(78 / 274) 原作沿い (78)

せっかく獲ってきたのに全員に美味しくないと酷評され、ケッとやさぐれはじめた水城にアシリパは『仕方ないなぁ』と言わんばかりにため息をつき肩をポンポンと叩く。


「何を落ち込むことがある?お前もいつも言っていただろう?『北海道の珍味を食べつくしたいんだ』と…」

「いや、それ言った覚えないから…大体私はそんな目的で北海道を旅してるんじゃないんだよ」


いつの間にか言った覚えのないのに目的がすり替えられていた。
それを即答で否定すれば『そうだったか?』と首を傾げられた。
しかしふと水城の言葉を聞き一つ疑問に思う。


「そういえば…水城はどうして金塊が欲しいんだ?」


アシリパは利害の一致で手を組んだが、水城がなぜ金塊を探すのか聞いていないことに気づく。
興味がないわけではなく何となくタイミングがなかったのだ。
水城が金儲けのために金塊を探しているとは思っていない。
だが詳しい事情は聴いていないのだ。
あれほど溺愛している我が子を一人残してまで金塊を欲しがる理由をアシリパは今更ではあるが聞く。
その問いに水城はまだアシリパに話していなかったことに気づく。


「そういえば…まだ話していなかったっけ……戦争で死んだ親友の奥さんをアメリカに連れて行って目の治療を受けさせてやりたいの…」

「目の治療?目が悪いのか?」

「ええ…本当は親友が北海道に行って砂金を探して、その間私は奥さんと二人の子供と家の留守を守るって約束だったんだけど…親友は死んじゃってね…代わりに私が北海道に来たってわけ」


まだ寅次との再会も、寅次との約束も、水城ははっきりと覚えている。
戦争に行って初めて生きること以外の物に縋った。
満期が終わることだけを夢見ていた水城はその先を考えていなかった。
きっと満期を終え戦争から帰れば水城は働く気すら起きず、何をしたらいいのか分からないままぼうっとしている日々だったのだろう。
そんな自分に戦争から帰っても生きようと思える目標を寅次はくれた。
寅次は本当にいい幼馴染である。
寅次とのやり取りを思い出していた水城を尾形は目を細め笑い、髪をかき上げる。


「なるほどな…あの時言っていた『惚れた男のため』ってのは…その未亡人の旦那の事か?」


ハッと鼻で笑う尾形に水城は何も言い返さなかった。
沈黙は肯定、とみなされたのか、白石は納得したように声を零す。


「ああ、だからあの時いい人を否定しなかったのか…」


あの時、とはダンというアメリカ人から服を買い返した後、大叔母のチセで話していた時だ。
白石の『金塊が欲しいのもその男が関係してるのか』という言葉にも水城は答えなかった。
それは当たっていたからだろう。


「まあ、昔の事だから…」


水城は否定せず肯定した。
昔の事だと呟くわりに水城の表情は少し寂しげだった。
尾形に言った『惚れた男』というのは寅次だ。
だが、今は寅次にそんな感情はない。
ただ、惚れていたのは確かで、幼馴染として助けたい思いが一番だが、その中には惚れた弱みもある。
それにまだ彼の死を完全に吹っ切ったわけではない。
はっきりと言わない水城も悪いが、それを男たちはまだ未練があると捉えたのか、白石は珍しい水城の色恋にニタニタと水城を見つめ、尾形は表情が読めない目でジッと水城を見つめているだけだった。
その時…


「フン!トリ!フン!チカプ!!」


突然アシリパが着物のをかぶり踊り始めた。
急によく分からない踊りを始めるアシリパに水城は身を引かせる。


「ア、アシリパさん?どうしたの?」

鶴の舞(サロルンリムセ)…釧路に伝わる踊りだ」


適当に踊っているように見えるが意味があるようで、この踊りで着物の裾をバサバサさせるのは『ホパラタ』と言い、ツルはヒグマと仲が悪く羽をバサバサして喧嘩することからヒグマにあったらホパラタすると逃げていくと言われているらしい。
それを聞いて水城は辺りを見渡す。
その踊りをしたという事は、どこかに熊にいるのかと思ったのだがこんな開けた場所に熊がいればすぐに分かる。
やはり周りには鳥以外いなかった。


「熊…いないけど…」

「あ、ああ…いないな…」

「どうして急に踊ったの?」

「べ、別に…鶴食べたから…?」


アシリパも熊がいたから踊ったわけではないようで、ではなぜ突然踊ったのかと問えば何とも歯切れの悪い回答が返ってきた。
会ったばかりのキロランケですら鈍いと気づいた水城の鈍さはここでも発揮され、突然のアシリパの奇行に水城はますます首を傾げた。
しかし白石はアシリパの気持ちが分かったのか『アシリパちゃん可愛い〜』とついぽろっと零し、アシリパに背中を蹴られた。


「………」


尾形もアシリパの行動の理由を察したのか、白石ほど表には出さないがフッと笑った。
馬鹿にはしていない。
ただ少女の嫉妬心が可愛く見えたのだ。
アシリパは偽アイヌの時、自分が水城と仲直りしたいと言った時喜んだ。
しかし、尾形は気づいている。
自分に水城を取られるかもしれないと、アシリパは不安に思っていることを。
一見、水城が一方的にアシリパに懐いているように見えるが、アシリパも水城に懐いているらしい。
今も自分の知らない水城の過去の人間に嫉妬して、衝動的に踊って気を紛らせたのだろう。
懐いている姉からチラッと見える自分の知らない友人達…というところだろうか。


(これが同じ感情とは思えんな)


尾形は激しい踊りにゼコゼコ言っているアシリパを眩しそうに見つめる。
尾形も表には出さないが、嫉妬している。
吉平以外誰も…あの鶴見でさえ動かすことができなかった水城を惚れた男とその妻は動かしたのだ。
兵士や上官からも鬼神と崇められた女が、たかが親友とその妻のためにこんな北の端まで足を運ぶのだ。
水城を手に入れたがっている人間としては嫉妬しないわけがない。
しかし、同じ嫉妬心でもこうも違うのかと思う。
自分は少女と同じ感情なのかと思うほど黒々としているのに、アシリパの嫉妬心は清らかでひねくれた性格になった尾形でも愛らしく写った。
微笑ましくアシリパを見ていた尾形だが水城とアシリパの隙間から二人の人物がこちらに向かっているのが見え、表情を戻す。


「こっちに誰か来るぞ」


尾形の言葉に白石と三人で会話を広げていた水城達は尾形の目線の先にいるであろう後ろへ振り返る。
すると草をかき分け男の子と女性がこちらに駆け寄ってきているのが見えた。


「チロンヌプとチカパシだ…なんでこんなところに?」

「知ってる子?」


一人は水城も知っている人物だった。
一人はアシリパが狐を意味するアイヌの名を呼んだ…インカラマッだった。
しかしもう一人、アシリパと近い年齢の男の子は見たことがない。
アイヌの服を着ており、アシリパが名前を呟いたところからあのコタンの子なのだろう。
チカパシと呼ばれた男の子は慌てた様子でアシリパに駆け寄ってきた。


「遠くからアシリパが踊ってるの見えた!やっっと見つけた!!」

「私を探していたのか?」

「そう!谷垣ニシパと小樽から探しにきた!!」


どうやらチカパシとインカラマッもこの近くを通っていたらしく、その時踊っているアシリパを見つけ駆け寄ってきたらしい。
それも見つけたから声をかけに来たわけではなく、元々アシリパを探していたようだった。
水城と白石とアシリパはチカパシの焦った様子に三人顔を見合わせていたが、尾形は『谷垣』と聞き冷たく表情を変える。


「でも…谷垣ニシパが大変なことに…!!」


谷垣と来たという割には谷垣の姿はなかったが、チカパシ曰く、谷垣が何やら事件に巻き込まれたらしい。
焦っているのか説明できていないチカパシの代わりにインカラマッが説明してくれた。


「谷垣ニシパは私達を巻き込みたくなくてはぐれました…谷垣ニシパは昨日から追われてます」

「誰に追われてる?」


アシリパの問いにインカラマッが答えてくれた。
谷垣は最近家畜や野生のシカを刺し殺して粗末に扱う人間がいるらしく、『カムイを汚す人間がいる』と怒った地元のアイヌに犯人だと誤解され追われているという。
その説明に水城は身に覚えがあった。


「アシリパさん…さっきのオス鹿…」


水城の呟きにアシリパも頷く。
鶴を獲る前、水城とアシリパは途中で皮を獲るでもなく肉を獲るでもなくただ殺しただけの鹿を発見した。
ずっと頭に残っていたが、インカラマッの言葉ですべてが繋がった気がした。
それは鹿の事だけではない。


「そいつ…詐欺師の鈴川聖弘が言っていた囚人かも…」


鈴川がアイヌに扮していたコタンで苦し紛れで言った囚人がここで繋がった気がした。
水城は傍に置いていた銃を持ち立ち上がる。


「アシリパさん…私達で真犯人をとっ捕まえて阿仁マタギを助けに行こう」


谷垣には息子が世話になっている。
そのお礼もあり水城は谷垣を助け出すつもりだった。
アシリパも反対ではないのか、水城の言葉に頷き弓を持って立ち上がってくれた。

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