(108 / 274) 原作沿い (108)

『』=小声

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決行は月の光のない漆黒の夜。
その間それぞれ好きに過ごしていたが、ついにその日が訪れた。
決行までの間、役割も決めていた。
インカラマッとチカパシ、永倉、家永はコタンで待機。
尾形は山に隠れて何かあれば狙撃で援護。
谷垣と夏太郎は川岸に用意した丸木舟で待機。
キロランケと牛山と土方は宿舎で待機。
そして、水城とアシリパと白石が囚人達のいる舎房へ侵入―――となっている。


「敷地内はどこも消灯され、すでにお互いが見えないほどの真っ暗闇だ…暗闇を突っ切って舎房へ近づく――――先導するのは都丹庵士」


あれ以来姿が見えなかった都丹が水城達の前に再び現れる。
今回は以前のように敵対しているわけではない。


「風の音が強いが周囲の建物の位置関係などは把握できる…遠くへ伝わる舌の音もかき消してくれるだろう」


都丹は水城達をあの暗闇で翻弄させた。
その能力を味方として得たのは、この状況では心強い。
都丹の心強い言葉に三人は頷いた。


「よし…行こう!!」


都丹を先頭に、白石、水城、アシリパという順番に並んで進む。
暗闇の中はぐれないよう前の人の背中に手を触れ歩いたものの数秒で―――


「なんだお前ら」


見つかってしまった。
ランプの光が水城達を照らされたその瞬間水城は相手が何か言う前に右ストレートを繰り出し、都丹は相手の口と鼻を塞いで気絶させた。


『いきなり見つかってんじゃねーか!!』

『都丹てめえ!!耳クソ詰まってんのか!?』

『馬鹿!!聞き逃さないでよ!!!』

『うるせえ!!テメエらこそランプの灯りを見逃してんじゃねえか!!』

『しぃ〜〜〜!!!』


ぎゃあぎゃあと小声だがお互い責任を擦り付けあう。
待機していたキロランケと牛山が駆けつけ、伸した看守二人を回収した。


「これで門倉部長は明日から無職のお尋ね者だな…」

「幸先が悪い…」


『ここはいいから行け!』というキロランケの言葉に甘え、水城達は先に進んだ。
そんな4人の後ろ姿を見送りながら、キロランケは溜息を吐く。
キロランケの溜息は風の音で消え、水城達はそれから一人の看守とも会わず順調に舎房へと着いた。
舎房は放射状に広がる5つの舎房の中心に見渡せるように六角形の『中央見張り所』があり、門倉は今日が決行と決まり事前に夜勤を自分を入れた三人に仕組んでくれている。
白石は監獄に入れられるとき、『どうやって脱獄できるか』と考える癖がある。
どこに弱いところがあるか、建物を観察するのだ。
網走監獄の場合、脱獄防止として全ての窓に鉄格子がはめられているのだが、それが一つ、鉄格子がはめられていない窓があるのだ。
それが、天窓である。
その天窓は光を出来るだけ取り込みたいため鉄格子をつけていないのだろう。
それを利用するのだ。


『アシリパさん、お願い』

『分かった』


まず、アシリパが縄を繋いだ弓矢を放ち、回り込んだ都丹が縄を結んで屋根に上がる。
そして今回の主役ともいえる白石の出番である。


「毛布を」


白石の指示で水城は毛布を天窓にいる白石とアシリパにかける。


「枠ごと外せそうか?」

「『脱獄』は手に入る道具が釘一本しか無い時もある…それに比べりゃノコギリでもなんでも持ち込めるんだからこんな楽なことはない」


毛布をかぶりマッチで照らしてじっくり窓枠を観察する。
アシリパの問いに『勿論』と白石は笑った。
捕まって逃げる際、当然持ち物は没収され体の隅々まで調べられる。
そうなれば釘一本しかない時もあるし、釘なんてあれば上等な時もある。
それに比べれば今は楽である。
外はビュービューと風が強いが、建物の中にいる門倉の耳にはゴリゴリメキメキと不自然な音が届いていた。


「今夜はほんとに風が強いですねえ」

「ああ…」


見張り所に戻った門倉は部下の言葉に内心安堵の息を吐く。
風の音で誤魔化せてよかったと思いつつもまだゴリゴリガリガリと不自然な音が聞こえ、門倉は持ち前のドジっ子を発動した。
お茶を入れて飲む湯飲みを派手に割って誤魔化した。


「あちゃ〜〜…俺の湯のみが…痛っ!!」

「あ、指切っちゃいました?大丈夫ですか?」

「いいですよ門倉部長…片づけますから…」

「ごめん…」


これはわざとではない。
割ったのは確かにわざとだが、指を怪我したのはわざとではない。
大事なことだからうんぬんかんぬん。
部下も慣れたように上司が割った湯飲みをササっと片づける。
その間にも白石は窓を外し、最初に白石が降り、水城が降り、アシリパが降りる。
門倉がドジっ子を発動している間に音を立てないよう水城達は第六六房へと向かった。
アシリパは白石がカギを開ける音を聞きながら、己の心臓の鼓動が大きく聞こえた。
この監房の奥にのっぺら坊…自分の父かもしれない男がいる。
水城と出会って父が関わった金塊を探しに旅に出て、キロランケからのっぺら坊が父親だと知ってからアシリパはずっとこの場所に立つのを望んだ。


『開いたぜ、アシリパちゃん』


カチャリ、と音を立て白石は鍵を開けた。
アシリパに開いたことを告げればアシリパは息を呑む。
顔は緊張で強張っており、足が重りのように動かない。


『アシリパさん』

『…っ!』


あとは扉を開ければ向こうには父かもしれない男が待っている。
アシリパは緊張していた。
向こう側にはアイヌを殺した男が、父がいるかもしれない、と。
だが、足がすくんで動かなかった。
その時、水城がそっと肩に手を置いた。
水城を見上げれば暗闇なのに不思議と微笑んでいるのだと分かった。


『大丈夫…私と白石がいるわ』


その言葉に、そのたったそれだけの言葉に、アシリパは不思議とあれほど重かった足が軽くなった気がした。
水城と白石を見れば二人はアシリパに笑みを向けてくれているように見え、アシリパは二人に勇気をもらった気がした。
『行こう』、と言う水城にアシリパは今度は力強い表情を浮かべ、頷いて足を一歩踏み出した。


「アチャ…?」


監房の中に入れば物音で起きたのか、暗闇でも人が座ってこちらに振り向いているのが分かった。
その黒い人影にアシリパは恐々と声を掛ける。


「アチャなのか?私だ…アシリパだ…小樽から会いに来た…」


小声だが、それでもあちらには十分聞こえているだろう。
なのに人影からは一声も上がらない。
驚いて声が出ないのか、それとも疑っているのか…


『白石…マッチを…』


どちらにせよ、まずは姿を見せた方がいいと思い水城は白石にマッチをつけてもらうよう頼む。
白石は残り数本のマッチを取り出してシュッと灯した。
暗闇から突然の光に人影は顔を手で覆った。
しかしおずおずと顔をあげたその瞬間――――



「あああああああああああああ!!!」



その人影は叫び出した。
その瞬間、門倉の『侵入者だ』という声と銃声が水城の耳に届き、警報が鳴り響く。


「門倉ぁあッ!!!」


水城は思わず怒りの声を上げる。


「アシリパさん!この人がお父さんなの!?」

「ち、ちがう…アチャじゃ、ない…っ」


突然騒がしくなり、もう小声で話す必要はなくなった。
最悪な状況となった今、まずは目の前の男が父親か確認する。
だが、違うらしい。
首を振るアシリパに水城は門倉に向けて舌打ちを打ちながら銃を肩から降ろす。


「門倉の野郎!!どういうつもりだ!!」


警報の音ともに遠くから『第四舎に侵入者!犬童典獄に伝えろ!』という門倉の声が聞こえ、白石がそうぼやく。
これはどう考えても裏切りだ。
水城は門倉の協力するという言葉を信じ切ってしまった自分の愚かさに奥歯を噛みしめ悔しく思う。
しかし、その時―――


「あっ!!水城…!!」


水城と白石は縄なしで降りたが、まだ小柄のアシリパは縄で降ろしてもらったため、体はまだ縄で繋がれている。
その縄が引っ張られアシリパの体は宙に浮いてしまう。
警報を聞き上から都丹が引っ張り上げたのだろう。
自分に手を伸ばすアシリパに水城も手を伸ばしかけたが…


「逃げて!アシリパさん!」


その小さな手を取らず、見送った。

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