(105 / 274) 原作沿い (105)

次の翌朝。
早速アイヌに偽装してキロランケと谷垣が小屋を作り鮭の料を始めた。
途中注意しに来た看守三人に賄賂として三匹の鮭を渡す約束をし難を逃れることができ、それ以降は問題もなくトンネルを掘り続けていた。


「チカパシ、水分補給した?」

「うん、さっき飲んだよ」


水城は穴を掘りながらチカパシに声を掛ける。
チカパシは土を上にいる谷垣達にアイヌの網籠(サラニプ)に土を入れて上げて貰いながら頷く。
そのやり取りを見ながら夏太郎はジワリと滲むように出る汗を手の甲で拭う。


「ほら、あんたも飲みなさい」

「ぁ…あ、ありがとう…ございます…」


その仕草を見たからか、水城にアイヌの水筒(クヨイ)を渡す。
それに夏太郎は目を丸くしながらもお礼を言って受け取り、『やさしい』と思いながら飲む。
水城も滲んだ汗を服で拭いながら永遠と続くと思うほどのトンネルを掘り続ける。


「しかし…こうも暑いと参るわね…」


ザッザッ、と土を掘りながら水城はポツリと呟く。
窓がない+風が通らない+ランプの暖かさもあってそこは暖かいを通り越して暑かった。
まだ外の方が涼しいとぼやく水城にチカパシが『そうだね』と相槌を打ち、夏太郎はチラリと水城を見る。
夏太郎は水城が女だと知っている。
散々女言葉で話されて牛山達からも聞いていたので知らないわけではなかった。


(本当に牛山さんが口説くほどの女なのか…?確かに顔は整ってると思うけど…傷で台無しじゃないか…むしろ男なら女にモテそうではあるが…)


水城との顔合わせはつい最近だ。
紹介されたときはやはり顔の傷と、こちらを探るような目におっかなさを感じた。
そんな夏太郎に牛山がアシリパという少女にちょっかいを掛けなければ可愛い飼い犬だから、とフォローではないフォローをした。
ついでに手を出すと尾形がおっかないぞ、とも聞いており、水城は尾形と良い仲なのだと夏太郎にも誤解されていた。
実際に、水城に話しかける度にどこかしらから視線を感じていたが、怖いので気づかないフリをしていた。
女だというのは分かったが、どう見ても牛山や尾形が気に掛けるような良い女とは思えない。
それを言えば後ろから撃たれるから言わないが、内心『まだその辺の店の娘の方が可愛いんじゃないか??』と思う。
牛山と尾形の趣味はどうであれ、二人の男を虜にしているのなら外見ではなく中身が魅力的なのかもしれない。
そう思って、尾形の視界から見えない穴の中で、掘っている間に会話をしてきたが、見た目に反して優しい人だという事と子供に甘いという事以外は分からなかった。
良い人なんだとは思う。
だけど男を虜にするほどの魅力は感じなかった。
『牛山さんはなんでもイケる口だったんだな…』と思っていると…


「あんた達さ〜…困るよ、こんなところにこんな色々立てちゃって、も〜〜」

「…!!」


黙々と作業していると、上から聞きなれない男の声がし夏太郎は手を止め息を呑む。


(誰か来たよ)

(チカパシと夏太郎はここにいて…私が見てくる)


チカパシはそう言い水城に振り返る。
チカパシの目線が水城に向けられたので夏太郎も水城を見た。
2人の目線に水城はそう呟き素早く、音を立てないよう気を付けながら上に揚がった。
残された2人は出来るだけ音を立てないよう息を殺し、上の様子を見守る。


「すぐに片づけてくれよ…わざわざこんなところでやらなくたっていいだろ?」


上に揚がり、水城は小屋からそっと外を見る。
外には看守と思われる男が4人いた。
その内の3人は若く、1人は3人よりも年を重ねていた。
3人を後ろに控えさせているという事は3人よりも地位が上なのだろう。
男は小屋とトイレを見て困ったように呟き撤去しろと言ってきた。
それを聞いて谷垣がチラリと小屋を見ると、小屋の入り口から水城が見えた。
その手には穴を掘るために使っている鍬が握られており、水城の目は鋭く男達を睨んでいた。
このままでは水城が襲いかねないと谷垣は看守たちに言う。


「もっと鮭をよこせというのか?」

「鮭?なんのことだ?」


谷垣の言葉に看守の男は怪訝とした顔を見せる。
その顔に『食いついた』と思いながら続ける。


「和人には分からんだろうがアイヌの中でも縄張りが決まってて良い漁場にありつくのは難しい…それに向こう岸に小屋を作るとキツネが食い荒らすんだ…でもここでの漁を許すかわりに毎日鮭を3匹渡す取り引きをしたはずだ…そっちの看守に聞いてみろ」


そう谷垣が言うと看守の男は呆れたように3人の部下を見た。
どうやら自分の知らないところでこの3人の部下は勝手にアイヌから賄賂をもらい勝手に漁を許可したらしい。
笑って誤魔化す3人に看守はため息をつき…


「5匹持ってこい…嫌なら強制的に撤去するぜ、わかったな?」


更に賄賂を要求した。
ニタリと笑う看守にキロランケが『これじゃキツネに食われた方がましだ!』と悪態つくが、看守の笑みは消えず部下を引き連れてその場を去っていった。


「危なかった…」

「なんとかしのげたな…」


小さくなっていき消えた看守たちを見送った後、二人は、はあ、と安堵の息を吐く。
小屋へ目をやれば水城と目が合ったが、水城はすぐに中に入り姿を消す。
下へ戻った水城にも谷垣は安堵の息をつくと…向こう岸にインカラマッが立っているのが見えた。


「………………」


谷垣はインカラマッを黙って見つめる。
インカラマッはじっと網走監獄を見つめ、頭に狐の下顎の骨を乗せ何かを占っていた。
何を占っているのかなど、聞かなくても分かっていた。
谷垣は遠すぎて結果は分からないが、黙って落ちた下顎を見つめるインカラマッに背を向け、作業に戻っていった。



◇◇◇◇◇◇◇



暫く掘り続け、やっと指定された場所にたどり着いた。
場所が場所だけに慎重に掘らなければならず、水城とキロランケで掘っていた。


「ねえ、キロランケ…この上はどこに出るの?囚人のいる舎房は敷地の反対側だけど…」

「舎房まで掘り進めてたら漁期が終わるだろ」

「でも頭を出したら看守たちの酒盛りのど真ん中じゃ洒落にならないんだけど…」

「土方歳三が指定した距離を掘ったんだ…信じるしかねえ」


やっと指定のところまで掘り続け、後は前ではなく上へと掘るだけ。
網籠に土を入れて踏み台にして掘り続ける。
どこに到着するのか水城にもキロランケにも全く予測できない。
その不安から水城が少しぼやき、キロランケも不安はあるが信じるしか他にないと宥める。
キロランケの言葉に『そうだけどさぁ』と零しているとやっと地面に到着したのかボロッと土が零れ貫通した。
その小さい穴を静かに広げ水城は顔を出す。
しかし…


「―――ッ!!」


恐る恐る周りを見渡すと一人の看守と目と目が合った。
その看守には見覚えがあった。
注意しに来て賄賂を求めた看守だった。
水城は息を呑み目を見張ったが…男は水城に笑みを向けた。


「いらっしゃい、予定通りだな」


水城はその言葉に呆気に取られたが、すぐに敵ではないと判断し、安堵の息を吐き出す。
穴を広げキロランケも顔を覗かせ、周囲を見る。


「ここは?」


そこはまるで家のような場所だった。
生活感がないが、布団や家具やらがあるので倉庫ではないだろう。


「俺の宿舎だ」


キロランケの問いに男はただ一言そう答えた。

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