(62 / 274) 原作沿い (62)

アイヌというだけで水城は全てを信頼していた。
だが中身はただのヤクザだと知り、更にはいち早く気づいたらしいアシリパを恐らくは監禁または軟禁している。
水城は怒りで目の前が真っ赤になりながらもそこまで冷静に考える。


「アシリパさんをどこへやった!!!」


コタン中に水城の怒りの声が響き渡る。
怒りのあまりグッと握りしめるキサラリがギリギリと音を立てた。
村長の息子と名乗った男は水城の怒りに引き腰だったが、弟と紹介された男は鼻から出た血を拭いながらギロリと水城を睨みつけ、青筋を立て懐に隠していたアイヌの男から奪った小刀を抜こうとした。


「俺のひと声で外にいる仲間があのガキの喉を掻き切るぜ!!お前ら武器を捨てろッ!!!」


穏やかな青年を装っていた弟は気づかれた途端、殴られた怒りもあり声を上げ水城を脅す。
しかし声を上げる前に水城にその開いていた大口にキサラリを突っ込まれ動かないよう首に腕を回しそのまま首を折られてしまい…絶命した。
その男にひと声も上げさせず殺す見事な手際に尾形は愉快そうに目を細める。


「ひと声出せるもんなら出してみせろ!!!」


水城は完全に彼らを敵と見なした。
先程庇っていたアイヌの男であろうと水城は容赦をしない。
穏やかに接し尾形から庇ってまで信頼していた相手をちょっとのことで戸惑いもなく殺す…その姿が尾形はたまらず気持ちを高揚させる。
しかしふと息子を装っていた男が四つん這いになって水城の掛けてあった銃に手を伸ばしているのに気づき、尾形も戸惑いもなく彼の背中に銃を撃ちこむ。


「エクロク助さん、アイヌ語で命乞いはどういうんだ?」

「…っ」


殺されはしなかったが激痛に男は尾形を睨むしかできなかった。
そんな男をよそに尾形は弟を装っていた男を床に転がした水城に銃を投げ渡す。


「銃から目を離すな一等卒!」


水城はそれを無言で受け取りチセの外に出るため尾形に背を向ける。
もう水城はアシリパを助ける事とアイヌに扮したヤクザもんを殺す事しか頭になかった。
しかし一瞬だけ怒りに燃え上がり鋭い目が尾形に向けられた。
その目に尾形は喜びと興奮が沸々とわいてくる。


(ああ、やっぱいいな、あの目…)


水城は普段も美しい目を持つが、怒りが頂点となったり、殺意が籠ると更に美しさが増す。
その目に見つめられると興奮するのだ。
しかしかと言って尾形がマゾというわけではない。
その怒りに満ちた美しい瞳を持つ恐ろしい獣を自分の手に納め、組み敷き、心を折りたいのだ。
自分しか見ないようにしたい。
あの鬼神に触れたい。
あの獣に首輪をつけ自分の飼い犬にしたい。
そこにあるのは、男の支配欲だった。

――水城は銃に剣を装着し外に出る。
すると二人の男が待ち構えており、一人は斧、一人は刃物を持っていた。
斧を持った男が水城に目掛けて振り下ろす。
しかしそれを銃で防ぎ、背中を見せる水城に刃物を持った男が斬りかかろうとした。
斧の男を弾き退かし、水城は背中に迫る刃物の男の喉に向かって剣を突き刺し、突き刺した男の手から刃物を奪い、背中に迫る斧の男の目元をザクリと刺す。
刃物を刺したまま男を蹴り飛ばし、喉に突き刺した剣を抜いて水城はアシリパを探しに走り回る。


「アシリパさん!!どこにいるの!!アシリパさん!!」


水城がアシリパを探しに駆け回っている傍で銃口を水城に向けている男がいた。
しかしその男は額を銃で撃ち抜かれ絶命する。
絶命し倒れる男を見ながら男を撃ち殺した―――尾形は弾を入れ替える。
それに気づかないまま水城はアシリパを探し回る。
しかしその一方で水城達が、男達がヤクザだと気づき戦いが始まったと知った女達も水城達に手を貸す形で、男達に殺された夫や息子達の復讐に武器を持って反撃しはじめる。
それでもヤクザの男達は水城に襲いかかる。
水城は剣で殺し、時には男達が持っていた斧や刃物を奪って殺していく。
―――水城の通った道には遺体が転がっていた。


「!―――アシリパさん!!良かった!無事だったのね!!」


水城達が案内されたチセから離れた小さなチセからアシリパの姿が見え、水城はそちらに駆け寄った。
だが、眼鏡の男が顔を覗かせたため水城は素早く銃を構える。
しかしそれをアシリパに止められてしまう。


「駄目だ水城!!この男が熊岸長庵だ!!」

「えっ!?熊岸がなんでこんなところに…」


アシリパの言葉に水城は銃を降ろした。
水城は月形にいるはずの熊岸がなぜこんなコタンにいるのか驚いていると―――水城の脇を矢がすり抜け、熊岸の腹部に刺さった。


「熊岸!!」


水城が咄嗟に後ろにいた弓を持っている男を撃つ。
だがこんな時でも水城のノーコンは発揮され、肩に当たっただけだった。
水城はそれに舌打ちを打ち、痛みに倒れる隙に男に駆け寄り銃剣で刺し殺す。
熊岸は痛みに力なく仰向けに倒れ、アシリパが駆け寄る。


「見せろッ!!毒矢か!?」

「矢尻に毒がついてある!!」


痛みと苦しみに体を震わしており抜こうにも抜けなかった。
その代わりに男から抜き取った矢を見た水城が毒矢だということを教えた。


「腹に矢尻が残ってしまった…毒を肉ごと取り除けば助かるかもしれないが…腹に入ってしまっては…」


谷垣が一度毒矢の罠に掛かった時と同じく、アシリパ達が使用している毒矢も肉を削ぎ落とせば命は助かる。
だが、肉の薄い腹の奥には内臓が詰まっており、毒矢が腹に刺さった場合、まずは助からない。
何事も奇跡があるが、その奇跡も絶対ではない。
もう熊岸は助からないのだ。
人の死を目の前にして助けられない事にアシリパは唇を噛む。


「剥製屋…作ったものには…共通する…『こだわり』があるかもしれない……私が贋作を作るときはいつも…そうだった…」


熊岸は痛みと苦しみで震える声でアシリパと水城に囁いた。
それは水城達が暴れている間に熊岸に話していた贋物の見分け方だった。
とは言え剥製屋ではない彼に言えることは憶測で、少ない知識のみであるが。
それでもそちらに知識のない水城達にとっては0から1に変わっただけで大きな一歩である。


「真作を…凌駕してやろうという執念があった……材料から真作よりもこだわった物を使ったり…貧しさゆえ贋作に手を染めても…芸術家であろうとした…ちっぽけな意地さ…」


贋作を作り偽札を作ったのは、お金がないから。
しかし本心は作りたくはなかった。
画家として、芸術家として、全うに絵を描き評価され売れたかった。
ただそれだけなのに、熊岸は道を間違えてしまった。
それに後悔した。
だが、それしか道はなかった。
生きるのだって食べなくてはならない。
家を借りなければならない。
そうなれば光熱費だって掛かる。
服にだって、周りの家具や物にもお金がかかる。
だけど普通に絵を描いているだけでは食べていけるほど自分は稼げない。
だから仕方ないのだと思って…思い込んで今まで見て見ぬふりをしてきた。
このコタンを奪うときも止めなければと思っていても彼らが怖くて今まで目も耳も口も塞いでいた。
その付けが回ったのだと、罰が当たったのだと、熊岸は思った。


「本物の作品を作りたかった…本物が作れたら贋作なんて作らなくてよかったのに…観た人の人生を…ガラッと変えてしまうような…本物の作品を…」


ああ、なんて惨めな人生だっただろうか。
将来画家を夢見ていた頃が輝かしすぎて、眩しすぎて、思い出せない。
死んでいく今も本物の絵を描きたい気持ちが強い。
熊岸は道を間違えた。

道を間違えたまま、彼は―――息絶えた。

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