(112 / 274) 原作沿い (112)

照らされた人影は、替え玉のようにまるで顔の皮膚がはがされたようになく、まるでのっぺら坊であった。
しかしそれ以上に水城を驚かしたのはその照らされる光に輝くばかりの青い目。
オレンジ色の服を着ているこの囚人の目はアシリパと同じ青い目をしていた。
その囚人は水城を見て恐らく第七師団だと思ったのだろう。
逃げるように背を向けた。
その背に水城は這いずっていた体を起こし座りながらアシリパから預かったマリキを取り出し、逃げようとする男に向かって声をかける。


「これが何か分かる?」


そう声をかければ男は水城へ振り返る。
男は水城の手のあるマリキを見て息を呑んだように驚いた。


「!―――アシリパのマキリ…どうしてそれを持っている…?」


男は水城の手の中にあるマキリに見覚えがあった。
自分が愛娘を想い彫ったものである。
それがなぜ軍人の男の手にあるのか…驚いている男に水城は落胆した声を零した。


「……やっぱりか………やっぱり…のっぺら坊はアシリパさんの父親だったのね…」


この男は連れて行く。
だが、本当は連れて行きたくなかった。
アシリパは怯えていたのに。
父がアイヌを殺したと不安で、怯えて、悲しげだったのに。
その現実を彼女に突き付けるのは辛かった。
だが、約束したのだ…連れてくると。


「来ている…のか?…ここに…」


男は…のっぺら坊は辺りを見渡す。
どこかに娘がいるとでも思っているのだろう。
そんなのっぺら坊に水城は何も答えず、彼の囚人服の袖を掴む。


「来い…全部話してもらうわよ」


もう男言葉を使う余裕もない。
水城の頭には目の前の男をアシリパに会わすことと、聞きたい事で一杯で些細な事を気にする余裕などありはしなかった。
だが、水城を信用できないのっぺら坊は水城の掴んだ手を振り払って拒絶する。


「金塊…知りたければアシリパを連れて来い」


アシリパに会え、と指示したのは自分である。
軍人も金塊を狙っているのも知っている。
だから水城を信用できなかった。
マリキを持っていると言ってもそれが本当にアシリパから渡された物かのっぺら坊に証明するものはない。
奪い取ったと思われても仕方ないのだ。
だが、そんなこと水城は知るものかと拒むのっぺら坊の言葉に首を傾げる。


「金塊…?ええ、それも聞かせてもらうわよ…でも私ね、ずっとあんたに言いたいことがあったの…」


痛みが全身にまで広がり、口を動かすたびに貫通した頬が痛い。
だけどそんな痛みを無視し水城は続けた。


「本当はさぁ…あんたをアシリパさんに会わせたくないのよ…」


水城は声を上げる。
そしてずっとしまい込んでいた彼への思いを吐き出す。


「あの子は『アイヌを殺して金塊を奪ったのっぺら坊が本当に父親だったら…』と怯えてた!!どうして『小蝶部明日子』の和名を土方歳三に教えた!!さっさと土方に金塊のありかを伝えて独立でもなんでもお前らで勝手にやればよかったのに…ッ――――どうしてアシリパさんを巻き込んだ!!!」


水城の言葉にのっぺら坊は目を丸くした。
水城の恰好からして金塊目当てだとばかり思っていた。
いや、自分に用事がある人間は全て金塊目当てなのだからそれは当たり前だった。
しかし目の前の男は違う。
…否。
さきほどからの言葉遣いといい、傷はあるが顔つきや骨格といい、声といい、恐らく目の前の軍人の男は女だとのっぺら坊はすぐに気づいた。
この目の前にいる軍服を着ている女は金塊ではなく、自分に会いに来たのだ。
娘に会わすために、娘を巻き込んだ父親を怒鳴りつけるために。
だからこそ、のっぺら坊は彼女を信用した。


「未来を託すため…アシリパは山で潜伏し戦えるよう…仕組んだ……私の娘は…アイヌを導く存在……」


重い口をのっぺら坊は開ける。
しかしその言葉に水城は眉を潜め顔をしかめた。


「アイヌを導く存在…?白石から聞いたわ…土方歳三は新聞記者にアシリパさんの事を書かせるつもりだと…」


あの写真を撮ったあの後、白石が土方達と接触したという石川啄木という男から土方達との話を聞き出した。
それを白石から聞き水城は土方とのっぺら坊が新聞を使って世論を陽動しアイヌの独立運動にアシリパを利用する気かと怒りを覚えた。


「アメリカ南北戦争のように北海道と内地は下手すれば戦争となる…あの子をアイヌのジュンヌ・ダルクにでもしようとでも思ってるの!?―――あの子を私達みたいな人殺しにしようっていうのか!!!」


水城は感情的になりのっぺら坊の胸倉をつかみ声を上げた。
驚くのっぺら坊の顔が見えたが、それでもこの感情は止まらなかった。


「あんた達の大儀ご立派だわ!!誰かが戦わなきゃならないかもしれない!!でも!それはあの子じゃなくてもいいじゃない!!アシリパさんには山で鹿を獲って脳みそを食べて!!チタタプして!!ヒンナヒンナしていてほしいのよ!!私は!!!」

「…………」


水城は一児の母となったからどうしても目の前の父親が許せなかった。
親というのは、子供の幸せを願うものではないのか。
父の事を話すアシリパの顔はとても楽しそうで懐かしそうで…きっとのっぺら坊はアシリパを愛しているのだろう。
だけど、だったらなぜ、戦争に巻き込むように仕組んだのか。
それが腹立たしかった。
金塊などもうどうでもいい。
金塊を手に入らなくたって何とかして梅子の渡米費や治療代を稼ぐ覚悟はある。
この際体を売ったってかまわない。
だからそんな金塊などとっとと土方にやればいいんだ。
アシリパを巻き込まず、自分たちで勝手に戦争でも殺し合いでもなんでもやればいい。
水城の心からの叫びにのっぺら坊は目を細めた。


「シサムよ…あの子にずいぶんと仕込まれたようだな…」


のっぺら坊は嬉しく思う。
愛娘の傍にここまでアシリパを思ってくれる人間がいてくれたことに。
愛娘のために怒ってくれる人間がいることに。
そっと水城に手を伸ばしかけたのっぺら坊だが、再び照明弾が上がりふと視界に人影が写る。
そちらに目をやれば、懐かしい女性が屋根の上に立っているのが見え目を丸くする。


「あの着物は…」


のっぺら坊の呟きに水城も振り返る。
そこには屋根の上に立ち周りを見渡すインカラマッの姿が遠目でも確認できた。
遠目でも不思議とインカラマッと目が合ったような気がして水城は双眼鏡をのっぺら坊に渡し、屋根の上を見れるようにする。


「どう…見える?」


双眼鏡を覗けばインカラマッが立っていた。
インカラマッはのっぺら坊が…ウイルクが思った通り美人に成長していた。
別れ際に渡した母の形見の赤い着物がとても似合っていた。
暫くインカラマッを見つめていると、隣に小さい人影が近づいているのが見えた。
そちらに目をやればウイルクは息を呑む。


「!―――アシリパ…」


双眼鏡に写ったその小さな人影は、アシリパだった。
双眼鏡越しだが、ウイルクは何十年越しの親子の再会を果たしたのだ。


(……お母さま…)


アシリパには連れてくると言ったのに結局お互い遠目で見るだけとなった。
しかしウイルクを連れて行けばその約束は果たすことになるだろう。
双眼鏡越しではあるが、離れ離れだった親子の再会に水城は思わず自分を重ねる。
やっとアシリパに父親を合わすことができたという安心感があるのか、水城は疲れを吐き出すように重く震える息を吐き出す。
するとウイルクが双眼鏡を下ろすのが見え、水城は顔を上げる。


「アイヌを…殺したのは私じゃない…」

「…あ?」


アシリパがどんな顔をしていたか問うとしたとき、ウイルクが口を開く。
その言葉に水城は首を傾げ怪訝そうに見た。
それでもウイルクは水城を信用し何か伝えようとした。
しかし…


「アシリパに伝えろ…金塊――――」


それを遮るようにウイルクの頭を銃弾が貫いた。
傷口から零れた血が水城の顔に掛かる。
水城は倒れるウイルクを目で追いながら考えるよりも前に体が動き、咄嗟に頭を撃たれ倒れるウイルクの服を掴み盾にした。
しかし…


――――二発目の弾が水城の頭を貫いた。

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