(95 / 274) 原作沿い (95)

水城達は疑心暗鬼になりながらも旅を続け、一行は屈斜路湖近くのコタンにいるアシリパのフチの13番目の妹の息子のチセに世話になることになった。


「ペカンペか…沢山採ったな」

「塘路湖を通った時に採っておいた」

「へえ…いつの間に…」


ここまで来る際、塘路湖と言われる湖を通ってきた。
アイヌの船で渡った際に採ったのだという。
ペカンペとは、『水の上にあるもの』という意味らしく、菱の身の事らしい。
その実を渡され水城は物珍しく見る。


「すごい棘…これを乾かしてカチカチになったのを昔の忍者はマキビシに使ったんだよね」

「にんじゃ?」


アイヌは忍者を知らないのか、首をコテンと傾げるアシリパに水城は説明した。
見たことのない忍者を教えられ興味深くアシリパが聞いていると、外からフクロウの鳴き声が聞こえた。
珍しいのは、その鳴き声の長さだろうか。
いつも聞くよりも多く鳴いている気がする。


「この頃コタンコロカムイが騒がしい」


そう思っているとフチの妹の息子がポツリと呟いた。
コタンコロカムイ、と聞き水城は首を傾げる。


「コタンコロカムイ?」

「シマフクロウだ…村を守るカムイで闇の奥から忍び寄る魔物を大声で怒鳴りつける」


なるほど、と今度はアシリパの説明に水城が頷いた。
その二人の会話を聞きながら、フチの妹の息子は『カムイに頼ってばかりではいられない』と零す。
その言葉に水城はアシリパからフチの妹の息子へと目をやる。


「奴らが現れたら村の男達も命がけで戦うつもりだ」

「奴ら?」

「この辺りに現れるようになった盗賊だ」


何か心配ごとでもあるのだろうかと思えば、何とも物騒な話だった。
その者たちは真っ暗闇の中を松明も灯さず銛を抜けて襲ってくるという。


「奴らは全員目が見えない…盲目の盗賊たちなのだ」


盲目、と聞き水城は驚く。
盲目の人が何も出来ないというわけではないが、やはり目が見えず森を抜けるのは難しい。
目が見えても暗闇では何もできなくなるというのに。


「姿を見た者がいる…そいつらの親玉の体には奇妙な入れ墨があるそうだ」

「…!」


今まで警告程度に聞いていた水城達だったが、『体にある奇妙な入れ墨』という情報に誰もが息を呑んだ。
普通なら倶利迦羅紋紋と思うが、奇妙なと言われるところをみるに『網走監獄の囚人』と思われる。


「盲目の盗賊たち…頭目は網走脱獄囚の一人か…」

「白石、何か心当たりあるか?」


ポツリと水城が呟き、アシリパの問いに白石は頷いた。
どうやら聞き覚えがあるらしい。


「恐らく手下の盗賊も全員網走監獄の囚人たちだ…『暗号の刺青持ち』は頭目一人だけどな」

「そんなに盲目の囚人がいたのか?」

「そいつらは硫黄山で苦役をさせられた囚人だろう」


盲目だって罪を犯せば捕まるし、囚人にもなる。
ただ目が見える者に対して、盲目の囚人は少ない。
山賊全員が盲目という、盲目の囚人の人数の多さにそうキロランケが聞けばその盲目の囚人は硫黄山で苦役をさせられた囚人だと白石は答えた。
硫黄山はこの近くにあるらしく、摩周湖と呼ばれる湖と、現在地である屈斜路湖の間にある山らしい。
その山をアイヌはアトウサヌプリ(裸の山)と呼んでいる。


「そこに派遣された囚人は無事に戻って来れないと噂されていた…」


硫黄山では火薬の原料が採掘され、重要な資源でもあった。
だが、硫黄山からは亜硫酸ガスが辺りから絶えず吹き出しており、その亜硫酸ガスは失明させる。


「硫黄採掘に駆り出された囚人は失明するものが続出…明治29年に囚人の採掘が中止されるまでたった半年間で42人もガスで死んだそうだ…盗賊の親玉はその時の生き残りさ…失明してからのっぺら坊に入れ墨を掘られたんだろう」

「その男の名前は分かる?」


白石を連れ戻すために旭川にいたとき、犬童に化けた鈴川も言っていたが、犬童という男は囚人を人だとは思っていない輩らしい。
そこは水城も善人ではないので同情するだけに留まり、白石にその男の名を聞く。
知っているか分からなかったが、どうやら名前は聞いたことがあるようだ。


「そいつの名前は―――都丹庵士っていう男だ」


白石から出た名前を水城は何度か口の中で復唱し、頭に叩き込む。
まだ姿は分からないが、名前だけでも憶えていて損はないだろう。


「硫黄山は明治29年に閉山されたが、最近また密かに操業再開され鉱山の経営者に犬童典獄が囚人を貸し出して働かせているって噂がある…恐らく、殺される前に逃げ出した奴らが都丹の手下なんだろ」


盲目が目が見える人間に勝てるか、と問われれば誰もが首を振るだろう。
差別とかではなく、それだけ視覚があるかないかで周囲の注意力が違う。
ただ、すべてがそうとは言えない。
中には目が見えないことで聴覚が優れた者もいるし、目が見えなくとも楽曲だって弾ける者もいる。
耳が聞こえない者だって訓練を重ねれば手話なしに会話が出来る者もいる。
人間は、人間本人が思うよりも強く図太い生き物なのだ。


「前の新月の時隣の村が襲われた…奴らは用心深い…集団で村ごと襲う時は必ず月の出ない新月に襲ってくる…」


その都丹が率いる山賊はアイヌまで襲っているのか、隣の村も襲われたと話してくれた。
新月と言ってもそれまで待ってこの村を襲うか分からないし、流石にそこまで巻き込めない。
かといって新月に現れると言って水城達も新月に森の中に入っても彼らの方が一枚上手なのは戦わなくても分かる。


「新月まで待つより奴らの寝床を見つけた方が手っ取り早そうだな…」


一番早いのは都丹達の寝床を突き止める事だろう。
もうすぐ網走だというのもあって水城はとっととその都丹と呼ばれた男の皮を剥ぎアシリパにのっぺら坊と会わせたかった。


「なら、この近くに和人が経営する温泉旅館がある…何か聞けるかもな」

「温泉!?それはありがてぇ!ひと風呂浴びてえなぁ…」


温泉と聞き白石は喜んだ表情を見せた。
現代に比べてお風呂を入る習慣があまりないとはいえ、風呂好きは多い。
白石も久々に広い風呂に入りたいと喜んでおり、水城もその表情は少し嬉しそうだった。
『お風呂かぁ…』と都丹の事も頭に入れながらも久々の温泉に表情も緩んでいた。
その時、アシリパが立ち上がり外に出る。


「アシリパさん?どうしたの?」


それを追いかければ、アシリパは森の中を見ていた。


「いや…聞いたことのない音が森から……」

「音?どんな音が聞こえたの?」

「どんな…んー…こう、なんていうか…高い音というか…水城は聞こえなかったのか?」

「え?うん…」


聞いたことがない音、と言われ水城も耳を澄ませば虫の音とフクロウの音、風に揺られる木々の音しか聞こえない。
アシリパに問われた水城は頷くしかなかった。


「そうか……なら気のせいだったかもしれないな…」


アシリパも聞こえたのは一度だけだったため、自分の気のせいかと思うようにし、チセに入っていく。

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