水城達は誰が聞いているか分からないということで、近くのアイヌのコタンに場所を借りて作戦を立てることにした。
周りにはアイヌが飼っている二匹の犬が訪問者である水城達を興味津々に見つめており、水城達は犬に見送られながら家に入る。
「白石が旭川第七師団の兵営のどこにいるのか…中に潜入して探らなければなるまい」
さて、とキロランケがそうこれからのすべき事を零す。
のっぺらぼうに会うためには必ず白石の力が必要となる。
そのため助けることにはなったが、まずは第七師団の兵営のどこにいるのか突き止める必要がある。
そのためには中に入らなければならない。
だが、自分たちはただの一般人だ。
軍の建物を一般人が入るなど身内がいない限りは許さないだろう。
ましてや土方達は囚人だ。
「関係者に成りすますか?」
牛山の問いに永倉が首を振る。
「カムイコタンでの一件で警戒しているはずだからよほどの関係者じゃない限り簡単に教えるはずがない」
「東京の師団の上級将校とかは?」
一番は関係者に成りすまして近づくのが簡単だが、同時に難しくもある。
それにカムイコタンでの一件で白石を取り返そうとする者がいることを気づかれた可能性もある。
水城の言葉に今度は尾形が否定した。
「いや…軍は上に行くほど横のつながりが強いから架空の上級将校はバレる」
水城は尾形の言葉に『確かに』と納得する。
吉平のそばにいたとき、吉平は多くの将校と繋がりがあった。
その時、自身の懐へ迎え入れる人選を慎重にしていたのが将校だった。
吉平ですら気を使う彼らに、架空の将校は確かに気づかれるだろう。
その時、外にいる犬が鳴いた。
「………イヌ…」
その鳴き声に鈴川が反応する。
チラリと外を見た後、ポツリとつぶやく。
「犬童四郎助はどうだろうか」
犬童、という名前に聞き覚えのない水城は首をかしげたが、鈴川の呟きに牛山が犬童は網走監獄の典獄だと呟く。
「似てるの?」
鈴川が犬童に成りすますのはどうだろうかという提案をするということは、少なくとも鈴川と犬童は似ていることになる。
それを聞くも犬童を知っている囚人たちからは首を振られてしまう。
「似てないですよね?」
「似てないな」
永倉と土方も即答で似てないというほど鈴木と犬童は似ていないらしい。
『適当なことを言ってんじゃねえよ』とジト目で見る水城の視線に鈴川はあごひげを撫でる。
「俺も犬童を知っているがね、顔の骨格は近い気がする…誰か実在の人物に成りすますってのはその人物と似ていない部分を減らすってことだ」
自信満々に言う鈴川に水城もジト目をやめる。
ここまで自信満々でいられると逆に信じてしまいそうになる。
だが、相手は詐欺師だ。
全てを信用できない相手である。
とりあえず変装をしてみるということで、変装がどれほどなのか見てから決めることにした。
まずは髪を切り、眉毛も薄くする。
そして髪を前に流すと牛山曰、少し似てるという。
「さて…こんなものかな」
しばらくし、変装も終わったのか髭を整え、表情を引き締め背筋を伸ばす。
その瞬間、ただ禿げた詐欺師だった鈴川は先ほどまでの土方達に飲み込まれていた男とは思えないほど威厳が生まれた。
それも犬童を知っている家永や牛山が息をのみ、土方と永倉が黙り込むくらい鈴川の変装は完ぺきだった。
「…で、網走監獄の典獄に化けて第七師団相手にどうしようってんだ?」
「まあ、そう焦るなって…俺に考えがある…準備が必要だ」
「考えがあるというのなら、その者に後は任せたほうがいいだろう」
急かす水城に犬童に化けた鈴川は寝転がり大きく構える。
それに水城は眉をひそめたが、確かにすでに日は落ちており焦っても今すぐ動くわけではないので意味はないだろう。
土方の言葉もあって水城は何か言いかけた言葉を飲み込んだ。
その時、土方の肩に何かが当たった。
それほど強くはなく、見てみればアシリパが眠気に負け土方にもたれて眠っていた。
その姿に土方はふと表情をやわらげ、アシリパを抱き上げて膝の上に乗せる。
「やれやれ、この子は大物だ…」
「ほっときなよ、眠いと機嫌が…」
子供は嫌いではないのか、涎を垂らして眠るアシリパを土方はまるで祖父のように暖かく見つめる。
アシリパはおねむだと機嫌が悪くなり、いつもは完全に寝入るまで放置することが多い。
それを教えようとした時、水城は一瞬既視感を覚え言葉を切った。
そして同時に脳裏にはある光景が浮かび、水城は立ち上がり土方に近づく。
「どうした?」
言葉を切り、何か思い出したように『あ』と零し近づく水城に土方は首を傾げ見上げる。
そんな土方をよそに水城は土方の膝の上にいるアシリパを抱き上げ、隅に寝かせる。
「思い出したよ…あの時ニシン番屋に現れたジジイはあんただな?」
脳裏に浮かんだのは、辺見の皮を回収した後泊まったニシン番屋で出会った老人だった。
あの時も眠りそうなアシリパを膝の上に乗せていたため、水城は思い出した。
何も言わない、ということは肯定なのだろう。
そして、もう一つ…
「白石はあんた達と内通していたのか」
あの時、白石の様子が少しおかしかった。
すでに記憶の奥にしまい込んでいたが、先ほどの土方と老人が重なった途端、水城は全てが繋がった。
あのニシン番屋の時、そして江渡貝邸の時。
白石は土方を見て冷や汗をかき挙動不審を見せていた。
そして江渡貝邸に最初に踏み入ったときもそうだ。
あの時は土方ではなく、土方側にいた尾形に脅されでもしたのだろう。
それら全て繋がり、水城は理解した。
―――白石は、土方と内通していた、と。
「白石が内通?」
「ええ…そうだとしたら結構前から…」
キロランケの怪訝な言葉に水城は頷く。
その間にも水城は土方を見ていた。
土方は表情を変えず余裕を保ちながら水城を見つめ、目を細めた。
水城は先ほどまで警戒など一切持っていない仲間に向ける暖かな瞳で土方達を見つめていた。
だが、今は完全に土方を怪しみ、そして敵か味方か、見定めるよう鋭く見つめる。
そんな瞳を見つめ、土方は『なるほど』と納得する。
(これは癖になりそうだ)
元々水城と顔を合わせた時から土方は水城に興味があった。
女でありながらも軍人として生き、不死身と名をつけられ、軍を離れても男装生活を送っている。
そんな女に尾形がなぜここまで執着するのか分からなかったが、やっと土方は理解した。
心地いいのだ。
水城の敵意が、水城の殺意が。
そして、同時にそんな恐ろしい女の心をこの手で折り、自分だけに従わせたくなる。
枯れていた土方でも、やはり男であった。
そんな土方に気づかず、キロランケは水城の言葉にあることを思い出す。
「白石はカムイコタンで俺の手を掴もうとする時…確かに躊躇した……白石が俺達から離れようとしていたと仮定すると……一人で朝っぱらに月形で旅館の外をフラフラしていたことや、俺達の救出に積極的ではなかったことにも合点がつく…考えられるとすれば杉元の言うように土方歳三と内通していたことだが…」
カムイコタン以外でも何度も助け出そうとしたが、白石は女に夢中だったり兵に食事をねだったりとまるでキロランケ達の救出に気づいていないように装っていた。
恐らく、水城の読みが当たっていたのなら、朝から旅館の外にいたのも、連れ戻され水城に気づかれるのを恐れたのだろう。
「この状況ならもう過ぎたことでは?」
水城達の疑いに答えたのは土方ではなく永倉だった。
平然と答える永倉の言葉に水城の瞳に浮かぶ敵意が更に濃くなり…土方にはそれがまた美しさが増したように見えた。
「ということは…認めるのね」
永倉の言葉ははっきりとはしていない。
だが、肯定していた。
冷たく、低いその声に今まで黙っていた土方が口を開き、まっすぐ水城を見つめる。
「敵も味方もない中で必要なのはただ情報だ」
水城は土方が間違っているとは思っていない。
ただやり方が水城の好みではなかったことだけで、スパイやら情報の必要さは軍で痛いほど経験している。
土方と水城が睨み合う中、キロランケは呆れたようにため息をつく。
「バレたらお前に殺されるとでも思ったんだろ…奴の考えそうなことだ」
キロランケは以前白石が『水城は顔だけはいいのにゴリラだから勿体ない』、と言っていたのを思い出す。
白石が逃げたのは、スパイをして水城に怒られることを恐れたのではなく、殺されることに恐怖していたらしい。
逃げるところが白石らしいと言えば白石らしいが、どの道逃げても連れ戻される運命なら逃げない方がよかったかもしれない。
「どうするんだ?それでもまだ助けるのか?助けたうえで殺すのか?」
尾形は隠すことなく笑っていた。
水城は味方には甘いが、敵に回れば容赦はない。
あの美しい瞳がまた見れるのかと期待していた。
それに展開的に面白くなったとも思う。
水城は尾形の問いにチラリと尾形を横目で見たが、すぐに視線を戻す。
そして、
「一度でも裏切った奴は何度でも裏切る」
水城は感情のない声でそうつぶやいた。
水城は裏切られれば死ぬような環境で生きてきた。
だから敵と味方をはっきりとさせており、そうして水城は生き残ってきた。
「水城…殺さなくて済む人間は殺すな」
水城の殺気に目を覚ましたのか、うとうとしていたアシリパは青い目を開け、水城を見上げていた。
その言葉に水城は何も答えなかった。
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