水城達を見送った後、土方と尾形と家永は家を捜索していた。
「人間剥製に残された皮と刺青人皮に共通点が必ずあるはずだ…きっとこの家に手掛かりが残されてる」
そう言いながら探す土方の傍らで尾形も多くの動物の剥製に囲まれながら手掛かりを探す。
手掛かりと言っても専門家ではないので何が手掛かりなのか分からない。
それでも探して見つけ出さなければ面倒臭い事になるのは目に見えている。
「杉元水城、と言ったか」
広い家を三人で探すには骨が折れる。
あちらからも二三人持って来ればよかったかと尾形が考えていると、後ろからポツリと呟かれ振り返る。
振り返れば土方もこちらを見ており、反応を示した自分に愉快そうに目を細めていた。
水城の名前に反応した事を揶揄われたような気がした尾形は口の中で舌打ちを打つ。
「女の身でありながら『不死身』と名付けられた女がどんなものかと思っていたが…随分と愛らしいではないか」
「なんだ、あんた…あいつに興味でもあるのか?年の割には精力的で羨ましい事だ」
あの時水城に気がある人物に目の前にいる老人の名を上げたが、それは正しかったらしい。
水城と睨み合っている時、尾形は水城の傍にいたから土方の表情に気付いた。
土方も水城のあの狂うような琥珀色の瞳に魅入られた男の1人なのだ、と。
あの時何も言わないのがその証拠だろう。
…いや、あの時は面倒くさくて否定しなかっただけだったかもしれないが…今、自分の考えが正しかったのだと分かった。
土方は尾形の馬鹿にしたような態度が威嚇している猫のように見えて、ほくそ笑む。
「男はいくつになっても良い女を好むものだ…お前も男なら女遊びを覚えていて損はないぞ?」
「俺は牛山のように女漁りする趣味はないのでね……大体あいつはあんたみたいな老いぼれの手に余るバケモンだぞ…あんたなんか頭から食われて終わりだろ」
不死身と名がつくわりには鈍い女に土方は愛くるしさを感じた。
それは孫に対する感情か、それとも女に対する感情か。
枯れたと思っていた感情に土方は思わず笑いが込み上げそうになった。
「お前も頭から食われた一人か」
先程から尾形の返しが面白くて土方は揶揄う半分、本気半分に口を開く。
その言葉に尾形は口を閉じ、じっと無感情の目で見つめてくる。
だがそれが肯定と捉え、土方も黙って見つめ返した。
しかし土方のその目は面白いオモチャを見るような揶揄いが含まれており、それを隠しもしない老人に尾形は舌打ちを打つ。
これ以上この老人の暇つぶしのオモチャにされるのは癪に障り、今度何か言ったら無視してやると止めていた手を動かそうとしたその時――別の部屋からガラスの割れる音がし尾形は素早く肩に掛けていた銃を取り部屋へ向かう。
「くそ…!やられた…!!」
人間の剥製が置かれている部屋に外から火炎瓶を投げられ、その火があっという間に部屋に燃え広がった。
ドアを開けた瞬間ムアッと襲うような熱気に尾形は失態もあり顔を顰める。
扉を閉めた時、家永が正面玄関に駆け寄りドアノブを捻ろうとしたのを見て声を上げる。
「家永ッ!!外へ出るな!!撃たれるぞ!!」
その声に開けようとしていた家永はビクリと体を揺らし扉から離れる。
動物の剥製が置かれ先ほどまで捜索していた部屋に入れば、土方も銃を握り、先ほどの若者を揶揄う老人が一転し武士の顔をした強者へと変わっていた。
部屋の窓から身を隠し外を見ればちらほらと見慣れた軍服を着た男達が見えた。
「さっき外にチラッと軍服が見えた…数名に囲まれているようだ」
「贋物製造に繋がる証拠を隠滅しにきたか…鶴見中尉の手下がこの家を消しに来たということは月島軍曹が生きて炭鉱を脱出したと考えるべきか…」
「だろうな…窓は鉄格子がある…外の連中にとって突入するならば玄関以外はない…外の連中を玄関まで追い込む」
そう言って尾形は二階へ上がり、玄関の上にある部屋に入り窓を割る。
これは視野が広く相手を発見しやすいよう高い位置を陣取る狙撃戦の原則である。
窓の割れる音に気付いたと思えば確認する暇も与えられず尾形からの銃撃に鶴見の部下…二階堂達は弾を避けるため玄関の方へと隠れる。
だが、玄関にも土方が待ち伏せており、ドア越しで撃った土方の弾は二階堂の頭は打ち抜いてはいないが、二階堂の軍帽に当たり落ちた。
尾形は正面玄関を土方に任せ少しでもひさしから出た鶴見の部下達を容赦なく撃ち抜いていく。
だが、あちらも馬鹿ではないのか、尾形に目掛けてあちらの狙撃手も撃ってきた。
幸い弾は外れ、飛び散ったガラスで小さな切り傷だけで済んだ。
「結構来てるな…」
窓から周囲を見れば鶴見の部下は木や物陰から見える範囲でも結構な数で押し寄せてきていた。
鶴見はよほど自分達に気付かれるのが嫌なのだろう。
まあ金塊のために命を掛け争奪戦に参加しているのだから当たり前か。
そう思いつつ最後の一発を撃ち、弾を装填しようとしていた尾形の耳に、軋む音が聞こえそちらに目をやる。
まだ姿は見えないが、その音はだんだん大きくなりこちらに近づいているのが分かった。
「………」
尾形は物音を立てないよう開けたままにしている扉の影に身を潜めた。
するとすぐに一人の軍人の男が入ってきた。
二階に狙撃手がいるのは分かっていたので銃を構えながら入ってきた男に向かって尾形は銃剣で腹を刺した。
だが、相手も軍人である。
腹に傷を負いながらも反撃し、尾形の顔を銃で殴り倒す。
「死ね!!コウモリ野郎!!」
鶴見を心酔する一人か、それとも自分に恨みを買う人間か、はたまた刺されただけでキレる短気な男か…勢いで仰向けに倒れる尾形の上に跨り床尾板で何度も何度も殴る。
尾形の血で床尾板が赤く濡れてもお構いなしだった。
男は尾形に向かって蔑んだ名で呼ぶ。
床には男の血か、尾形の血か分からない血痕が飛び散っていた。
顔を庇う尾形は、自分を殴る男の背後を見て口角がニッと上がる。
その瞬間…男は後ろから強い衝撃で殴られ気を失った。
殴られた衝撃に自分の上に倒れる男を尾形は乱暴に退かし…―――水城を見た。
「なんだ、お礼を言ってほしいのか?」
「…あんたが好きで助けたわけじゃない…コウモリ野郎」
尾形を殴っていた男を殴ったのは水城だった。
家に戻ってみれば軍人に囲まれ、何とか隙をついて家に入ったが、家はほぼ火が回っていた。
すでに家永は救出し残った土方と尾形を探していると二階から物音がし駆けこんでみれば尾形が男に殴られているのが見えた。
一応仲間になった手前無視はできず、水城は床尾板を男の後頭部に思いっきり突きつける様に殴った。
お互い睨むように見つめ合い黙り込んでいると尾形から憎まれ口を叩かれ、それに水城は同じく憎まれ口で返す。
水城が言えることではないが、一応は体を重ねた相手に憎まれ口を叩かれても表情筋が一ミリも動かない尾形を見ながら『ほんっと、坊はあんなに可愛いのに父親は可愛くないわね…』と思い、最後の1人である土方を探しに尾形に背を向けた。
しかし、尾形から目を逸らし背を向けた瞬間、立ち上がった尾形に腕を掴まれグイッと力強く引っ張られる。
「いっ――、なんなの!!」
尾形は力自慢ではないにせよ、軍人である。
普通の男に比べて力は強く、腕を掴まれた痛みに水城は顔を歪ませ振り返って尾形を睨んだ。
こんな時にお前に構ってられるか、と文句の一つや二つ言ってやろうと思ったのだが…
「どうして子供を産んだ」
尾形の言葉に水城は言葉を失った。
目をまん丸にし尾形を見つめるその顔は驚愕していた。
尾形は息子が継いだ美しい琥珀色の目が大きく見開いているのをじっと見つめる。
何も言わない水城にグッと力を入れ自身へ引き寄せた。
「どうして俺との子供を産んだ?なぜ育てようと思った……お前は俺も息子も愛していないのではないのか」
水城は何を言っているのか分からなかった。
ずっと尾形との子供を隠して生きてきた。
もう尾形と会わないつもりだったし、再会しても水城は尾形が息子の存在を知らせるつもりもなかった。
だが、尾形は知っていた。
息子の存在を知ってしまった。
水城が最も恐れた事が起こってしまったのだ。
それを理解した瞬間、水城は目を丸くし驚いた表情を険しくさせ掴まれていない手で尾形の胸倉を掴みそのまま足を引っかけ尾形を床に叩きつけた。
その衝撃に相当な痛みを感じたはずなのに尾形は顔を顰めながらも水城の腕を掴む手の力は緩むことはなかった。
それを気に留めず水城は尾形の上に跨り胸倉を掴んだまま、息子の父親である男を殺さんばかりに睨む。
「お前…ッ!!坊に何をした!!!」
やはり水城が危惧した通り尾形は水城を追いかけあの村を訪れたようだった。
水城がいる間はマフラーで顔を隠せるが、流石に『父親が来るかもしれないので顔を常に隠しておいてください』とはフチ達には言えずそのまま村を出て旅に出た。
アイヌは面倒見がよく、よく静秋を相手に外で遊んでくれていたから尾形が来たといても遊んでいることが多い静秋がいない時間帯だろうと根拠なく思っていた。
はっきり言って、油断していたし、これは水城の怠慢だ。
もっと注意すべきだったと思ってももう遅い。
尾形が息子に気付き、なぜ産んで育てたのかと問うという事は、少なくとも興味がないわけではないのだろう。
恐れていた息子を奪われるかもしれないという恐怖が水城の判断を鈍らせる。
グッと胸倉を掴まれ息苦しい中、尾形は水城とは違い冷静だった。
水城の腕を掴んでいない方の手で胸倉を掴む水城の手首に触れ、怒りに燃え上がる美しい目を真っすぐ見据えた。
「落ち着け…あいつには何もしていない」
水城の様子に尾形はますます疑問に思う。
水城はあの時子供に対する愛情は欠片もなかった。
自分の腹から産むというのに里子に出す事に抵抗はなかった。
だが、今は自分が息子と接触したと知っただけでこの噴火したように怒り狂う女に尾形は水城の思考が読めなかった。
とりあえず何かしたという誤解だけは解く。
あいつには、と言ったのは、谷垣を撃ったからだ。
谷垣を撃ったが、息子には何もしていない…という意味である。
冷静さを欠けている水城にその言葉の意味は気づかなかったが、しかし、冷静さを取り戻すことはできたのか、胸倉を掴む手を放そうとした。
しかし、体を起こし尾形の上から退こうとした水城を尾形は逃がさないと言わんばかりに胸倉を掴んでいた手首を掴み、上半身を起こす。
水城は尾形に捕まり退こうにも退けず、尾形の行動に目を丸くして驚く。
また大きく開かれた目を見つめながら尾形は応えてもらっていない問いを再度ぶつけた。
「水城…お前、言ったよな……子供を愛していない、と…なのになぜ俺の子供を育てる気になった」
水城は尾形の真っすぐ向けられる黒い瞳に息を呑む。
相変わらず何を考えているのか、感情が読めない瞳ではあるが、尾形は純粋に疑問に思っているのだろうという事は分かった。
確かに水城は尾形と体を重ねる際、子供は育てたい人間に託す事を承諾していた。
だから尾形の疑問はもっともだ。
だが、だからこそ水城は驚いた。
尾形がそんな疑問を持つとは思っていなかったのだ。
水城は俯きながらポツポツと話す。
「…本当は…殺そうと思った……あいつの子供かもしれない子供を産みたくなかったから…」
水城の身体の力が抜かれていくのを感じたのか、手首を掴んでいたその手は水城の腕を掴み直す。
しかしその力は強くはなく、ただ添えているようでもあった。
尾形は水城が子供の命を消そうとした事に対しては何も感じない。
尾形もつい最近息子の存在を知り、その息子を物のように扱おうとしているのだ。
「最初は中絶しようと思ったけど…出来なくて…養子に出すつもりだった…千景って覚えてる?森田千景…軍医だった人…」
「お前を担当していた医師か?」
「そう…あの子は最初千景の養子に出すつもりだったのよ…でもあの子早産で…産まれた時は保育器の中でないと生きていられなくて……あんなにも小さい体なのに一生懸命生きようとしている姿を見たら愛おしく感じて……『ああ、私はこの子のお母さんになりたい』って思ったの…」
『知ってる?生まれたばかりのあの子の手こんなにも小っちゃかったのよ』と笑顔を見せてくれるその顔はまさに母親の顔だった。
尾形は水城の話を聞き『やはりそうか』と内心呟く。
あの軍医の男の元に水城は居たという考えは当たっていたのだ。
何度訪ねても『知らない』の一点張りで自分を水城から遠ざけ続けたあのいけ好かない男が脳裏に浮かび、つい苛立って掴んでいる水城の力を入れる。
「だから、お願い…私からあの子を奪わないで」
水城は恐れた。
水城は銃で撃たれる事や熊に生きたまま食われる事など怖くはない。
だが、息子を奪われる事が恐ろしくて仕方なかった。
何もない…生きる事への執着しかない自分にやっと出来た大切な存在なのだ。
まだ息子と満足に一緒にいてやれていないし、息子に罪滅ぼしだってしてやれていない。
宝とも言える存在を水城は尾形に奪われることがとても恐ろしかった。
その言葉に尾形は無意識に眉を顰め、沸々と怒りがこみ上げる。
父親に見向きもせず息子を心から愛する水城にも、そして水城の腹から出ただけで母親に愛されるあの子供にも。
あれほど燃え上がるほどの怒りを見せていた瞳が、たかが子供一人のために不安に揺れる女の瞳に変わったのも腹立たしかった。
だが、尾形はふと思う。
「俺の子供だと分かっていたら…産んでいたか」
尾形の言葉に水城はキョトンと尾形を見た。
しかし真剣に真っすぐと見つめる尾形に水城は頷く。
「尾形の子供だと分かっていたら産んでいたわ…」
その答えに尾形は目を細めた。
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