鯉登音之進。
彼の父は海軍大湊要港部の司令官である。
その血は最強とも謳われる薩摩の血が流れており、まだ幼いため教え込まれている最中だがいずれ父のように己の軍を率いるべく育てられていた。
そんな彼は後になんとも不思議な少女と出会う。
その知らせは父の口から伝わり、鯉登は首を傾げた。
「叔父上の娘?」
父、鯉登平二は息子の戸惑いの声に頷いた。
あからさまな怪訝さに父は咎めない。
というのも息子の気持ちも十分分かるのだ。
「叔父上には御子息はいても御息女はおらんはずでは?」
「二年前に養子として迎い入れたらしか」
父の言葉を聞いて鯉登は更に怪訝さを強くした。
叔父…
川畑秋彦は花沢幸次郎と共に父の友人である。
特に秋彦は同郷の出で家も隣同士と言う幼馴染であり、妻同士が姉妹だというのもあって他の人間よりも強い繋がりと親しさがある。
父は海軍、秋彦は空軍に入隊し戦争で大活躍している。
親類というのもあるし、秋彦自身出来た人間というのもあって、両親以外では一番懐いている人間だった。
だからこそ二年前に娘を迎え入れたと聞いて不可思議に思う。
軍の仕事のため薩摩から東京へ住まいを移ったのもあって年に一度の親類の集まりしか顔を合わす機会はなかったが、ここ最近はその親類の集まりさえ顔を出さなくなり中々会えなかった。
「そいでそん御息女がなんか?」
遠縁とは言えない親類に新しい家族が出来たことは理解した。
しかしそれをなぜ呼び出してまで伝える必要があるのだろうかと鯉登は父に問う。
伝えるだけならわざわざ呼び出す必要はないし、親類が集まる際や、こちらに秋彦が来た際に会せばいいだけの話だ。
川畑家は長男が継ぐし、長男がいなくなったって女であるその養子が家を継ぐことは出来ない。
あまり重要とは思えない立ち位置の人間なはずなのになぜわざわざ呼び出してまで知らせるのか、まだ幼い鯉登は分からなかった。
それは父にも伝わっているのか、鯉登の言葉に父は『ふむ』と顎鬚を撫でた。
「その子は色々事情があるらしくてな、こちらに帰ってくっともその子の傷を癒すためらしか…じゃっで音之進にはその子の相手をしてあげてほしか」
「……」
鯉登は父の言葉に眉間にシワを寄せた。
更に『たまには同年代の子と遊びなさい』とも言われそのシワは深まるばかりだった。
鯉登は父親の立場から同世代の友人はいるものの、親友と言われる存在はいない。
そもそも友人と言っても、その繋がりはそう深くはない。
上流階級である少将である父と知り合いの子供達が友人という立場である。
パーティーや父達の関係で会っただけの人間にすぎなかった。
友人と言っているのだって何かと心配性な母に心配をかけさせたくなかったからだ。
しかし、それを父は見抜いていたらしく父の言葉にぐぬぬと鯉登は唸った。
「
女子となんかと一緒に遊べん」
ぽつりと呟いたその声は父には届いていた。
そっぽを向き不貞腐れている息子に父は溜息を吐いた。
それを聞いて更に鯉登は不貞腐れ、父はそんな息子を責めるでもなく頭を撫でた。
そもそもまだ息子は10にもなっていない子供なのだ。
大人の事情など押し付けるにはあまりにも可哀想と思った。
だが、かと言って幼馴染であり親友の願いを無下には出来ない。
「会うだけ会ってみなせ」
「………」
父の言葉に鯉登はただ頷いて返した。
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