水城は燃え盛る家からなんとか脱出し、二手に別れることになった。
水城とアシリパ、牛山、尾形は先に月形に向かい、土方と家永は水城達と別れて月島を探していた永倉・キロランケ・白石と合流し、後で合流をする手筈となっていた。
水城達はいつものように人を避ける様に森の中を進む。
「みろ水城!トゥレプタチリがいる!」
「トゥレ…?」
「ヤマシギだ!山菜を取りに行く女の季節になるとヤマシギはこの土地へやってくる」
アシリパに手招きをされたのでそちらに向かい身を屈めて指さす方へ目をやれば数羽トコトコと歩いているのが見えた。
アイヌ語は難しく、首を傾げる水城に和人のつけた名を教えてやる。
アイヌはこの鳥を『ウバユリを掘る鳥』と呼んでいる。
その理由は、地面を突っついてエサを掘り出しているあの長いクチバシとアイヌの使うオオウバユリの根を掘る道具に似ているからだ。
その道具は『トゥレプタニ』と言うらしい。
「美味しいの?」
「脳みそが美味い」
当然のように聞く水城に当然のようにアシリパは応える。
アシリパの口からは涎が垂れており、涎を垂らすほど美味しいのかと水城も興味が湧いた。
どうやら食べる気でいる女性陣二人を見て尾形が背中に背負っていた銃を構えヤマイギを撃とうとしたが、それをアシリパに止められてしまった。
「おい!尾形!やめておけ!」
「なんでだよ…食うんだろ?」
「一羽に当てられたとしても他のが逃げてしまう…ヤマシギは蛇行して飛ぶのでその銃の弾じゃ当てるのは難しいんだ」
「………」
理由は分かったが、しかし当てる自信があったからか不貞腐れてしまった。
銃が使用できない代わりに、アシリパはアイヌの知恵でヤマシギを採る事にした。
ヤマシギの修正を利用して枝でヤマシギが通りたくなる通路を作りくくり罠を沢山仕掛ける事にした。
◇◇◇◇◇◇◇
―――夜。
ヤマシギの罠を仕掛け、後は罠に掛かるだけとなり夕食を済ませ眠る事にした。
火と獣の番をそれぞれ交代し、尾形の次は水城、水城の次は牛山と決まった。
水城の番を終え、眠る牛山を起こし水城はなぜか眠りにつくのではなく森の中に入ろうとするので牛山が止めた。
「杉元?寝ないのか?」
「え、あ、うん…ちょっと、ね…」
眠るとばかり思っていた牛山は欠伸をしていたが、山の中に入ろうとする水城に声をかけた。
水城はドキッとさせ目を泳がせたが、逆に目を泳がせた事によって牛山は用を足しに行くのだと勘違いしてくれた。
水城を女だと知っているためたかが用を足すだけに言いよどむ水城に不審がることはなく、『あまり遠くに行って襲われるなよ』と言い何も言わず見送ってくれた。
それに恥ずかしく顔を赤くすればいいのか、安堵していいのか分からず曖昧に笑ってそそくさと森の中に入っていった。
(…そうだよね…白石とキロランケとは別行動だったんだよね…)
牛山に声を掛けられた事に水城は驚いたが、それについ笑ってしまう。
水城は森で野宿の時も、コタンに泊る時も、こうして時々ふらっといなくなって暫くして戻ってくることがある。
それは溜まったお乳を出すために夜な夜なキロランケ達から離れるからだ。
いつもなら授乳期の子供がいる事を知っている白石とキロランケと一緒に行動しているため、水城がこうして時々一人どこかへ出かけるのを黙認してくれている。
妻子持ちで同じく授乳期の子を持つ父親であるキロランケは何も言わず察してくれた。
子供を持っていない白石は水城に『時々夜に出かけるけど何してんだ?』と聞いた事があるが、事情を話せばそれ以降何も言わないでくれている。
ここでエロ坊主こと白石が『俺が絞ってやろうか??』と言わないのは、水城だからだろう。
適度な距離に離れた水城は適当な木にもたれて座り胸元を肌蹴る。
体の線を隠す事や寒さ対策もあり何枚も着こんでいる水城は手慣れた手つきでボタンを解き肌を露わにさせる。
(お嬢様の時代じゃこんな服着る事なかったからなぁ…今じゃ女物の服さえ触らなくなっちゃったけど…)
男物はもとより、お嬢様時代では洋風の服を着る機会はそうなかった。
母の普段着が着物で、父も着物を好んだというのもあり水城は着物を主に着ていた。
だから最初軍服を渡された時吉平に着方を教えてもらったほどだった。
だが、今は一人で脱ぐことも着る事もできるほど着慣れた衣服となってしまっている。
それが少し、寂しくもあった。
「ふう…」
水城はサラシを解き息を吐く。
最近バレバレな男装ではあるが、胸を潰しているサラシを解く時が一番気持ちがいい。
気持ちがいい、というよりは開放感だろう。
胸を見下ろすと女であり持ち主でもある水城さえ『大きい』と認識するほどの大きさの胸が見える。
それを人は豊満と言う。
サラシを巻く理由は男装もそうだが、何より戦っている最中に揺れないからだ。
豊満は豊満で悩みがあり、得に水城はその辺の男達よりも戦闘に特化しているため戦っている最中胸が揺れて気が散るのは避けたい。
この時代、下着は現代よりも浸透しておらずブラジャーもないため寒さで乳首が立つと、感じるというよりは服で擦れて痛い。
それに胸が揺れると痛いのだ。
ふにふに、と潰していた胸を労わる様に優しく触れてマッサージをする。
「っ、…」
張っているうえにサラシで押さえていたから胸が痛くて水城は顔を顰めた。
しかしその痛みもマッサージのお陰で少しずつ緩和され水城は痛みが微かな快楽に代わり唇を噛む。
胸の先を摘まむように触れれば白い液体、お乳が出てきた。
それに水城はホッとする。
だがまだ張っており、水城はマッサージを再開しながら溜息をつく。
「張って痛いから出すけど…一人でやるの、意外に億劫なんだよねぇ…」
チヨからもし静秋が授乳を拒んで飲まなくてもお乳は溜まるから定期的にお乳を出すように言われているため、こうして定期的に出してはいるがこれが中々難しい。
ずっとサラシで圧迫しているからか言う事を聞いてくれないのだ。
日中はアシリパ達と行動しているため出すにしても今のような夜しかチャンスはない。
しかし中々出てくれないうえに、眠気との戦いでもあった。
水城が思わずそうぼやいた時…
「じゃあ俺が手伝ってやろうか?」
「―――っ!」
頭上から振ってきたような声に水城はハッとさせ弾かれたように振り返る。
そこにはこちらを見下ろしている尾形がいた。
水城は尾形の姿に目を丸くし呆けていた。
「お、尾形!?なんでここに…」
水城が森の中に入る前、確かに尾形は寝ていたはず。
こちらに背を向けて眠る尾形の姿を覚えているから間違いはないだろう。
水城の問いに尾形は水城に手を伸ばし、顎のラインに沿って撫でる。
「お前がこそこそと森の中に入ったのを見て気になってな…女一人の身で熊にでも襲われたら危ないだろう?」
嘘だと水城はすぐに分かった。
尾形を知っている人間なら誰でも嘘だと分かるだろう。
爽やかな笑みを浮かべているが、水城には胡散臭い笑顔にしか見えない。
というよりは、撫でるその手つきで水城は色々察してしまった。
触れる尾形の手を水城は払う。
「処理したかったら自分で処理して」
「連れない事を言うな…俺とお前の仲だろう?」
「前にも言ったけど兄が死んだ時点でもう私とあんたはただの顔見知りに戻ったのよ…あんたの処理をする義務はもうないわ」
「それはお前が勝手に言っているだけだろ?あの時の取り引きにはそんな決まりはなかった…俺としてはまだ取り引きは続いているつもりでいるんだがな」
「それこそあんたも勝手に言っているだけでしょう?」
水城としては取り引きは兄が死んだ時点で終わっている。
正確には兄が死ぬ前に子供が出来たからその時点で切れていると思っているが、尾形はそうではないらしい。
水城の拒絶に怒りも悲しみも見せず、尾形は睨む水城を見つめる。
水城はもうお乳を出す気も起きず、服を着なおし尾形から離れる様に牛山達がいる場所へ戻ろうとした。
そんな水城の背中に尾形が言葉を投げつける。
「そうか…残念だ……だが、女はお前だけじゃないしな」
その言葉に水城は立ち止まり尾形を振り返る。
その顔は怒りが隠しきれておらず、睨む琥珀色の瞳に尾形は上機嫌に目を細めた。
女はお前だけじゃない、とは世界で、という意味ではなく……この一行の中では、という意味だ。
それを水城は理解し、怒りを覚えた。
尾形はアシリパに手を出す気でいるのだ、と。
「…アシリパさんはまだ13歳だぞ」
「世の中には色々な趣向の男がいるのは水城、お前が一番知っていることじゃないか?」
それは傷に欲情する吉平の事を言っているのだろう。
傷だらけの女を抱く目の前の男だって同じことを言えるが、水城はまだ年齢が一桁の時に処女を山賊に奪われた経験がある。
だからこそ尾形の言葉が冗談には聞こえなかった。
尾形は睨みつける水城の腕を掴んで引き寄せた。
尾形の胸元に引き寄せられた水城は体勢を変える暇もなく、腰に手を回された。
「男は出すもん出せれば見た目なんて大して重要じゃない…それも知ってるだろう?」
「…だから子供に手を出すって?獣以下かよ」
「何も知らない子供に大人になるために色々と教えるのも大人の仕事だと思うがな…それに物事を色々知っているようだがそっちの知識を一から教え自分好みに育てる楽しみもある」
尾形の言葉に水城は引き寄せられ胸元に置いていた手を握りしめる。
尾形がアシリパに手を出すとは思えない。
だけど、否定もしきれないのも本音だ。
アシリパはしっかりしているからか、とても13歳には見えない。
流石に見た目はまだ成熟した女性には見えないが、美少女でその趣向の持つ人間がいれば必ず目を付けられるほど魅力的な少女だ。
尾形の全てを知っているわけではない以上、完全に嘘とは言い切れなかった。
それに冗談でもアシリパに危害を加えようとする男がいるのなら放ってはおけなかった。
水城は尾形を見つめていたが、彼の肩に顔を寄せ…
「……外でするのは…いや…」
そう囁いた。
甘える様に、媚を売る様にすり寄る水城に尾形は水城の腰に回している腕の力を入れ更に引き寄せて抱きしめ…―――ほくそ笑んだ。
尾形は再び鬼神を手に入れた。
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