大叔母のいるコタンで一夜を過ごし、水城達は再び海にいた。
水城は珍しくも一人で岩の上に座り、ある方へ視線を向けていた。
「ハマナスの実が赤くなり始めてますね…真っ赤に熟したのはそのまま食べれます…私たちは煮込んで魚の油につけて食べたりしますね」
そこにはインカラマッが谷垣とチカパシと一緒にハマナスの実を摘んでいる姿が見えた。
インカラマッが谷垣に一つハマナスの実を差し出し、谷垣がそれを食べると顔をしかめた。
苦いか、酸っぱいのだろう。
そんな谷垣をインカラマッはくすくすと楽しそうに笑っていた。
「…………」
それを水城は遠くで見ていた。
岩に座り、三人+邪魔者(白石)の楽しそうな姿を水城は黙って見つめていた。
片膝を立てて頬杖をついて水城はチカパシを見る。
彼はアシリパと知り合いだったからアシリパのコタンの子供なのだろう。
彼を見ていると息子を思い出す。
(坊…元気にしてるかしら…怪我や病気してないかしら…)
同じ男の子というだけで水城は息子を想うほど水城と静秋は長い間離れていた。
こんな長期間離れたのは初めてで、水城は心配と会いたい寂しさに胸が苦しくなる。
「なぁにしんみりした顔してんだ?」
インカラマッと谷垣とチカパシを見ているとまるで暖かい家族のように見えて水城は羨ましく思う。
夫が欲しいとかではなく、そばにいられる幸せを羨んだ。
するとあちらに飽きたのか、白石が歩み寄り水城の隣に座る。
水城は白石の姿に三人から目をそらし、隣に座った白石へ見る。
「あの三人を見てたら坊に会いたいなぁって思って…」
水城の言葉に白石は『そっか』と返し、三人を見る。
彼らは付き合っているわけではなくただカモフラージュのために家族のふりをしているだけらしい。
だけど確かにインカラマッと谷垣の間には親しい空気が流れている。
今彼らは両想いになるかならないかの微妙な関係なのだろう。
「まあ、坊の事だから今頃アイヌの子供と遊んでるんじゃないか?」
そう言いながら白石は『ほら』と言って一つの赤い実を水城に差し出す。
それはインカラマッ達が摘んでいたハマナスの実だった。
「…これさっき谷垣が食べて顔をしかめたやつでしょ」
「いやいや!あれは当たり外れがあるらしいぜ?これはインカラマッちゃんが選んでくれた甘いやつ」
どうやら食べていない水城の為に持ってきてくれたらしい。
しかし、先ほど谷垣が食べて顔をしかめたのを水城は見ていた。
甘いといいつつも白石は一つしか持ってきていないのがまた怪しい。
ジト目で見る水城に白石は笑顔を張り付け『ほれ食ってみ』と再度差し出された。
水城は疑いながらもその実を食べる。
すると口いっぱいに広がる――――酸味に顔をしかめた。
「白石…!あんたやっぱり騙したわね!」
甘いと思って食べたのに酸味が強い味に水城はキッと睨む。
そんな水城に白石は『悪い悪い』と詫びながらも悪戯が成功したのか顔は笑っていた。
ヘラヘラと笑う白石に『ったく』と溜息を吐きながら、水城は一つ問う。
「そういえばアシリパさん、どこに行ったの?」
「マンボウを獲りに行った」
「マンボウ?」
「そう…夏はマンボウが水面でプカプカ昼寝してるから肉と内臓を切り取るんだとよ…『夏しか獲れないから』って朝早く起こされたけど寝たふりした」
「結局旬のもの食べたいだけなのね…アシリパさん…」
朝からアシリパの姿がないことに水城は疑問に思う。
だが、白石曰く、アシリパは朝早くにコタンのアイヌ達とマンボウを獲りに行ったらしい。
マンボウは夏になると水面で浮いて昼寝しているらしく、そのマンボウに銛を打ち込んで両側から船で引っ張ってマンボウの肉と内臓を獲るのだとか。
白石は朝早く起こされたが、眠たかったのと面倒くさかったので寝たふりをしたという。
それを聞いて水城はふと疑問に思う。
「私、誘われてない…」
いつも狩りに行くときは誘ってくれるのに今日は誘ってくれなかった。
それを寂しそうに呟けば、白石はニタニタと何ともいやらしい顔をして笑い水城を見ながら遠くで双眼鏡で警戒している尾形を指さす。
「そりゃぁ…アシリパちゃんでも流石に朝に新婚夫婦のチセには入れないだろ?」
「はあ?新婚夫婦??誰が??」
「え??杉元と尾形ちゃんがだよ???」
「え?なんで?」
「えっ?なんで??え??まって??え??こっちがなんで???」
水城がコテンと小首をかしげれば、白石もコテンと小首をかしげる。
二人の頭には?マークがいくつも浮かび、2人は食い違っているようだった。
「お前ら昨日俺達と別のチセで二人で寝ただろ??」
「うん」
「それってそういうことだろ???」
「なにが???」
「んもぉ〜!天然記念物もいい加減にしてぇ〜???」
プリプリ怒り出した白石に水城は更に首をかしげる。
そういうこと、と言われても全く何がそういうことなのか分からなかった。
「だからぁ!尾形ちゃんとヨリを戻したんだろって話!!」
『もう!このニブチン!!』と可愛い子ぶって言われても全く可愛く見えない。
しかし水城はそんな白石の言葉に…
「??、ヨリを戻すも何も…最初から尾形とは付き合ってないんだけど??」
そう返し、白石は『だめだこいつ…はやくなんとかしなきゃ…』とスンッと真顔になった。
しかし、水城の様子に白石も違和感を覚える。
いくら天然記念物並みに鈍いとはいえここまで来て気づかないものだろうか。
分からないフリをするにしても、演技が上手すぎる。
白石は『これはもしかして…』と水城に素直に聞く。
「あのさ…アシリパちゃんから聞いたんだけど杉元と尾形ちゃんって元々付き合ってたけど喧嘩別れして再会して仲直りしたんだよね???」
「いや、違うけど」
水城の言葉に白石は『えええ…どういうことぉ??』と頭を抱える。
聞いた話と本人からの話が全く異なっていた。
「じゃあ尾形ちゃんとの関係はなんなのよ?違うならなんで二人は別のチセで寝るのよ???」
見なくても二人の間に情交が結ばれたことはある程度経験を積んでいる者や慣れている者なら分かるほど、二人の空気は変化していた。
水城と尾形が別のチセに移るときアシリパに聞いた内容は、喧嘩別れしたため仲直り中との事で話し合いが行われているというものだった。
アシリパもそれを真に受けているか分からないが、大人たちは『あ…っ(察し)』である。
だからこそ水城の言葉に白石は疑問に思う。
「あー…まあ、色々あってね…」
水城は白石の疑問に水城は曖昧に答える。
そっと逸らされたその仕草に白石は二度目の『あ…っ(察し)』となった。
(あっら〜…尾形ちゃん…君の想い、この子に全然通じてないよ…)
とりあえず反応からしてヤってることはヤっているのだろう。
普段はゴリラだが乙女思考な水城はともかく、尾形が少女が好む純愛物語のような甘酸っぱく純粋無垢な関係で収まるはずがない。
…いや、白石も尾形の事は良く知らないのだが。
ただ、尾形が水城に対して『そういう意味』で好意を持っているのは白石は察していた。
その好意が捻じ曲がっていようが黒かろうが、まあ白石としても反対する理由はないため応援はしている。
表向きに応援したら眉間に穴が開くので心の中でそっと応援しているため、尾形には気づかれていないが。
せっかく応援していたのに、結局は水城のATフィールドは最強だという事が判明しただけだった。
まあ、とりあえず仲間として白石が言えるとすれば……
「天然記念物もいい加減にしよぉ???」
である。
肩に、ポン、と手を置かれ悟ったような表情を向けられた水城はその言葉に『あ"?』とつい凄んだ。
いつもなら怯えるフリをする白石だが、『ね???もっと相手をよく見よう???もっと相手の事を考えよぉ???尾形ちゃんとかさ???』と諭されるだけだった。
87 / 274
← | 目次 | 表紙 | →
しおりを挟む