(15 / 29) 少女時代 (15)

次の日、鯉登は最悪な気分のまま目を覚ました。
二日酔いではなく、昨日の夜の事がまだ晴れないのだ。
身支度も終わり部屋を出ようと襖を開けたら――雪乃が立っていた。
鯉登は驚き後ろへ下がり、雪乃もまた突然襖が開き目の前に鯉登がいたことに驚いたのか目を丸くし固まっていた。


「雪乃!?ないごてここに!?」


雪乃は目を瞬かせた後体が解れたのか笑みを浮かべてここに来た理由を告げた。


「えっと…昨日はおじ様達に沢山お酒飲まされてたから起きれたか心配になって…起きて大丈夫?お酒飲むと二日酔いになるっておじ様達言ってたけど…辛くない?無理しないで寝てていいんだよ?」

(やさしい…)


雪乃が鯉登の部屋に来たのは心配してからだった。
まだ雪乃も酒を飲んだことはないため二日酔いの事は分からないが、二日酔いは辛いのだと聞かされ心配になって様子を見に来たらしい。
心配そうに眉を下げて問う雪乃に不機嫌だった気持ちが浄化していくのを鯉登は感じる。
しかしすぐにふと昨日の事を思い出し、雪乃の両肩を掴んだ。


「雪乃!昨日は大丈夫じゃったか!?」

「だ、大丈夫って…何が?」

「あいつに送られたじゃろう!(そっせ)な事されんかったか!?」

「へ、変な事って?」

(そっせ)な事は(そっせ)な事だ!えずらしか(いやらしい)事されたりとかどっか人気のない所に引きずり込まれたとか!!」


突然肩を掴まれ更に顔を近づかせ迫る鯉登に、雪乃は驚き過ぎて照れる暇はなかった。
更にはガクガクと揺らされてしまえば暇と言うより余裕を失くしてしまう。
ちょっと酔ってきた雪乃は変な事を言い出した鯉登を黙らそうと手を伸ばす。
雪乃の方が年上だが体格は鯉登の方がよく、鯉登の男らしい大きい口を雪乃は小さなその両手で塞ぎ、鯉登を黙らす事に成功した。
しかし黙ったというよりは突然幼馴染の小さく可愛い手が自分の口を塞いだという突然のイベントに鯉登の頭がショートしただけだった。


「へ、変な事言わないでよ!音之進のばかっ!お兄様がそんな事するわけないでしょ!!」

(ん"ん"ん"っ)


いやらしい事やら引きずり込まれたやら想い人から『それ』を連想させる言葉に雪乃は顔を真っ赤にして俯きながらも鯉登を睨んだ。
睨んだと言っても鯉登の目には不貞腐れたようにしか見えず、恋という魔法のフィルターもあって恥ずかしがる雪乃が可愛くて仕方なかった。
もう昨日の事を思い出して腹を立てる事もなくなるくらい可愛かった。


「と、とにかくもうすぐ朝食だってお婆様が言ってたから支度が済んでるならいくよ!」


雪乃は鯉登が自分に萌えていると気づかず顔を赤くしたまま先に居間へ向かった。
その後ろを鯉登が続くがその顔はニヤついていた。
幸いなのは雪乃に気付かれていないという事だが、恐らく振り返られればマッハで表情を引き締めるだろう。
居間へつくと数人しか集まっていないのに気づく。


「今年は随分と(すっ)ねな」


広い居間を見渡せば男性よりも女性の方が多く、そこは想定内ではあるが、男性陣が想像したより少なかった。


「昨日はいつもより盛り上がったらしくてね、おじ様達もいつも以上に飲んだからいつもより起きられない人多いんだって」


雪乃の言葉に鯉登は納得した。
毎年新年の集まりになると男連中はこうして潰れて朝は大体いない。
毎年新年の親戚の集まりという名の宴会の次の日は二日酔いで朝食に顔を出せない人達がいる。
それも一人二人ではなく、男性陣の多くはそうだ。
毎年同じく飲んでるのに次の朝平然として出れるのは鯉登と雪乃の父である平二と秋彦、意外と酒に強いらしい祖父と、何人かの親戚だけだった。
それ以外の男性陣は全滅で、今頃二日酔いでうーうー唸っているのだろう。
女性もいるにはいるが、多くは潰れた旦那や父を介抱しなければいけないので普段はセーブしているらしい。
だが今年はその数が多すぎて疑問に思っただけである。
祖父と父と叔父、鯉登の他に二三人しかいなかった。


「…あいつは?」

「お兄様?お兄様なら新年の挨拶があるからってもう出掛けたよ」


雪乃の言葉に鯉登は『そうか』と答え、ホッとしながら雪乃と席に着く。
菊之丞は母の血が強いからか酒は一切飲めないが、吉平は父の血が強いからか酒に強い方だ。
毎年鯉登のように水のように飲まされているのに翌日はケロッと平然と朝食を平らげているのだ。
昨日の事もあって警戒していたが、毎年恒例の軍人関係の人間に挨拶回りをしにすでにいないと聞き安堵した。


「なんだ、音之進は二日酔いにはならんかったか…つまらんのう」


朝起きれる男自体珍しいので鯉登は目立っていた。
早速祖父に見つかり、唇を尖らせる祖父に鯉登と雪乃は苦笑いを浮かべた。
あの反応からして恐らく鯉登が起きれるか賭けをしていたのだろう。
秋彦が『残念でしたねお義父さん、音之進も立派な薩摩隼人だという事ですよ』と言い手を差し出しているので、秋彦は鯉登が起きれる方へ掛けたのだろう。
そしてサイフを取り出す祖父と…父である平二は、鯉登が起きれない方へ掛けたのだろう。
それを見て鯉登は半目で父達を見る。


「…自分の息子で賭けをすっなや」


祖父ならまだしも自分の父親も起きれない方へ掛けた事に鯉登はぼそりと呟いた。
その不貞腐れたような声色に雪乃は苦笑いを浮かべながら慰める様に肩を叩くしかできなかった。
雪乃の優しさに触れながらも鯉登は雪乃を見る。


「雪乃は賭けたんか?」

「えっ」


突然の問いかけに雪乃は何故か驚いた。
その驚き様が大げさだったため何かを察した鯉登はジト目へとチェンジする。


「雪乃は賭けたんか」

「カケテナイヨ?」


もはや疑問符すらつかないその問いに雪乃はにっこりと笑い答えたが、その言葉はどう聞いても片言であった。
その返答にどちらかに賭けたか何となく分かってしまった。
恐らく雪乃は鯉登が起きれない方へと賭けたのだろう。
だから目を逸らし誤魔化すように笑う。
怒る気はないが、想い人に負けの方へ賭けられたと知った鯉登は悲しい気分になる。
するとなぜか祖父と平二が雪乃の前に来て雪乃にお金を渡した。


「はい、これ雪乃の分じゃ」

「流石雪乃じゃな、音之進が起きっと信じて疑(うた)ごておらんじゃったし…音之進の父親として鼻たが高かど!」


ハッハッハ、と笑う祖父と叔父に雪乃は絶句した。
正に文字に表すのなら『   』である。
まさに空白がセリフとして出てくるほど雪乃は絶句した。
しかもそれだけではなかった。


「本当よねぇ!賭けをするって決めた時雪乃さんったら即答で『音之進なら起きれます!』って断言してたものねぇ」

「あの時はびっくりしたわぁ…いつも前に出ない雪乃さんがあんなにも大声で断言するなんて」


顔を真っ青にしたが、静子とユキの援護射撃に雪乃はもう身も心もボロボロだった。
その時の事を母と叔母に暴露された雪乃は少しずつ顔を俯かせながら恥ずかしさと照れに見事に真っ赤に染め上げた。
母達の報告に鯉登は俯く雪乃を目を細め見下ろす。


「へぇ〜雪乃はおいの事信じてくれちょったんじゃなぁ〜」

「〜〜〜〜っ」


雪乃は我慢できず顔を手で覆った。
しかし今日はあまりの恥ずかしさに耳どころか首まで真っ赤に染まっており、隠し通せていない。
顔を手で覆う雪乃に鯉登はニヤニヤとニヤつかせ『信じてくれたんだなー』やら『それはお礼をいわないとなぁ』と追い撃ちをかけようとした。
顔を覗き込もうとするので雪乃も対抗して体ごとそっぽを向けばまた別方向から鯉登が覗こうとするのでまた雪乃も体ごと逸らす。
それを繰り返す息子達にユキと静子はお互い顔を見合い笑みを浮かべた。

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