(79 / 274) 原作沿い (79)

谷垣が追われることになった原因である入れ墨の囚人の名は、『姉畑支遁』と名乗った。
姉畑は学者で、動植物を調べにこの北海道まで来たと言っており、動物や植物の事に詳しくチカパシも懐いたことから谷垣もインカラマッも油断していた。
しかし、その日は一緒に野宿をしていたのだが次の日、目を覚ますと谷垣の銃と弾薬が消えていたという。
姉畑と面識はないが、白石は囚人の中に学者がいる事を思い出した。
動物を殺し牧場主に見つかって怪我を負わされ捕まったのだとか。
なぜ銃を奪われただけの谷垣が追われているかと言えば、姉畑と出会う前にこの辺りのアイヌの男と出会ったからだ。
その男は以前二瓶と会ったことがあるらしく、谷垣の銃を見て声をかけてきた。
そのせいで谷垣が濡れ衣を着せられたのだろう。
水城は自分とアシリパ、尾形達と別れて手分けして探すことにした。

――水城とアシリパは来た道を戻り、鹿の死骸を見つけた場所へ向かった。
しかしそこには一人の人影が見え、それが男だと気づくと犯人が戻ってきたかとアシリパと水城は警戒する。
だがよく見ればその男はアイヌの服を着ていることに気づき二人は警戒を解く。
近づくとアイヌの男はカムイノミという神様への祈りをしている最中だった。
アシリパの住む西の方では鹿をカムイ扱いしないが、東の方ではあまり鹿を見かけないせいか昔から鹿を大切に送る儀式をするらしい。
アイヌはアイヌだと思っていた和人の水城は、和人同様住む場所によって習慣など異なっているとアシリパと出会ってから知る。
アイヌの事を教えて貰っていると、祈りをささげていたアイヌの男がこちらに気づき振り向く。
その男はアシリパのように額にアイヌ文様が施されている額当てを吐けていた。


「その弓…遊びで持ってるものじゃなさそうだな…今どきそんなもので狩りをしてるのか?」

「銃は私の身体ではまだ重すぎる…銃は便利だが急所を外せば獲物を苦しませる…私の毒矢なら急所じゃなくてもすぐ死ぬ」


アイヌも今では銃を使って狩りをする。
アシリパの叔父であるマカナックルも銃を使う事もあるようだ。
だがアシリパは銃はまだ重いのか、弓を好んで使う。
そんなアシリパにアイヌの男は『変わった子供だ』とだけ呟いた。


「犯人を追ってるのはあんたの仲間か?もう捕まえたのか?」


水城の言葉にアイヌの男は首を振った。


「分からない…でも時間の問題だろう…我々は犯人を知っている…四日前に会った男だ」


それを聞き、水城はインカラマッの話にあった姉畑と会う前に出会ったアイヌがこの男だと気づく。
アシリパも谷垣が動物を殺していないのを信じており、その男に谷垣が鹿を惨殺したところを見たのかと問う。


「二日前、俺は銃声のした方へ一人で向かった…そこにはメスの鹿が死んでいた…」


そこでアイヌの男は木に掛けてあった銃を見た。
それに気づいた時、男は後ろから殴られ気絶していた。


「目が覚めてからメス鹿をよく調べるとこの若いオス鹿同様…犯されていた…」


アイヌの男は不快そうに顔をしかめた。
男が谷垣を犯人だと思うのは何も推測だけではない。
メスの鹿が殺されていた場所に掛けられたその銃は二瓶の田村銃だったのだ。
男は二瓶とそれなりに顔見知りらしく、二瓶の持っている銃にある七つの刻まれた傷をその銃に見た。
谷垣から二瓶が死んだことも、その銃を谷垣が引き継いだ事も聞いていたためその銃が置いてあったという事は谷垣が動物を犯し殺したと思ったらしい。
安直ではあるが、事情を知らないのならそう思っても仕方のないのかもしれない。


「谷垣はそんなことをする男じゃない」

「知り合いか?」

「ああ…あいつはまじめな男だ…動物を犯して殺すなんてしないし、できる男じゃない」


ただ、事情を知り谷垣という男を知っている水城は誤解を解こうとした。
谷垣と会ったのも話すようになったのも最近だし、それほど多くは話はしていないが、それでも彼の真面目さは水城にも伝わっている。
それにアシリパの従妹であるオソマと、自分の愛息子が最初から警戒心なく懐いているのだからそれほど悪い人間ではないのだろう。
第七師団とも縁を切りもう軍に戻るつもりもないようだから水城は彼を信用していた。
しかし谷垣を知らないアイヌの男からしたら知り合いを庇っているとしか見られなかった。
鼻で笑われカチンと来たが、あちらも被害者なのだ。
ここでこの男と喧嘩するのはお門違いだろう。


「…水城…どうしてだ?どうして…こんなことを…?」


水城とアイヌの男の会話に入らず黙っていたアシリパは祈りを捧げられている若いオスの鹿を悲しげな表情で見つめ、ポツリと水城に問う。
その呟きに水城はアイヌの男に向けていた顔をアシリパに向ける。


「人間が鹿とウコチャヌプコロしても子供なんかできないのに…ましてやオスの鹿とウコチャヌプコロする意味が分からない……オスはメスとしかウコチャヌプコロしないはずなのに…オスとウコチャヌプコロするなんて…どうしてだ?水城…」

「ウコチャヌプコロ…」


水城も雄雌関係なく鹿を犯して殺す人間の事は分からない。
というか分かりたくない。
だがそれ以上にアイヌ語であろう『ウコチャヌプコロ』が何故か無性に気になってしまう。
アシリパはこの土地ではカムイと呼ばれる鹿を無情に犯して殺す人間が許せず、グッと弓を握り締める力を入れる。


「無理やりウコチャヌプコロしてカムイを穢す奴は絶対に許さない!必ず私達で捕まえてやる!!」


その言葉に水城もやる気が上がったが、その口からは『ウコチャヌプコロ』と繰り返されるだけだった。

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