異なっていた。
月形は現在地である夕張から近くはないが、遠くもなく、いけない距離ではない。
最終目的である網走よりは近く、寄っても遠回りというほど遠回りではないだろう。
まずは月形に向かう事になった。
しかしその前に月島の生死を確かめなくてはここから出る事もできず、食事を済んだ一行は月島を探す組と贋物の皮を見分ける方法のヒントをこの家で探す組と二手に別れることにした。
家の捜索は土方・尾形・家永が行い、水城達は月島の生死を確かめるため再び事故後の炭鉱へ向かう。
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