試合が終わり、水城達は店主の店でロシア人達に囲まれていた。
『じゃんじゃん飲んでくれ!!今夜は俺達のおごりだ!!』
ロシア人の言葉に周囲のロシア人の客たちが声を上げ、店は盛り上がっていた。
『日本の軍人さん達に乾杯!!』
『今日の試合の中で一番盛り上がったなぁ!日本人たちに感謝だ!!』
昨日の敵は今日の友…水城達を敵対していたロシア人達は試合後、態度が軟化した。
どうやらスチェンカで実力を認めてくれたらしい。
おごりだと言ったロシア人達は水城達と対戦したロシア人達だった。
あれほど殺さんばかりに睨み合っていたのに今や親し気に話しかけ、肩に腕を回したりとまるで飲み友達のようだった。
水城はそんな彼らに苦笑いを浮かべ、渡された酒を飲む。
最初は断った。
水城は数か月も愛息子に会っていないが、いつ、どのタイミングで再会できるか分からないため出来るだけ刺激物や酒や煙草の摂取を抑えていた。
しかしアイヌの歓迎で酒を飲むこともあり、彼らの気持ちを無下にはできないと一杯だけ付き合うことにした。
だが、それが『おっ!もう酒ないのか?店主!酒を追加だ!!』とか『なんだ空じゃないか!ならこっちを飲んでみな!美味いからさ!』とか水城達のコップが空になったのを見るたびに酒を追加していくため、やめるタイミングを見失ってしまったのだ。
別に弱いからと言って断ればいいのだが、日本人に自分達の国の酒をふるまう彼らのキラキラとした目に負けてしまった。
それから店の客たちにどんどん酒を飲まされ、さほど酒に強いというわけではないらしい谷垣と水城が真っ先に酔っぱらった。
谷垣は何故かロシア人に人気で、主にガタイのいいイケメンたちに囲まれてグイグイ(酒を勧められ)攻められていた。
水城もスチェンカでの戦いぶりで人気になったのか多くのロシア人に絡まれていた。
その度に鯉登が庇ってくれていたが、酒の度数が度数なため水城はすぐに酔ってしまった。
男の魔の手から守る騎士をつまみに月島は飲み、『大変だなー(棒)』と他人事のように思っていた。
そのせいだろうか。
「ちょっとぉ!ちゃんとぉきいてるんですかぁ〜!つきしまぐんそー!」
つきしまぐんそーはただいま酔っ払いに絡まれていた。
忙しく動く上官を高みの見物並みに見つつ日本では珍しいウォッカという酒を楽しんでいた罰が当たり、ロシア人達に連行されて飲まされた水城に後ろから抱き着かれ絡まれてしまった。
後ろから『月島ァ!!』となぜか自分が怒鳴られつつ水城の絡みという愚痴を聞かされ月島はげんなりとしていた。
遠い目をしていたのに気づかれたのか、隣に座った水城がぷくっと頬を膨らませて背中を叩く。
酔っ払っているせいで力加減ができないせいか、流石不死身の杉元だと言わんばかりの力で叩かれ月島は手に持っていたグラスから酒が零れた。
酒で濡れた手をフキンで拭きながら『…聞いている』とだけ返す。
反論も、正論も、全く効果がないのが酔っ払いなのを月島は知っており、水城を挟むように座る上官の視線や威圧感はもう無視することにした。
再会したのに尻込みして手綱を握らないあっちが悪い、と月島は面倒くさくなり全てを放棄した。
月島の返事が適当なのに気づかない水城は愚痴を続ける。
「それでねぇ、わたし、おもうんですよぉ…ぼうのためにはぁ、ははおやだけじゃぁ、だめだって!やっぱりぃ、ちちおやがひつよーだってぇ」
「そうか」
「でもぉ、わたし、おっとは、いらないんですよぉー…けっこんするきないんですぅ」
「そうか」
「わたしてきにはぁ、ぼうのちちおやのぉ、やくわりだけしてくれればぁ、いいんです〜…ぼうのちちおやをしてくれさえすればぁ、ぼうりょくとぉしゃっきんとぉくすり、いがいならどんなぁ、くずでもばっちこいなんですよぉ〜」
「そうか」
「まいにちかえってこなくてもぉ、いいんですぅ〜…ときどきぃ、よるだけかえってくるだけでも〜いいんですぅ〜、こっちはこっちでぼうとぉふたりでくらすからぁおかねをかせがなくたっていいんですぅ〜、ほんめいがいてもぉ、あいじんがいてもぉ、いいんですよぉ〜」
「そうか」
「でもでもぉ、そんなひと、いないじゃないですかー、くずはたくさんいますけどぉ、やっぱりふうふになったらぁ、よるのせいかつとか、あるじゃないですかぁーわたし、そういうのもとめてないんですよねぇ〜」
「そうか」
さっきから『そうか』としか返していない月島に気づかない水城はアシリパ達には言えない悩みを打ち明ける(という名の愚痴)。
月島は水城を妹のように思っている。
思ってはいるが、適当に返す程度にはこの酔っ払いは面倒くさい。
まだまだ尽きない愚痴を聞きながら月島はチラリと隣にいる上官を見る。
「…………」
上官こと鯉登はガクリとうなだれていた。
どうやら水城の『夫はいらない』発言に落ち込んでいるらしい。
月島は何度目か分からない『面倒くさい』という呟きを酒と共に飲み込んだ。
ごくりと飲みにくい物を酒の力を借りて飲み込んでいると水城が『あ』と声を零す。
その何かに気づいた声に水城へ目をやる。
「そういえば…いた…ぼうのおとうさんこうほ…」
その言葉を聞いた途端項垂れていた鯉登がガバリと勢いよく起き上がり、その反動でガタリとイスが倒れた。
大きな音がしたはずなのに、周りが盛り上がりすぎて誰も気にしていなかった。
「雪乃!誰だそいつは!!」
期待半分、嫉妬半分。
今の鯉登の顔を言葉にするならこうだろう。
期待は勿論候補が自分かもしれないという期待。
嫉妬は、自分以外の男への嫉妬。
威嚇するように唸る鯉登を水城は酔っぱらっているため気にもとめず『えっとぉ』と父親候補の顔を浮かべながらニパッと笑った。
「しらいし〜!」
その言葉に月島と鯉登の動きが止まった。
月島は自分以外なら誰でもいいと思いつつも脳裏に浮かんだのは『鯉登』と『尾形』だった。
鯉登ですら腹立たしいが自分以外の候補ならと思い浮かんだのは『尾形』だ。
尾形の子供を産んだというのもあり、なんだかんだ言って尾形は意識されていただろうと思うのは当たり前だろう。
だから水城の返答に二人は脳を停止させた。
「白石…だと…?」
「うん、しらいし〜」
「ないごて白石なんじゃ!!」
尾形なら納得、というわけではないが、なぜ尾形がいてキロランケがいて谷垣がいて白石を選んだのか月島は疑問を持った。
尾形は部下だった頃もどちらかと言えばモテるタイプの男だった。
性格や人間性はどうであれ、顔だけみれば大抵の女は好意的だ。
軍人としても銃の腕前は認めるほどあるし、血筋も妾だということを目を瞑れば申し分ない。
それに脱走兵だとしても、まだ犯罪者である囚人の白石よりはマシだ。
鯉登はダンッ、と強く机を殴る様に叩く。
尾形を選ばなかったのはいい。
だが、白石を選ぶのなら自分の方がもっとマシじゃないのか。
むしろ天と地の差じゃないのか!
そう水城に訴える。
酔っぱらっているので本気になるのは馬鹿げていると思うが、それでも博打好き・娼婦通い・生活力皆無な白石よりも自分の方が断然に夫として選ばれて当然ではないかと思った。
だが、そもそも水城が欲しいと思う夫像と、鯉登含む一般の夫像は真逆であるのを鯉登は忘れている。
「だって、しらいしはー、ばくちがすきでー、さけがすきでー、おんながすきなくずだけどー、くずすぎないしぃ、ぼうもなついてるしぃ、ひとずきするしぃ、あいつ、わたしをごりらだっておもってるからー、わたしにせいこういをきょうようしないとおもうしー…ほらぁ、だんなにぴったりじゃない??」
「どこがだ???」
「くずでーおっとになれないところぉー」
「????」
鯉登は水城の説明に怒りの表情を困惑に変えコテンと小首を傾げた。
そんな鯉登を見て水城は『おとのしん、かわいー』とふにゃりと笑った。
その笑みにダイレクトアタックされた鯉登は『うぐっ』と声を零し月島の肩を掴む。
(月島ァ!おいの…!おいの雪乃が
可愛い…!!)
(ソウデスネ)
ぐぐぐと肩を掴む上官に月島は水城に返したような棒読みの返事をした。
正直話が逸れたのを見て『駄目だこの上司…』と死んだ目をしていたのは気のせいだ。
ドン、と何かテーブルに当たった音がしてそちらに目をやれば、水城がテーブルに突っ伏していた。
どうやら完全に潰れてしまったらしい。
127 / 274
← | 目次 | 表紙 | →
しおりを挟む