(82 / 274) 原作沿い (82)

谷垣を尾形に任せ、水城とアシリパは二人で広い森の中で1人の人間を探しに向かった。


「もう!なんなのあいつ!!信じられない!!!」


鍋の火に枝を放り込みながら水城はぷりぷり怒っていた。
水城の怒りはコタンを出てからずっと続いており、最初こそ同情していたアシリパもいい加減面倒くさいのか『はいはい』と流した。


「口づけはするなって言ってたのに!!あの嘘つきクソ猫!もう触らせないんだからな!!」

「あのコタンの男達に見られたものな」

「そう!!そうなんだよアシリパさん!!この格好で女だなんて誰も分からないからさ!絶対同性愛者のイカレ野郎って思われたよ!!違います!違いますよ!私は女ですよーーっ!!」


ムキーッと声を上げる水城の好きにさせながらアシリパは水城に次の食材を入れるよう指示を出す。
水城はアシリパからアイヌの料理を少しずつ教わっている最中だ。
この旅が終われば水城はアシリパと暮らすことになっており、その修行中である。
水城もアイヌのような自然と暮らす生活なら息子の成長にもいいかもしれないと思い、アイヌと共に生きることを決めた。
しかし、怒りのためか、料理を作る手つきは少々乱暴だった。
それもこれも尾形のせいだと水城はむすっとさせる。
こちらを睨むように血の気の多い男が見張っていたせいで濃厚な尾形と水城のキスシーンをあのコタンの男達に見られてしまったのだ。
水城は男装しているため、アイヌの男達は水城と尾形を同性愛カップルだと思われたようでドン引きされた。
見てはいけないものを見たと言わんばかりにバッと勢いよく青い顔を反らされた時には水城もアイヌの男達の方へ見ることはできなかった。
谷垣も谷垣で信じられないような目でこちらを見ていたし、水城は恥ずかしさと腹立たしさを抱えながら逃げるようにコタンを出たのだ。
一通り怒り終わったのか、ゼーゼー言いながら水城は俯き顔を手で覆った。


「もう…ほんとう、あのクソ猫どうにか抹殺できないかなぁ???」


『うっうっ』と泣き出すように呟く水城の言葉にアシリパは何も言わず料理が焦げるぞと注意する。
注意され水城は食材を混ぜるが、アシリパの様子の変化にチラリと彼女を見る。
アシリパは無言で鍋を見つめており、普段なら他愛ない話をするのにあのコタンから出てからアシリパは妙に黙り込んでいた。
水城はそれを姉畑のしたことがショックだったのかな、と思う。


「水城、できたぞ…食べよう」


どうにかして元気にさせたいな、と思っても如何せん水城はそういう事は不得意だ。
お嬢様時代ならばいざ知らず、もう水城は吉平の手で軍人としての生き方に塗り替えられてしまった。
不器用な自分を水城は恨む。
そんな水城など気づかず、アシリパは鍋が完成したと水城のお皿代わりの飯盒の蓋によそう。


「久々に二人でご飯食べるね」


水城は食べながら思ったことを口にする。
その言葉にアシリパは水城を見る。
水城はニコッと笑みを向けていた。


「最近人数も増えたからこうして二人で食べるの、久しぶりだね…」


『なんだか会ったばかりの頃を思い出すなぁ』と嬉しそうに笑う水城にアシリパは少し心が晴れた気がした。


「状況は最悪だけど…三日間だけの二人きりを堪能しようね」

「そう、だな…久々の二人きりだものな」


谷垣には悪いが久々に邪魔もの(主に尾形)がいない二人きりの空間を三日だけでも味わおうと水城は笑う。
その笑みにアシリパはやっと笑ってくれた。
アシリパが笑うと水城も嬉しくて、笑みが深まった。

食事も済み、話は姉畑の事になる。
水城はアシリパの様子を見るが、平気そうで安心した。
話しているとアイヌに伝わる動物と人間の結婚の話になる。


「カムイと人間が結婚するウエペケレ(民話)は沢山ある…狼や熊と結婚した男の話やカッコウと結婚した男の話はカムイと子供まで作っている」

「私達和人の昔話にも『鶴女房』って話があるのよ」


動物と人間の結婚のお話はアイヌには結構よく見る民話だった。
だがそれなら和人の間にも少ないが残っており、それを水城は伝える。
アシリパはその話に興味を持ったのか『鶴女房?』と首を傾げ、水城は頷く。


「ある鶴が罠に掛かってね、その鶴は男に助けられた…その鶴は女に変装して人間に恩返しするために結婚したんだけど…姿を見られてしまってね…その鶴は姿を見られたからって男の前から姿を消した…そういうお話」


その話は水城もよく実母や養母から眠る前に読んでもらったりと親しみ深い物語だった。
いつか静秋が大きくなったら話てあげようと思う物語の一つだ。
水城の話を聞き『和人とアイヌの民話に違いがないのだな』と呟く。


「どの話も動物と結婚するときは必ず人間に変装した姿で結婚する…やっぱり動物と結婚するのはいけないことだとみんな分かってるからだ…カムイはカムイ、人間は人間とウコチャヌプコロしなきゃいけないんだ」


食器を片しながら水城はアシリパの話を聞く。
確かにどの物語も人間に化けた話が多い。
だからこそアシリパは姉畑の考えていることが分からないのだろう。


「悪い狐が悪知恵で人間と結婚しようとして正体がばれて殺される話もある…カムイと人間が良くない方法でウコチャヌプコロしようとすると罰をうけるということだな…」


そう言いながらアシリパはそのまま横になる目を瞑る。
水城はそれを見送りながら自分も寝ようかと思ったが、ふと後ろから草を掻き分けるようなガサガサとした音が聞こえそちらに振り返る。
しかし暗いからよく見えないが、誰も何もない。


「何かいるのかしら…ヒグマじゃなきゃいいんだけど…」


もう音は聞こえなくなったが、水城は傍に置いていた銃を抱えるように引き寄せる。
熊は火を怖がることはなく、夜でも見えるらしい。
草原にも湿地にも熊はいるため油断は禁物である。
今は二人しかいないのだからいつも以上に警戒しても損はないだろう。
そう思いながら銃を抱え眠ろうとした水城の耳に…


「ウコチャヌプコロ…」


アシリパの寝言が聞こえた。
うんうんとうなされている彼女の寝言に水城は『ウコチャヌプコロ…』と復唱するように呟きつつ、水城も眠りにつく。



◇◇◇◇◇◇◇



あれから二日が経ったが、手掛かりの一つも得ることなくついに期限の最終日である三日目に突入した。
しかし、成果はない。


「ヤバイわね…最終日なのにまったく見つけられない…」


一日、二日、三日とあまりにも何もなさすぎて焦りばかりが積もっていく。
こうしているうちに谷垣の処罰が迫っていると思うと体は動いているのに気持ちばかり焦ってしまう。


「姉畑がヒグマに銃を使ってくれたら音でおおよその位置が掴めるかもしれないけど…ひとまずコタンに戻って谷垣を逃がして時間稼ぎをするしかないかな…」

「谷垣は尾形が助けてくれる」

「いや、あんなの一番信じちゃダメな奴だよ…」

「まだ拗ねてるのか?アチャポ(叔父さん)が言っていた…夫婦は我慢と妥協も必要なんだと」

「………」


まだアシリパの中では尾形と喧嘩して出て行ったというストーリーが続いているようで、水城は何とも言えない表情を浮かべて返す言葉もなかった。
ここで否定すればまた『じゃあ静秋の父親は誰なんだ?』問題が発生し、更には『水城は愛してもいない異性とできるんだな…』と失望されてしまうだろう。
水城は『どうしてこうなったんだろう』と思いながら溜息を吐いているとガサガサと草の音がし、肩にかけていた銃をとっさに構える。


「まただ…ヒグマかも…ずっと私達をつけてる奴だ」


一日目の夜からこの草の音や気配がついて回っていた。
どうやら自分たちをつけているようで、その姿が見えないから余計に不気味だった。
アシリパも周囲を見渡して警戒し、音が近づいているのに気づき弓に手をやる。
草むらをかき分け現れたのは―――一匹の犬だった。


「あれ…この犬…どこかで…」

「リュウだ!」


熊ではなかった事に安堵したが、なぜこんなところに犬がいるのか分からなかった。
それに犬を見て既視感を水城は感じており、首をかしげる。
アシリパは現れた犬に気づく。
それは二瓶が連れていた猟犬だった。


「谷垣達と一緒に小樽から来たのかな?」

「いや…チカパシも何も言ってなかった」

「!――もしかしてリュウ…!あなた…まさか…谷垣が持っていった二瓶の忘れ形見をずっと追いかけて…!?」


二瓶と行動を共にしていた谷垣に懐いていたようだが、一緒についてきたのならチカパシもそう言うはず。
しかしチカパシからもインカラマッからもリュウの事は何も聞いていなかった。
ということは谷垣が持っている二瓶の銃を小樽からここまで追いかけてきたことになる。
感動ものに弱い水城は感激し、撫でようと手を伸ばした。
しかし…


「リュウ!お前なんて健気なイ痛ででででッ―――痛いっていってるでしょうが!!」


リュウは手を伸ばして触れようとする水城のその手をガブリと噛みついた。
遊びではなく結構本気で噛みつくリュウの牙が手に食い込み水城は痛みに声を上げる。
リュウはそれでも噛むのをやめず、水城はリュウを叩いて止めた。
リュウは覚えているのだろう。
水城と二瓶が敵対していたことを。


「水城!姉畑支遁が二瓶鉄造の銃を持っているならリュウが姉畑を見つけてくれるかもしれんぞ!」

「なるほど…!」


リュウと水城のコントを見ていたアシリパがハッと何かを思いつく。
二瓶の躾は完璧で、リュウは小樽からここまで匂いを追ってきた。
ということは二瓶の銃を持つ姉畑を見つけることができるかもしれない。
最終日でやっと光を見た気がした。

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