目の前には巨大な物体が水城達の目の前に飛び込び、水城達はその大きさに唖然としていた。
「気球隊の試作機だ!!」
「!――あれだッ!!あれを奪うぞ!!」
それは大きな気球だった。
水城達にとっては運よく今日は試作機を飛ばす予定だったらしい。
白石はこれに乗れば走らなくてすみ、水城の傷も悪化することはないと考えた。
白石のその提案に誰も異論はないようで、尾形はフードをかぶり顔を隠して銃を構えて兵士達を脅す。
水城も手ぶらなため銃を奪い、ついでに軍帽を奪う。
鯉登のことだから追いかけてくるのを予想して顔を隠す必要があった。
ないならないで警戒して損はないだろう。
奪った銃で尾形と同じく銃口を向けて脅す。
白石はその間兵士を脅しエンジンを動かせていた。
「いいぞ!乗れ!!」
エンジンが動き気球が浮く。
白石は水城と尾形に乗るよう叫び、水城と尾形が乗ったのを確認して兵士を下ろして逃亡を図ろうとした。
「どうせ撃ってこねえ!撃てば水素に引火しかねん!逃がすな!捕らえろ!!」
「あっ!てめ…!!放せテメエら!コラッ!!」
撃てるわけがないと兵士たちはお互いを踏み台にし浮き上がる気球に乗る水城達を捕まえようと気球が浮き上がるのを止めようとした。
それを尾形と水城が銃や足などで兵たちを振り払っていくが、如何せん数が数なため中々難しかった。
しかし少しずつ浮き上がり高度を上げていく気球もあり、やっと最後の一人を蹴り落とすことができた。
だが…
(!―――音之進…!)
たった一人。
あの建物から追いかけてきた鯉登だけが水城達から白石を捕まえるため気球に乗り込んだ。
水城はやはり追いかけてきた鯉登に帽子を奪っておいてよかったと内心安堵の息を吐く。
鯉登は山になっている兵たちを登り天辺の兵の頭を踏み台にし空中を泳いで浮上する気球に乗り込むというまるで漫画のようなスゴ技を見せた。
敵対していなければ水城は拍手を鯉登に送っていたくらいだ。
「…っ」
水城は風で煽られないよう、そして鯉登に気づかれないよう…軍帽のつばを下げ深く帽子をかぶる。
水城は…雪乃は死んだ。
心に傷を負い自殺をして帰らぬ人となった。
その先入観もあってか、そしてまさか恋人が男装するわけがないという思い込みからか、鯉登は手を伸ばせば届く場所に恋人だった女がいるというのに気づかず、途中奪った軍刀を愛した女に向ける。
「銃剣を頂戴…私がやる」
水城は深呼吸して自分を落ち着かせる。
気づいていないのなら自分にとって都合がいいではないか。
そう言い聞かせ平然を装い尾形に小声でそう言い、剣を渡してもらう。
「自顕流を使うぞ…二発撃たれた状態で勝てる相手じゃない」
水城に銃剣を渡しながら警告をする。
それに水城は内心『知ってる』と返しながら尾形から渡された剣を銃に取り付ける。
そのやり取りに鯉登は尾形の存在に気づく。
「尾形百之助…貴様…!!―――ッよくも鶴見中尉どんをたばけっせぇ裏切ったな!前からワイのこつはワッゼェ好かんかった!おいがこつばボンち舐め腐っせぇ知らんとこいでわりこっぼばっかいゆうちゃったとは知っちょった!」
鶴見と尾形は一応顔見知りではあるようで、その仲はよろしくないらしい。
標準語で話せるようになったらしいが、感情的になると薩摩弁が出てしまうらしい。
「相変わらず何を言ってるかサッパリ分からんですな鯉登少尉殿…興奮すると早口の薩摩弁になりモスから」
薩摩弁に詳しくなければ何を言っているのか全く分からない。
だが水城は早口ではあるが理解した。
水城は『この二人水と油かよぉ』と何となく他人事に思う。
ちなみに、鯉登は『よくも鶴見中尉どんを裏切ったな!前から貴様は大嫌いだった!私のことをボンボンだと舐め腐って陰口を言ってたことは知っておる!』と言っていた。
「わいたちゃずるったたききっど!!」
「―――っ!」
やっぱりあんた陰険だったんだ、と人を弄くり回してやっと表情筋が仕事をしていたあの軍人時代を思い出しながら内心呆れたような目で尾形を見ていた。
しかしそれが仇となり、鯉登が薩摩弁を叫びながら刀を振り上げているのに気づかなかった。
気づいたときにはすでに受け身を取るしか方法はなく、とっさに水城は癖で銃を盾に構える。
「受けるな!!」
それに尾形が声を上げるが、遅い。
薩摩の初太刀は新選組の近藤をして『外せ』と言わしめたほど受け止めるのは危険であった。
受け止めれば自分の鍔もろとも額にめり込んで絶命したという。
水城も例外ではなく、咄嗟のことで自顕流を頭から飛んでいた水城は鯉登の初太刀を受け止めてしまい額に思いっきり銃を叩きつけた。
幸いその衝撃で落ちることも、絶命することも、気を失うこともなかったが、その隙に鯉登は猿叫を上げながら隙を見せず何度も何度も刀を振り下ろす。
足場の骨組みは木でできており、このままいけば再び刀は水城に向けられるだろう。
水城は何とかしなければと対策を考える。
だが足場が悪く、相手は薩摩の自顕流を使う男だ。
対して水城は白石にゴリラと言われながらも柔道を嗜んだだけの女。
状況は水城に不利だった。
その時―――鯉登に弓が飛んできた。
その弓は鯉登ではなく鯉登のそばにあった骨組みの木に当たった。
「!」
鯉登は弓が飛んできた方へ目をやる。
そこには馬に乗って気球と並行に走るアイヌの少女の姿があった。
恐らく弓は外れたのではなく、わざと骨組みに当てたのだろう。
動く標的、それも遠目の的を狂いもなく当てた少女に驚いていると頭上に気配を感じ顔を上げた。
そこには白石が自分に向かって飛び上がった。
それを頭が認識したその瞬間斬りかけたが、鶴見から白石は殺すなという命令を受けているのを思い出した。
それが隙となり…―――白石に蹴り飛ばされ鯉登は気球から落下してしまう。
「シライシ!!」
同時に蹴り飛ばした白石も鯉登とともに気球から落ちてしまい、白石が落ちる姿に水城は慌ててしゃがみ込み白石の名を叫ぶ。
一瞬、鯉登と目が合った気がした。
だが白石が落ちていくのを見て叫ばずにはいられなかった。
しかしそんな水城の心配は杞憂に終わった。
白石の腰には紐が結ばれており、鯉登とともに落ちたと思った白石は途中で宙吊りとなり無事だったのだ。
それに水城はホッと安堵の息をつく。
「あはははッ!!アバヨ!鯉登ちゃん!!」
鯉登はまた薩摩弁で何か言っていたが、白石には分からない。
高々に笑いながら白石は叫ぶ。
「白石!!木に突っ込むわよ!!」
「えっ!?」
木々に消えていく鯉登に高々に笑う白石に水城が声を上げて注意する。
鯉登に意識が向けられ気づかなかったが、木が目の前まで迫っていた。
避ける暇もなく白石はそのまま木に突っ込み『いだっ!』『あだだっ!』と痛みに叫ぶ。
水城はそんな白石を心配そうに見つめていたが、白石が木から姿を現すとアシリパが白石の両脇に足を乗せ、白石の足を掴んで股から顔をこんにちわしていた。
「アシリパさん…!」
水城は白石の無事とともに、アシリパの姿に嬉しそうに声を弾ませる。
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