見る方によってはアシリパがアシリパではないです。
性格改変がお嫌いな方はお引き取りください。
ちょっと絡み注意です。
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谷垣のために、そして入れ墨を熊に喰われないように、一刻も早く姉畑を捕まえなければならない。
そのためにはまず谷垣の安全を確保しなければならなかった。
「私と水城が三日以内に姉畑支遁を連れて戻れなかったときは…尾形が谷垣を守ってくれ」
食糧庫を巣に座っていた尾形にアシリパは見上げながら頼む。
しかし尾形からはいい返事は返ってこなかった。
「あの小熊ちゃんを助けて俺に何の得がある?奴は鶴見中尉の命令で俺達を追ってきた可能性が高い」
尾形はなぜか谷垣を異様に警戒していた。
それに気づいてはいたが、尾形は何を考えているか分からないため放っておいた。
だが、ここで駄々をこねられてもただ時間を無駄に過ごすだけである。
どういう事か聞けば、『鶴見中尉を信奉し違反した戦友三人を山で殺す男だ』と言われ水城はふと思い出す。
「谷垣と行動していた三人の事?それなら殺したのはヒグマよ」
「ヒグマ?」
「ええ…私がその場にいたから間違いないわ」
それはまだアシリパと出会って間もないころ、アシリパを谷垣が追い、残りの三人が水城を追いかけたあの時。
三人は確かにブブの母熊に殺された。
「谷垣はマタギに戻りたがっていた…足が治った後も軍に戻らずフチの家にいたと聞いた……谷垣に何かあればフチが悲しむ」
「それにアシリパさんの頼みを聞かないと嫌われて獲物の脳みそ貰えなくなるわよ」
二人の言葉に尾形は黙り込み、アシリパと水城を見下ろす。
その目はアシリパが見ても自分たちを疑っており、冷たい瞳にアシリパはゾクリとさせる。
水城は慣れているのか平然としており、茶化すように(尾形的には)どうでもいい事を言って脅す。
尾形は二人を見て嘘ではないことを信じてくれたのか、いつもの表情へ浮かべたが、しかし、『ふむ』と何かを考えるように顎を撫でながら水城をジッと見つめる。
目と目が合う水城は首を傾げ、そんな水城に尾形は目を細める。
「なるほどな…それを信じるとしても……やはり俺に得があるとは思えないな……アイヌ全員からの監視から守るほどの価値があのマタギにあるのか?」
「価値があるかないか関係ないわよ…谷垣は仲間だもの」
「"仲間"ねえ…」
いつの間にか水城の中で谷垣は『仲間』として繰り上げられていた。
それに尾形は信じてないように呟き、チラリと谷垣を見る。
谷垣は水城達に身を委ねたのか、子熊の檻の中でじっと座っていた。
水城と谷垣の間にはお互いの信頼が見え、尾形は不機嫌そうに目を細める。
「なあ、水城…谷垣を守った暁にはお前は俺に何をくれる?」
水城は尾形の突然の問いに目を見張った後怪訝と見た。
しかし見返す尾形の目に水城はからかっているわけではないと気づき少し考える。
「脳みそ?」
出された言葉に尾形は深い深い溜息を水城に送った。
その溜息の中にある尾形の不満に水城は気づき、むっとさせる。
恋だの愛だのには疎いくせにこういう感情には鋭い水城に尾形はもう一度溜息を吐く。
「それはお前からの褒美じゃねえだろ」
「えー…でも脳みそ美味しいよ?」
何度も脳みそを食べてきた水城の言葉に尾形は『まずその死んだ目をどうにかしろ、話はそれからだ』と目線で答えた。
どうも水城は隣にいるアイヌの少女に色々洗脳させられているようで、脳みそを拒み続けている尾形は鈍すぎる女に頭痛がしてきた。
「水城」
仕方ないので、尾形は水城の名を呟きながら口端をトントンと指で叩く。
その意味をアシリパは分からず首を傾げていたが、流石にそこまでされれば水城も気づくというもので…水城の頬は赤らんだ。
「こ、こんな時に何考えてるの!!!」
「こんな時じゃねえとお前普段してくれないだろ」
「恋仲じゃないんだから当たり前じゃないッ!!」
口端を指で叩いたのは、そこにキスしろ、という意味である。
それには流石に気づいた水城は顔を赤くして尾形を睨んだ。
水城の反応に尾形はニタニタと笑ってある場所を指さす。
水城はそれに首をかしげ怪訝そうにしながらそちらに振り向く。
そこには不思議そうな目でこちらを見るアシリパがいた。
「水城と尾形は夫婦なんだろう?なぜウチャロヌンヌン(口づけ)を嫌がるんだ?」
「ウチャロヌンヌン…」
ウチャロヌンヌンという言葉を気になり、水城はポツリと呟く。
しかし誤解しているアシリパに水城は目線をあちこち目降らせた。
「えーっと…あの、ね…アシリパさん…私と尾形は別に夫婦ってわけじゃないのよ…」
「ああ…別に結婚しなくてもそういう関係の恋仲もいると聞いたことがある…水城と尾形もそうなのだろう?」
明治時代は現代より自由ではなく、どちらかと言えば男女不平等な結婚制度だった。
多くは結婚をするが、中には結婚せず子供を儲け一緒に住む事実婚を選ぶ者も少なくともいた。
現代よりも少ないが、アシリパはどこかでそういう話を聞いたことがあり水城もそうだと思っていた。
水城はアシリパの純粋な目に尾形を見た。
尾形が入れ知恵したのだと思ったらしい。
だが、喧嘩していたから仲直りしたい、と言ったこと以外は尾形は何も言っておらず、首を振る。
どうやら色々勘違いしているようで、まずは尾形と水城は恋仲でも夫婦ではないところから誤解を解こうとにっこりとアシリパに笑みを浮かべる。
「あのね、アシリパさん…私と尾形は夫婦でもないし、恋人でもないし、想い人でもないまっっっったくの赤の他人なの」
「赤の他人…?それは結婚していないからか?」
「ううん…そうじゃなくて…結婚してないから他人じゃなくてね、ただの他人の他人なのよ」
「他人の他人?」
「そう、他人の他人」
水城も他人の他人と自分で言っておいて『何言ってんだろう』と思った。
上からは『なに訳の分からん事言ってんだ』と呟きが聞こえたが聞かなかったことにした。
他人の他人…それはつまり恋人でもないということをアシリパはやっと認識してくれた。
そうか、と呟き水城は分かってくれたとほっとしたのも束の間…
「では静秋の父親は誰だ?」
ちゅどーん、と爆弾が水城に直撃した。
そう来るとは思っていなかった水城は笑顔のまま固まった。
「尾形が静秋の父親じゃないのなら誰が静秋の父親なんだ?」
「うーんと…」
「尾形が父親でないとして…あれほど尾形に似ているんだ…尾形の親族だろうか?」
「えーっと…」
「なぜ尾形が父親ではないのにあの時尾形を父親だと言ったんだ?」
「んーっと…」
アシリパの問いはいたって普通である。
だがその普通を水城は全て論破できなかった。
むしろ反論を言う事すらできなかった。
それもそのはずである。
静秋の父親は間違いなく尾形だからだ。
あの時吉平と尾形以外に種を仕込む男はいない。
二人に一人、二分の一ではあるが、息子の顔からして調べるでもないだろう。
あの時、とは息子の存在がアシリパと白石に知られた時だろう。
水城は助けてほしくて尾形を見た。
しかし尾形はニヤニヤと笑って高みの見物を決め込み、全く頼りにはならない。
水城は考える。
どうしたらこの窮地を脱することができるのか。
「水城は…愛してもいないのに異性と
オチウができるのか?」
しかしそんな水城をアシリパの一言が許さなかった。
脱出しようとした水城をアシリパが両手を広げ阻止したのだ。
水城は『オチウ…』と呟くが、それどころではない。
意味は知らないが、ニュアンスで分かる。
できるか、できないか、と問われれば水城は頷ける。
中には意中の相手でなければ行為ができない人間はいるが、水城はできる。
というよりは強制的にさせられ、情も愛もない他人との性行為に慣れてしまった。
正確に言えば、それしか水城は知らない。
結局鯉登と行為する前に水城は死んだことにされたのだから。
しかしそれを言うのはまだ幼いアシリパには酷…というよりは大人として憚られる。
例え頭がよく、大人顔負けの物知りだとしてもだ。
知識がある・大人っぽい=大人、ではない。
不安げに見つめるアシリパに水城は『う"…』と言葉を詰まらせ…
「でき…ま、せん…」
水城はNOと言える日本人だった。
…意味は全く真逆ではあるが。
アシリパは水城の言葉に『そうか!』と嬉しそうに笑った。
その笑顔が清らかすぎて水城は直視できなかった。
(これはある意味俺より酷いな)
アシリパと水城のやり取りを見ていて尾形は面白そうにしながらもそう内心ポツリと呟いた。
見る限り、水城はアシリパに対して何者にも染まらない清らかさを見ているのだろう。
だから焦がれ、憧れ、好む。
アシリパの清らかさは水城には持てなかったそれだ。
そしてアシリパも水城に対して水城と似た感情を持っている。
清らかさではなく、女でありながら戦争を生き抜いたその強さを憧れ、姉であり母であるその温かさと優しさを水城から求める。
そして、子供特有の純粋さ。
アシリパは無意識に水城は他の人間とは違いふしだらではないのだと思い込んでいる。
いや、思いたいのだ。
大好きな姉はいつまでも自分の知る姉でいてほしいから。
アシリパの水城への感情は自分と別のようで、案外似ているのかもしれない、と尾形は思う。
だが、尾形は自分の感情の厄介さを理解している分、無意識に水城を縛るアシリパよりマシなのかもしれない。
「水城、時間ないんだろう?いいのか?貴重な時間をこんな事に使って」
「あんたねぇ…」
埒が明かなそうだった話も一段落したと尾形は止まっていた請求を再び要求する。
分かっていながら挑発するように言う尾形に水城は呆れたように見上げたが、断るとアシリパの質問攻めが始まると思ったのか諦めがついたらしい。
どうやら自分は強力な協力者を得たらしいと尾形はチラリとアシリパを見ながら水城に気づかれないようほくそ笑んだ。
「アシリパさん、ちょっと目を瞑ってあっち向いててくれない?」
「どうしてだ?」
「普通は恋人でも夫婦でも口づけは人前ではしないものなのよ」
「?、しかし尾形は…」
「アシリパさん、あのクソ尾形に常識があるとでも思ってるの?」
日本人は外国の人間にくらべたら愛情を表には出さない。
人前で口づけどころか手を繋ぐのもはしたないと言われた時代もあるくらいだ。
その気になれば誰とも寝れる水城でも人目のある場所で口づけはしたくない。
出来れば物陰に行きたいが、どうやら尾形はこの場を離れるつもりはないらしい。
アシリパの向きを無理やり変え、アシリパの小さな手を取って彼女の目に持っていき目を塞ぐ。
『絶対だからね!絶対見たらダメだからね!』とフラグを立てながら水城は渋々尾形のいる食糧庫のはしごを乗り上がる。
「アシリパさんを味方につけて…ずるいわ」
「お前が素直に従っていればこんな面倒くさいことしなかったんだがな…良かったなぁ?お前の心酔してる飼い主を失望させないで」
ピキ、と水城は額に青筋を立てた。
尾形の胸元を掴みグッと引き寄せ、近くにアシリパがいるため小声で囁く。
「今度アシリパさんを飼い主と言ってみろ…お前のその両手の指を一本一本折って一生銃を握れない手にしてやるからな」
低く唸るその声はまさに飼い主を敵から守る飼い犬そのものだ。
冷たく鋭い目さえ、纏う冷たい雰囲気でさえ、そうだ。
なのに水城はアシリパを飼い主とは認めていない。
いや、認めていないのではなく…認めたくても認められないのだろう。
水城の首輪から垂れるリードはすでに前の飼い主がしっかりと握り締めているのだから。
(ああ、たまらない…)
普通の男なら水城に凄まれれば腰を引かせるか、顔を青ざめるだろう。
だが、尾形は水城に執着を持っている男達のうちの一人だ。
むしろ怒りで燃え上がる瞳こそ尾形の心を掴んで離さず、睨む水城をうっとりと見つめる。
水城はそんな尾形に気づかず、尾形に谷垣を守らせるため口端に口づけを落とした。
そっと口づけをし、静かに顔を離そうとした水城だったが…
「ん!?――ッ!んっ!んぅッ!」
要望を叶えたと離れようとしたとき、腰に腕を回されグイっと引き寄せられた。
それに驚いている隙を狙われ水城は尾形に唇を奪われる。
更に驚いている間にぬるっとした何かが口内に侵入され、水城は目を剥いた。
「んっ、ぅ、や…っは、ん…お、がた…っ!や、め…、んンッ!」
水城は尾形と言わばキスをしていた。
禁止にしていた、キスをされていた。
それも舌を入れられていた。
顔を反らして逃げようとするが、腰に回していない手で顎を取られ無理やり顔を向けさせられた。
水城は深い口づけに力が抜けかけたが、必死にはしごに足をかけ、落ちないようにしていた。
そのせいで意識が足へ向けられ隙だらけになっていた。
角度を変えなんども水城の唇を愛で、尾形は愛し気に回している腰を撫でる。
服越しだが、腰を撫でてやればピクリと水城が可愛らしく反応し、尾形を調子に乗せた。
しかし長く愛で過ぎたのか水城は苦しさを訴えるように尾形の肩を強く叩き、それが通じたのかやっと尾形は顔を離してくれた。
「っは…ぁ、」
水城は久々の深い口づけに息切れをしていた。
離れると水城の口と尾形の口は二人の混じった唾液で繋がっていた。
尾形は自分の唇を舐めて銀の糸を切り、水城を見つめた。
水城は頬を赤らめ、濡れた目を伏せてこちらを見ていなかった。
だが、それでも尾形の欲を掻き立てるのには十分である。
しかしここは外であり、敵に囲まれているこの場所で行為に雪崩れ込むにはムードがなく、時間もない。
惜しく思いながら濡れている水城の唇を拭うように舌で舐める。
ちゅ、とわざと音を立てて軽く口づけしてやれば、正気に戻った水城に口を手で覆われてしまった。
尾形は口を覆われながらギロリと睨む濡れて色を濃くする琥珀色の瞳を上機嫌に見つめ返した後、チラリと目線を下へ向ける。
指と指の間から見える青い目から見える可愛い嫉妬心に尾形は愉快そうに目を細めた。
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