次の日の朝。
水城達はコタンを出て釧路町に向かった。
「「谷垣ニシパ!!」」
釧路につき、事前に決めていた落ちあう場所に行けば、白石達と合流した。
一緒に行動をしていたインカラマッとチカパシは谷垣の姿に表情を明るくさせ、二人は谷垣に駆け寄る。
「怪我はないですか?ずっと心配してました…」
「俺は大丈夫だ」
駆け寄ったインカラマッは心配そうに谷垣を見上げ、大丈夫だという谷垣に安堵の表情を浮かべる。
その二人を見て水城と白石はお互い顔を見合わせた後、谷垣とインカラマッに絡む。
「え?おえ?」
「あれあれ??どういうことぉ??」
心配するインカラマッと安心させようとする谷垣のやりとりは明らかに親しげだった。
距離が近い二人に水城と白石がからかい、アシリパはインカラマッと谷垣を『オイお前ら…結婚しろッ!』と指さした。
なんだか自分たちの知らないうちに二人がいい雰囲気になっているのをからかいながら、一行はアシリパの大叔母に会いに向かった。
大叔母は夫と共に海にいるらしく、アシリパ達はそちらに向かう。
「アシリパ!エチンケ!エチンケ!」
フチの15番目の妹である大叔母はアシリパに駆け寄り、海を指さして何か言っていた。
「おばあちゃん、なんだって?」
「エチンケは海亀の事だ…頭を出して呼吸しているのが遠くに見えたって…大叔母の旦那さんの船で獲りに行かないかって言ってる」
海亀を食べると聞き水城と白石はあまり乗り気ではなかった。
和人でもスッポンを食べる事はあるが、海亀を食べるという話は聞かない。
「海亀猟?わざわざそんな事しなくても…インカラマッちゃんに奢ってもらおうぜ」
「白石…あんた…見ないうちに性根からヒモになっちゃって…」
恐らく水城達と別れてからずっとインカラマッのお金で生活していたのだろう。
インカラマッは『えっ』という顔をしており、それを見て察した。
哀れむような水城の目線に白石は怯むことなく『てへっ』と舌をペロッと出した。
もう白石は白石なので放っておき、水城はアシリパを見る。
「アシリパさん…海亀食べたいの?どうしてもってわけじゃないならやめようよ」
正直言って乗り気ではないのにはあれを思い出すからだ。
辺見と戦っていた時、横取りされかけたあの戦い…
シャチとの戦いは寒さもあって流石に堪えた。
今は夏だが、海亀の味は未知だったため止める。
「海亀は『
アトウイコロエカシ』とも言われている…海亀は私達が海で獲るカムイの中で一番大切にされているカムイなんだ」
「シャチじゃないの?」
「レプンカムイは海で一番偉いカムイだけどシャチは普段食べるために獲らない」
海亀の頭は雨乞いのまじないで使われることもあり、アイヌ達の中で大切にされている動物の一つらしい。
アシリパはそれを水城に教えながら視線を落とす。
その顔は悲し気だった。
「姉畑支遁は大叔母たちもクラスこの釧路でカムイを穢し回った…海のカムイも丁寧に『送って』立ち去りたい」
それを聞いて水城も姉畑の姿を思い浮かべる。
「姉畑がやったことに責任を感じてるの?」
「だって…私の父親かもしれないのっぺら坊が…囚人たちを脱獄させなきゃあんなことにならなかったはずだ…」
姉畑が行った罰を受けるとしたらアイヌではなく和人だろう。
姉畑は和人なのだから、アシリパが気に病む必要はない。
だが、元を辿ればのっぺら坊が囚人たちに入れ墨を入れなければあの事件も、偽アイヌの事件もなかったはずだった。
アシリパの父がもしのっぺら坊だったのなら、その娘にもその責任はのしかかる。
アシリパの言葉を聞き、水城は暫く海を見ていたが、『じゃあ』と呟き、アシリパに笑みを浮かべる。
「獲りに行こうか、アシリパさん…鶴も食べたし、亀も食べれば縁起がいい!」
しかし、そればかりではないのをアシリパは知っている。
被害者には悪いが、そのおかげでアシリパは水城にも出会えたし、白石にも出会えた。
感謝なんてしてはいけないが、自分にとって彼らと出会えたことはいい事だと思っている。
水城の言葉にアシリパに笑顔が戻った。
「白石!いくよー!」
「えええ…結局俺も駆り出されるのかよぉ」
白石もアシリパが元気になるならと思ったが、それは見送る側だった場合だ。
嫌がる白石の首根っこを掴み水城とアシリパは大叔母の夫の船に乗り込んだ。
海に出てアシリパ達は海亀が呼吸しに顔を覗かせるのを待つ。
それぞれ注意しながら見ていると、アシリパが見つけた。
「あの頭『クンネ・エチンケ』か『フレ・エチンケ』か…どっちだ?水城!!」
「私たちが見てもどっちか分からないよ、アシリパさん」
「どっちでもいいじゃねえの?」
「いや!フレ・エチンケは肉がくさいんだ!だから獲るならクンネ・エチンケの方だ!」
そもそも海亀にどれほどの種類がいるかなんて分からないのに聞かれても答えられるわけがなかった。
ご所望はクンネ・エチンケの方らしく、アシリパは目を凝らしながら水城ではなく白石に銛を渡す。
「クンネ・エチンケは甲羅が柔らかいから背中に
キテを刺せ!フレ・エチンケだったら甲羅が硬いから首の後ろに刺すんだぞ白石!」
「なんで俺がやんの!?」
亀は当たりのクンネ・エチンケだった。
普段なら水城にやらせる役がなぜか自分に渡り、思わずそう叫んでしまう。
だがアシリパさんに逆らう者は許さないマンがいるので差し出された銛を亀に向けて投げた。
しかし、甲羅には当たったが硬いところに当たったのか弾かれてしまう。
「潜って逃げられる!!縄を腰に結んで飛び込めシライシ!!」
「えええええ!?」
今度は水城の無茶ぶりに白石は海と二人を見る。
しかし潜らないという選択肢を二人からは与えてもらえず、白石は腰に縄を結び海に飛び込んだ。
「ぶはッ!捕まえた!!」
甲羅を掴んで何とか捕まえることができた白石は水面に顔を上げる。
だが、その瞬間大叔母の夫が坊主頭と亀を見間違えたのか『エチンケ』と言いながら櫂を白石の頭に叩きつけた。
『じーちゃん!それ亀じゃないよ!!』という水城の言葉を聞きながら白石は今日の自分のついてなさに涙がちょちょぎれた。
白石が獲った亀を持って待っている大叔母のもとへ戻り、その場で解体し水城達はアシリパの大叔母たちのチセで亀を食べることになった。
「クンネ・エチンケはお腹の甲羅も食べる…甲羅は細かく刻んで肉と一緒に煮込む」
アシリパは大叔母と水城が料理をしている間白石達にクンネ・エチンケの料理を説明していた。
アイヌは基本汁物が多いため、今回も鍋である。
しかし具材が毎日違い、うま味もそれぞれ異なっているため、不思議と飽きなかった。
「汁の味付けとして海水を水で薄めて昆布や干し魚でだしを獲る…砂漠で獲ったオカヒジキも汁物に入れよう」
大叔母の指示でクンネ・エチンケのオハウが完成した。
それぞれ人数分によそい、みんな口にする。
すると和人である水城達が想像していたより亀は美味しかったのか、箸が止まらなかった。
「甲羅は…なんというか硬めの高野豆腐みたいだね…肉の方は鶏肉みたいであっさりして美味しい」
「フレ・エチンケは肉食だから臭いけど…クンネ・エチンケは海藻しか食べないから肉に臭みがないんだ…ヒンナヒンナ!」
「クンネ・エチンケでよかったね」
ほっぺたが落ちるほどではないが、初めての亀の味はとても美味しかった。
アシリパもヒンナと言いながら食べ、白石の言葉に頷く。
姉畑の事件が嘘のように、今日はとても平和で楽しい一日となった。
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