水城達はリュウを連れてもう一度オス鹿の死骸を見つけた場所に戻ってきた。
リュウに残っているであろう姉畑の匂いを覚えさせ追ってもらうためだ。
リュウは何も二瓶の銃を追っているわけではない。
二瓶の銃を持った谷垣の匂いを追ってここまで来たのだ。
ただ、雨が降ったばかりだったため、匂いが残っているかという不安はあった。
「間に合うか厳しいな…」
「ギリギリまで粘ってみよう…いざとなったら谷垣には尾形がついてる」
「…そのアシリパさんの尾形への信頼ってどこからくるの…?」
「私もなぜそこまで水城が尾形を疑うか分からない…喧嘩していても恋人だったのだろう?」
「…恋人っていうか……なんていうか…」
アシリパは尾形を信用しているようだが、水城は全くこれっぽっちも信用していない。
軍を裏切って単独行動するようなやつを水城は信用できなかった。
それが例え体を重ねた相手だとしてもだ。
アシリパの中で恋人同士だが喧嘩別れした拗ねた彼女の図が出来上がっているようで、水城は曖昧なことしか言えなかった。
「ねえアシリパさん…もし私が谷垣みたいな状況になったら絶対に尾形にだけは託さないでね?お願いだから…ね??」
尾形は自身も『俺の助ける方法は選択肢が少ないぞ』と言っており、皆殺しバッドエンドは避けたい。
切なる願いを込める水城にアシリパはキリっとした表情を水城へ向ける。
「水城になにかあったら私が必ず助ける」
そう力強く断言するアシリパに水城は信じていない様子を見せた。
「ほんとにぃ?頼むよ、アシリパさん…」
「信じろ水城!何があろうと私は…」
ははは、と笑いを零す水城に信じさせようと更に力を入れて断言しようとしたアシリパだったが、ズルズルと引っ張られていた。
リュウが何かに反応したようで、リード代わりの紐を握っているアシリパがリュウの力に負けて引っ張られてしまったのだ。
水城は少女を引っ張りながらどこかへ走るリュウの後を追う。
「見てみろ水城!リュウがいいもの見つけたぞ!!」
「嬉しそうだね…ウンコ?」
「ウンコじゃないぞ!!見てみろ!!」
「ウンコじゃないの?じゃあ、なに?」
リュウはしばらくアシリパを引っ張りながら走り、ある場所に止まった。
その止まった場所を見ればアシリパが大はしゃぎし始める。
アシリパが地面を見てテンションを上げるものと言えば、ウンコしか知らない水城はウンコだと決めつける。
だが、ウンコじゃないと断言され、水城も何だろうかとのぞき込むとそこには…
「ヒグマのウンコだ!!」
結局ウンコだった。
水城は騙されたとアシリパの背中をカリカリと『ウンコじゃん!ウンコじゃん!』と言いながら掻き、くすぐったさにアシリパは『ウンコだ水城!ウンコだ!』と声を出して笑う。
「恐らく今日の朝のものだ!誰か人間がウンコの上で暴れまわってる跡がある」
「そんなの姉畑支遁しかいないわ!犯人は近いわよ!リュウ!」
戯れも終わり、真面目に調べればそのウンコの上に誰か人間が暴れまわった跡があった。
踏んだり転げたわけでなければ、好き好んでウンコの上を転がる人間なんて水城の知る中で1人しかいない。
「姉畑はヒグマのウンコを体に塗って近づく気だ…ヒグマとウコチャヌプコロなんて出来るわけないのに…それに飲まず食わずで冬ごもりしていた春のヒグマより沢山食べて体力を取り戻した夏のヒグマの方が強い…馬の首も一撃でへし折るんだ」
水城が経験した中で一番手こずったのは赤毛のヒグマだ。
顔のキズは治ったとはいえ、鶴見に拷問された時以上の大怪我を負ったのだ。
更には冬のヒグマよりも厄介なのが、夏のヒグマだと聞き水城は入れ墨の囚人じゃなければ放置して谷垣と一緒に逃げていただろう。
しかし姉畑は入れ墨を持つ囚人…金塊の在処に一歩近づく存在なのだ。
放置したいが、放っておけなかった。
「私たちはそんなヒグマから姉畑支遁を守らなきゃいうけないってことか…なんという無謀な馬鹿野郎なんだ…!ヒグマとなんてヤレるわけがない!絶対に不可能よ!!」
谷垣が巻き込まれたことは仕方ない。
だが、その元凶である姉畑のせいでまたヒグマと戦わなければならなくなるかもしれないと水城は何だか腹立たしくなっていく。
なんで変態野郎のために命を掛けなきゃいけないんだ、と思っているとリュウが何かに気づいたのかグイグイとアシリパを引っ張りだす。
「リュウが強く反応している!行くぞ!水城!!」
強く引っ張るリュウの縄を離すと、リュウはどこかへ向かった。
水城とアシリパも失わないよう急いで追うとそこにいたのだ。
―――姉畑支遁らしき男が。
顔は知らないが、谷垣が伝えてくれた特徴に似ており、なおかつ熊に襲われている。
その手に銃もあり、あの男が水城達が探していた変態だと気づく。
「リュウ!離れろ!!矢に当たる!!」
リュウは真っ先に姉畑の持つ銃に向かって走っていった。
主人である二瓶の銃を奪った男だとリュウも感じ取っているらしく、主人の銃を奪い返そうとベルトを噛む。
姉畑も熊に襲われ必死なのか、グッと銃を握り締めているため引っ張り合いだった。
姉畑とリュウの引っ張り合いで、姉畑が銃口を引いてしまい、その弾がアシリパの頭にかすめる。
それに驚きアシリパは弓を引いてしまうが、空に放たれ熊には当たらなかった。
しかもブヨンとした柔らい場所を踏んだため、バランスを崩して後ろに倒れそうになった。
「アシリパさん!」
そんなアシリパに気づいた水城が手を伸ばしたが、水城も柔らかい地面を踏んでしまい二人そろって転んでしまう。
しかしそこは池だったらしく、水城は顔から、アシリパは背中から池に落ちた。
「ぷはッ!な、なにこの池…!!深い…!」
「ヤチマナコだ!」
突然水の中に落ち驚きながらも二人は何とか水面に顔を上げる。
湿原の泥炭の下には無数の川が流れており、水の動きで泥炭が剥がれ落ち穴が開いて水面を覗かせるものをヤチマナコ(谷地眼)とアイヌは呼んでいた。
小さな水面の下には壺型に3・4メートルも深くなっており、夏の時期は水草類で水面が隠れ見落とされることが多い。
そのことから『湿原の落とし穴』とも言われていた。
水城は水面に顔を上げ、姉畑を探せば熊に襲われていたはずの姉畑はなぜか下半身を脱いで熊の腹にしがみついていた。
「ああもう!なんであんな馬鹿をヒグマから必死で守らなきゃいけないのよ!!」
あんな変態のために熊と戦わなければならないと思うと情けないし腹立たしい。
尾形への怒りも込めて水城は池から上がり、銃を構え熊に発砲した。
しかし…銃弾は放たれず、バガンと派手な音を立てて壊れてしまった。
「ええ!?うそ!!こんな時に壊れる!?」
壊れた原因は水城だ。
銃を水中に落とし乾かさず使おうとしたため、圧力が高まり破損してしまった。
「水城!!ヒグマが襲ってきてるぞ!!」
「…!!」
ノーコンといえど、何発か撃てば当たるだろうと当てにしていた。
だがその銃も壊れ、その音に熊が襲おうとこちらに向かって走ってきている。
水城はどうしようかと混乱している中考えた。
そして…
「ホパタラだ!!!」
もう自棄だった。
チカパシ達と合流する前に聞いたアシリパの話を思い出し、ダメ元で仲が悪いという鶴の真似をする。
しかし熊は怯むことなく水城に襲い掛かろうとし、水城はそれを交わして別の池の中に避難する。
水城の飛び込んだ池に熊は顔を近づけ、水城が上がるのを待つ。
それを見てアシリパは矢筒を取り出すが、矢筒の矢全ての毒が使い物にならなかった。
「矢尻に固定していた毒が水に溶けてしまった…!」
体内に入ってすぐに溶け出す毒だったため水に入れれば当然溶けてしまう。
アシリパは水城の危機にどうにかして熊を別の方へ意識を向けれないか考える。
そして、アシリパはソレに気づく。
ソレとは…
「ぎいやッ!!蛇だぁッ!!!」
アシリパの苦手とする蛇だった。
ジムグリと呼ばれる蛇を目の前にアシリパは少女とも思えない声で叫ぶ。
「ういいッ!で、でも…!これを投げれば!!ヒグマは蛇が大っ嫌いだから…!ひい!水城を助けないと!!助けると約束したッ!!ぎいやッ!蛇!水城!ぎい!!ぎいやッ!ぎいいいいッ!!」
もはや人語ですらない叫びをあげながらもアシリパは水城と交わした約束と、苦手とする蛇の間に挟まれ葛藤をしていた。
しかしその間にも水城は水中の中で酸素もなく苦しんでいる…
蛇に触れるか、水城を助けるか…
アシリパがとったのは―――
「ウコチャヌプコロ!!!」
水城だった。
ウコチャヌプコロ!と謎の掛け声を叫びながら大っ嫌いなはずの蛇を素手で掴んで熊に向かって投げた。
「バヒーッ!!」
熊は突然現れた蛇に悲鳴のような声を上げ、ブクブクと泡を吹く。
アシリパは気絶しそうなほど蛇を触るのが嫌だった。
しかしそのおかげで水城は水面に顔を出すことができ、止めていた息を吸い込む。
しかしそんな窒息しそうだった水城の目の前には…衝撃的な光景が広がっていた。
蛇に驚き水城に尻を向けて逃げた熊の尻の穴に…
姉畑が突っ込んだ。
それを見た瞬間、水城はダンと地面を拳で叩きつけた。
「やりやがった…!!マジかよあの野郎!!やりやがった…ッ!!姉畑支遁すげえッ!!!」
水城はできるはずがないと思っていたが、姉畑はそれを諦めず成し遂げた。
している行為は最低だが、水城は最強とも思える熊に突っ込んだ姉畑に感激していた。
しかし感激してばかりはいられず、水城はすぐに池から出て熊と姉畑へと駆け寄った。
「水城!!丸腰で向かってどうするつもりだ!!」
水城が熊に向かって走っているのに気づきアシリパはハッとさせ叫ぶ。
いくら不死身と名高くとも今の水城は丸腰だ。
銃さえあれば接近戦でも水城なら勝てるかもしれない。
だが今は銃も壊れあるのは水城の体のみだ。
アシリパの心配もよそに水城は熊にしがみつく姉畑へ叫ぶ。
「姉畑先生!もう十分でしょう!!ヒグマから離れて!!」
突っ込んだ…犯したのなら目的は済んだはず。
しかし声をかけても姉畑は身動き一つしない。
まさか鹿同様殺さなければ気が済まないのかと思ったが、よく見るとそうではなかった。
「!――姉畑先生…まさか…!勃ったまま死んでる…!!」
水城が声をかけても身動き一つしなかったのは、彼が死んでいたからだった。
所謂腹上死である。
熊に突っ込んで腹上死した姉畑は熊に振り払われ、スポンと抜けて地面に倒れた。
その足を熊は踏んで骨を折り、怒りを表すように雄たけびを上げ、水城の前に立ちふさがる。
「水城!何をやってる!!ヤチマナコに飛び込め!!」
姉畑は死んだ。
助ける必要はなくなり、水城が危険を冒してまで熊と戦う必要はなくなった。
後は適当に追い払い姉畑を回収すればすべて終わる。
だが、熊がそのまま姉畑の遺体を持って帰る可能性もあった。
「私は不死身だ!!」
焦ったアシリパの声に答えるようにそう告げた瞬間、熊は太く逞しい前足を振り上げ水城の首を折ろうとした。
だがそれを水城は寸前に交わす。
しかしそれだけではなく、熊の腕に一本の矢が刺さっていた。
その矢は銃の取り合いで空へ飛ばした弓だった。
水城はその弓を拾うために走り、熊の腕に刺したのだ。
アイヌの毒に熊はフラフラと水城から離れ…そして絶命した。
この戦いは水城が勝利を収めた。
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