チチチ、と鳥の鳴き声が水城の耳に届く。
顔を上げれば水城の視界に小さな鳥二羽が通り過ぎた。
水城は病室を抜け出し、病院内にある中庭のベンチに座っていた。
(ああ、怪我が治るまでがもどかしい…こんなにもどかしく思うのは戦争の時すらなかったな…)
あれから水城は鶴見の協力の元、アシリパを奪還することになった。
しかし、鶴見達をアシリパが信用しないだろうということで派遣する中に入れてもらう形であり、水城の怪我が全快次第向かう予定なので大幅に遅れてしまっているが。
今すぐアシリパを奪還しに向かえないというのはなんとももどかしくて、気持ちばかりが焦ってしまう。
(キロランケ…尾形…絶対に殺す…)
空を見上げる水城の目はそこに敵がいるかのように鋭い。
敵ははっきりとしている。
尾形と、キロランケが敵だと水城は認識している。
あの時…自分の頭を撃った銃に水城は尾形を感じた。
この目で見たわけではないのに、不思議と自分を撃ったのが尾形だと分かった。
インカラマッから谷垣を通してキロランケの事も聞いた。
彼らとは旅を共にし苦楽をも共にした仲間だと思っていたが、それは勘違いだったようだった。
……否。
水城はキロランケも尾形も完全に信用していなかった。
あの時、アメリカ人の牧場での騒動が終わった後、大叔母のチセに戻った時…キロランケは水城を帰らせたがっているように聞こえた。
だから無意識に水城は鋭い視線をキロランケに向け、その目線にキロランケは息を呑んだ。
あの後確かな証拠もなく水城も気のせいかと思ったが、やはりあれは水城の気のせいではなかった。
「雪乃」
『アシリパさんも白石も…無事かしら』、とアシリパとついでに白石も心配し空を見上げていると声を掛けられ水城はギクリとさせる。
恐る恐るそちらに振り向けば…やはり、思った通り鯉登が立っていた。
水城はげんなりとした顔で鯉登を見上げる。
そんな水城など気にも留めず、鯉登は少し険しい表情を浮かべながらこちらに歩み寄ってきていた。
「また病室を抜け出したのか」
「……寝てるだけでは体が鈍りますので…散歩でもと思いまして…」
水城は目を覚ましてから数日で体が自由に動けるようになり、その日からよく病室を抜け出していた。
アシリパの傍に裏切り者が二人もいる。
そう思うと居ても立ってもいられなかった。
しかしかといって無理をして怪我が悪化してはせっかくアシリパ奪還できるチャンスを無駄にしてしまう。
だから散歩程度にとどめているのだが、いつも鯉登に連れ戻されてしまうのだ。
鯉登は水城の言葉使いの余所余所しさに眉間のシワを寄せるが、溜息を吐く。
「体に障る…戻るぞ」
そう言うと水城に手を差し出した。
戻ると有無を言わせない口調なのに足を怪我している水城を気遣っているところに優しさを感じさせる。
だから余計に水城は辛かった。
「"鯉登少尉殿"…確かに今は協力関係にあり、私は鶴見中尉殿に保護されている身です…ですが貴方と私の関係はそれ以下でもそれ以上でもありません……鶴見中尉殿の命令ではない以上、私に構わないでください」
突き放すように『鯉登少尉』と呼ぶかつての恋人に鯉登は何か言いかけたが、言葉を飲み込む。
あれだけ突き放したのに忘れたように毎日見舞いに来ては話しかける鯉登に水城は胸が締め付けられる思いだった。
だけど、その辛さは鯉登の方が強いのも知っている。
水城は松葉杖で立ち上がり、まっすぐ鯉登を見つめる。
「言いましたよね、私と貴方は無関係だと…もう来ないでと」
「それは私が決める事であってお前が決める事ではない…私がどの誰と関わろうと私の勝手ではないか?」
「……息子がいてもですか…」
「………」
「私は尾形との子供を産みました…息子を愛しています……息子は私の宝です」
何度も来ないでほしいと、もう関わる気はないのだと言った。
なのに鯉登は毎日見舞いに来てはこうして関わろうとする。
水城が突き放すたびに彼の心を傷つけていると思うとその度に心が痛くなる。
「私は貴方が知る穢れのない令嬢ではなくなったのです…ご理解ください…」
鯉登が何かを言う前に水城はその場を離れる。
鯉登が追いかけてくるかと思ったが、どうやら今日は追いかけてはこなかった。
松葉杖をつきながら去っていく水城の背を鯉登は黙って見送り…
「……穢れちょっても…わいはわいじゃろ…」
切なくポツリと呟いた。
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