(142 / 274) 原作沿い (142)

―――その夜。
会場はすでに熱気に包まれていた。
昨夜の戦いぶりから、女の水城が参加していることに文句をいう人間はいなかった。
水城達が会場入りすると、すでにステージには相手選手達が待ち構えていた。


「来た来た!!待ってましたッ!!」

「お前らに張ったぞ日本軍!!」

「絶対勝てよ兵隊さん!!」


その熱気は熱さだけではなく、振動として水城の体に響く。
水城達が現れるとワッと観客達から歓声が上がる。
相手選手は勿論屈強のロシア人達だった。
しかし…その三人のロシア人達の背後に背を向けていた男が一人いた。
水城はそちらに目を向けると、水城の視線に気づいたかのようにその男が肩に掛けていたコートを両手を上げて落とす。
すると鍛え上げられたその体に見覚えのある刺青がほぼ全身に描かれていた。


(暗号の刺青…!!)


三人は同じことを思っただろう。
男の体に描かれていた刺青は、普通の刺青ではなく…水城達が命を奪い合うほど欲し集めている――暗号が描かれた刺青だった。


「はあッ☆」


刺青の男は眼鏡をはずし振り向く。
その顔に全員見覚えがあった。
後ろにいる月島達は水城へと振り向く。


「あの時の男じゃないか…もしかして刺青の囚人だって気づいていたのか?」


谷垣の問いに水城は何も言わなかった。


「杉元お前…こいつとスチェンカしたくて黙ってたろ」


月島の問いにも水城は答えなかった。
しかしその横顔は笑っているようにも見えた。
どうやら月島と谷垣の問いは全て肯定として受け取っていいらしい。
水城が軍帽を脱くのを見た後月島はチラリと鯉登を盗み見する。
月島は恋人愛が深い坊ちゃんが嫉妬するという面倒臭い事になっているだろうなと思っていた。
しかし、盗み見た鯉登は意外と冷静を保っており、月島の視線に気づいたのかこちらを見た。


「なんだ、月島」

「…いえ…嫉妬なさらないのだな、と思いまして」


隠す気もないので月島ははっきりと言った。
鯉登は上官で家柄も月島に比べて天と地の差の男ではあるが、ちょっとした崩れた態度に寛容なところがある。
月島を世話係と認識しているからか、はっきりと物を言う月島の言葉にも不愉快さは見せない。
鯉登は月島の言葉に鼻で笑う。


「以前の私ならば嫉妬しただろうな…しかしあんな闘争心だけ向けられている男のどこに嫉妬するところがあるというのだ?」


ドヤ顔を見せる鯉登に月島は表情を崩さないまま『おお、成長している』と上目線で思う。
内心坊ちゃん上官の成長にパチパチと拍手を送りたかったが、子供扱いすると拗ねるのでやめた。
いや、今は水城がいるので拗ねても水城に機嫌を直させればすぐに忘れるだろう。
2人の会話をよそに谷垣はチラリと店主を見る。


「じゃあ八百長はどうするんだ?」

「ワザと負ける気なんてさらさら無さそうだな」

「勝ったら情報は得られず万にひとつの可能性とやらも無くなるんじゃないか」


谷垣の問いには月島が答える。
鯉登も恋人が闘争心を燃やしているとはいえ、それでキロランケの情報と刺青を逃してしまうのは見逃すことは流石にできない。
しかし不安そうな谷垣や心配そうに見つめる鯉登に水城は『大丈夫』と言いながらコートに手を伸ばした。


「犬を取り戻せてアシリパさんの情報も手に入れられる全部きれいに丸く収まる妙案があるから遠慮せずに全力で殴り合ってもいいわ」


どうやら妙案があるようである。
水城は元々八百長はする気はなく、しかし、キロランケの情報を諦めたわけではなかった。
水城は妙案があると言い、コートを脱いだ。
その瞬間観客から歓声が更にドッと湧く。


「いいぞ姉ちゃん!!」

「今日も頼むぞ!!姉ちゃんに賭けてんだからな!!」

「なんだよ!服着やがったのか!」

「いや、あれはあれで逆に色気が増した気が…」


野次のような応援をしてくれる男が半数、エロ親父が半数。
水城はサラシが破れてしまい替えがないので、仕方なくシャツ一枚着ている。
そこは事前に試合前に許可を得ているので抗議はなかったが、水城の服は基本胸を潰す事を前提で着ている。
ボタン全て閉めると窮屈だしいつボタンが千切れるか分からないため、4つ目のボタンのみで前が閉じられていた。
しかし、逆に胸が強調され谷間がくっきりと見えるし、ボタンの位置が胸の少し下の下乳辺りだったため、これはこれでエロかった。
一つ上だと位置的に上すぎるし、二つだけではパカッと隙間が空いてまたエロさが加わってしまい、血を血で洗う抗争の末にこれに落ち着いたのだ。


「おい!!おいの雪乃にえずらしか(いやらしい)目で見たやつは誰だ!きさんら全員目を潰してやっで覚えちょけや!!」


今まで余裕をこいていた鯉登だったが、恋人をいやらしい目で見られて腹を立ち、余裕を蹴り飛ばした。
鯉登も鯉登でこんなエッロイ恋人の姿に興奮しないわけがない。
だが、だからと言って自分以外の男にそんな恋人の姿をさらしたくはなかった。
とはいえ鯉登も水城の意思の固さに負けた男の1人である。
しかしその怒号も試合への興奮を高めるだけで、観客達からは『んだとゴラァ!』やら『やってみろや!』やらお互い火に油を注いでいた。


「だから反対だったのだ!!月島ァ!!貴様軍曹だろう!!一等卒相手に押し負けてどうする!!」


矛先は月島に向けられてしまった。
それに『うげ』と思いながら涼しい顔で『すみません』と謝る。
鯉登は水城が試合に出る事はもう諦めたらしく出るなとは言わなくなった。
だが、今度は裸で出るなと言い出し、試合直前まで揉めに揉めていた。
月島はなぜか鯉登と水城の馬鹿ップルに挟まれげんなりとさせた。
包帯を巻けばいいのでは、という谷垣の助けのおかげで収集しかけたのだが、水城が貴重な医療品を汚すのを気にして『包帯は勿体なくない?シャツでいいじゃん』と言い出してまたもや揉めた。
最初こそ『まあ露出ないしいいか』と月島も谷垣も、鯉登も納得はしたのだ。
しかしいざ着てみればドエロイ事になってしまい、鯉登は猛反対した。
水城が聞く耳持っているのならそもそも試合には出ていない。
結局鯉登の言葉も、鯉登に頼まれ(命令され)説得を試みた月島の言葉も、傍ではわはわとさせていた谷垣の言葉も水城には届かずこのまま出場してしまったのだ。
鯉登が懸念していた通り、豊満なお胸様と最強ドエロイお姉様ボディを持つ水城に観客の興奮は増した。
試合としては面白くなりそうだが、鯉登は面白くはなかった。
しかし、時は無情にも試合開始へと進められていく。


Внимaниe(用意)Бeй(殴れ)!!」


この旅で水城が予想外の力を有していること、そして頑固だという事を理解せざるを得なかった鯉登は諦めた。
守ってやればいいかなどは考えてはいない。
あちらも軍人所属ではないにせよこの試合で勝ち星を上げてきた屈強の男達なのだ。
負ける気はしないにせよ助ける余裕がないのが本音だが、水城自身助けを望んでいないのは事実だ。
『まあ顔が腫れて戻れなくなったとしても雪乃に声を掛ける男共もいなくなっていいか』と半分自棄になりながらそう思う。
水城の整った顔が失われるのは惜しいが、それでも水城が醜女になったからと言って手放すなど地球が終わるレベルでありえない。
そんなことくらいで水城を見捨てるなら、今頃鯉登は他の女に目移りしているだろう。
伊達に死んだと言われた女をずっと一途に想い続けてきたわけではない。
鯉登にとって容姿の1つなど問題にはならないのだ。
そう思ってまだ言いたい言葉を無理やり飲み込んだ鯉登は試合開始の合図にグッと拳を握り締めた。
視界開始と同時に―――水城が吹き飛ばされた。
真っ先に水城が鯉登達の間をすり抜け飛ばされ、鯉登達は一瞬固まったがハッとさせて後ろへ振り返る。


「雪乃!!!」


鯉登が声を上げた。
しかしその声は歓声にかき消されてしまう。
水城はフェンスに倒れ、水城の体重と倒れた衝撃でフェンスは傾いてしまう。
口を切ったのか、血を吐き出す水城に鯉登は駆け寄ろうとした。
しかし相手に邪魔をされてしまう。


「もっと!!杉元さんを!!!教えてくれッッ!!!」


その代わりにと言わんばかりに刺青の囚人が水城のもとへと歩み寄り、そして叫ぶ。
その叫びに応じるように水城は囚人へと拳を繰り出した。

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