(120 / 274) 原作沿い (120)

平二の船で樺太まで運んでもらった水城達は大泊に降り立った。


「大泊港は樺太の玄関口だ…キロランケ達が来てるならばここから上陸した可能性は高い」


日露戦争後、北緯50度を境界として南樺太は日本に復帰しており、ロシア領の頃から定住している漁民に加え当時は約1万2千ほどの日本人が樺太開拓のために日本領である南樺太で暮らしている。
そのため日本領である限りは聞き込みもそう難しくはないだろう。


「谷垣!」


谷垣の説明を聞いていた水城だったが、説明の中にあった『キロランケ』という言葉に思わず『へえ』と零れた相槌が思ったよりドスの聞いた低い声が出て谷垣がビクリと肩を揺らした。
仲間になり女だと知っても一度アシリパを人質にしたときに向けられたあの威圧感や殺意は忘れないらしい。
水城も今のは流石に気づいたのか『あ、ごめん…』と謝り、谷垣は顔を引きつらせながら『いや…』と首を振った時、荷物を下ろしていた月島に呼ばれた。
谷垣は軍人時代の癖ですぐに上官だった月島の元へ向かい、水城も続く。


「!――チカパシ!?」


月島に呼ばれた谷垣は駆け足で元上官へと向かう。
すると鯉登の大荷物の中に紛れ込んでいるチカパシとリュウの姿があり、北海道に置いてきたはずのチカパシとリュウの姿に谷垣は驚いた表情を浮かべる。


「やはり谷垣が連れていた子供か…北海道へ戻る船に頼んで送り返しておけよ」


ずっと暗闇の中にいたため太陽の光が眩しいのかチカパシもリュウも目をパチパチさせていた。
子供が紛れ込んでいたことに気づかなかった月島は連れて行く気は勿論なく、谷垣に送り返すよう言った。
しかし…


「北海道に戻っても俺がいる場所ない…」


チカパシの言葉に一瞬月島は黙り込み、溜息を吐く。


「…これ以上子守りをする気はないぞ…谷垣が責任を持て」


月島はその言葉になぜか無理に送り返そうとはしなかった。
簡単に折れた月島に谷垣は首を傾げながら返事を返し、結局ついてきてしまったものは仕方ないと谷垣は鯉登の荷物からチカパシとリュウを下ろす。
そのリュウに水城は近づき、ある物を鼻に差し出した。


「チカパシは分からないけどこの子には何度も助けられているわ…きっと役に立つはず…」


そう言って差し出したのはアシリパから預かったマキリだった。
アシリパのマキリをリュウはクンクンと鼻を鳴らして匂いを覚える。
リュウは賢くリードがなくても付いてくるため、そのまま連れていくことにした。

―――そして水城達は早速街に寄り、聞き込みを開始する。


「なあ、ちょっといいか?この写真に写ってる子を見なかったかな?」


水城は目についた小太りの男を捕まえ、以前北見で撮ったアシリパの写真を見せる。
その後ろ姿を鯉登はじっと何かを考えこむように見つめていた。
そんな鯉登に気づかず、水城が声をかけた男はうっとりとその写真を見つめる。


「へえ…可愛いね……ん?あれ?その写真の子って…そこにいるじゃねえか?」

「え!?嘘でしょ!?」


アシリパの写真を見てポッと頬を染める男に水城はつい『何アシリパさんの写真見て頬赤らめとるんだ?あ?』とゴロツキのようにロリコンを成敗しかけた。
だが、男はその写真の子に気づいたのか指を指す。
水城は寄ったばかりの街にまさか早くもアシリパと再会できるのかと期待し、男が指さした方へ目をやれば――――谷垣が立っていた。


「あ、間違えた…この写真じゃないわ」


谷垣の後ろにいるのかと思ったが、アシリパの影どころか少女一人いなかった。
首を傾げていたが、水城は自分の持っている写真がアシリパの物ではないことに気づく。
水城が男に見せた写真は、谷垣のものだった。
褌一丁で、M字開脚しながら椅子に座る、谷垣の痴態…写真だった。
谷垣もそれに気づき顔を青ざめたが、水城はそんな谷垣を無視し『ごめんごめん』と言いながらその写真を谷垣には返さず懐に入れた。
それから水城達は手分けして街で聞き込みをしていたが、結局有力な情報は得られなかった。


「インカラマッの情報は正しかったのかしら…本当にアシリパさんは樺太に来ているのかしら…」


時間となり水城は集合場所に向かい、それぞれ不発だったことを報告しあう。
水城はチラリと自分の隣を見る。
そこにはいつもアシリパがいた。
だけど今は誰もいない。
それが寂しく、悲しく思う。
そもそも、本当に樺太にいるのかも怪しい。
もし間違っていたのなら今水城がアシリパがいない場所を探している合間にもアシリパは尾形とキロランケと共に水城から遠ざかっているかもしれない。
そう思うと疑心暗鬼となってしまう。
はあ、と溜息を吐くと白い息が吐き出された。
すっかり季節は夏から冬に代わり、水城はポツポツと降ってくる雪に気づき空を見上げる。
北海道ではまだ一か月先だというのに、樺太は北海道よりも早く初雪が降るらしい。
今年初めての初雪をアシリパと見ることが出来なかったことに寂しさを覚えていた水城だったが、一人の女性が声を掛けてきた。


「ちょっとお兄さんたち!フレップ飲んでかないかい?」


水城達は商売人の女性に声を掛けられ、そちらに目をやる。
そこには『フレップ本舗』という看板がでかでかと立ててあるお店があった。
フレップという言葉を聞いたことがなく、その看板の隣に『フレップワイン』と書かれているので、お酒なのだという事は分かった。


「雪が降ったから寒いだろう?一杯飲んでいって体を温めておいたらどうだい?」


手を招かれチカパシとリュウがそちらに向かってしまい、チカパシを一人にできないと谷垣が追いかけ、水城も後に続く。
止めようとした月島は間に合わず、溜息を吐きながら水城達の後を追う。


「フレップってなに?」


好奇心旺盛なアイヌらしく、フレップに興味を持ったチカパシが首を傾げて問いかけた。


「フレップ知らないの?フレップはコケモモよ」

「コケモモ?」

「そう…こっちでは夏の沼地に沢山実がなるの…フレップワインは樺太の特産品なのよ」


お酒ならチカパシは飲めない。
アシリパは平気で飲んでいるが、政府が29年に民法で20歳まで飲酒を禁じているため水城達だけならまだしも商売人である女性はチカパシにはお酒を振舞わないだろう。
しかしすでに成人している鯉登は興味を持ったのか、一杯貰おう、と試飲をする。
美味しかったのか、その表情は穏やかだった。
その表情を水城は見ながら内心溜息を吐く。


(初日だものね…中々難しいわ…)


初日で有力な情報を得ようと思ったのは間違いだったのか。
そう思うほど中々前に勧めなかった。


「あら…?そういえばその恰好…坊やも初めて見るアイヌの子だねぇ…どこから来たの?今日二人目だわ」

「!――それ詳しく教えて!!」


女性がふとチカパシの恰好を見て気づいたように呟いた。
その言葉に水城は食い気味に女性に近づく。


「いつも町まで魚を売りに来るアイヌのおじいさんがいてね…今日は雪が積もってたから犬ぞりできたんだけど…橇の後ろに初めて見るアイヌの女の子が乗ってたのよ」

「それって…こ、この子!?」

「あー…ちょっと、違うわねぇ…」


あれだけ聞き込みをしたのに、意外なところから情報が飛び込んできた。
水城は急いで懐に入れておいたアシリパの写真を取り出し女性に見せる。
しかし、その写真を見て女性は首を振った。
『えっ』と思い写真を見れば…またしても谷垣の写真だった。
褌一丁は同じだが、今度はM字開脚ではなく、四つん這いになっている野獣溢れる痴態…ポーズの写真だった。


「あっ…また間違えた…」

「…………」


水城は谷垣とアシリパの写真を間違えて見せてしまい、またなぜか谷垣に返さずそのまま懐にしまい、アシリパの写真を取り出す。


「この子!?」

「ああ!そうそう!この子よ!」

「本当に!?間違えなくこの子!?」

「うんうん!このアイヌの女の子よ!ついさっきアイヌの集落へ帰っていったわよ!」

「…ッ」


何度も何度も確認を取り水城は言葉が出ないほど嬉しかった。
体が、心が震え、水城は谷垣とチカパシに振り返る。


「谷垣!!チカパシ!!やっぱり来てた!!アシリパさんはこの樺太に来てたのよ!!」

「ああ…!良かったな、杉元!」


谷垣もどれだけ水城とアシリパの間に絆ががあるか分かっており、そのため今水城がどれだけ嬉しいのか分かる。
嬉しくて何度も涙目になり谷垣に報告をする水城に手を取られながら谷垣も何度も頷いた。
そんな二人の間を鯉登が割って入り、水城の腕を掴んで歩き出す。


「ちょ、っと…!なに!?」

「そのアイヌの爺さんが住む集落はこの道を数キロ先にあるらしい…道草を食っている場合ではないだろ」


水城はそれほどスキンシップが激しい人間ではない。
だが、アシリパが樺太にいると分かりつい感激して谷垣の手を取ってしまった。
それを鯉登は嫉妬したのか水城と谷垣の間に入った。
急に腕を掴まれ歩き出す鯉登に水城は目を丸くし驚くが、鯉登の言葉に口をつぐむ。
確かに水城と谷垣の怪我が治るまで北海道に留まっていたため、アシリパ達との開いた距離は大きい。
鯉登の言う通り道草を食っている場合ではないのだ。
大人しく付いてくる水城に鯉登は腕を振り払われなかった事にほっと安堵し、谷垣は怒りの行き先が自分ではなかったことにほっと安堵し、月島は鯉登の心情に気づいており溜息を吐く。
唯一、チカパシは鯉登の行動に首を傾げていた。
暫く歩いていると一人の老人が馬車を引いて歩いていた。
よく見るとそれはロシア人だった。
南樺太が日本領になったが、現地ロシア人の希望者には残留が許されており、彼も残留を望んだロシア人なのだろう。


「привет там(こんにちは)」


ロシア人を見かけても誰も聞きには行かなかった。
日露戦争がとかではなく、ロシア語が話せないためである。
しかし月島がロシア語で挨拶をし、話を聞く。
どうやら月島はロシア語が話せるらしい。
それに驚いているとあっという間に月島はロシア人に話を聞き終わり、月島はその話を聞きどこか焦りを見せていた。


「走れ!急ぐぞ!!ついさっきアイヌの女の子を見かけたらしい!!」


月島の言葉に全員が走り出す。


(アシリパさん…!!)


アイヌの女の子、と聞き水城は真っ先にアシリパを思い浮かべる。
先ほど商売人の女性が写真を見てアシリパだと言っていたのもあったが、水城の頭の中にはアシリパしかいないからのもあった。
水城はアシリパのもとに一刻も早く急ぎ、走った。

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