盲目の男達は朝が訪れたことに気づき慌てだす。
「いつの間にか明るくなり始めていた!!急いで逃げるぞ!こちらが丸腰になる!!」
都丹の言葉にその場にいた盲目の男達は急いで隠家に向かい走り出した。
暗闇では盲目のこちらの方が有利だが、辺りが明るくなれば目の見る彼らの方が有利となってしまう。
すでに二人以上はあちらにやられてしまっているのだ。
「朝が来る…!戻らなくては…!!」
森で1人、水城達を探していた男も同じく隠家へと急いでいた。
だが…その途中、強い衝撃を顔に受け気を失ってしまう。
倒れる男の傍を一人の女が着地する。
「形勢逆転ね…今度はこっちが狩る番だ!」
その女とは、水城だった。
水城は辺りが明るくなり動けるようになって見つけた黒ずくめの男に蹴りを一発入れた。
その男が先ほど隠家に走っていた男だった。
アシリパは水城が男が気絶したことを確認し近づいてもいいと合図を送る。
「水城…お前…撃たれた傷があるんだぞ…今は深追いしない方がいいんじゃないか?」
男を木に括りつけながらアシリパは水城のわき腹を見る。
暗かったときは怪我を負っているというのは血で気づいたが、銃弾を受けた傷に息を呑む。
その傷からはドクドクと血が垂れ、足を伝っていた。
心配したアシリパの言葉に水城は首を振る。
「いえ…向こうに態勢を立て直させる時間を与えるのは危険だわ…攻めるなら今しかない」
やっと待ちに待った日が昇る時間となったのだ。
この機を逃し、また引っ込まれては厄介である。
相手も馬鹿ではないため隠家を変えるだろうし、また新月になって襲う可能性があるわけではない。
やれるならやる…ただそれだけだ。
すると遠くから銃声が聞こえた。
「この銃声…尾形の銃だわ」
戦場でも聞き慣れた音に水城はすぐに尾形が撃ったのだと気づく。
暗闇だったが、銃の音からして銃を持っているのはあの都丹しかおらず、他の男たちは水城が先ほどの男から奪った棒のようなものやさすまたを所持しているだけだろう。
「確か…あんまさんはこの辺りには廃屋の旅館があるって言ってたわよね…行ってみよう」
恐らく、都丹の持つ銃から音が鳴っていないという事は都丹も朝になっていることに気づいて逃げているという事だろう。
水城とアシリパは近くにある廃屋を探した。
案外近くに廃屋があったようで、すぐに見つかった。
「あれ、尾形だ」
そこには木に身を潜め廃屋の様子をう伺っている尾形がいた。
尾形は水城の声にチラリと二人に視線をやった後すぐに廃屋に視線を戻す。
「都丹庵士と手下2名が建物に入っていった…あの廃旅館が奴らのアジトだ」
どうやら水城達は運よく一発で引き当てたらしい。
それを聞いて水城は表情を険しくさせ、アシリパは水城を見上げた。
「水城…どうする」
「銃を取りに戻ってる暇はないわ…このまま突入して一気にカタをつけましょう…」
水城の提案に尾形は横目で水城を見ながら頷いた。
尾形が銃を持ち直した音を聞きながら水城はアシリパに外で待機するよう伝え、盗賊の男から奪った棒を手に廃屋へと向かう。
静かに、音を立てず、まずは水城が扉の前に屈みそっと扉を開く。
その後ろには尾形が銃を構えていた。
「暗いな…飛び込んで窓を開ける」
外はすでに明るんでいたが、窓や扉を閉じられている廃屋の中は暗かった。
それに目が明るさに慣れてしまい、余計に暗く感じていた。
ここに都丹庵士達がいるのは尾形が確認しており確かなため水城は一気に仕留めに掛かろうと廃屋の中に入る。
中に入り窓を開けようと駆け寄ったが、窓全てに板が打ち付けられており近づくでも窓を開けることはできなかった。
その瞬間――外で待っていたアシリパの目の前で扉が独りでに閉じられた。
「水城!!」
アシリパの声と同時に水城の視界は再び暗闇に包まれた。
水城達は都丹達に誘い込まれたのだ。
扉も独りでに閉まったのではなく、近くに潜んでいた都丹の手下が閉めたのだろう。
それを理解した時、水城と尾形の耳にあの舌の鳴る音が届いた。
「走れ!!」
尾形はその音の方へ銃を放ち、水城は尾形の言葉と同時に走る。
尾形の銃弾は都丹の頬をかすめ、都丹は反響が方へと銃を放つ。
「奥へ行け!!」
目の前を走る水城の背を押しながら尾形は奥へと進む。
水城は走りながらこの廃屋の異変に気づいた。
この廃屋は窓という窓が全て塞がっていた。
廃屋なのだからしっかりと閉めるのは当たり前だが、それでも雨風に晒され手入れしない人の住まない建物は劣化が早い。
それに先ほど開けようとした窓を塞いでいた板は比較的最近の物だった。
それが部屋と言う部屋の窓や扉を全て塞いでいる。
―――すなわち、形勢逆転となり再び都丹庵士達の有利な戦場となったのだ。
「まずいわね…せっかく朝になったのに―――ひっ!」
せっかく朝まで我慢していたというのに形勢逆転となってしまい、水城は内心舌打ちした。
しかしその時お尻を触られ、更にはグイっとお尻を広げられ水城は小さい悲鳴を零した。
咄嗟に口に手を当てて声を出すのは回避できたが水城はキッと尾形を睨む。
しかし尾形は水城の前に立っており水城に触れてはいないし、そもそも尾形もこんな状況で手は出さないだろう。
後へ振り返れって見れば暗闇に少し慣れたのかアシリパの姿があり水城は目を丸くした。
「アシリパさん!?どこから入ってきたの!?」
「多分こっちだ…いや…あっちか?」
外で待機しているはずのアシリパの姿に驚く。
どうやら扉は全て閉められているわけではないようだが、入ってきた方向が暗闇で狂ってしまいどこから入ってきたか分からなくなっていた。
そうしている合間にもカンカンと舌が鳴る音が聞こえ、水城達は辺りを警戒する。
(下手に動けない…どうする?)
アシリパも弓を手に持ちいつどこから来るか分からない敵を警戒していた。
だが、暗闇に慣れていない自分たちが下手に動けばあちらの思う壺だ。
アシリパは考えた。
そして、『ある物』を取り出しそっと音を立てないよう放り投げる。
(どうするか…この廃屋は奴らのアジトだ…間取りも暗闇も含めこっちは不利どころじゃないわ……奴らがどこから襲ってくるのか…こちらからは全く見えない…)
グッと棒を掴む力を強くさせ水城は辺りを睨むように見る。
どんなに目を凝らしても尾形やアシリパの姿を認識するのに精一杯だった。
しかし―――
「ぐううッ!」
「――!」
尾形の目の前から男のうめき声が聞こえた。
その声に尾形は銃をそちらに向け撃つ。
ヒットしたのかドサリと男が倒れる音がした。
水城達の周りにはアシリパが先ほど塘路湖のペカンペを撒いた。
そのペカンペを先ほどの男は知らずに踏んでしまい、痛みに声を零したのだ。
その銃声に残りの男が駆けつけてきたが、先ほどの男と同じようにペカンペを踏んでしまい痛みに声を零し、水城はその声の方へ思いっきり棒を突き付けた。
当たった感覚に棒を回して更に抜けにくくさせ、力の限り壁に突き付けた。
水城が男の体を壁に叩きつければ板が外れ僅かな光が部屋の中に入る込む。
すると水城の後ろにいた男が朝日の光に照らされ、同時に男は舌を鳴らした。
その音に水城は振り返り、光に照らされた男の姿を視界に入れ棒を横へと思いっきり振る。
するとその棒が都丹の手に当たり、持っていた銃を弾き飛ばした。
「―――!」
都丹はそのまま突っ込み水城の片足を手で抱えるように持ち上げバランスを崩す。
思いっきり床に押し倒した水城の顔を何度も拳を叩きつける。
咄嗟に体を捻り手で顔を庇った水城の首に都丹の腕が回り、水城の首を絞めに掛かった。
「貴様ら鉱山会社の連中と網走監獄の犬童は報いを受けるべきだ!!囚人の命と光を奪って得たものを全て奪ってやる!!」
年齢に合わずその力は強く、水城は首を絞められ苦し気に顔をしかめる。
そんな水城の首を絞めながら都丹は叫ぶ。
都丹は水城達を鉱山会社の人間だと思っている。
温泉でも同じことを言っていたのを思い出し水城は苦しみながら力を振り絞り都丹をそのまま背負い投げのように体を持ち上げ前に倒した。
その時都丹の頭を思いっきり床に叩きつけられ痛みに手を離す。
水城は都丹の腕から脱出し落ちていた棒を手に持ち都丹の顔に向けて刺すように突き付けた。
だがそれを察したのか都丹は咄嗟に棒を掴んで止める。
「オラ咥えろよ!この野郎!!」
都丹の上に乗り水城と都丹はギリギリと攻防戦を繰り広げる。
「水城!!どこだ!?大丈夫か!!」
「アシリパさんはそこを動くな!!尾形!!アシリパさんの傍から離れるなよ!!」
アシリパの心配そうな声に水城は都丹から視線を外さず返す。
手下も全て倒し暇であろう尾形にアシリパの護衛を頼みながら水城は都丹を睨みつけ声を低くし唸る。
「無関係のアイヌの村も襲って回った分際で!!お前らに大儀なんてねえだろ!盗っ人が!!」
「そうさ…!今更按摩なんてできねえ!飢えて目も見えない俺達はそう生きるしかない!!だがアイヌも和人も無関係の人間は殺しちゃいねえ!!」
アシリパの親戚から聞いた話では隣のコタンを襲ったと聞く。
無関係の人間を殺していないというのならなぜコタンを襲う必要があったのか。
どんな理由であれ敵でしかない都丹の言葉を全て鵜呑みにする必要は水城にはない。
水城は怒りを露にしながら少しずつ都丹の顔に棒の切っ先を食い込ませる。
「そのうち見境が無くなるさ…!!」
無関係の人間を襲っていないと断言する都丹の言葉に鼻で笑う。
最初はみんなそうだ。
無関係な人間は殺していない。
だが、そんな人間こそ少しずつ無差別に人を殺していくものだと水城は知っている。
そんな水城の言葉に都丹は顔に切っ先が食い込む痛みを感じながら笑った。
「分かるのかい?確かにあんたからは人殺しのニオイがぷんぷんするもんな」
その言葉を聞いた瞬間水城は脳裏に梅子の姿を過らせる。
目が悪くなっている梅子と久々に会ったあの日。
仕方ないとは水城も思っているのだ。
別れてからもう何十年も経つのだし、水城は吉平によって全てを塗り替えられてしまっていた。
だから昔の匂いなど当に消えていると…分かってはいた。
だが、理解するのと認め受け止めるのとは違う。
水城は梅子が水城を誰か分からなくなった光景を思い出したその一瞬―――隙が生まれ都丹の銃口が眉間に押し当てられた。
「…………」
水城はその固く冷たい銃口の感触に我に返り、不機嫌そうに都丹を睨みつける。
グッと再び棒を握る力を入れ今度こそ仕留めようと殺意を込めたその時…
「久しぶりだな、都丹庵士」
「…!」
尾形でもなく、アシリパでもない、第三者の声に二人はハッとさせた。
その声に都丹の体の力が抜け、水城もその声に都丹を仕留めようとした手を止め声の方へと目線だけ向ける。
水城が男を叩きつけて空いた穴から微かに零れる朝日が廃屋の中を照らし、その人物の姿を露にする。
水城達の前に現れたのは―――はぐれたはずの土方歳三だった。
「その声…なんであなたがこんなところに…」
その口調から都丹と土方は知り合いなのか、都丹は水城に押し倒されながら驚いた声を零す。
そんな都丹に土方は口角を上げ、
「犬童典獄と喧嘩だ」
そう笑いながら刀の柄を撫でるように触れる。
目を丸くする都丹を見た後、まだ構えを解かない水城へと目をやった。
「杉元、この男は味方だ…放してやってくれ」
「その証拠は」
「この男とは網走監獄で若い頃に会っている…この男は盲目となった原因の犬童と鉱山会社を恨んでいるだけだ…お前たちに敵対する理由は元々ない」
「だからその証拠はと言っているのよ…こっちは問答無用で襲われたのよ…敵か味方かはっきりと分かる証拠を頂戴」
「私の仲間だと言ってもか?」
「今顔を合わせたように思えたけど?」
「言っただろう?この男とは若い頃に会っていると…都丹庵士は私の仲間だ」
「…………」
用心深い水城に土方は目を細める。
例えるならば今の水城は警戒し毛を逆立てている獣だろうか。
証拠はない。
だが、都丹庵士という男は土方に従う男である。
水城は土方の言葉に黙り込む。
しかしチラリと都丹を見た後、納得したのか都丹の上から退いた。
「…とりあえずは信用するわ」
そう言って都丹から離れる水城に土方は『すまんな』と呟き、都丹に手を貸して体を起こしてやる。
「杉元…どうしてお前まで裸なんだ…」
土方に続いて入ってきたらしい永倉が裸体の水城を見て少し困惑したように声を掛けてきた。
その手には羽織が握られており、裸の水城を見てられず羽織を貸してくれるらしい。
意外と紳士な永倉に水城はお礼を言いながら羽織を借り、永倉の問いに答える。
「温泉入ってたから…」
「それは白石達から聞いている…トニが女湯を襲うとは思えないから聞いているんだ」
「知らないの?あの旅館の温泉って混浴なのよ」
「……入ったのか」
「ええ…だって温泉だし…」
「…………」
「?」
はあ、と重い溜息を吐かれた。
今の会話でなぜ永倉にため息を吐かれるのか全く分からない水城という名の天然記念物は首を傾げる。
「確かに、まだ髪が濡れているな」
そんな水城に土方は目を細め、珍しく軍帽を脱いでいる水城の髪に手を伸ばした。
しかし…―――その手は横から伸びてきた手に取られ、土方のその手は水城に触れることはなかった。
土方はそちらに目をやり静かに笑みを深め、水城も突然土方の手を取った人物を見て目を見張る。
「尾形?」
そこにいたのは尾形だった。
土方と永倉、そして塞いだ扉を破壊しながら入ってきた牛山の姿を見て危険はないと判断したのか、アシリパを牛山に任せ水城の元に来たらしい。
そこで土方が水城に触れようとしているのを見て咄嗟に手を伸ばしたのだろう。
自分の行動に驚いているように微かに目を見張り、尾形は土方の手首を掴む自分の手を見つめていた。
「どうしたの?」
「…いや」
水城がそう問えば、尾形はただ短くそう返し静かに土方から手を放す。
己の起こした無意識の行動に気づき、更には土方の愉快そうな目線を受け尾形は舌打ちを打つ。
しかし顔を顰めながらも水城と土方の間から離れないところから土方は更に愉快そうに笑った。
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