(13 / 29) 少女時代 (13)

雪深くなる時期。
元旦となり日本でも親戚の集まりというものがある。
川畑家も同じく、母方の実家へ向かった。
いつもは早朝の僅かな時間しか会えないが、正月の数日は鯉登との時間は十分ある。
前のように一日中とはいかないものの、いつもの逢引の時間に比べれば一日にも等しい。
移動中も鯉登と雪乃はずっとお互いそばにおり、それを母達は微笑ましそうに見守っていた。


「お父様!お兄様!」


雪乃は母と叔母の両親がいる東京へと向かう。
名家である義理の祖父母の家に近づくと、門の前に二人の男性が立っているのが見えた。
それは東京で暮らしている父の秋彦と、次男だった。
同じ県内に住んでいるということで父と次兄は先に祖父母の家に向かい、雪乃と母は九州から向かうという別行動をしていた。
会ったのも久々で、嬉しくなって年甲斐もなく父に抱き着く。
そんな娘に秋彦もデレデレ…ではなく、嬉しそうに笑みを浮かべながら娘を受け止め抱きしめた。


「雪乃!(さか)すしちょったか?」

「はい!お父様もお元気そうで安心しました!」


父の腕の中はとても安心した。
やはり平気そうにしていても寂しかったんだなと雪乃は少し恥ずかしくなった。
特に鯉登がいる前で父に抱き着いた事を思い出して恥ずかし気に頬を染めながら父から離れ、傍に立っていた兄へ目をやる。


「吉平お兄様もお元気そうで安心しました」


次兄、川畑吉平(きっぺい)に挨拶すれば吉平もそれに答える様に笑みを浮かべる。


「雪乃も元気そうでよかったよ」


雪乃も兄の言葉に笑顔で返した。
次兄であり、すでに長男でもある吉平は、父親に似ていた。
しかし体質なのか鍛えているものの父のような筋肉は付かなかった。
長男の容姿が良すぎて目立たないが、次兄も次兄でそれなりに顔はいい。
長男の見た目は美人の母から全て受け継がれたというのであれば、次兄は父と母の良い所を受け継いだと言っていいだろう。
妹の頭を撫でた後、吉平は鯉登へ目をやる。
吉平と目と目が合うと鯉登は静かに頭を下げた。


「お()しかぶいです、吉平兄さん」

「久しかぶいじゃっど、音之進くん…君も変わりなって(なくて)よかった」


吉平との接点はこういう親戚が集まる時にしかないため、お互いそれほど会話が弾むことはない。
お互いの挨拶も終わると吉平は母と叔母夫婦に挨拶をし、雪乃達は祖父母の家へと入っていった。
向かったのは家の主である祖父母の待つ部屋である。
そこは大広間で、すでに親戚が集まっており、皆すでに楽しんでいた。


「おお!平二くん!よく来てくれた!」


その中に上座に座っている祖父が娘夫婦に気付き手を振って声をかけてきた。
親戚もそれに気づきそれぞれ声をかけ、雪乃達は祖父母の元へと挨拶に向かう。


「あけましておめでとうございます」

「ああ、あけましておめでとう…平二君も元気そうでなによりだ」

「みんな遠い所から大変でしたでしょう?今日は楽しんでね」


祖父母…平二と秋彦にとっては義理の両親の言葉に深々と頭を下げた。
娘もそれぞれ挨拶を終えると雪乃と鯉登も祖父母に挨拶をするために前に出る。
すると祖父母は待っていましたと嬉しそうに笑う。


「2人とも良く来てくれた!さあじいじとばあばに顔を見せておくれ!」


祖父は威厳があり、初対面の人なら威圧感で押されてしまうだろう。
だが、実はその内面はとても優しい人だ。
特に子供が好きで、父(雪乃から見たら曾祖父)が無理矢理祖父に家を継がせなければ小学の教師になっていたという。
それでもやはり孫は特別らしく、雪乃と鯉登は祖父と祖母の傍へと近寄った。
祖父母はそんな2人の手を取って『良く来てくれた』と喜んでくれた。
歓迎されないよりは歓迎される方がやはり嬉しく、鯉登と雪乃も釣られたように顔がほころぶ。


「堅苦しい挨拶ももう終わりだ…遠路はるばる来てくれたのだから楽しんでくるといい」


挨拶も終わり、雪乃と鯉登は解放された。
この家では堅苦しいマナーもなく、空いてる席に座り無礼講でどんちゃん騒ぎをするのだ。
それは祖父が言い出した事で、祖父の前の曽祖父の代までは他の家庭と変わらない集まりなんだそうだ。
祖母は庶民の出、ということで上流階級に慣れない祖母の為に行った事が案外一族に受けてこれまで続いたらしい。
それを聞いて雪乃は『だから血の繋がらない庶民の出の娘を簡単に孫認定したのか』と納得し、祖父の寛容さに感謝した。
母や父達はそれぞれ親戚に挨拶回りがあり、子供達の雪乃と鯉登は空いている二つの席を探して座る。
事前に女中達が人数分のテーブルに受け皿を置いてくれていたのでわざわざ持ってきてもらう必要はなかった。


「お飲み物はどうなさいますか?」

「私はお茶をお願いします」

「おいもお茶で…」


女中の問いに雪乃が答え、それに鯉登も同じものを頼もうとした。
その時、それを聞いた鯉登の隣にいた親戚のおじさんが鯉登の肩を組み割り込んできた。


「おいおい!音之進!なにおこちゃまみたいなもん頼もうとしてるんだ!?お前も日本男児なら酒だろ!酒!」

「は!?おいはまだ14なんじゃ!酒を飲む年齢じゃなか!」

「んなこまけぇこたぁいいんだよ!道子さん!酒をじゃんじゃん持ってきてくれ!」


相当酔っているのか、鯉登の隣にいる雪乃からも酒臭さが伝わって来た。
鯉登は絡み酒の親戚に顔を顰めたが、酔っ払いに正論は通じず、道子と呼ばれた女中も苦笑いを浮かべながら注文を受けさっさと下がってしまった。
酔っ払いのオモチャとして認識された鯉登に他の酔っ払いも集まってきてしまい、鯉登と雪乃の周りは更に騒がしくなっていく。
ガハハと笑う酔っ払いに腕を回されながら鯉登は来て早々嫌な酔っ払い達に絡まれたとげんなりしながら隣にいる雪乃の隣をチラリと見た。


(雪乃の隣は…よかった、文子おばさんか…)


酔っ払いに絡まれるのは御免こうむりたいがまだ我慢できる。
だがその酔っ払いが雪乃にも絡むとなると見逃せない。
ただでさえ酔っ払いは理性がないというのに可愛い想い人と酒の勢いで間違いでも犯されたらたまったものでもないし、そもそも雪乃にベタベタと触れられるのは例え親戚といえど我慢できない。
しかし隣は酒が飲めない親戚の女性だった。
今も静かに楽しく会話を雪乃としており、鯉登は面倒臭い大人達に絡まれやさぐれそうになった心が雪乃の笑みで癒されていく。
すると女中が注文された飲み物を持って戻って来た。
道子をはじめとする女中たちは酒を大量に持ってきては酔っ払いたちの前に運ぶ。
勿論、酔っ払いのたわごとだということで鯉登の前に置かれたのはお茶である。


「あ、よかった…ちゃんとお茶だったね」

「そうじゃな…おいはまだ飲めんな分かっちょらんのは出来上がっちょっ連中だけじゃったな」


雪乃も親戚と話ながら心配していたのか、お茶が振る舞われたのにホッと安堵した。
その際周りがうるさいため鯉登に近づいて話し、鯉登は不意打ちにドキリとさせながらも平然を装って頷く。
流石に酒は振る舞わないかという安堵と、雪乃とくっついた緊張から鯉登はぐいっとお茶を飲みほした。
…が、それがいけなかった。


「おお!いい飲みっぷりだなぁ!音之進!!!」

「よぉし!おじちゃんがお酌してやろう!!!」

「んな!?こ、こんた(これは)お茶や!お酒じゃなか!!―――()っのやめろォ!」

「まあまあそう言うなって!!はーいどんどんいっちゃって〜!」


お茶もお酒も判断できないほど飲んでいる酔っ払いが鯉登の飲みっぷりに空になったコップに酒を注ぐ。
中は日本酒なのか傍から見れば水だが、匂いはれっきとした酒だ。
ほれほれとグイグイ酒の入ったコップを押し付けてくる親戚達に鯉登も堪忍袋の緒が切れそうだったが、視界に母と叔母の姿が映った。
母と叔母と目と目が合い助けてくれると思ったのだが、二人は何を思ったのか…――――『 の め 』とジェスチャーで合図した。
時代が時代ならグッと親指を立てていただろう母と叔母の笑顔に鯉登は『何を考えてるんだあの二人は!』とギッと母と叔母を睨む。
だが、母と叔母はそんな鯉登の睨みなど気にも留めず口をパクパクしながら雪乃を指さしていた。
その指さした方へ目をやれば雪乃がこちらを見ていた。
鯉登を見るその大きく宝石のように美しい雪乃の目はどこか輝いており、鯉登が男を見せ酒を飲むのを期待していた―――ように鯉登が見えただけで、実際は心配そうに見つめていただけだった。


(ここで男を見せんでどこで見せっていうど!!雪乃!しっかり見とけや!!)


男は愛する女のためならいくらでも強くなれる…鯉登は勢いのままぐいぐい押し付けてくるコップを奪うように受け取りそして酒を―――一気に飲み干した。
酒を一気飲みする鯉登に辺りからは『おおっ!』と驚きや感心した声が上がった。


「すっげぇな!音之進!!流石平二さんの息子なだけある!!!」

「やっぱ薩摩は酒が強いんだなぁ」

「いい飲みっぷりだ!!さあ飲め飲め!!!」


一気飲みをした鯉登に酔っ払い達がじゃんじゃん空になっていくたびに酒を注ぐ。
その度、鯉登は一気に飲み干す。
何杯か飲めばもう鯉登も何を飲んでいるのか分からなくなっていた。

頭がふわふわとなっていき、鯉登はついに潰れた。

倒れる瞬間、耳には雪乃の悲鳴が聞こえた気がした。

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