(106 / 274) 原作沿い (106)

この日、フチの13番目の妹のチセにお世話になることになった。
獲った鮭をお土産に、フチの妹はその鮭を使って水城達にご馳走を作ってくれた。


「アイヌにとって主食だった鮭はシベ(本当の食べ物)と呼ばれた」


鮭を捌く大叔母の傍でアシリパは水城達に説明する。
川に鮭が極端に少ない年は餓死する者が出るほど鮭はアイヌにとって重要で、だからこそアイヌ達は獲った鮭を余すことなく利用するのだとか。
イトウの皮もそうだが、鮭の皮もアイヌは冬靴の材料に利用しているらしい。
大人の靴一足作るのに必要な鮭の皮は4匹。
しかし秋に作って大切に履いてもひと冬しか持たず、油断すると犬が食べてしまうらしい。
説明を一通り終えると捌くのも丁度終えた。
アシリパはそれを見て『さて鮭を食べる準備だ』と包丁を取り出す。


「頭を切り落として上あごの真ん中の氷頭という軟骨のある部分を切り取る…この部分を主に使う珍味な料理があるけど…水城!何か分かるか?」

「えっ…えええ??うそぉ…まさかまさかぁ??あれなのぉ??」


問われた水城はそわそわとしだし、隣にいた白石と顔を見合わせる。
白石も同じ反応をしていた。
そんな水城と白石にアシリパは頷いた。


「チタタプだ」

「ハイ!!出ました!チタタプ!!!」


その瞬間、水城は声を上げる。
その勢いにキロランケ、永倉、チカパシがビクッと反応した。


「チタタプとは本来鮭のチタタプの事を指すんだ」

「チタタプの中のチタタプ!!」

「痛ててッ!抓った…!!」


チタタプの本来の意味を知り、なぜか水城はテンションが上がり傍にいたキロランケの腕を抓る。
白石はキロランケの悲鳴を聞きながら『よかったねーチタタブだねー』と微笑んでいた。
この二人はすでに調教済みであった。


「エラを外してよく洗って血を抜く…エラと氷頭をチタタプする…チタタプすればするほど美味しくなる」


そう言ってイタタニ(肉切り台)の上にエラと氷頭を乗せてアシリパがチタタプと言いながら包丁で叩くように切る。
その次に水城、白石、牛山と皆で続けてチタタプをし、夏太郎の番となった。


「ちゃんとチタタプって言いなさいよ夏太郎!」

「ち…チタタプ、チタタプ…」


アイヌは初体験な夏太郎は半分脅された形でチタタプを初経験した。
水城に首根っこを掴まれながら夏太郎は『やっぱりこの人こえぇぇ』と思ったとか。


「ねえ、これでチタタプしていい?」


今度はチカパシの番となり、チカパシはなぜか土方の刀を取り出した。
永倉がぎょっとさせた表情を浮かべ、水城が何とも言えない表情で土方を見る。
土方は危なっかしい手で日本刀を持つチカパシを胡坐をかいた足の上に座らせ、一緒に日本刀でチタタプをする。
それを永倉が顔を青くさせ『うわぁ…』と顔を引きつっていたが、土方は楽しそうにチカパシと共にチタタプをしていた。
今度は尾形の番となったが、やっぱり尾形はチタタプと言わず黙々とチタタプしていく。


「尾形〜〜〜みんなチタタプ言ってるぞ??本当のチタタプでチタタプ言わないならいつ言うんだ??」

「…………」

「みんなと気持ちが一つにしておこうと思ったんだが…」


無言でチタタプする尾形にいつも通り催促するも、やはり結果は同じだった。
しかし、溜息を吐き諦めて背を向けたその時―――


「チタタプ」


後ろから小さいながらもチタタプと呟いた声が聞こえた。
小さかったが確かに尾形の声で聞こえたのだ。


「!?い、言った!!聞いたか!?今尾形がチタタプって…!!」


初めて尾形がチタタプと言ってくれたことに感激し、水城達に報告するが…水城達は無反応だった。


「んも〜〜〜!!聞いてなかったのか!?」


明らかに聞いていなかった水城達の反応にアシリパは心からの呆れの声を零す。
そうこうしているうちに全員にチタタプが回り、更に白子を加えて細かく叩く。
最後に砕いた焼き昆布を混ぜ塩で調える。
そうして出来上がるのが、鮭のチタタプである。
新鮮な鮭が手に入る今の時期しか食べられない貴重なものだ。


「ではいただこう!」


他にも身は串焼きにしたり、コメとヒエを炊いたおかゆにイクラを入れたチポプサヨ、塩煮にしたジャガイモをつぶしたものにイクラを混ぜたチポロラタシケプなども用意し、食事を始める。


「んっ!柔らかくて滑らか!生臭くなくて美味しい!これが本当のチタタプなんだねぇ」

「獲れたてだから臭みがないんだ…ヒンナヒンナ!」


皆、美味しそうにアイヌの料理を食べる。
アシリパの言葉に水城も『うん、ヒンナだね』と頷く。
みんなそれぞれ好きなものを食べていると、牛山がインカラマッに声をかける。


「インカラマッさんっていったかね?あんた、いい人いるかい?」


その問いに水城はチラリと谷垣を見た。
インカラマッは困ったように笑っており、チカパシもそんなインカラマッにチラリと谷垣を見る。
谷垣は2人の視線に我関せずを貫き粥を食べていたが、なぜかチカパシに粥の入っている器を奪いインカラマッに渡した。


「何のつもりだ、チカパシ」


なぜか自分の器を奪われインカラマッに渡された谷垣は困った顔でチカパシを見たが、チカパシは何も答えない。
水城もチカパシの行動を不思議そうに見ていると、アシリパがその答えを教えてくれた。


「女が男の家に行ってご飯を作り、男は半分食べた器を女に渡し女が残りを食べたら婚姻が成立するんだ」

「アイヌにとっての求婚のようなものなのね」


なるほど、と水城は頷く。
しかしインカラマッは差し出された器を受け取るでもなく困惑した表情を浮かべていた。


「本当の家族になれば?」


チカパシも微妙な関係を感じ取っていたのかもしれない。
アイヌとして大人であろうと、まだ子供。
そう思ってもやはり子供の方が敏感だ。
チカパシも二人が夫婦になってくれたらいいなと思っていたから、仲直りも込めて求婚させたのだろう。
しかし…


「……チカパシ…返しなさい」


谷垣がチカパシから器を奪い返し、コトリと床に置いてチセから出ていってしまった。
そんな谷垣のあとをインカラマッが追う。


「おっと…まだ微妙な関係だったか」

「牛山…あんた女だからって誰でも口説こうとしないでよ…教育に悪いでしょ…」


微妙な空気の中、呟く牛山に水城は呆れたようにジト目で見る。
『誰の教育に悪いんだ?』という疑問があったが、水城の隣にいる少女と寂し気にチセの出入り口を見つめる少年の事かと察する。


「尾形、その器を貸せ」


それはアシリパも察したのかムスッとしながら尾形に振り向き手を差し出した。
やり返すためか、それとも最近水城と尾形の間に溝があるのを感じ取っているのか、先ほどチカパシと同じうように求婚させようとしていた。
我関せずでジャガイモを潰したチポロラタシケプを食べていた尾形は『は?』と返し、それに気づいた水城は『ちょ…アシリパさん!?』と焦る。
焦って止めようとする水城にムスッとさせたまま上目遣いで水城を睨む。


「お前たちが何の理由で喧嘩しているかは分からないが、いい加減将来の事を考えるべきだ」


ここ最近水城と尾形の距離が遠くなっているとアシリパは感じていた。
普段から仲がいいわけではない二人だが、それでも近い距離にいた。
だが釧路の海以来距離が遠ざかった気がした。
別に険悪というわけでもないし旅に支障が出ているわけではない。
だが、恋人にしては距離があった。


「し、将来って言われても…私と尾形は別に…」


もごもごと言いにくくて口ごもる水城。
そんな水城をよそにいつも通り我関せずで食事を続ける尾形。
2人の関係を知らない面々は尾形と水城という結びつきが想像できないのか、興味ありげにやり取りを見ていた。
アシリパは全く気のない返事の2人に溜息を吐く。


「そうやってまた拗ねて尾形から逃げるのか?尾形から逃げてずっと静秋と二人で暮らすのか?いつまでも恋人気分で曖昧でいるのもいいが、少しは静秋の事も考えてやれ」


痛いところを突かれた、と水城は思い『うぐっ』言葉を詰まらせる。
最近、水城は父親の必要性を考えることが多くなった。
父親が必要なのは分かっている。
だが、それはすなわち自分に夫が出来るという事になる。
夫はいらないのだ。
ただ静秋に父親さえいればそれでいい。
そう水城は勝手だが思っている。
だけど、そんな都合のいい男などいるはずもない。
本当に水城は誰とも結婚するつもりはないのだ。


(そう言えたらいいんだけどな〜〜)


別に尾形の事は嫌いではない。
(主に銃の腕がいいのが)いけ好かないが、子供まで作っておいて嫌いだとは言わない。
尾形が嫌でなければこのまま静秋の父親でいてくれても構わなかった。
だが結婚となると話は別だ。
はっきり言って、水城は鯉登以外の男の隣に立つ自分が想像できなかった。
しかしアシリパは自分と尾形が恋人同士だと思い込んでいる。
これに関しては水城の自業自得だろう。
だが流石にこんな大勢いるところで『尾形とはセフレです』とは言えない。
言ったら全員から『ビッチ』だと思われるのは必須である。
どうしようかと困っていると、尾形が助け船を出してくれた。


「これは俺と水城の問題だ…横から口を挟むな」


助け船、とは違うが、尾形はアシリパにそう言葉を向ける。
冷たく突き放す尾形にアシリパは目を丸くして見つめ、水城もアシリパから尾形を見る。
尾形は怒っているわけでも照れているわけでもなく、いつもの無感情を貫きアシリパを見ていた。
その言葉をアシリパに向けた瞬間、気まずい空気が流れ周囲は黙り込み静まり返る。


「お前が静秋のために俺と水城を夫婦にさせたがるのは分かる…だが、これは他人が口を挟んですぐに解決する問題じゃない…放っておいてくれ」


尾形の言葉にアシリパは俯く。
俯くアシリパに、彼女に懐いている水城が『そこまで言わなくてもいいんじゃない!?』といつものように食って掛かろうとしたのだが…


「それもそうだな…すまない、余計なお世話みたいだったようだ」


そう笑った。
俯いていたのは落ち込んでいたのではなく、考えていたからだった。
確かに尾形が言うようにこれは二人と静秋の問題で、アシリパが口出ししていい問題ではない。
それに気づき、アシリパは水城にも『水城も急かすようですまなかった』と謝り、水城は『う、うん…』と頷く。
頷いた水城に笑顔を深め、アシリパは食事を再開させた。


「…………」

「…………」


その場は静まり返ったままだった。
牛山が『こりゃもっと微妙な関係だったか』と内心呟き、夏太郎は水城と尾形が片思いどころか恋人同士で更には結婚の話までする関係だったとは知らず『え…え?』と困惑していた。
土方も意味ありげに、アシリパに『酷い事してしまったかな』としょんぼり反省しながら食べる水城を見つめていた。
もう会話はなく、カチャカチャと食事をする音だけが響いた。
水城も反省しながら『き、気まずくなっちゃった…』と美味しいのに美味しいと感じない気まずさの空気に顔を引きつっていると…先ほどトイレに出ていた白石が戻ってきた。
白石はベロンベロンに酔っており、酒瓶を抱え千鳥足でなぜか自分の席ではなく谷垣の座っていた場所に座った。
そして、なぜか自分のではない、谷垣の食べかけの粥を胃の中に入れ始めた。


「こいつ谷垣ニシパのご飯食べてる!」


それにチカパシが怒り、ペチンと坊主頭を叩いた。
丁度外に出ていた谷垣とインカラマッも戻ってきて、その場の気まずい空気が和らいだ気がした。
水城はそれにほっとしながらアシリパを見る。
彼女は特に尾形に怒られたことを気にしている様子はなくヒンナヒンナと言って食事を続けていた。
気にしていない様子のアシリパに水城はホッと安堵の息をつく。


「…………」


水城も食事を続け、そんな水城の姿を尾形はじっと見つめていた。

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