(16 / 29) 少女時代 (16)

それから時間が進み、昼頃。
雪乃は鯉登を探していた。


「どこにいるんだろう、音之進…」


雪乃は先ほどまで女子会をしていた。
まあ主に若い子の恋愛話が聞きたいだけで、雪乃は強制参加だったのだが。
勿論毎年雪乃は捕まっており、雪乃が鯉登を意識したのも実は女性陣のおかげと言っても過言ではないだろう。
ユキと静子が裏で手を回し、女性陣で甘酸っぱい鯉登の片想いを成就させようと皆で協力したのだ。
まあ、言っちゃえばゴシップ好きの奥さまの暇つぶしである。
それが功を奏し、雪乃は色々重なって見事鯉登を異性として認識したということである。
今年も去年の報告をさせられアドバイスも多く貰いながらやっと解放された。
広い家を探し回り、雪乃はやっと目的の人物である鯉登を見つけた。
鯉登は数人の男性の親戚と話をしており、雪乃は話に割り込んではいけないと思いその場で立ち止まった。


「ん?雪乃じゃないか、どうした?」


くるりと後ろを向き引き返そうとしたが、そんな雪乃に親戚の一人が気づき声をかけてきた。
声をかけられた事で鯉登達に注目され、雪乃は慌てる。


「え、えっと…音之進を探してて…」


『お話中だったから』、と告げる雪乃に親戚たちはすぐに察した。
実は、鯉登と雪乃の両片想いは親戚中に知られている。
勿論雪乃が庶民の出だからと反対するということは祖母をも否定しているのと同じなのでこの家で反対する者は(吉平以外)いない。
もじもじとさせる雪乃に親戚たちはお互い顔を見合わせニヤッと笑う。


「俺達はもう話も終わったし…音之進、行ってやれ」

「よかと?」


首を傾げる鯉登に親戚達は頷いてくれたが、傍にいた親戚の一人が鯉登の肩に腕を回して引き寄せ小声で耳元に何か囁いた。
その囁きに鯉登の頬がカッと赤く染まった気がした。
雪乃は親戚の囁きに『ば、馬鹿か!そんなもんいらんわ!』と声を上げる鯉登を不思議そうに見ながら、去り際に声をかけてくる親戚に手を振って見送った。
その場に残されたのは雪乃と鯉登だけ。
雪乃は赤い頬を冷ますよう頬に触れる鯉登に歩み寄り先ほどのやり取りを聞く。


「さっき、何言われたの?」

「なんでもなか」


むすっとさせる鯉登に雪乃は気にする様子もなく『ふーん』と興味なさげに呟く。
暫く沈黙が落ちたが、鯉登が探しに来たのに中々用件を言わない雪乃に『用は何だ』とぶっきらぼうに呟く。


「初詣行かない?」


鯉登は雪乃の誘いに首を傾げた。


「初詣?」

「そう!初詣!まだ行ってなかったでしょ?たまには東京の初詣もいいかなって思って」


初詣はいつも地元で済ましてきた。
今年は初詣するよりも前に東京に来たので、初詣はまだだった。
せっかく東京に来たのだから初詣は東京ですましてもいいのではないか、と雪乃は考えた。
『ね?行こうよ』と服を摘まんで頼む想い人の願いを誰が断れようか…否、そんな事すれば男が、薩摩隼人の名が廃るというものだ。
雪乃の提案に鯉登は勿論、考えるまでもなく頷いた。



◇◇◇◇◇◇◇



やはり初詣となれば人が押し寄せ、混んでいた。
特に女性が多く、雪乃曰く有名な神社らしく、その話を聞いて人の多さに納得した。
お賽銭を入れて鈴を鳴らして手を合わせて願い事とをする。
たったそれだけなのに人の多さのせいでいつもより時間がかかった気がした。


「ねえ音之進、絵馬やりたい」


雪乃と出掛けるのは好きだが、これほど人が多いとさっさと帰って温まりたいと思ってしまう。
しかしせっかく雪乃と出掛ける事が出来たのだから茶屋でも行くかと考えているとクイッと裾を引っ張り、絵馬が奉納されている方へ指をさす。
そちらへ目をやればこれまた人が多く、特に女性が殺到していた。
げんなりしながら見ていたが、雪乃の可愛い我が儘を断る理由はない。
ない、が……きゃっきゃと女達がひしめき合っている場所に男が行くのには少々勇気と度胸がいった。
数人は男もいるが、それでも一人二人だ。
想い人の可愛い我が儘を聞いてやりたい、だが薩摩隼人である自分がなぜ女達がわんさか集まるところへ向かわなければいけないのか…しかし可愛い雪乃のため…と、そう思考がぐるぐると回り、天秤にかけていたが…


「だめ?」


不安そうに眉を下げ、小首をかしげる雪乃に鯉登はノックダウンする。
むしろぐらぐらと揺らいでいた天秤を自分が下から引っ張って無理矢理雪乃に傾かせた。


「…後で茶店に寄ってんよかならな」


とりあえず、自分の僅かな威厳だけは保ちたくてそう渋々を装って頷いた。
それに気づいているのかは分からないが、雪乃は頷いた鯉登に嬉しそうにお礼を言い鯉登の腕を組み引っ張る。
恐らく雪乃は無意識なのだろう。
普段は意識しすぎてお互い手さえ握れないのだから。
鯉登は不意打ちに触れられドキリとさせ、微かに頬を赤らめた。
内心『このまま気づかれず腕組んで歩きたい』という邪念はあったが、その邪念は神様は叶えてくれず絵馬を売っている受付に着くと雪乃の手は離れてしまった。
それに残念に思いながら雪乃が購入した二枚の絵馬の内一枚貰い絵馬に文字を書く場所へと向かう。


いっやった(いくらだった)?」

「いいよいいよ…私の我儘なんだし…絵馬くらい奢るよ」

「そうはいかんじゃろう」

「でもさ、この絵馬…音之進が買ってくれたようなものだし」

「おいが?」


鯉登は絵馬には一切お金を払っていない。
それどころか賽銭の時以外はサイフは出していない。
雪乃の言葉に首を傾げていたが、ふと朝の事を思い出した。
鯉登の『あ』と思い出したようなその表情に雪乃はニッと悪い顔で笑った。


「儲からせていただきありがとうございま〜す」

「……お前なぁ…」


父親含んだ大人たちが酒で潰れた鯉登が朝起きれるかそれとも二日酔いで倒れるか、賭けをしていた事を思い出す。
しかもその中には想い人である雪乃も混ざっていたのだ。
どうやら平二や祖父だけではなく、賭けに負けた親戚達からも回収したらしく雪乃のサイフは潤っていた。
鯉登は溜息をついたが、先ほどの雪乃のように悪い顔で笑い雪乃の耳にささやいた。


「そん金は雪乃がおいを信じてくれた金じゃっでな(だもんな)

「〜〜〜〜っ」


油断していた雪乃は耳元の想い人の声と、その揶揄いの内容にボッと顔を赤く染めキッと鯉登を睨む。
雪乃はむすっとさせながら『音之進!』と叱ると、鯉登は声を上げて笑った。
揶揄われた雪乃は『もう知らない!』と言い鯉登とは離れて絵馬を書き出し、そんな雪乃に鯉登もその場で絵馬を書く。


「じゃあ掛けてくるから貸して」


書き終えてさっそく奉納しに行こうとしたが、それを雪乃に止められた。
絵馬を書くのは頻繁にあるわけではないが、経験したことがないわけではない。
いつもなら二人で奉納しに行くのになぜか今回だけは雪乃が鯉登の分まで奉納しようとしていた。
理由を聞いても曖昧な返事しか返ってこず、怪訝とさせたが頑なな雪乃の意思に負けて雪乃に絵馬を渡した。
願い事と言っても見られて恥ずかしい事は書いていなかったし、まあ、はっきり言って女の子たちの群衆に割り込みたくはなかったため助かったと言えば助かったのだが。
雪乃がるんるん気分で女の子たちに交じって絵馬を奉納しに行くのを見送り、鯉登は帰ってくるのを待ちながら雪乃を目で追った。


(機嫌がよか…)


雪乃を目で追いながら鯉登は思う。
懐が潤ったから、というのとは違う機嫌の良さが気になった。
答えに辿りつく前に絵馬を奉納しに行った雪乃が戻ってきて思考を遮られる。


「お待たせ」

「ん…じゃあ茶店に行っか」


『うん』、と頷き雪乃は鯉登と共に人で賑わっている神社を去った。
内心また腕を組んでくれないかと期待したが、そんな事はなかった。

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