鶴見は水城の見舞いのため病室に向かおうとした。
鯉登ほどではないが、鶴見も頻繁に水城を会いに来る人物の一人だった。
月島も付き添い、その途中鶴見はふと足を止めた。
「鶴見中尉殿?どうされました?」
足を止め窓の外を見る鶴見に月島は首を傾げながら問う。
その問いに鶴見はチラリと月島を見た後もう一度窓を見る。
「見たまえ…あそこに杉元がいる」
鶴見の言葉に月島も窓に近づき外を見れば、鶴見の言う通り遠目だがベンチに座る水城の姿が見えた。
「杉元の奴…また病室を抜け出したのか」
ポツリと呟いたその言葉は鶴見に向けるよりも丁寧ではなく、しかし呆れたように、そして仕方のないやつだと言わんばかりに親し気だった。
そんな月島に鶴見はチラリと月島を見る。
顔は呆れながらも目元は穏やかに細められていた。
(ふむ…あの時は月島の世話焼きの性格を利用し杉元を懐柔しようと思ったが…)
鶴見はすぐに水城へと視線を戻したため、月島は鶴見に見られていたことに気づかなかった。
しかし水城へ視線を戻しながら鶴見は考える。
鯉登にするか、月島にするか。
血が清く誇り高い血統書付きか、どの環境にも対応できる強固な雑種か。
どちらも良く、鶴見は悩む。
「どうしますか…杉元のもとに行かれますか」
ふむふむと色々と計算をしていると月島に声を掛けられた。
その声に思考の波から帰り首を振る。
「彼女も一人で居たい時もあるだろう…今日はそっとしておいてやろう」
あれから鯉登は毎日水城のもとに訪れていると聞く。
水城は鯉登を拒み続けており、ならば、今水城はストレスが溜まっているだろう。
そんな中親しくもない上官の相手は辛かろう。
しかし、戦争の時や今までと違い水城との距離はそう遠くはない。
手を伸ばせば届く場所に水城はいるのだ。
そう思うと鶴見は気持ちが昂るのを感じる。
(女の身でありながらも不死身、か…ますます手に入れたい)
鶴見は水城を女だと知って残念だとは思っていない。
ますます水城が欲しくなった。
水城は女の身でありながら幾度も戦線を生き抜き、不死身と呼ばれた。
男でさえ逃げ出すあの戦場を駆ける水城は女だったのだ。
多くの男達が女の水城を不死身と称え、時には崇めた。
鶴見も戦場を駆ける彼女を見て心躍らせた一人だ。
心惹かれた不死身が男ではなく、女だった…―――その事実に鶴見はゾクゾクとくるものがあった。
男とか女とか関係なく、鶴見は『不死身の杉元』が欲しいのだ。
(しかし…鯉登少尉と何やら因縁があるようだが…)
鯉登からずっと恋人である水城…雪乃の事を聞いていた。
その時の彼は悲しげだが、とても愛しげだった。
それを見てかつての自分を重ねてしまったのは否めず、だから恋人を探す手助けもした。
結局吉平によって情報が徹底的に遮断され見つけてやることはできなかったが、二人は長らく引き裂かれてやっと再会できた恋人なのだ。
だが水城は鯉登を拒んでいる。
その日は鯉登も流石に落ち込み、鶴見は休みを取らせることにした。
鯉登の父親である鯉登少将も水城の様子を聞きに連絡が頻繁にきているところから、鯉登の父にも愛されているのだろう。
ただ、息子に比べて鯉登少将は雪乃が死んだと思っていたようではあるが。
楽し気に水城を見る鶴見を月島はチラリと見て内心溜息を吐く。
(…杉元も厄介な人に目をつけられたものだ)
彼はうっとりと遠くに見える水城を見つめていた。
鶴見は鯉登を気に入っているが、水城もまたお気に入りの枠に入れられており、彼の中でどう鯉登と水城のヨリを戻そうかと考えているのだろう。
水城が女と気づいたその日の夜に『ある物』を渡された。
手渡された『ソレ』に月島は心底水城に同情した。
「おや…ついに鯉登少尉に見つかってしまったようだ」
ある意味良い趣味の上官ではあるが、月島一人で止められるわけがない。
水城には諦めてもらうしかないだろうと、月島はどう言いくるめようか考える。
するとポツリと呟かれた鶴見に月島は逸らしていた目線を水城に戻す。
ベンチに座って空を見上げていた水城へ鯉登が大股で近づいてきているのに気づく。
恐らく『また病室を抜け出したのか』と言っているのだろう。
遠くからでも分かるほど彼は険しい表情を浮かべていた。
「鶴見中尉殿がおっしゃったのですか」
「ん?何をだ?」
「鯉登少尉殿です…あれほど落ち込んでおられた鯉登少尉殿が開き直ったように毎日杉元の見舞いに行かれているので鶴見中尉殿が何かおっしゃったのかと思ったのですが…」
鯉登でなくても恋人に拒まれた挙句、恋人に自分以外の男の子供がいると言われればどんな男でも失恋しその恋は終わるだろう。
だがその数日後、鯉登は見事に復活し水城に逢いに行っている。
本人曰く、もう一度水城を口説くのだそうだ。
月島の言葉に鶴見は首を振る。
「いや、私は慰めはしたが何も言っていない…恐らくお父上の鯉登少将殿だろう…鯉登少将殿も杉元の事を娘同然に可愛がっていたとおっしゃっていたからな」
鯉登の父、平二も水城が生きていることに甚く驚いていた。
何を言われたのかまでは分からないが、父の言葉に鯉登は吹っ切れたのか、数日後には元気な姿を見せ、水城のもとへ足繁く通っている。
恋人を想い続け、見合いを蹴り続け、女の気配すらない息子が唯一身を固める事ができる相手なのだ。
あちらもあちらで必死なのだろう。
話し込んでいるうちに、水城が松葉杖をつきながら鯉登から離れるのに気づく。
その後ろ姿を鯉登は追わず黙って見送っていた。
「鯉登少尉は今日もフラれたらしい」
まだまだすれ違う二人をお見て鶴見がフフフ、と笑う。
月島は窓から見える若い上官を見つめながら溜息を傍にいる上官へと向ける。
「趣味が悪いですよ」
月島の呆れた言葉に鶴見は月島へ目をやり『そうかね?』と小首をかしげ笑みを深め、窓の外にいる鯉登に目線を戻し、目を細める。
「私は楽しみなのだよ…いつ杉元が折れるかがね…」
「…折れるでしょうか……杉元は頑固ですよ」
鶴見につられ月島も鯉登を見下ろす。
黙って水城を見送っていた彼はすでに建物へ姿を消そうとしていた。
同じ男として、愛する女性を想う同じ男として、月島は鯉登に同情した。
軍人時代の水城しか知らないが、彼…彼女は頑固だ。
それを零せば鶴見は目を細めニヤリと笑い月島を見つめた。
「折れるさ……例え不死身と言えど所詮は女だ…女は情に弱い生き物だからな」
鶴見のその言葉に月島は無意識に眉間にしわを寄せた。
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