(149 / 274) 原作沿い (149)

鯉登に言った通り、その晩は鯉登とくっついて眠った。
丁度冬だし、寄り添って眠ると暖かかった。
それに行為をせずただ傍で眠る夜というのも悪くはなかった。

――水城は自然と目を覚ます。
ぱちりと目を開ければ目の前には鯉登がいた。
どうやら向かい合って眠っていたようで、鯉登はまだ眠っているのか目を閉じ静かに呼吸を繰り返していた。
鯉登を起こさないように静かに体を起こし部屋を見渡していると月島とヘンケ、エノノカはまだ眠っていた。
しかし、谷垣とチカパシの姿が見当たらない。


(谷垣とチカパシがいない…?)


薄暗さから朝は朝だがまだ起きる時間には早かったようだ。
早く起きてしまった水城よりも早起きしたらしい谷垣とチカパシは外にいるのか綺麗に毛布が畳まれていた。
谷垣とチカパシを探しに行くわけではないが、空気を吸いに水城も外に出る。


「ん〜っ!やっぱり朝の空気は美味しいわね〜!」


早朝の澄んだ空気を思いっきり吸う。
そうとう早かったのか、アイヌの人たちも外で活動している人はあまりいない。
しかし家の中では何人かは起きているのか動く気配や煙が上がっていた。


「杉元ニシパ!」


挨拶してくれるアイヌの人たちに言葉は分からないなりに挨拶を返しているとチカパシの声がし、そちらに目線を送る。
そこにはチカパシが水城に駆け寄ってきてくれていた。
その後ろには谷垣がおり、その手には大きな獲物が握られていた。


「二人ともお帰り…狩りに行ってたんだね」

「ああ…世話になったお礼にな」


世話になった礼に谷垣はチカパチと共に狩りに行っていた。
自然ですくすくと育ち、立派な肉を見て水城はパッと笑顔になる。


「寒いしオハウにして食べたいわねぇ」


屈んで谷垣とチカパシが獲ってきた獲物を見下ろす。
想像したら空腹を感じたのか、お腹を擦る。
水城の言葉に谷垣は『そうだな』と返し、獲物を見下ろす。
谷垣が帰って来たのに気づいた世話になっているアイヌの人にその肉を渡す。
三人で今日朝食に出されるであろう獲物を見送っていると水城が、ふと『あ』と声を零し、谷垣とチカパシが水城を見る。


「そういえばさ、私の味噌知らない?曲げわっぱに入れてたんだけどさ…いつの間にかなくなってたんだよね」

「味噌?…あっ!オソマ!」

(……ついにチカパシまで味噌をオソマと……アシリパさん…だからあれほど軌道修正してって言ったのに…)


最近出てこない単語のため、忘れてしまった人(あれを忘れられるかは別として)のために説明すると、オソマとは…ウンコである。
アシリパは初めて味噌を見た時、その見た目からオソマだと勘違いしていた。
食べてみれば美味しくオソマとは別だと考えを改めてくれて今やオソマ…いや味噌の虜になってくれたのだが…なぜか味噌とは言わず頑なにオソマと言い続けている。
水城は何度もアシリパに修正を試みたが今のところ成果は見られない。
出会うアイヌの人たちに味噌の説明をオソマに変換して説明するため、インカラマッも最初『臭くないんですか?』と聞かれたことがある。(勿論日本語が通じるので説明して分かってくれた)
それがチカパシまで侵食されていたらしい。
はあ、と遠く離れてしまったアシリパに水城は溜息を送る。
さしてチカパシの認識を改めさせるでもなく、谷垣は水城の問いに首を振る。


「さあ…俺は見てないな…チカパシはどうだ?」

「俺も知らないよ?」


二人の返答に水城は『そっかー』と残念そうに呟く。
味噌が見当たらないと気づいたのは樺太に向かうため荷物を整理していた時だった。
これまではアシリパを奪われ、更に鯉登との事もあり、余裕がなかったため今まで気にする事はなかった。
しかし今は鯉登のおかげで心の余裕が出来たのか味噌の行方が気になった。
味噌がないと思えば思うほど身体は味噌を求めてしまう。
しかし、谷垣や月島達は味噌を持っていないと言う。
余計に味噌を強く求めてしまう…という悪循環が生まれた。


(もう新しいの買おうかなぁ…アシリパさん味噌好きだし大きい器を買ってあげたら喜ぶかも)


ないなら仕方ない。
しかし、ないとなると味噌を気に入っているアシリパががっかりするだろう。
彼女の悲しい顔を見るとこちらも悲しくなってしまう。
彼女には笑ってほしいのだ。
今日は豊原という大きな街に向かうようだし、その時にサラシと一緒に器と味噌を購入しようかと残金を思い出しながら考える。
姉心からアシリパにもっと美味しい味噌があるよと良い味噌を食べさせたいとは思う。
しかし元お嬢様とはいえ、今は恩賞も取り消しとなったしがない元軍人(♀)だ。
ピンからキリではあるが良い味噌になるとお高いのだ。
勿論その場しのぎの生活をしていた水城にそんな良い味噌を買えるほどのお金があるわけがない。
『樺太にも味噌屋さんあるといいなぁ』と思っていた時、後ろから抱きしめられた。


「わっ!お、音之進!」


気配もなく近づき抱きしめられた水城は驚いた声を上げる。
早朝というのもあり、慌てて口で手を塞ぎながら後ろを見ると起きたらしい鯉登がいた。
驚く水城に鯉登は悪戯が成功したように笑いながら『おはよう』と水城の唇にキスをした。
触れるだけのキスだったが、水城は突然のキスに頬を赤らめて目を丸くし鯉登を見る。


「え…な、なに?急に…」

「他国では挨拶でキスをすると聞いた」


鯉登から送られた突然のキスに驚いていると、彼の言葉に『なるほど』と納得する。
他国の習慣らしいが、水城は頬を赤らめながら『もう』と悪戯されムッと上目遣いで睨む。
可愛く睨まれ鯉登はクスクスと笑う。


「嫌だったか?」

「べ、べつに…嫌じゃないけど…ただびっくりしたの!」


鯉登も齧った程度だが、この際それが正しいか間違っているかは問題ではない。
水城に触れることができれば鯉登は理由はなんでもよかった。
外国かぶれの友がいて良かったと、鯉登はこの時煩いうんちくを聞かせる友人に初めて感謝した。


「ん」


鯉登は腕の中にいる水城に目を瞑る。
鯉登の行動に水城は首を傾げた。


「え、なに?」

「私からは挨拶をしただろう?次は雪乃の番だ」

「ええ…私もアレするのぉ??」


『当然』、と恥ずかしがる自分に返す鯉登に水城はグヌヌと唸る。
キスが嫌いなわけじゃないのだ。
ただ、慣れない外国の習慣に戸惑っているだけで。
『ほら、早くしろ』と急かす鯉登に水城は『しょうがないなぁ』と根負けし爪先立ちでキスをしようとした。
しかし…


「ゴホン!」


咳払いに邪魔されてしまった。
ハッとさせてそちらに目をやれば、起床したらしい月島がいた。


「つ、月島軍曹…お、おはよう…」

「ああ、おはよう……起きて早々申し訳ないのですが杉元も鯉登少尉殿も…堂々と睦み合わないでください」


月島の姿に水城はここが外である事に気づき、顔を赤らめ慌ててキスをしようとしたのをやめて慌てて笑って誤魔化す。
あまり口に出しては可哀そうだと昨日は思ったが、こうも場所を弁えずイチャつかれればげんなりもするというもの。
お腹も消化され空いていると言うのに何だか甘ったるい物を思いっきり食べたように胃がもたれていた。
お預けとなった鯉登は不満顔で月島を睨んでいたが、月島の言葉に鼻で笑う。


「なんだ…やっかみか?」

「そうではありません…あまり人前で睦み合われたら風紀が乱れると言いたいのです」


そう言って月島はある方向を指さす。
そちらに水城と鯉登が見れば…そこには、チカパシの目を両手で塞いでいるマタギがいた。
しかし月島が言いたいのは『子供が見てる前で』というわけではない。
顔を真っ赤に染めて目をギューッと瞑っている幼女…もとい、谷垣の事を指しているのだろう。
水城は自分以上に乙女な幼女マタギに『そういうとこだぞ谷垣』と思わず思った。
『谷垣ってインカラマッとデキてるんだよね??体の関係持ってるんだよね???』と思いながら月島に『ごめんなさい』と謝る。
しかし鯉登は恋人とのイチャつきを邪魔されたからか不満顔を崩さず、腕に閉じ込めている水城をぎゅっと更に抱き着く力を強くする。
拗ねる鯉登に月島はそれ以上言う気にもならないのか、溜息を吐き『いいですね?人目があるところでイチャつかないでくださいね』と重ねて注意してチセに戻った。
どうやら注意をするために顔を覗かせたらしい。
月島に続いて谷垣も『そ、それじゃあ!先に入ってるから!!』と顔を赤くしチカパシの両目を手で塞ぎながらチセに帰っていく。
三人を見送った後、鯉登と水城はお互いを見合う。
何だかおかしくてクスクスと笑った。


「雪乃」

「ん?」

「まだ私は挨拶をされていないぞ?」

「えぇ…今さっき軍曹に怒られたばっかりなんだけどぉ???」


先ほど注意されたばかりだというのに、鯉登は継続して水城にキスを求める。
月島の監視の目さえなければこちらのものだと思っているようだった。
軍に所属していた頃に月島に色々(精神面で)お世話になっていたのもあり、あまり月島を困らせたくない水城は困ったように笑う。
しかし鯉登は知らぬ存ぜぬで『ほれ』と水城からのキスを待つ。


「しょうがないなぁ…今日の音之進くんは甘えん坊ねぇ」


根負けした…というよりは水城も水城でイチャつきたいのもあり根負けしたように装ってキスをするため鯉登の首に腕を回し爪先立ちをして鯉登の唇にキスを送った。
挨拶だし、先ほどの鯉登からのキスも軽い口づけだったため、触れるだけのキスだった。
触れるだけのキスをされ、鯉登は更に深い口づけが欲しくなり水城に近づく。
しかし、水城の手が鯉登の口元を塞ぐように触れ、その手が壁となり不発となった。


「…雪乃」


誰でもない水城に止められた鯉登はあからさまに不服そうに水城をむすりと睨む。
ふてくされている鯉登に水城はくすくすと笑い声を零す。


「だーめ…軍曹に怒られちゃうでしょ?」

「構うものか…月島は私の部下だぞ?」


そう言って口を塞ぐ水城の手の平にキスをする。
小さなキスに水城はくすぐったさを感じ笑みがこぼれた。


(ああ、幸せだ)


くすぐったさに笑顔がこぼれる水城を見つめ鯉登はそう思う。
こんな光景、今までどれほど夢で見てきたか。
そしてどれほど目を開ければ現実に引き戻されてきたか。
しかし今はこれが現実なのだ。
姿形が変わってしまったが、腕に閉じ込めて愛らしい声で笑っているのは誰でもない…雪乃なのだ。
なんてことのない小さな幸せなのに、それが今の鯉登には大きすぎる幸せに感じた。
手の平にキスをしていた鯉登だったが、戯れのような触れ方に油断していた水城にもう一度唇を重ねた。


「ふふっ…もう、音之進ってば…だめだって」


顔を背け拒むが、その顔は愉快そうに笑っていた。
逃げようとする水城の腰に腕を回し顔を背けて露わになった傷跡が残る頬に、ちゅ、とキスを落とす。
ちゅ、ちゅ、といくつもキスを落とし水城の反応を楽しんでいた。
触れるだけの戯れなキスだが、それがくすぐったくてクスクスと笑ってしまう。
鯉登は水城へ体重を掛け、倒れないよう背中に手を回して支えながらもキスを続ける。
水城も拒むことなく遊びのように楽しそうに笑いながら鯉登の首に腕を回した。
水城も鯉登も楽しい気分になっていた。
しかし…


「はいはい!!そこまで!!早く中に入ってください!!朝食にしますよ!!」


パンパン、と手を叩く音に二人はハッと我に返った。
確認するまででもないが、音の方へ目線を向ければやはり月島がいた。
いつまでもキャッキャウフフと遊んで帰ってこない馬鹿ップルに月島は青筋を隠すことはなかった。
もう可哀想などと言ってられっか(唾飛ばし)状態である。
決して自棄ではない。
決して。
水城は『あ…』と月島の青筋を見て気まずげに目線を逸らしたが、鯉登はまたしても邪魔され不機嫌な顔を隠すことなく月島に見せる。
しかし月島はガン無視である。


「朝食を作って待ってくれていますので、早く入ってください…チカパシとエノノカがお腹を空かして待っていますよ」


子供二人の名に水城は『それは大変だ!』と鯉登の腕からスルリと抜け出し、チセの中に消えた。
水城がいなくなり、鯉登は水城の温もりが消え何だか余計に外の気温が低く感じる。


「月島…貴様…二度も邪魔しおって…」


確かに月島の言葉を無視してイチャついた自分達が悪い。
それに朝食を待ってくれている月島達にも。
しかし、こうもいいタイミングで邪魔され鯉登は思わずジト目で月島を見てしまう。
月島は水城が子供に弱いと分かって二人の名前を出したのだ。
そう思うと腹立たしかった。
やはりガン無視された。


「豊原では少し時間を差し上げますのでその時に十分に睦み合ってください」

「せっかく和解したと言うのに睦み合う時間が少なすぎるのだ!少しくらいいいではないか!」

「だからって人前で睦み合っていいわけではありません…なぜ今樺太にいるのか思い出してください…気を抜かれては困ります…もし失敗されたらお父上殿が嘆かれますし、鶴見中尉殿には幻滅されますよ」

「ゔ…」


それを言われてしまうと言い返せない。
父も鶴見も尊敬する人だ。
特に鶴見に幻滅されるのは鯉登にとって大打撃だ。
黙った鯉登に月島は『ほら、行きますよ』と言って一足先にチセに戻っていき、鯉登も溜息を吐き月島に続く。

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