あの後、北見に寄り写真を問題なく写すことが出来た。
2人だけでは怪しまれるからとせっかくだから全員の写真を撮ることになった。
水城はアシリパと撮った。
なぜか谷垣だけは一人残され写真を撮ることになった以外は順調に事が運んでいた。
―――水城とアシリパは今、森の中を歩いていた。
アシリパはふと空を見上げる。
「今頃フチは穀物を収穫しているんだろうな…」
「穀物?」
「そうだ…大きな袋がピヤパ(ひえ)とかムンチロ(あわ)でいっぱいになる…空には雁が渡ってきて子供たちが追いかける…」
この時期は女の時期であるためフチもあのコタンで穀物などを収穫しながらアシリパの帰りを待っているのだろう。
「空を渡ってくる雁の群れは私達に宝物をもたらしてくれる鮭が川を遡ってくることの知らせだ」
「アイヌは鮭をなんて呼んでるの?」
「私たちは鮭の事をカムイチェプ…『神の魚』とか、チュクチェプ…『秋の魚』と呼んでいる」
水城の質問にアシリパは答えてくれた。
そのアイヌ語に水城は成程と頷く。
神の魚という意味を込めるという事は、アイヌにとって鮭はとても大切な生き物らしい。
「あ、水城!あれ取ってくれ!」
アシリパからアイヌの事を教えてもらっていると、アシリパは何かに気づき上を指さした。
その指先を伝って見てみれば木に多くの実がなっているのが見えた。
「あれは?」
「クッチ…サルナシの実だ!」
「サルナシ…確か、サルナシの蔓はかんじきになるんだよね?」
「そうだ!よく覚えていたな水城!」
『いい子だ』と手を伸ばしてくるアシリパに水城は屈んで軍帽を取って撫でやすくしてあげる。
女性である水城は尾形や白石より背は低いが、まだ子供のアシリパよりは背は高い。
褒められるという行為はここ数年されなかったため、水城は照れ臭そうに笑う。
『あれを食べよう!甘くて美味しいんだ!』と言うアシリパの願いを叶えるべく水城はクッチを何個か採りアシリパの分と自分の分とで分ける。
一つ手に取って口に運ぶと、口に広がる甘さに水城は思わず笑顔になる。
「うん!クッチ美味しいよ、アシリパさん…とっても甘い!」
「だろう?クッチはヒグマも大好きでこの時期沢山食べるんだ…水城、いっぱい食べろ!クッチは食べすぎると肛門がとても痒くなる!もっと食べろ水城!」
「……えっ???なんで???」
何故か肛門がとても痒くなると言ったのに水城に勧めるアシリパに水城は食べようとした手を止め首を傾げる。
『食べるんだ水城!』となぜかグッと拳を握り目を輝かせるアシリパに…水城は己の尻の危機を感じ取り、とりあえずそっとアシリパから目を逸らしながら『う…うん…』とだけ返しておいた。
「おっ!水城!今度は野イチゴを見つけたぞ!」
クッチを食べる水城を満足気に見つめていたアシリパだったが、次に野イチゴを見つけた。
クッチも全部食べたので見つけた野イチゴを手に取って食べる。
「東に住むアイヌは野イチゴをサケイチゴと呼ぶそうだ…実が赤くなると鮭が遡ってくる知らせになるからだ…ホザキシモツケの花が散ると鮭が遡ってくる知らせだという地域もある」
「そうやってアイヌは毎年鮭を待ち望んでいたんだね…」
様々な方法でアイヌ達はその地方での鮭の時期の知らせを見定めていた。
そう思うと、鮭は本当にアイヌにとって大切なのだと水城は思う。
「見ろ水城…ヒグマが引っ掻いた跡だ!この時期のヒグマはサルナシの実ばっかり食べるから肉がクッチみたいな味の奴がいる…どうする?獲ってくるか、水城」
「………いや…私クッチで十分満足してるから…」
「そうか?別に遠慮はいらないぞ??お前が獲りたいというのであれば私も協力してやらんこともない」
「……それ…アシリパさんが食べたいだけだよね??」
なぜかクッチ同様勧めてくるアシリパに水城は遠い目をする。
どう見てもアシリパがクッチ味の熊肉を食べたいだけとしか思えなかった。
「雪が降りだすとヒグマはサルナシやヤマブドウの蔓の硬い皮とかを食べるようになるんだ」
「それしか食べ物がないから?」
「いや、肛門に栓をするためだ…そのころにはお腹が空っぽになってる…それで穴にこもる準備が完了だ」
「へえ…本当によく知ってるね、アシリパさんは」
何とか熊は諦めてくれたようで水城はホッと安堵する。
まだ10代なのに自然の事やアイヌの事に詳しいアシリパに水城は感心したように呟いた。
水城の言葉にアシリパは木から視線を外し、辺りを見渡す。
「全部アチャが教えてくれた…山の事も…アイヌの事も全て…」
アシリパの知識は全て父から教わったものだった。
父の思い出と共にアシリパの頭には父から教わったアイヌとしての全てが詰まっている。
「水城…私は…怖い…」
歩いていると名前を呼ばれ、後ろへと振り返るとアシリパの不安そうな目と目が合った。
「アイヌを殺して金塊を奪ったのっぺら坊私の父だったらどうしよう…」
アシリパの言葉は水城も十分理解できた。
水城ももしも父がのっぺら坊だったらと思うと怖くて足がすくんでしまいそうになる。
だが…
「アシリパさん…ここまで来たらもう会うしかないよ…」
ここは、もう…網走なのだ。
水城が森の中から見下ろせばそこには網走監獄がある。
水城達はついに網走監獄までたどり着いたのだ。
「何があっても最後まで私がついてるから」
アシリパは不安そうな目で網走監獄を見下ろしていた。
その目はのっぺら坊が父かもしれないという不安。
計画が上手くいくか分からない不安。
全てが不安だらけだった。
そんなアシリパに水城は彼女の肩に手を置き、力強くそう言った。
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