(123 / 274) 原作沿い (123)

スチェンカは夜に行われるため、夜まで待つことになった。
とはいえ時間的に日暮れはすぐ訪れるため、とりあえず水城達は酒場にある宿泊室に泊まることにした。


「…なんで私一人なの?」


宿泊と言ってもホテルや旅館に比べたら小さく、どちらかと言えば家の個室を借りるようなものだった。
こんな北の端に観光客がくるわけもなく、部屋数も少ない。
ただ今日はスチェンカを見に来る客も多くいるためすでに部屋は埋まっており、四部屋しか空きがなかった。
部屋割りは鯉登と月島、谷垣とチカパシ、エノノカと祖父……そして、水城。
月島が決めた部屋割りに水城はむすっと不満顔を月島に見せる。
水城は軍人だった頃、月島に懐き兄のように接していたため、アシリパ達には見せない幼さを月島に見せていた。
不満顔を浮かべる水城に月島は説明と説得をする。


「この面々を考えれば自然な部屋割りだと思うが?」


月島の言葉に『うぐ…』と詰まらせる。
言い返すほどの材料もなければ、水城も納得してしまったのだ。
まず、月島と鯉登は同じ軍隊の軍人という事で同室なのもおかしくはない。
谷垣とチカパシも、谷垣はチカパシの保護者なので同室なのはおかしくはない。
エノノカと祖父も家族だから同室でいいだろう。
そうなると自然と相手がいない水城は一人部屋になることになる。
それに水城は子供のエノノカを除き、このメンバーで唯一の女性だ。
例え恋愛関係がなくとも水城を谷垣や月島と同室にするとうるさいのが一人いるのだ。
かといってその人物と水城を同室にするのは今の関係では無理だろう。
水城が一人部屋になるのは消去法でもあり、ごく自然のことでもある。
黙り込む水城に月島も彼…いや、彼女の不満の理由も気づいていた。
チラッと鯉登を見た水城に月島は『ちょっと来い』と言って水城の腕を掴み鯉登達から離れる。


「杉元、お前…俺が鯉登少尉を夜這いさせようとしていると思っているんだろ」


離れているとはいえ聞こえたら離れた意味はない。
小声で言えば水城はギクリと体を強張らせ、月島から目線を逸らす。
恥ずかしいのか、頬を染め、もじもじさせる。


「だ、だって…月島軍曹って音之進の味方でしょ?私一人の部屋だし…音之進、全然諦めてくれないし…」


月島は水城の言葉に否定はしなかった。
先遣隊に組まれた際、月島は鶴見にいくつか命じられたことがある。
いくつかと言っても簡単に言えば鯉登と水城の関係の修復をしろというものだ。


(鶴見中尉はお前を囲う気だぞ…と言ったら余計拗れそうだな…)


鶴見は本気で水城を欲している。
前から不死身の杉元を飼いたがっており、男だと思っていた頃からもお気に入りの一人である鯉登と競い合わせ吉平の犬から自分の犬に塗り替えるつもりだった。
それが女だと分かり、更には鯉登が長年想い続けてきた相手だと分かり、鶴見は早速お気に入り同士を掛け合わせようとしている。
最強の薩摩の血を継ぐ男と不死身の女の子供がどのように成長するか、楽しみにしている。
きっとそれを言えば水城は月島どころか鯉登すら信じなくなるだろう。


(まだ鯉登少尉だけなら他人事だったんだがな…)


はあ、と内心溜息を吐く。
水城の言う通り、月島は鶴見の命令もあるが鯉登の味方だ。
水城とヨリを戻すことで鯉登が落ち着くのなら応援する。
だが、鶴見から言い渡された命令はそれだけではなく、保険として月島も水城を落とすよう命じられている。
鶴見は水城のリードを持てるのならば伴侶は誰でもいいのだ。(とはいえ鶴見なりのこだわりはあるが)


(……まあ…杉元は顔はいいからな…)


チラリと水城を見る。
水城は恥ずかしく乙女のようのもじもじさせほんのりと頬を染める姿は、女性らしく可愛らしさを感じる。
それを月島は不思議に思う。
軍人時代と同じく男装しているのに、今は女性に見えるのだ。
これが思い込み効果かとしみじみに思う。
そして、ありか、なしか、と問われれば…ありだろう。
元々月島は水城を弟のように可愛がっていたのだ。
好意的なのは女だと分かっても変わらない。
抱けるかと問われれば抱けると答えられるほど水城を嫌いではない。
ただ月島は本当にその好意の中に恋愛感情はない。
鶴見の命令も含め鯉登には言えないだろう。
今でさえ月島の背を鋭い視線でザックザックとメッタ刺しにしているのだ。
月島も水城を狙っていると知れば『泥棒猫!』と包丁で刺されかねない。
死にたくはないが、流石にそんな死に方だけは嫌だ。


(案外嫉妬深いんだな)


ふ、と目線でメッタ刺しにされながらも鯉登の可愛い嫉妬に微笑ましそうに笑う。
鯉登はずっと見合いや友人達の紹介さえ拒むほど鯉登は水城を想い続けてきた。
店の娘など男所帯である軍人の生活でもラブレターは貰っているようだが、それを全て断っているという。
上官に遊郭にも誘われることもあるが、付き合いで行く程度で女性との一夜は断っていると聞く。
周りは死んだ女など忘れろと言い呆れるが、それでも本人は自分の気持ちを守り続けた。
その純粋な想いを月島は応援しているのだ。


「ちょっと月島軍曹!笑わないでよ!こっちはどうやって音之進を諦めさせようかなって必死なのに!」


ふと微笑ましそうに笑う月島に気づき水城はクイッと服を摘まんで引っ張る。
軍人だった頃は隊が別となり話をするといっても向かい合い簡単な会話しかしていなかったため、こうして服を摘まみ引っ張られることはなかった。
先遣隊として共に行動し、初めて知ることばかりだ。
ぷりぷり怒る水城が妹のように可愛く見えて『すまんすまん』と水城の軍帽を叩くように撫でる。


「鯉登少尉のお前への想いは本物だ…諦めたらどうだ?元々お前と鯉登少尉は婚約者だったのだろう?喧嘩したわけでも険悪で別れたわけでもないんだから、よりを戻してもいいんじゃないか?」


月島の言葉に水城はぷくっと頬を膨らませる。
むすっとさせる水城に月島は苦笑いを浮かべる。


「…より戻せるわけないじゃん…だって私音之進以外の…それも尾形の子供を産んだもの…よりを戻す以前に修復自体無理なのよ…」


拗ねるようにそっぽを向く。
そんな水城の言葉に月島は『そうだろうか』と呟く。
月島の言葉に水城は怪訝そうに眉を潜め首を傾げた。
すでに鯉登は水城に自分以外の男との子供がいると知っている。
それを知っていても声をかけ、口説こうとしている。
なら、水城の心配は杞憂だと月島は思う。
それとも…そう思う事で水城は気持ちに蓋をしているのだろうか。


「おい!月島ァ!いつまで雪乃とくっついている!!離れんか!」


つい小声で呟いてしまい、『どういう意味?』と水城も釣られて小声になり月島に近づく。
今まで我慢していた鯉登だったが、月島に更に距離を縮めた水城に我慢できなくなったのか二人の間に手を差し入れ割って入る。
グイっと間に入り込み月島から隠すよう水城の前に立つ。
グルル、と唸る様に自分に警戒する鯉登に月島は微笑ましそうに目を細めた。


「失礼しました…しかし私は杉元を弟…いえ、妹のように思っています…鯉登少尉殿が思われているような感情はありませんので安心してください」


月島に恋人への恋愛感情がないと分かり、『そうか…』と安堵する。
鶴見から水城をそういう意味で接触しろと命じられていると言えばどれほど怒るだろうかという興味はあった。
興味はあるが、確実に斬られるだろうという事は分かっており、修羅場に巻き込まれるつもりはないため言わない。
命を懸けて女を口説きたいほど女に飢えていないので月島は全面的に鯉登の味方であった。


(もういっそのこと夜這いさせようか…その方が早い気がする…)


鯉登の背に隠されている水城がむすっと鯉登を睨むように見つめているが、その頬は桃色に染まっているので怖くはない。
どう見ても鯉登を嫌いになり切れない水城に、月島はもう夜這いで一線を越えさせた方が早いのでは…?と投げやりに思う。

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