(101 / 274) 原作沿い (101)

土方と合流し、水城達は一旦旅館へと戻りようやく裸体族から服を着た人間へと戻れた。
旅館にもう半日ほど利用させてもらうことにし、水城達は仮眠をとることにした。
水城や尾形など軍人だった人間は徹夜で動くのはそう珍しくはないが、インカラマッとアシリパとチカパシがいるため仮眠を取ってから動いた方がいいだろうという事になった。
大丈夫だとアシリパ達は言っていたが、もう網走は目と鼻の先にあるのだ。
体調も万全でいてもらわなければこちらの計画が台無しになる場合も起こりうる。
そういえばアシリパ達は納得してくれた。


「土方、永倉、ちょっといい?」


部屋に戻るアシリパを見送りながら水城は土方と永倉に声を掛ける。


「どうした?」

「ちょっと2人の耳に入れてほしいことがあるから…できればあまり人気のないところで話したい」


水城の言葉に土方は神妙な面持ちで頷き、永倉を連れて三人は旅館に一室を借りた。
その一室は2人部屋の客室で、わざわざ土方がお金を払って借りてくれた。
勿体ないと思うものの、人に話を聞かれていいものでもないので喉まで出かかったが飲み込んだ。
話す事といえばキロランケとインカラマッの事である。
釧路で起こった事全て土方と永倉の耳に入れる。


「インカラマッとキロランケか…」


内容が内容なため、土方と永倉の耳に入れる必要もあった。
いつ合流するか分からず、しかし目的は一緒なため最悪網走で合流するだろうと思っていたため、網走手前ではあるがその前に合流できたことにホッとしていた。
離れている間にそんな展開があったのかと永倉が呟く。


「全て鶴見中尉の仕組んだことで片付ければいいんだけどね…」


味方から裏切り…いやこの場合敵でも味方でもはないのだろう。
欺いている人間がいるというのは不安だ。
もういっそのこと全部鶴見が仕組んだ罠だと言ってくれれば水城も気が楽だと思った。
そんな水城の言葉に土方は考える素振りを見せる。


「では一度、北見に寄るか」

「北見?そこに何があるの?」

「古い知り合いに写真師がいる…あの二人の写真を撮り誰かに調べさせる…正体を知ってる者がどこかにいるかもしれないからな」


ふむ、と呟く土方の言葉に水城は怪訝とさせたが、その説明に成程と頷く。
写真なら言葉で調べるより確実だろうと水城も北見という町に寄ることに反対はしなかった。


(写真かぁ…音之進との写真…家に置いてきちゃったもんなぁ…)


現代に比べて誰もがカメラを持っていなかった時代。
それでも水城はお嬢様だったため写真は何枚か撮ったことがある。
その中で鯉登と2人の写真もあり、水城が吉平に言われて家を移った際持ってこなかった。
持ってこようとは思ったのだが、吉平はそれを許さなかった。
写真といえど鯉登との繋がりがあるものを所有していればいずれ女とバレる原因になりうると言って。
『僕はそれでもいいけどね…それだけ早くお前が僕の妻になるってことだし』と挑発めいた事を言われたら誰だって写真を諦めるしかないだろう。
水城は思わず切なそうに溜息を吐きそうになった。
だが、目の前に土方と永倉がいると気づき寸前で飲み込む。


(ああもう…いつまでも引きずって…私ってこんなにしつこい女だったっけ…)


諦めるとはまだ断言できないし、気持ちを切り離せない。
だけど水城はもう振り返れないところまで来ているのだ。
感傷に浸るのはまずアシリパをのっぺら坊に会わしてからだと気持ちを切り替える。
土方達に見られたくなくて心の中でグッと拳を握って気合を入れなおしているとふと前方から視線を感じた。
顔を上げてみれば、土方がじっと自分を見ているのに気づく。
それだけではなく、同じ室内にいたはずの永倉の姿がなかった。


「永倉は?」

「北見にいる古い知り合いに連絡をしてもらうため席を外している」


物思いに耽りすぎたのか、永倉がいなくなったことすら気づかなかった。
それに水城は反省する。
アシリパにはちゃんと睡眠取って体調を整えないとと言っておきながら自分は全く気合すら入っていない体たらく。
駄目だなぁ、と思っていると土方の視線が全く外されないのに気づき土方へ視線を戻す。
じっと見つめるその目は70を超えた老人とは思えないほど力強く、生気を感じさせた。
こうしてまっすぐ顔を見合わせるだけでも彼という存在は大きく感じるほど土方の存在感は大きかった。
水城はそんな土方に『年老いても鬼の副長は変わらず、か』と新選組の時代に名付けられた名前が偽りなしだと再確認させられる。
だからこそ、警戒すべき人物の一人である。


「なに?さっきから見てきてるけど…」


警戒を悟られないよう上手く隠しながら水城は怪訝そうに土方を見る。
眉を顰め小首をかしげる水城に土方は目を細める。


「ああ、ジロジロ見てしまいすまない…頼みがあるんだがいいかな?」

「頼み?…無理難題じゃなければいいけど…」


怪訝そうにしていたのを不快だと思ったのか、謝る土方の言葉に水城は更に首を傾げた。


「これは今回の事には関係なく、私個人の頼み事だ」

「そう…それで、なに?」


個人的な頼み事、と言われ内心水城は驚く。
土方と仲間として行動しているが、はっきり言って牛山と尾形以外そんなに土方組と話した記憶は多くはない。
土方だって報告や相談以外に会話を交わしたことは数回しかなく、それほど親しいわけではない。
個人的な頼み事をされるほどの仲ではないのだ。
だから不思議に思う以上に興味があった。
まっすぐ見つめる水城の琥珀色の瞳に土方はうっとりと見つめながら答えた。


「その傷に触れても良いだろうか」


水城はその言葉に思わず『へ…?』と素で返してしまう。
いや、だが、それは仕方ないだろう。
あの土方の頼み事と言えば、個人的とはいえ重要な物だと思ってしまうのは水城だけではないはず。
しかしそれがまさか傷に触れたいという頼みだと思わず水城はキョトンと呆けてしまう。
そんな水城に土方は軽く微笑んだ。
その笑みに水城は呆けた顔をしてしまい恥ずかしくなって一つ咳ばらいをして誤魔化す。


「理由を聞いても?」

「理由は特にない…ただ、触れてみたいとずっと思っていた」


ずっと、と言われ水城は『えっと』と呟き土方から目を反らす。
ずっと、とはいつから?とか、なんで触ってみたいの?とか色々聞きたいことがあるが、まっすぐ曇りなき眼で見つめられ聞けなかった。


「まあ…変なこと…しなければ…いいよ」


変なことってなんだよ、と水城は一人突っ込みを入れる。
尾形じゃないんだから、とも。
いくら男と女とはいえ自分はこんな見た目で女らしさもなく白石にすらゴリラと言われるような女だ。
土方だってもう70歳で、50ほども離れた女に手は出さないだろう。
そう水城は思い込んでいた。

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